自宅警備員じゃない――隠密警備隊、発足!?
今回こそ、オッサンしかいない絵面じゃないよ!
「まてよ……明日? ――それって、手遅れにならないか? 今日かもしれないじゃないか!?」
――これから会いに行く
俺がストーカーではないかと疑っている投稿では、そう言っていた。
そして、書き込まれた日付は昨日だった。
昨日はストーカーは現れなかった。
となれば今日という可能性が高くなってくる。
たかがネットの書き込み。
実行されるとは限らない。気のせいかもしれない。
でも、不安があるのに見過ごすわけにはいかない。
書き込み自体もイタズラや無意味なものかもしれない。
それでも、何もしないで悪いことが起こるのはいやだ。
何事もないなら、それでいい。空振りでもいい。
できる限りのことをしなくては!
「オトナシさんに書き込みの件を知らせるか……? いや、ないな」
この件を警告するのは……どうだろう。
せっかく引っ越しをして、今は安全だと思っているんだ。
やっと不安な状態が終わって、過去のことだと思えるようになった。
せっかくの彼女の平和を乱したくはない。
何も知らずに、安心して笑っていてほしい。
だから、俺は陰ながら、人目を忍んで彼女を守ろう。
忍者らしく、ひっそりとね!
「といっても……どうする? 一日中部屋の外で門番みたいに立ってるわけにもいかないし……。天井裏に潜んだりできないし……」
聞き耳を立てていればいいんだろうか。
幸いというか、このアパートの壁は薄い。
部屋の壁に耳を当ててみる。
……オトナシさんは大学のオンライン授業中かな?
って、俺がストーカーみたいになってるぞ。
やめやめ!
壁が薄いから、大きな音は駄々洩れだ。
騒ぎがあれば、すぐにわかるだろう。
とはいえ、俺が部屋に居なかったら気づけない。
そういうわけで、今日はダンジョンに深く潜るのはナシだ。
ダンジョンにいると、当然音は聞こえない。
なにかあっても駆けつけられなくなる。
「ん、まてよ……?」
オトナシさんが外出しているときも問題だな。
無防備になってしまうな。
どうするか。
たとえば……俺は時間の余裕がある。
こっそりと後ろから見守ることもできる。
だから――俺がストーカーになってるってば!
やめやめ!
「あ、そういえば連絡先を交換してなかった! いつでも会えるからうっかりしていたけど、教えておけばいいのか!」
そうしよう。
――次に会ったときに伝えるとしよう。
「あとは……警備に必要なのは武器かな」
もちろん、いきなり武器を振り回してストーカーを撃退するつもりはない。
そんなことをしたら、俺が暴力事件の犯人だ。
過剰防衛になってしまう。
あくまでも、抑止力。いざという時の備え。
直接戦うことは、あまり考えていない。
ファンタジーじゃないからな。
ここは現代日本なんだ。無茶はできない。
それに、ストーカーってのはこそこそしているはずだ。
強盗とは違う。
人目があれば、無理に襲ってきたりしないハズ。
人目を忍ぶといったが、この場合は見つかっていいのだ。
むしろ、見られることが警備になる。
見せる警備というやつだ。
抑止力だな。
変な奴がうろついてるからやめよう、でもいい。
出てきたところを待ち伏せして取り押さえたいわけじゃない。
ストーカーが諦めて帰ればいいんだ。
DIY用にそろえた大工道具でもいいし、バールや鎌でもいいか?
いや、外でそんなの持ってたら不審者だろう。
ぎりぎり、バットまでだろうな。
あとは安全靴も持ってくるか。
最近、足袋に履き替えてから使ってないからな。
足袋はクラフトしてしまったから持ち出せないし。
せっかく持ってるんだから有効利用しよう!
ダンジョンに入って、安全靴を展示ラックから取る。
「うん、展示ラックのおかげで箱を漁らなくてもすぐ見つかるのはいいな!」
ダンジョンから出ようと思って、やることを思い出す。
「そうだ。自律分身の居ない状態で時間の経過があるかを調べるんだった。砂時計をセットして……と」
少ししたら戻ってくれば、誰も観測していないダンジョンでも時間が経過しているかがわかるはずだ。
部屋に戻る。
「……異常はなさそうだな。そうだ、ドアを開けておくか」
今日は、俺が部屋に居るとわかるようにしておく。
隣人が部屋に居て、生活しているアピールだ。
ストーカーに対する抑止力になるかもしれない。
効果があるかはわからないが、地味な対策の積み重ねだ。
なにもしないよりはいい。
ドアを少し開けて、閉じないように安全靴を挟んでおく。
ちょっと寒いが、換気してるってことで問題ナシ。
「さて、砂時計をチェックしよう」
ダンジョンへ戻って砂時計を確認する。
五分計の砂は落ちきっている。十分計は途中だ。
外に出ていた時間とおおむね一致する。
「ぴったり計ってはいないが、これで確認できたな。ダンジョンの中に俺や自律分身がいなくても、ダンジョンの時間は経過する」
よし、ダンジョンの疑問が一つ片付いたぞ!
再び部屋に戻る。
今日は短い出入りが多くなるな。
さて、警備を開始しよう!
安全靴を履いて、バットを持つ。
アパート周りをさりげなく警備する。するんだが……。
バットを持ってフラフラ歩いてると不審人物になってしまう。
ということで、野球の力を借りよう。
アパートの前の駐車スペースでバットの素振りをする。コレだ。
全く自然だ! そうに違いない。
どう見ても野球好きな人にしかみえまい。
見事な偽装だと言えよう!
休日のお父さんがゴルフの練習してるみたいな感じと言えなくもない。
平日だけど。安全靴だけど。
平気平気! 誰も休日のお父さんに興味ないし。
平日の野球オジサンにも興味なんてないさ。
「あれ、クロウさん、何してるんですか?」
オトナシさんがドアを開けて、こちらをのぞき込んでいる。
「あ、うるさかったですかね? ステイホームも長くなって、運動不足なので……たまには体を動かそうと思いまして。気にしないでください。ははは」
うむ、自然自然!
オトナシさんがトントンと、軽快に階段を降りてくる。
俺は自然な様子を装って、素振りをやめて振り返る。
しかし、俺はぎこちなく止まってしまう。
――軽快な様子で揺れる二つのそれに目を奪われてしまったのだ。
「クロウさん、運動不足ですか? ――でも、最近のクロウさんは前より……たくましくなったような」
「え? そ、そうですかね? 自分では違いが判らないな。ははは……」
「あ……その、ほら! 人から見れば違って見えるものなんですよ。あはは……」
なぜか、お互いにぎこちない笑顔を交わす。
――そうなのか? 見てわかるほど変わったかな?
そうかもしれない。
毎日ダンジョンを駆けまわってるから、運動不足どころか過剰なくらいだし。
ちょっとは体が引き締まってきたかも。
誰もオッサンのことなんて見てないと思ったが、案外見てるんだね。
いや、俺はぎりぎり若者だけどね!
没題名シリーズ
隠密自宅警備員!? でも守るのは自宅じゃない!?
この前の数話の題名イマイチだから見直そうかなあ……。