ある日の出来事 そして
短編小説というものを書いてみたくなったので書きました。
勿論、フィクションですが実際にありそうなものを考えて創作しました。
俺がここにいる理由はよくわからない。
一つだけ言えるのは、何かが原因でこうなったわけではない。
初めからこうなるように決まっていたのだと思う。
これから綴る物語を読んで君がどう感じるかは君次第だろう。
その前に君に一つだけ伝えておこうと思う。
こっちには来るな。
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春の香りが過ぎ去り、夏の匂いがほのかに香るこの季節。
高校生の頃ならこの時期は楽しみで仕方なかった。
高1なら学校に馴染んできてこれからもっと楽しいことが起こるだろうという期待感に胸を躍らせたりしていた。
高2は親しい友達ができ、毎日をそいつらと過ごしてくだらない日々を過ごしていた。
高3は受験がどうだとか言う奴らの傍ら毎日ゲーセンに通っていた。
しかし、大学三年にもなればそんな期待感やゲーセンが楽しいと思う気持ちもどこかに消えてしまった。
毎日が退屈過ぎて暇でしかなかった。
そんな暇つぶしの一環で俺は部活を作ることにした。
名前はペーパー部。由来は考えてる時に近くに紙があったから適当に付けただけで深い意味などはない。
活動内容は、主に大学生活に困っている学生の支援と言ったところだ。
とはいえ、別に何かを助けるわけではない。ただ単に学生の話を聞くだけの予定だ。
適当に空いてる教室のドアに「ペーパー部」と張り紙を張っておく。これだけ。
何曜日はこの教室が空いてるとかを学生支援課に聞いて待機しておくだけだ。
なぜこんな部活をしようかと思ったかと言うと、さっきも言ったが暇つぶしの一環だ。
だが、既存のサッカー部や茶道部等は人が多くて馴染めずに終わる可能性がある。
そもそも三年にもなって今更部活を始めようなんて物好きは俺くらいだろう。
みんなそれなりに地盤を固めて、自分の友達と楽しく過ごしている。
だが、俺は自ら望んで孤独な生活を送ったのだ。決してコミュニケーション能力がないからではない。
入学後、周りの勉強に対する意識の低さからこいつらと関わっては俺自身がダメになってしまうと感じたためだ。
やれ単位がどうだとか、やれあの教授の授業はカモだとかそんなことを耳にするだけで嫌気がさしてきた。
勉強する気がない奴が大学になんか来るな。
いい大学に入っていい会社に就職するなどとのたまってる奴らは全員消えてしまえばいいと思う。
そんなカスに入社されても会社としても迷惑に過ぎないということに早く気付け。
とはいえ俺も何か大学生らしいことをしたいという気持ちはあった。
そこでそんなに苦でもない、お茶飲みながら適当に人の話を聞くだけの部活を作ったに過ぎない。
学生の支援なんか毛頭する気などない。
この部活を初めて一か月もするけど人はまだ一人も来ていない。
これなら家帰ってゲームでもしてる方がよっぽどマシだったと何度思ったことだろうか。
もうこんな訳の分からない部活やめてしまおうと何度思ったことだろうか。
17時か。少し早いけど、もう今日は帰るか。
「すいません、ペーパー部ってここであってますか?」
張り紙見てねぇのかよ。ここしかねぇだろ。
突然入ってきたのはパリピっぽい女子生徒だった。
「あ、はい。ここですよ」
「そうですか、ちょっとまずいことになってしまって話を聞いてもらっていいですか?」
茶髪で、ピアス、それちょっと行きすぎじゃね?くらいの服装をしている、まあはっきり言って苦手なタイプだ。
とはいえ、そんな理由で来てくれた人を帰すわけにもいかないのでまずは相談を受けよう。
「空いてる席にどうぞ」
女は俺が座ってる前の席に座った。
どんな相談を受けるのだろうか。初めてということもあり少し期待していた。
だが、そんな俺の期待感は一瞬にして消えてしまう。
こいつの相談事はクソ以下だった。
「あの、明日までに完成させなきゃいけないレポートがあって、それに協力してもらえませんか?」
お疲れ、帰っていいよ。
もう少しマシな相談だったら考えたけど、こういうものはお帰りしていただこう。
「あ、すいません。不正行為に関してはお手伝いできないんですよ」
「不正行為って…何とかなりませんか?」
「俺も生徒ですからね、変に教師に見つかって俺にまで被害が及ぶものはご遠慮下さい」
よくそんな頼み事で来たよね?恥ずかしくないの?
