オトナシリンは消え去りたい その2
暗くなりすぎないように書いたので、ちょっとデリカシーに欠けるかもしれない。
ご容赦を。
引っ越してきたばかりの頃の彼女は……なんていうか、危うげな感じだった。
今みたいに笑わなかった。
もっと、挙動不審というか、コミュ障丸出しな感じだった。
儚げというか、他者を避けている感じというか。
気配を消して暮らしてるようだった。
朝のゴミ捨てでたまに会っても、会釈する程度で話もあんまりしなかったな。
――それより前のオトナシさんか……どんな感じだったんだろうな。
「どこから話すのがいいのかな……。大学に入ったところから、話しますね。……そのころ、私は友達が居なくて……」
「そうなんですか……」
今も、オトナシさんはぼっちみたいだけど。
友達や知り合いが訪ねてきたのを見たことがない。
まあ、俺もだけど。
ぼっち仲間だな。
「はい。上京したばかりで、都会の雰囲気にもなじめなくて……それに、人付き合いも苦手ですし」
「え、オトナシさんが学校に居たら人気者になりそうなのに。俺ならほうっておかないんだけどな……」
「いえ……ぜんぜん人気なんてなかったです。デブとかデカ女とか言われて、ちょっと嫌われていたくらいです」
デブ? デカ女? 嫌われていた?
俺は、つい聞き返してしまう。
「ええ? ちょっと想像つかないですね。あ、さえぎってばかりですいません」
「あ、気になったらどんどん割り込んでください。……そのほうが話しやすいです」
「じゃあ……デブとかデカ女って? ぜんぜん想像がつかないんですが。以前はもっと……えーと、ふくよか……だったんですか?」
なんだ、ふくよかって!?
かなりデリカシーがない感じになってしまった!
しかし、どうしてもイメージが合わない。
聞かずにはいられなかった。
コーヒーを飲んでくちびるを湿らせると、考えながらオトナシさんは続ける。
「いえっ。実際に太っていたわけではないんです! その……背が高いのと……ええと、体型にコンプレックスがあったので、サイズの緩い服を着ていたんです。なるべく小さく見えるように猫背にしていたり……」
サイズの緩い服? 体型にコンプレックス……?
あ……胸が大きいのを隠すために緩い服を着ていたのか。
そうすると、太って見えたってことか。
なんてもったいな――おっと。
やっぱりデリカシーがないな俺は!
ちらり、とオトナシさんの胸元に目線がいく。
――世に稀なスレンダー巨乳が目に入って、ドギマギしてしまう。
意志の力でなんとか、目をそらす。
いま、オトナシさんは体の線が出るような、ニットのセーターを着ている。
胸も目立つが、ウエストの細さ、スタイルの良さが際立って見える。
いまは、体型のコンプレックスはなくなったのか、隠していないようだ。
俺の視線に気づいたのか、困ったような表情を浮かべているオトナシさん。
……しまった!
デリカシーのなさが、外まで漏れてしまっている!
彼女は反射的に、腕で胸を隠すように、かき抱く。
いや……それは、隠せないどころか……!
うおお! デリカシー!
【隠密】よ【回避】よ! 俺に力を貸してくれ……!
目を閉じろ……。そうだ【瞑想】だ!
瞑想するんだ。深呼吸!
すって、はく。すって、はく。
呼吸を数えて落ち着くんだ!
