絡まれ上手と正義マン ~俺だけスキルで現代最強……とはなりません!?~
「重い。調子に乗って買い込みすぎたか……」
ホームセンターからの帰路、買った荷物を持ち直す。
がちゃっと、荷物が音を立てる。
徒歩で持ち歩くにはちょっと重すぎた。
腕や腰が疲れてくる。
「外でもステータスがあれば、こんな荷物で疲れることはないのにな……」
ダンジョンの外ではステータスは効果を失うのだ。
体力も敏捷も一般人並みだ。
つまり、素の俺の力しかない。
ダンジョン外での俺は、普通の一般市民だってこと。
スキルも使えない。
チートもなにもない。
どこにでもいる普通の元ブラック社員だ。
……俺だけスキルで現代最強、とはならないのだ。残念。
そんなことを考えながら歩いていたところ、悲鳴じみた女性の声が耳に入ってくる。
どうやら、コンビニの前で女性が絡まれているようだ。
「……すみません、通してくれませんか」
女性は入り口前でたむろしている男たちに阻まれて、コンビニに入れない。
「なあ、ねえちゃん。遊ぼうぜ。ちょっとかまってくれてもいいだろォ?」
「いいじゃねえかよ。俺たち暇なんだ」
若い男性ふたり。
まだ昼過ぎだというのに、酒を飲んで酔っぱらっているらしい。
入り口をふさぐようにして女性にまとわりついている。
「……どいてくれないなら、いいです」
女性はコンビニをあきらめて踵を返す。
――だが、立ち去ることはできなかった。
酔っ払いが、女性の腕をつかんだためだ。
「けしからん格好しやがって! 誘ってんだろ? 遊んでいこうぜェ」
男は下卑た表情で女性の手を引く。
女性はあっと小さな声をあげる。
逃れようと抗っているが、力ずくで捕まえられてしまう。
けしからん格好ってなんだよ。
地味な服じゃないか……。
いや、うーん。これはけしからん!
女性の格好はごく一般的で、露出も少ない。
地味とすら言える。
長く形のいい脚はスラリと伸びて、ズボンの生地を通してもむっちりとやわらかそうだ。
ニットのセーターはぴったりしたデザインで、身体のラインが露骨にでている。
豊かな胸のふくらみと細くくびれた腰は、人目を引くのに充分な色気を放っている。
露出が少ないのに、何も隠せていない。
派手じゃないのに目立っている。
顔はマスクで隠されてはいるが、なかなかの美人……。
って、お隣のオトナシさんじゃないか!
また絡まれているのか、この人は……!?
トラブル体質というか、絡まれ体質というか。
「おい、なに無視してんだよ!」
ぐい、と男は彼女の手を強く引く。
「ちょっ! 痛い! 放してください!」
オトナシさんは逃れようと手を引くが、捕まってしまっている。
通行人がいないわけではない。
騒ぎの起きているコンビニの店員も気づいている。
だが、見て見ぬふりだ。誰も助けに入らない。
面倒なことに関わり合いを持ちたがらないのが現代人だ。
絡まれている女性を助けてヒーローになれるような単純な世の中じゃあない。
喧嘩両成敗で傷害事件の被疑者になってしまうだけ。
現代には美談や英雄物語の余地はない。
こんな世の中に正しさなんて、まるで期待できない。
……とは言っても、なあ。
そうだとしても、見て見ぬふりをするわけにはいかない。
知り合いが困っているならなおさらだ。選択肢なんてあるはずもない。
俺はわざと大きな音を立てて、荷物を足元に置く。
大きな音で、俺に注目が集まる。
「おい、そこらへんにしておけよ」
俺は足早に彼女と男の間に割り込んで、彼女をつかんでいる男の腕をつかむ。
絡んでいた男とその仲間がガラの悪い声を上げる。
「あぁん? なんだこら!」
「引っ込んでなよオッサン。正義のヒーローかぁ?」
オトナシさんが俺に気づいて驚く。
「クロウさん!? どうしてここに?」
彼女はゆるんだ拘束を振りほどいて、俺の後ろに隠れる。
「通りすがりですよ。オトナシさんは相変わらず絡まれ上手ですね」
「……いえ、わざとじゃないんです」
「はは、もちろんわかってます」
背後にいるので表情はわからないが、オトナシさんは困ったような声色だ。
もちろん本人が意図して絡まれているわけではないのだ。
狙われるほうが悪いなんて論法はない。
「おい、おっさん! 無視してんじゃねーぞ!」
男が、険悪な表情で俺をにらむ。
おっさん言うな。まだ二十六だ。
君らとそんなに変わらないはずだ。
それに俺はまだ若者なはず。ギリ若者なはず。
……違うか?