自分の事は自分でする。小学生でも知ってることだぞ?
もしかして義務教育はちゃんと受けてこなかったのかな?
「でも、学生を支援してくれるんじゃないんですか?」
「あくまで常識の範囲内でと言うことですのであなたの相談事、頼み事は常識の範囲内を超えておりますのでお引き受けできません」
どうせ、「じゃあもういいです」とか言って帰るんでしょ?
分かってるから他を当たってくれ。
あんたみたいな人には他にいくらでも言うこと聞いてくれる男がいるでしょ?
「お願いします…」
え、え、え、嘘だろ?
女は突然下を向いて泣き出した。
そんなにきついこと言ってないでしょ。
「待って待って。とりあえず涙拭こうか」
「はい…」
俺は慌てて置いてあるティッシュを女に渡した。
ついでにお菓子、温かいお茶もそっと女の近くに置いた。
数分後、女の涙は止まった。
「大丈夫ですか?」
「はい、もう大丈夫です…ありがとうございます…」
しかし、女の涙はまだ完全には止まっておらず、声も鼻声になっていた。
「すいません、俺の方こそ頭ごなしに行ってしまったかもしれません」
「いいえ…決してそんなことは…」
「良ければ経緯を教えてくれませんか?」
「はい…」
元からできないことは協力する気はなかったが、できることであればしてあげようという気持ちにいつの間にか変わっていた。
女の涙おそるべし。
「私、実は友達が一人もいないんです…人付き合いが下手くそで全然出来なくて」
人間見かけによらないものだな。
こういう子こそ友達がいると思ったのに。
「そんな時、ペーパー部のことを誰かが話してるのを聞きまして、それで立ち寄ってみようと思ったんです」
「それで俺にならレポートを手伝ってもらえると思ったの?」
「レポートの手伝いは建前です。本当は誰かと話したくてここに来ただけです…」
中々面倒な子だな。どうしてもっとうまくやれないのだろうか。
まあ友達一人もいない俺が言うのもなんだけど。
「わかった。つまり本当の依頼はただ単に話が出来ればいいってことだな?」
「まあ…はい…大学生にもなってこんなこと言いたくなかったんですけど…」
「大丈夫大丈夫。俺も友達一人もいないから君と一緒だよ」
自分で言ってて悲しくなって来た。
「そうなんですか!?そんな風には見せませんでしたけど」
「まあ人間色々あるんだよ。君だってそうでしょ?」
「私は何もないんですけどね」
冷たいな。もっと交流しようよ。
「つまり何が言いたいかと言うと、別に友達がいないことを気にする必要はないってことだよ。そんな奴いっぱいいるし」
「でも、私の周りの子たちはみんな友達いますけど」
「周りの子?」
「あ、いや同じ学部の子です」
「そんな奴は相手にする必要ないよ。別世界の人間だと思っておけばいい」
「何か説得力に欠けるな」
「暇だったら俺のとこに遊びに来ればいいから気にするな」
「へぇ~、分かりました。これからも仲良くしてください」
「オッケーオッケー。任せてよ」
泣いてる女の子を泣き止ませるのは大変だ。
別にこいつと何かをしたいわけではないけどこれ以上泣かれたりすると、俺自身の心も痛む。
そういやこいつのことまだ聞いてなかったな。
「とりあえず、自己紹介でもしようか」
「はい、私は春上蓮です。2年生で文学部です。よろしくお願いします」
「よろしく。俺は佐々木幸太郎。3年生で工学部だ。よろしくな」
「幸太郎先輩って呼んでいいですか?」
失礼な。初対面でしょ?名前で呼ばないで。
「なら俺は春上さんって呼ぶよ」
「えー、蓮って呼んでくださいよぉー」
どうした急に。そんな語尾に「ぉ」とかつける子じゃなかったよね?
一体君の中で何があったの?二重人格?
