送信にんにん! 忍者ポーズで思いを届けよう!?
「この中に入るんスか、店長?」
「うーむ。ちょっと狭すぎて不安だよなぁ」
人の背丈ほどの穴だ。
天井が低くなっている場所もある。
屈まないと通れないだろう。
「これじゃ攻撃されても避けれないし、逃げれないっスね」
「そうなんだよなー」
回避型の俺にとっては死活問題だ。
ザコモンスターの攻撃など、当たらなければどうということはない。
でも当たれば普通に痛いのだ。
レベルが上がっても、俺の頑丈さは常人と変わらない。
ファンタジー防御力やヒットポイントはないからな。
リンがトンファー盾を構えて言う。
「では、私が先頭を進みましょうか?」
「リンならベアラットの攻撃にも耐えられるかも――」
俺の言葉を遮るようにトウコが手をあげて飛び跳ねる。
「はいはーい! じゃああたしが二番目いただきっス!
うっかりお尻に追突しても不可抗力っス!」
「故意にやったら不可抗力じゃねえよ!」
気をつけても、どうにもならないのが不可抗力だ。
抗うことのできない力である。
言い訳に使えるものじゃない。
「じゃあ店長はリン姉のお尻に逆らえるんスか?
下半身に聞いてみるといいっス!」
そんなの自分会議を行うまでもない。
リンには逆らえない。
抵抗は無意味だ。
うん、これは不可抗力。
って、違う!
忍べ俺!
ちょっと冷静になろう。
話題を変えるんだ。
穴に入る前にやることがある。
「中にボスがいるかもしれないし、まずはオカダたちを呼ぼうか」
ボスと戦えなかったと残念がるかもしれない。
「でも、どうやって呼ぶんスか?
あっ! 分身テレパシーっスね!」
俺は首を振る。
リンに花火を打ち上げてもらうつもりだ。
「【意識共有】は一方通行だ。
受信はできても送信はできない」
「電波ゆんゆんできないんスかー。不便っスねえ」
ため息をつくんじゃない!
受信だけでも便利だよ!
「もともと、自律分身から意識と経験を受け取るスキルだしな。
最初から受信する能力なんだよ」
「でも、練習したら送信もできるかもしれませんねー」
スキルレベルが上がればできるかもしれない。
現時点でも、できると認識すればできるかもしれない。
「そうだな。試してみるか」
「じゃああたしも送信やんやんするっス! カモン二号っ!」
トウコが頭の上で両手を合わせる。
アンテナみたいなイメージだろうか。
トウコがうねうねと左右に揺れ出した。
「カモン二号ー。もんもんもんもん……」
「それで自律に電波が届いたら嫌だな……」
怪電波や毒電波を受信してはいけない。
宇宙の真理にたどり着いて心が壊れてしまうぞ。
トウコが薄目を開けて言う。
「さあ、リン姉も念じるっス!」
「う、うん……」
リンが目を閉じて祈るように両手を組む。
いや、やるんかい!
トウコがジト目で俺を見る。
「てか、まだっスかー?」
「まだって何がだよ?」
「いま店長待ちっスよ?
早く自律を呼んで欲しいっス!」
「やって当然みたいな流れにするんじゃない!
まあ、一応やってみるが……」
自律分身に意思が伝われば便利なのは間違いない。
おふざけ抜きで、試す価値はある。
印を結んでみよう。
忍者っぽいポーズでよくあるアレだ。
両手の人差し指と中指を立ててそろえる。
右手を下にして、左手で包む。
この手はそれぞれ剣と鞘を現している。
「おーっ! ニンニンのポーズっス!」
「かっこいいですねー!」
「これは刀印ってやつだ。
空中をタテヨコに切って臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前と唱えるときの印だな」
九字護身法である。
陰陽道や修験道で扱うものだ。
忍者にも関係がある。
違う種類の印を連続で組む切紙九字護身法というのもある。
こちらは一文字唱えるごとに違う印を結ぶ。
臨なら、両手で指を組んで人差し指を合わせて立てる独鈷印を作る。
これも忍者っぽい印である。
さすがに全種類の印は憶えていない。
忍者好きの御庭に振れば、よろこんでやってくれそうだ。
振らんけど。
精神集中のルーティーンにはいいかもしれないけど、ちょっと時間がかかりすぎるんだよね。
戦闘中に印を結んでいては武器が持てなくなってしまう。
という訳で今回は略式で刀印を結んで念じることにする。
来たれ自律分身!
送信にんにん!
……手ごたえはない。
「おーっ!
案外ちゃんとやるんスね店長!
ノリがいいっス!」
「効果はなさそうだけどな」
リンは先ほどから目をぎゅっとつぶって黙り込んでいる。
なぜか俺のほうを向いているが、自律分身と別れた方向はこっちじゃない。
方向なんてテレパシーには関係ないかもしれないが。
「おーい。リン。
そろそろいいんじゃないか?」
リンがゆっくりと目を開く。
そして頬を赤らめて、じっと俺を見る。
「あの、ゼンジさん。
私の気持ち……届きましたか?」
俺に送ってたのかよ!?
電波は受信できなかったけど、リンが何を思っていたかは表情で伝わった。
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