雑念を捨てて、煩悩を捨てて……リラックスだ。
「え……!? 急に、どうしたんですか」
「すーはー。いえ、なんでも。日課の瞑想ですので、気になさらず!」
「そ、そうですか?」
「はい、ごく普通の日課です」
「……そうですか」
「はい、続きをどうぞ」
うむ。ごく自然にごまかせたな。
さすが瞑想。
「その、こういう服を着ているのは太ってみられないためなんです。派手な格好をしているように思われることもありますが……。でも、太ってみられるよりは……」
「へえ……そんな苦労があったんですね」
男にはわからない悩みだな。
たしかに、絡まれたときも言われてたな。
――けしからん格好しやがって、って。
「だから嫌われることはあっても、人気者なんてとんでもないです。……人見知りだったし、友達もできませんでした。でも――友達ができたんです」
「おっ、それはよかったですね!」
やっと明るい要素が出てきたな。
でも、友達のことを話すオトナシさんの表情はさみしげだ。
「はい。……その子が私を変えてくれました。――『リンはもっとこうしたほうがいい』――『そのほうがずっとかわいい』って……。その子のコーディネートで、服やメイクを見直して……いろいろ教えてくれたんです。それで、こういう服を着るようになって……」
そう話すオトナシさんは、少し楽しそうだ。
友達との楽しい時間を思い浮かべているのかもしれない。
「しばらくして、その子がモデルのバイトに誘ってくれました。……彼女はモデル志望で、小さな事務所に所属していたんです。――だから私も、モデルの仕事をするようになったんです」
「へえ、オトナシさんってモデルさんなんだ……。言われてみれば、天職だよね」
背が高く、スタイルもいい。
顔も美少女そのもの。
モデルとしては、さぞ人気が出ただろう。
「……そうですね。でも、それがよくなかったんです。私は仕事が増えていって……。あ、小さい事務所なので折込のチラシとか、通販の洋服着るみたいな小さい仕事です。でも、彼女は一緒になって、私を応援してくれました。喜んでくれました」
「いい友達だね」
いい話のようだけど。
……なにがよくなかったんだ?
「はい。いい子なんです」
彼女は少し笑って、頷く。
でも、その笑顔は泣き笑いのように、悲しげなものに変わってしまう。
「――だけど、私の仕事が増えるのとは逆に、友達の仕事は減っていって……。事務所の人も、私をもっと売り出そうとしていたみたいで……」
ああ、そういうことか。
その友達よりも、モデルとして売れてしまったんだ。
モデルは天職だった。
それが、オトナシさんの場合はよくなかったんだ。
「そのころから、だんだんと友達と疎遠になっていきました。私は彼女と仲良くしたかっただけなので、仕事を辞めて彼女と仲直りをしようとしました。それでも駄目でした。……かんたんにモデルを辞めようとしたことも彼女の気にさわったようでした。彼女と……彼女を中心とした友達グループが……」
オトナシさんの表情が苦し気にゆがむ。
少し、息も荒い。
「……話しにくいことなら、無理しなくても」
「いえ、大丈夫です。ちゃんと、話します。話さなくっちゃ……」
彼女は自分に言い聞かせるように、勇気を振り絞るように言った。
俺は後押しするように、うなずいて先を促す。
「うん。聞いてます」
「えっと、彼女たちは私を仲間外れ、というか……んん……」
オトナシさんが言葉に詰まる。
胸を押さえて、苦しそうに呼吸を整えている。
俺は質問を投げて、続きを促す。
「――仲間外れ? いじめられたってことですか?」
「いいえ! ぶたれたりとか、そんなひどいことじゃないんです! ええと、無視……したり。……うわさ、とか」
オトナシさんは、言いにくそうにしている。
まるで、友達をかばっているみたいに。
悪く言うのがイヤなんだろう。
どうしても、歯切れがわるくなってしまう。
こちらから聞かなければ、話しにくいだろう。
「噂って……どんな噂ですか?」
「……身体……いえ。ええと……媚びを売って、仕事を取ったとか、そういう……」
言いよどむオトナシさん。
その様子から、もっとひどい内容だったと予想できた。
予想、できてしまった。
「うわあ。その友達……ろくでもな――」
俺が思わずこぼした感想に、彼女は激しい反応を見せる。
「――いえ! もともとは優しい子だったんです! 私が仕事を……彼女の夢を取っちゃったから……しかたないんです。……私のせいで……私が邪魔をしなければ……!」
「――そうか、ごめん……それで?」
「……その後もずっと、仲直りできないままで。どうすることも、できなくて。それで、彼女たちとは距離を置きました……」
彼女は、今にも泣きだしそうだ。
俺は、元気づけるように声をかける。
「そうか……それは大変でしたね……。距離を置いたほうが、楽になりますよね!」
……解決していてくれ! 楽になっていてくれっ!
俺は、話を聞いてあげることしかできない。
軽々しくアドバイスできることじゃない……!
ちょっと、思ったより話が重い!
どうする!? どうすればいいんだ!?
……が、頑張れ俺!
「はい。すこし、距離を置いたことで落ち着いてきました」
よし! いいぞ……。
その友達と仲直りの方向へ!
「でも……」
――でもっ!?
まだ、話は続きそうである。
連続する話の真ん中です。その3まで、相談続きます。