「ところでぇ、一つ気になったんですけど部員は先輩一人ですかぁ?」
「え、あーうん。一人だよ」
慣れんな、この喋り方。
「でもでも、部活って4人は最低必要じゃなかったでしたっけぇ?」
「まあ俺が誰かと絡むのが面倒だったからな。適当にその辺の奴に署名させて申請書を提出したよ」
「マジすかぁ。じゃあ私もこの部活に入ってもいいですかぁ?」
は?話聞いてた?人と絡むの面倒だって言ったよね?
君も例外じゃないけど?
さっきまで泣いてたくせに随分と俺の領域にずかずかと土足で入り込んで来やがって。
「いや、ここは俺の部室だから君が入部することは許さないよ」
「えー、いいじゃないですかぁ。お願いしますよぉ」
くそ、こいつやたらとスキンシップが多いな。
自分の席で話を聞くって言っただろ?俺の隣に来んな。
あと、俺の腕をつかむな。ビッチか?
「無理なものは無理です」
「どうしても無理ですかぁ?」
「はい、どうしても無理です」
「ならいいです。勝手にここに居続けますので」
帰れよぉ。
泣いてるから気遣ってやっただけなのにいい気になりやがって。
もういい、君が帰らないなら俺が帰る。
「まあそれは勝手にしてくれたらいいけど、俺は帰るからね」
「え、ちょっと待ってくださいよぉ。私まだほとんど話してないですけどぉ」
「おい!はっきり言わないとわからないのか?迷惑だから帰れって言ってんだ!」
しまった。つい大きな声を出してしまった。
いけないいけない。俺らしくないぞ俺。
もっとクールに物事を見ないと。
「あ、ごめん。つい大きな声出しちゃって…」
「いや、まあいいですけど…」
さっきまでスキンシップが多かった春上さんはまた泣き顔になり下を向いてしまった。
こういう時、優しい男なら涙を拭ってやるのかもしれないが、あいにく俺はそんなことができるほど善人でもコミュ力が高いわけでもない。
「じゃあお疲れさん」
俺はリュックを背負い、駐車場に向かった。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!この状況で普通帰ります?」
立ち上がった俺を春上さんは手を掴んで止めた。
思った通りだ。こいつキャラ作ってやがったな。
何の理由でそんなことするのかは知らないが、少し腹立つな。
「スーパーの鶏肉が今日は半額なんだよ。早く帰らないと売り切れてしまう」
「一人暮らしなんですか?」
「そうだよ」
「じゃあ先輩の家に行ってもいいですか?」
「あ、無理です」
「え、え、え、嘘でしょ?この状況で断る大学生普通いる!?」
はい、います。僕ですが何か?
どうせ、俺ん家に来た後良からぬことをしようと考えてるんだろ?
君のようなビッチの手口にはひっからないよ。
「じゃあお疲れさん」
「ちょっと待ってください」
「何?」
振り返ると春上さんはまた俺の手を掴んできた。
俺の隣に来て、今度は俺の手を自分の胸に当ててきた。
同時に自分と俺が映っている場面をスマホで写真を撮ってきた。
「何?」
柔らかいのは認めるけど。
「え、この異常事態に気付いてます?今セクハラ現場を撮られたんですよ?」
「いや、気付いていないのは君だ。この写真だけでは俺がセクハラをしているようには受け取れない。寧ろ君が喜んで俺に胸を差し出してるように見えるただの変態画像だがいかがでしょう?」
実際、写っている画像の春上さんは笑顔で俺はきょとんとした表情だった。
これでは自分がビッチと言っているようなものだ。
「えっと…この写真をばら撒かれたくなかったら…私の言うことを聞きなさい…」
「あ、ばらしてもいいですよ。君の印象がガタ落ちだろうけどね。ていうか、ばら撒く友達がいないでしょ」
マジでこいつ何しに来たんだよ。
急に訪ねてきては泣き出して、挙句の果てには自分で墓穴掘ってるだけじゃねぇか。
「あなた、聖人ですか?ここから何か…発展とかあるでしょ!」
「まあ成人ではあるけどね。でも君とは何も発展しないよ。ただのボッチ仲間だ」
「もういいです!勝手に私が先輩の家に行きますから!」
「いいけど、締め出すよ?時間の無駄だと思うけど大丈夫?」
いいけど、締め出すよ?-我ながら中々のクソ発言である。
よくもまあこんな言葉が出てきたなと自分を称賛したいくらいだ。
「大丈夫です。絶対にあきらめませんから」
「そ。じゃあ勝手についてきたらいいよ」
まあいいけど、絶対に俺には追いついてこれないよ?