俺の胸倉をつかむ酔っ払い。
息が臭い。
なんでチンピラってすごむときに顔を近づけてくるんだ?
めんどくさいし、酒くさい。
こんなご時世なのにマスクもしていない。
口を閉じて離れてほしい。
「離れろ。手を放せ。……あと、俺は若者だぞ」
胸倉をつかむ腕を振り払う。
相手よりも俺のほうが体格はいい。
飲食業は結構、肉体労働なのだ。
昼から酒を飲んでくだを巻いているような奴は、それなりの力しかない。
「んだと、おっさんがよ!」
かっとなった男が、俺の肩のあたりを突き飛ばす。
その力で、俺は後ろによろける。
緊張した空気が、俺と相手の間に漂う。暴力の気配だ。
話し合いで解決できるという期待ははかなく消えた。
くそ、なだめる隙もないほどに手が早い。
暴力。悪意。争い。
平和な日常生活の中では触れることのないそれが、俺に牙をむく。
平和と言っても法律や警察が今この時に守ってくれるわけもない。
男が動き出す。
「おら!」
拳を握りこんだ男が、大ぶりなパンチをくり出す。
もう一人の男は、俺の側面へ回り込むように動き始める。
――不思議と、恐怖も動揺も感じない。
俺がもともと喧嘩慣れしてるとか、肝っ玉が太いわけではない。
なかったはずだ。
だというのに、殴りかかろうとする男を前にしてもなんとも思わない。
ダンジョンの経験が俺を変えたんだ。
武器を持って襲ってくるゴブリンは、俺を殺す気でかかってくる。
それに比べれば、街での喧嘩なんて大した危険はないのだ。
武器も持っていない。俺を殺そうとしているわけもない。
当たり前だが、俺も相手を殺したり傷つけるつもりはない。
平和で安全なこの国で、ちょっとした小競り合いをしているだけなんだ。
そうして冷静な頭で見れば、男の動きは緩慢だ。
身を引いて拳を避ける。
ボクシングでいうスウェーバックのような動きになる。
攻撃をかわされた男の身体がバランスを崩して流れる。
思ったようにいかなかった男達は、さらに頭に血を上らせる。
「なんだコイツ……。なめやがってよおお!」
「やっちまえ!」
顔を真っ赤にしてさらに殴りかかってくる。
これも大ぶりのパンチだ。
避けるのはたやすい。ゴブリン以下の動きだ。
開けた空間、斜め後方に下がる。
自分で思ったよりも、足が動く。
完全に避けきることができている。
「よけてるんじゃねえぞ! おっさんっ!」
二人目の男が蹴りを放ってくる。これも一歩下がって避ける。
チラリ、とオトナシさんを見る。硬直してしまって動けずにいる。
かばって戦えるほど俺は強くない。
男たちの敵意は俺に向いているとはいえ、とばっちりを受ける距離にいる。
すくんでしまって動けないなら、目的を与えてあげればいい。
やることがあれば、人は動ける。
男たちのほうに目を向けながら、声だけで指示を出す。
「ここは俺に任せて、オトナシさんは逃げてくれ! 警察を呼んで!」
「……はいっ! すぐ呼んできますから!」
そう言うと彼女は走り去っていく。
薄情に見えるが、この場に残らないことが正解だ。
ここから離れて人を呼ぶなり電話してくれればいい。
警察でもなんでも、穏便にこの場を収めてくれるならそれでいい。
それに、彼女が無事にここを離れた時点で目的は達成だ。
彼女を助けたいのであって、喧嘩に勝ちたいわけじゃあない。
もうすでに勝利条件は満たしている!
あとはこの小競り合いがケガ無く終わってくれればいいなあ、とは思うけれど。
現実世界を描くのは気を使います。
絡んでくるチンピラはファンタジーです。隣に住んでる女子大生もメルヘンです。
この物語はフィクションです。配慮に欠ける、現実味のない描写があってもご容赦ください。
編集履歴
2022/08/18 読みやすいよう見直し




