たまには冷蔵庫の中身をチェックしよう!
部屋を出てアパートの外へ。
トウコの部屋へは、一度外へ出ないと行けない。
階段をこそこそと降りる。
人に見とがめらたら面倒なことになるだろう。
なにしろ、リンが持っている盾はかなり目立つ。
住宅街のど真ん中で、暴徒鎮圧盾を持ち歩く集団。
不審極まりない。
俺の腰にはナタが吊られている。
ちょっと見ただけなら上着で隠れてわからないはず。
だけど、ちょっと心配だな。
ひょっこりとシモダさんがタバコでも吸いに来たりして……。
あるいは通行人が通ったりして……。
などと気をもんでいたが、
さいわい人には見られずに済んだ。
トウコがカギを開け、中に俺たちを招く。
トウコは靴を脱がず、そのまま部屋にあがっていく。
「んじゃテキトーにどーぞっス。土足でいいっスよ!」
自分の部屋とほとんど同じ間取りだからか、
土足で部屋に上がるのは少し抵抗感がある。
「トウコちゃん。
ほんとうに靴のままでいいの?」
「脱いでもどーせすぐに履くっス。
だからウチは土足オーケーなんスよ!」
冷蔵庫ダンジョンには靴を履いたまま入る。
靴がないと足を怪我してしまう。
ダンジョン内に装備品は用意できない。
すぐに敵が襲ってくるから着替える時間もない。
「じゃあ……おじゃましまーす」
「あがらせてもらうぞ。
おいおい……ずいぶん散らかっているな」
部屋の中には荷物が散らかり放題だ。
マンガ本やらゲーム機やら……。
女子力は感じられない。
もうちょい片付けろよ……。
「片付けてもどうせ使うっス。
だからこのままでオッケーっス!」
「まあ、今は小言は言うまい」
俺は冷蔵庫の前で二人に声をかける。
「準備はいいか?」
しゅばっとトウコが敬礼する。
「オッケーっス!」
トウコは現代風のミリタリー装備を身につけている。
まるでサバゲーコスプレだ。
半袖半ズボンの緑の野戦服。
腰にはタクティカルベルトを巻き、
そこにホルスターやマガジンポーチを吊っている。
ピストル弾用とショットシェル用のカートリッジホルダーもついている。
これは俺が作ったものではなくトウコが用意したものだ。
前にも使っていた。
リンが少し緊張の感じられる顔で言う。
「が、がんばりましょう!」
リンの装備はヨガウェアと大盾だ。
脚には現代的な脛あてを装着している。
これは公儀隠密の備品だ。
冷蔵庫はぶーんと低いモーター音を立てている。
その響きは少し不気味に聞こえる。
通電しているのだ。
「ていうかトウコ……。
普通に冷蔵庫として使っているのか」
トウコが冷蔵庫を開ける。
冷蔵庫の中は明るく、機能しているとわかる。
エナジードリンクやコーラが冷やされているようだ。
それを見て、ひとまず安心する。
トウコのダンジョンは通常、下段の冷凍庫にある。
間引きを怠ると上段の冷蔵庫までダンジョンが拡張するのだ。
「ふつーに使えるし、ちゃんと冷えるっス。
コーラ持ってこーっと!」
トウコが三本のコーラを取り出す。
俺たちの分もあるのか。
とはいえ、コーラ片手にダンジョン攻略するのもな。
冷蔵庫の下段、冷凍庫を引き出す。
そこにはダンジョンの入口がある。
転送門が黒々と渦巻いている。
「じゃ、行くぞ!」
手をつないで、俺たちは中に入った。
視界が切り替わる――
俺たちは薄暗い洋館のエントランスに立っている。
かび臭い空気。遠くで轟く雷鳴。
俺たちの背後で扉がガタガタと風に軋んでいる。
「久しぶりだが、ここは緊張感があるな」
もちろん、悪性化を防ぐために定期的に間引きをしている。
防音工事のためにアパートを離れていたため、前回の間引きから少し間があいた。
「や、やっぱり怖いですねー」
「そーっスか? いつも通りっス」
そういうとトウコは持ち込んだコーラをぷしゅっと開栓する。
その姿から緊張は感じられない。
肝が太いと言うか、ネジがゆるいと言うか……。
トウコが俺にもコーラを勧めてくる。
「店長もどーっスか?」
俺は手を振って断る。
炭酸飲んで走り回るのはちょっとな。
「いや、いらん。
トウコはいつも通りすぎる。
緊張感が足りないぞ」
「リン姉はどうっスか?
飲んでも外に出たら元通り!