「そうさせてもらいます。とりあえず電車に向かいましょうか」
「あ、俺車なんで」
ゲームオーバー。
もう少し引っ張ってもよかったけど、纏わりつかれるのもうっとおしいのでここで終了のお知らせをしておいてやろう。
無駄な時間過ごさなくて良かったね。
「じゃあ私も乗せてください」
強情だね。
だが、もう君に策がないことは分かったよ。
「だから嫌だって。何で君を乗せなきゃいけないんだ?」
「お願いします」
諦めの悪い奴だ。
ここは素直に「わかりました」でいいのにやたらと俺にこだわってくるな。
もしかして俺が知らないだけで、君の両親の仇か何かなの?
「無理です。自分で何とかしてついてきて」
「車と電車じゃ全然違いますよ、家の前までは何とかしてくれませんか?」
「無理です。お疲れ様」
これ以上続けば本当に鶏肉が売り切れてしまうし、何より疲れた。
この子の相手をするだけで俺の精神が削られる。
俺は春上さんを残して教室から駐車場までダッシュで逃げた。
「待ってくださいよぉ」
油断をしていた春上さんは帰る用意を何も済ませていなかったせいか、手ぶらのまま俺を見送る羽目になってしまった。
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さてと、帰るか。
駐車場に着いて、BGM、ミラーのチェック、車の周りに石などが詰まってないか確認を済ませた。
車に乗り込み、エンジンをかけて発進した。
「せんぱーい、待ってください!」
春上さんは全速力で追いかけてきてギリギリのとこで俺に追いついてきた。
棟から出てきて駐車場にまで着いていた。
だが、俺の方が早い。もう既に出発してるし、春上さんの走り程度じゃ間に合わないだろう。
「せんぱーい、うわっ」
春上さんは俺の車が走り出したことに気付き走ってきたが、転んでしまった。
むむむ、仕方ない。
俺は車を止め、春上さんのもとに駆け寄った。
「春上さん、大丈夫かい?」
「やっぱり先輩なら助けに来てくれると思ってました」
さっき出会った君が俺の何を知ってるのかな?
「じゃあバイバイ」
「ちょっとちょっと!私足ケガしてるんですよ?送ってくださいよ」
春上さんの足から少量の血が出ていたのは確かだった。
しかし、その程度日常茶飯事くらいだ。
俺だってよくこけるし、よく血は出る。
「つばでもつけてれば治るよ」
「小学生じゃないんですからそんなことで納得できませんよ」
「うるさいなぁ。はい」
絆創膏を渡した。
「いやいや、女の子の傷なめないでください。絆創膏で治るわけないでしょ」
「俺はそこまで変態じゃない」
「舐めるってそういう意味じゃないですよ!」
「それに絆創膏は万能だ。大体何にでも効く」
「せめて、家まで送ってくださいよぉ」
また駄々こねられても困るからもう仕方ない。
「君の家ってどこなの?」
「え、いいんですか!?ありがとうございます。私の家は2つ隣の駅前です」
「実家?」
「いいえ、下宿ですけど」
「あっそ、じゃあ乗って」
「はい!」
春上さんは荷物を後部座席に置き、助手席に乗った。
「じゃあよろしくお願いします」
「うい」
もう一度、BGM、ミラーのチェック、車の周りに石などが詰まってないか確認をした。
「そんなことしなくても大丈夫ですよ」
「君は車を甘く見てる。事故があったら俺たち学生は終わりだよ?そういうことも考えて運転しないと」
「私のこと心配してくれるのはありがたいですけどお気になさらず」
「君の事じゃないよ!俺が事故に遭ったらまずいってことだ」
調子狂うな。
わざとやってるのか?
そんな春上さんを助手席に乗せたまま俺たちは学校を出た。
「ねえ先輩、女の子が助手席に乗ってるのに何も感じないんですか?」
「まあ好きな子だったら嬉しいけど、あいにく君はそうじゃないからね」
「むー、先輩のバカ」
「むー」とか現実世界で言う子初めて見たよ。
貴重なもの見させていただきました。
俺と春上さんは特に何も話すことなく、一つ目の駅の近くの信号で停止した。
「…」
「何か喋ってくださいよ」
「何もないから喋ろうにも喋れないね」
「いや、どんな子がタイプとか、好きな食べ物とか色々あるじゃないですか」
「君のタイプも好きな食べ物も別に気にならないからいい」
「…本当に大学生ですか?」
「は?」
え、普通に大学生ですが?
