目印は打ち上げ花火で!
「俺は樹上で朝を待つことにした。
そのとき遠くで花火が上がるのが見えた。
リンの話に出てきたファイアボールだな。
それを見て、合図だと思った。
俺は木を降りて闇の中を走って――」
夜空に浮かぶ花火はすぐに消えてしまった。
木々の間からなんとか見えたが、かなり遠い。
わかったのはだいたいの方向だけ。
正確な距離もわからない。
合図をしたということは、なにかあったのだ。
なら行くしかない。
俺は木から地面に降り立つと、花火の方向へ走り出す。
夜の森を走る。
枝が顔を打ち、足や腕に引っかき傷がつく。
冷たい空気を押しのけるようにして走っていく。
側面に気配を感じる。
目を向けるとそこには小型の肉食恐竜が並走していた。
「ギィィ!」
血走った大きな目が月明かりを受けて光る。
まるで俺を睨んでいるかのようだ。
段々とこちらへ近寄ってくる。
戦っている暇はない。
俺は走る速度を上げ、コースをわずかに変えて距離を取る。
恐竜も足を速めて追いすがってくる。
目の前に茂った下草が見える。
迂回するには速度を緩めなければならない。
それでは追いつかれてしまう。
俺はタイミングを計り、地を蹴って跳びあがる。
空中を蹴って高さを稼ぎ、まるでハードル走のように飛び越える。
ふわりとした浮遊感。
かなりの高さからの着地だ。
視界は暗いが、なんとか足元は見える。
地面が迫る。
着地の衝撃を前進する力に変え、足を止めずに走り続ける。
「ギギィーッ!」
背後で小型恐竜の甲高い叫びが聞こえる。
がさりと茂みに突っ込む音が聞こえたが、俺は振り返らない。
そのまま恐竜を後に残して走り続ける。
奴が茂みを迂回してきても、もはや追いつけまい!
そう考えて走り続ける。
背後に気配はない。
引き離したようだ。
だが、まだいる。
横から音が聞こえてきた。
置き去りにしたはずなのに、また側面に回られたのか?
何本かの木々を挟んで、並走している影がある。
目を凝らすとその姿が見えた。
やはり、二足歩行の小型恐竜だ。
さっきと同じ個体か?
別のルートからショートカットしてきたのか?
いや、違う。
回り込めるはずがない。
俺はほとんど道なき道を突っ切るように進んでいる。
最短距離を最大速度で走っているのだ。
となれば、こいつは最初とは別の個体だ。
二匹目だ。
偶然か?
そうかも知れない。
なりふり構わずに走っているのだ。
別の敵に見つかった可能性はある。
俺は再び速度を上げる。
俺のほうが足は速い。
こいつも振り切ればいい!
「ギィィ……!」
背後で恐竜が悔しげにも聞こえる鳴き声をあげた。
走りながら振り返って確認する。
距離が離れていく。
よし!
このまま振り切れる!
俺は視線を前に戻す。
がさりと草が揺れるのが見えた。
それと同時に肌がぞわりと泡立った。
危険察知が何かを知らせている!
なにか潜んでいる!
俺は走る向きを変えようとする。
しかしそれよりも、茂みから小型恐竜が飛び出してくるほうが速かった。
恐竜が飛びかかってくる。
大きな口はめいっぱいに開かれ、鋭い牙がずらりと並んでいる。
待ち伏せ!
俺を噛みちぎろうとしている!
くそ……!
さっきの個体と連携したとでもいうのか!?
「ギギィ!」
避けるには近すぎる。
方向転換する余裕はない!
勢いのついた体は止められない!
ならば――正面からぶつかるしかない!
恐竜が迫る。
俺は地を蹴って前へ前へと突っ込んでいく。
恐竜の口がばくんと閉じる。
俺はそれを身を投げ出してかわす。
そして、空中で身をひねりながら棍棒を振りかぶる。
「うおりゃあっ!」
地面すれすれの低空から、渾身のフルスイング!
棍棒が恐竜の顔面へ叩きこまれる爽快な手ごたえ。
ノックバック効果が恐竜を跳ね飛ばす。
恐竜は吹き飛んだ勢いで近く木に激突する。
俺は手をついて、滑るように着地。
先ほど引き離した個体が追い付いてくる。
「ギィーッ!」
もはや戦うしかない!
俺は棍棒を握り直し、小型恐竜を迎え撃つ!
二匹を相手に乱戦になった。
棍棒で殴っても、すぐに起き上がってくる。
一匹なら倒せるが、二匹に連携されると厄介だ。
棍棒では決定力に欠ける……。
【片手剣】の技が使えないために行動の幅が狭くなっているのだ。
【フルスイング】と体術でなんとかしのぎ、一匹を仕留める。
なんとか二匹目の恐竜を仕留めた。
だが休む暇はない。
もう周囲に別の敵の気配がある。
次々来やがるな……!
俺は木を駆け上がる。
いちいち戦っていられない。
樹上に潜んだところへやってきたのは、別種の恐竜だ。
先ほどのものより大柄で、二足歩行。
体に対して頭が大きい。
大きく裂けた口と強そうなアゴを持っている。
頭部のほとんどが口に見えるほどだ。
そいつは周囲をきょろきょろと見まわし、獲物を探している。
そして低い唸り声をあげる。
「グルルルル……」
俺は乱れた息をなんとか抑える。
気づかれる前に隠れたはずだが……。
大柄な恐竜が鼻をひくつかせる。
うろうろと、俺の潜んでいる木の近くまでやってきた。
動きに迷いがない。
バレているのか!?
大柄な恐竜が足を止める。
俺には気づいていないようだ。
目当ては先ほど俺が倒した小型恐竜の死骸だ。
嬉々とした様子でまだ新鮮な死骸に噛みつき、引きちぎる。
ウロコどころか、骨まで噛み砕く勢いだ。
大きな顎は見かけ倒しではないらしい。
食事を終えれば立ち去るだろうか。
今は時間が惜しい。
すぐにでもリンのもとへ移動したい。
だが見つかれば戦闘になる。
余計な時間を食うだけだ。
……ここは待つしかない。
かさかさと音が聞こえる。
木の葉がこすれるような……。
俺のすぐ近くからだ。
なにか居るのか?
いや、動いているのは俺だ。
体が小刻みに震えている。
動きを止めようとしても体が勝手に震えてしまう。
ビビっているのではない。
寒いのだ……。
気づかないうちに汗が体温を奪ったらしい。
いや、これは汗じゃない。
返り血でもない。
いつの間にか振り出した雨が体を冷やしていたのだ。
意識すれば葉に雨が降りかかるパラパラという音が聞こえてくる。
この上、雨まで降ってくるのか……。
そういえばスナバさんが、天気が変わると言ってたっけ。
「ギィィッ!」
闇の中から小型恐竜が走ってくる。
そして仲間の死骸に食らいついている大柄な恐竜に向け、突進していく。
大柄な恐竜もそれに気づいて迎え撃つ。
「グルゥゥ!」
両者が激突し、もみ合いを始めた。
優勢なのは大柄なほうだ。
その隙に俺は木を伝って移動する。
木の逆側から地面に降りる。
足音を殺して移動して、別の木の上に身を潜める。
周囲が騒がしい。
音を聞きつけて別の敵が集まってきているのだ。
慎重に進むしかないな……。
気づけば空が白んできている。
朝か……。
俺の感覚が確かなら、花火が打ち上がった地点はもうすぐだ。
かなり近づいている。
だが、炎による戦闘の気配はない。
間に合わなかったのか。
あるいはもう移動してしまったのか。
リンの姿は見当たらなかった。