何回でも飲める無限コーラっス!」
その言葉にリンは小さく首を振る。
「う、うん。いらないかなー」
トウコの緩い態度で、俺も少し緊張がほぐれた。
しかしリンの緊張はその程度ではほぐれなかったようだ。
顔色を青ざめさせ、俺の服の裾を掴んでいる。
その表情は不安げで、目元には涙さえにじませている。
場の雰囲気に呑まれてしまっているんだろう。
まあ、こっちが普通のリアクションだ。
俺は収納から提灯を取り出し、上部をひねる。
「いま、明かりをつけるからな」
「は、はい。ありがとうございます……」
輝水晶が放つ灯りが、周囲を心強く照らす。
今はランタンモードにしている。
トウコが親指を立て、白い歯を見せて笑う。
「初手から明かり!
これで楽勝っス!」
左手にランタンを持ち、腰からナタを抜く。
戦闘が始まればランタンは置くつもりだ。
トウコがコーラをポイっと捨てて、通路の奥を指さす。
「来たっ! ゾンビっス!」
「ウウ……」
不気味な唸り声。
通路の奥からゾンビが姿を現す。
よたよたとした足取り。
俺たちのいる玄関前までは少し距離がある。
トウコの手の中にはもう銃が現れている。
手の内で銃をくるくると回す。
「一匹目はあたしがいただくっス!」
トウコはそう言うと銃の回転をぴたりと止める。
滑らかな動作で銃口をゾンビへ向け、引き金を引く。
乾いた銃声がエントランスホールに響き渡る。
それと共にゾンビの脳天に穴が開く。
弾丸は頭部を突き抜け、後頭部から抜ける。
後頭部から腐った内容物が飛び散って床を汚す。
それだけでは終わらなかった。
トウコがさらに追い打ちを放つ。
「うらっ!」
倒れかけたゾンビの頭部へ二発目の弾丸が命中。
倒れきる前にゾンビが塵に変わる。
【弾薬調達】により落ちた弾丸が床で跳ね、小気味いい音を立てる。
「いい腕だ。慣れたものだな」
「あざっス!」
トウコはクセのように、
きっちりとトドメを刺している。
一発目でゾンビは絶命していた。
ゾンビが絶命というのも変だが、もう動かない状態だ。
脳天を貫かれて死なない生物はいない。
普通なら二発目は過剰だ。
しかしゾンビが相手なら意味がある。
このダンジョンのルールでは意味がある。
ここでは倒したモンスターがすぐには塵にならない。
俺のダンジョンとはルールが異なっている。
死体を確実に消すためには追撃が必要だ。
きちんと破壊しないと魔石や弾丸がドロップしない。
死体を消すのはアイテムドロップのためだけではない。
死体だけでなく、床に落ちたアイテムを放置するのもマズい。
ネズミのモンスターが湧いてしまう。
このネズミが想像以上に厄介なのだ。
死体を食べて数を増やし、落ちたアイテムを盗む。
当然、こちらを襲ってくる。
体は小さく、一匹一匹は弱い。
だが数が多い。
銃で狙うのは難しく、すぐに弾切れになってしまう。
刀で斬ろうにも、小さく素早い相手を捉えるのは難しい。
手数が足りなくなって、いずれ負傷させられる。
動きが鈍くなれば……良くない未来が待っている。
トラウマものの死を迎えることになるだろう。
苦い思い出だ。
思い出したくもない……。
それも昔の話。
今のトウコにはショットガンがある。
小粒のバードショット弾ならネズミも一度に処理できるし、
弾丸の採算も合うかもしれない。
弾を増やせる【弾薬創造】もある。
レベルと共に魔力も増えたので、銃や弾丸を出しても余裕が残る。
さらにホルスターを使って複数の銃を持てばリロードの弱点も補える。
今回はリンもいる。
【火魔法】の炎は敵を焼くのに使えるし、照明にもなる。
ネズミなどまとめて焼き払える。
うーん。
そう思えば前ほど脅威ではないかもしれないな。
とはいえ、ネズミは湧かせないに限る。
トウコがドロップさせた弾丸へと駆け寄る。
「リロっ」
「カバーするねー」
トウコは弾丸を拾い上げ、手早く装填を始める。
そのそばに盾を構えたリンが寄り添う。
弾丸は常にこめておくべし!
そこへ次のゾンビが現れる。
次弾を放つトウコのほうが速いだろう。
しかしここは俺が戦わせてもらおう。
俺はナタを手にして前に出る。
「あいつは俺に任せてくれ。
新しいスキルを試したいからな!」
「あっ。検証者を使うんですねー!」
間引きだけじゃつまらない。
さあ、検証タイムの始まりだ!
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