訓練はスパーリングで!
公儀隠密の地下。その道場。
スナバさんがコガさんに格闘の基礎を教えている。
その間、俺はオカダとスパーリングをすることになった。
「じゃあルールを決めよう。今日は格闘の訓練だ。打撃の訓練じゃないから、投げや関節技もありにしよう」
「オーケーオーケー! じゃ、やろうぜ!」
さっそくオカダはファイティングポーズを取る。
いや、まてまて。
ちゃんとルールを決めよう。
俺はオカダを手で制止しながら言う。
「スキルはありな。だけど俺は分身や水忍法は使わない。使うと格闘の訓練にならないからな」
【水忍法】はスキルレベルの制限で使えない。
【分身の術】や【入れ替えの術】を使うと格闘の訓練としては微妙になる。
せっかくの訓練なので、なるべく体を動かしたい。
オカダは拍子抜けしたような顔だ。
「ん? 使っていいぞ? 俺の【自己治癒】だって、勝手に発動するしよ」
「あ、そこなんだが、俺はケガをしたくない。だからグローブあり、防具ありで頼む」
俺は投げたり掴んだりできるように指が出たグローブをはめる。
オカダはボクシンググローブを選ぶ。
「そりゃいいけど。そっちは武器を使ってもオーケーだぜ?」
オカダはグローブをつけての殴り合いに慣れている。
俺は慣れていない。
というか、俺は武器を使う忍者であって、殴り合いは専門外。
「格闘の練習だし、武器はいらない」
「それじゃ、俺に有利すぎねーか?」
オカダは少しつまらなそうな顔だ。
「有利になるのに、不満か?」
「そりゃ、弱いヤツに勝ってもつまんねーだろ」
あ、そういう発想なんだ。
勝つのが好きなんじゃない。戦うのが好きなんだ、ってやつ。
強いヤツに勝つ、あるいは強いヤツと戦うこと自体を楽しめるタイプ!
戦闘狂である!
「素手は俺の専門外だ。もちろんボクサーと殴り合って勝てるとは思っていないさ。だから手加減してくれ」
「手加減、なぁ……。ま、オーケーだ! 楽しくやろうぜ!」
オカダはつまらなそうに頭をかく。
だが気を取り直したのか、笑顔を浮かべる。
戦えればそれでいい、とでも思ったか。
戦闘狂である!
ヘッドギアをしっかりかぶる俺。
軟弱と言うなかれ。
だって、訓練でケガをするのは馬鹿らしいだろう?
ポーションで治せるとはいえ、痛い思いはしたくない。
タイマーをセットする。
よし。準備できた。
「まずは三分だ。はじめようか!」
と俺が言うやいなや――
「しゃあっ!」
気合の声を上げ、オカダが踏み込んでくる。
鋭く速いステップ。
勢いが乗った拳はさらに速い。
どう見ても、渾身の一撃!
なにが手加減オーケーだよ!?
しかし見えている。
というより、こうなると予測していた。
戦いたがっているオカダをじらして、誘ったのだ。
小細工、心理戦である!
一方、オカダは小細工や小技に頼らない。
初手から最速、最高のストレート。
読んでいたからといっても、簡単にかわせるものではない!
俺は両腕を上げてガード。
――しようとしたが間に合わない。
しかし俺のガードはギリギリでオカダの拳に触れる。
もちろん、この程度では拳の威力を殺せない。
それでも、わずかに拳の軌道をそらす。
これで充分!
俺は首をひねって、小さく回避。
紙一重で避けようなどと考えたわけではなく、それしかできなかった。
俺のこめかみをオカダの拳がかすめる。
びっ、と熱い感覚。
俺は足裏に反発力を生み出し、背後へ跳ぶ。
一足で、拳の射程外へ。
「ふうっ――」
あぶねえーっ!
俺の額を冷や汗が流れる。
オカダが嬉しそうに言う。
「おお! やっぱり避けやがった! なにが専門外だよ!」
「手加減してくれるんじゃなかったのか? なにがオーケーだよ!」
殴り合いは専門外。
でも回避は専門家。
だけど、ギリギリだったな。
わずかでも深く打ち込まれていたら、脳震盪を起こしたかもしれない。
そうなれば終わり。
一発食らうだけで俺の回避能力は落ちる。
わずかでも鈍れば、次の一撃は避けられない。
余裕など全くなかった。
だが……このギリギリの緊張感!
悪くないね!
知らず知らずのうちに、口の端が笑みの形につりあがるのを感じる。
俺は戦闘狂ではない。
だけど戦いは嫌いじゃあない。
「楽しめそうだな! 本気でいくぜッ!」
「いや、手加減しろよ!?」
格闘戦がはじまった。
昨日で千話達成!