君は僕の話を聞いてなかったのかな?3年の工学部だって言ったじゃないか。
「普通大学生だったらもっと恋愛とかに興味持つじゃないですか。昨日彼氏とお泊りしたとか、同じサークルの人に告白されたとか」
「大学生が君たちみたいな人だけだとは思わない方がいいね。俺は勉強したいから大学に来たに過ぎない。恋愛なんかは社会に出てからいくらでもできる」
「そうじゃなくて!今しかできないこともあるじゃないですか!」
「ないね。もし本当にそんなことがあるとすればそれは勉学だけだよ」
「同じ人間とは思えませんね」
「君は何で大学に来たの?」
「え、それは、だって、ステータス的な?」
出ました。
教育の一環として、先輩として大事なことを一つ教えておいてあげよう。
「一つ君に教えてあげよう。大学を出ることは確かにステータスになるだろう。だが、それだけじゃ大学に通う意味などない。では、大学に通うことにおいてメリットとは何でしょうか?」
「えー、社会勉強とかコミュニケーション能力の向上とかですか?」
「違うな。答えは時間だ」
「時間?」
「そう、大学生の間は基本的に何をしてもいい。犯罪行為とか以外はね。だが、社会に出るとそうはいかない。社会に出るための準備期間、それが大学生だよ」
「え、違うと思いますけど」
「大学生は時間が有り余ってる。その有り余る時間をいかに有効的に活用できるかが重要になってくるということだ。もらった権利は有効的に使うべきだとは思わないか?」
「それはその通りですけど、でも別に恋愛やバイトが無駄な時間だとは思いません」
「そんなことは何のメリットにもならない」
「その中で学ぶことだってあるでしょう?別に勉強を頑張るだけが大学生じゃないですよ」
「見解の相違だね。僕はそうは思わない」
まあこの子には俺の言うことなど理解できないだろう。
俺と君たちでは意識も頭脳もレベルが違うからね。
「先輩は頭でっかちなところを直さないといけませんね」
「僕の意見が正しいことに間違いはないだろうが」
「そう思ってることが既に間違いです」
「は?」
なんだこの女。
俺に逆らおうってのか?おう、やってやろうじゃないか。
「自分の意見以外を受け入れられない時点で先輩は大したことありませんよ」
「僕が大したことない?」
この時から、俺は春上さんが何を言っているのか理解できなかった。
「はい、本当に優秀な人は自分以外の意見もどんどん取り入れてそこからより良くしていこうと思うものです。先輩は、正義は常に自分にあると思ってる残念な人ですよ」
「残念な人…だと…」
「もっと周りをよく見てください。先輩のはただの独りよがりです」
「…お前に…お前に俺の何が分かるんだ!」
「うっ…」
俺は春上さんの首を絞めたらしい。
正直この時の記憶は一切ない。
「せん…ぱい…」
「お前みたいな奴なんかに俺のことが分かってたまるか!」
「や…めてくだ…さい…」
春上さんの消えそうな声で俺は我に返った。
どうしてこんなことをしてしまったのかよくわからない
俺は慌てて春上さんの首から手を離した。
「ご、ごめん。春上さん」
「げほっ、げほっ」
春上さんは首を絞められた衝撃で息がまともにできなかった。
「大丈夫?」
「大丈夫です。私の方こそごめんなさい」
「どうして春上さんが謝るの?」
「ちょっと心無いことを言ったと思います。すいません」
「いやそんなことは…」
「私の方は大丈夫です、心配しないでください」
「ごめん…」
俺たちは変な空気のまま車を走らせた。
その後一言も話すことなく、2つ先の駅に着いた。
春上さんも気を遣って何も言わないでくれたのだろう。
「春上さん、着いたよ。ここから一人で帰れる?」
「はい、大丈夫です。げほっ」
「本当に大丈夫?」
「げほっ、大丈夫です。私結構丈夫な方ですから」
やっぱり心配だ。しかも一人暮らしだったら何か起こった時に対処できない。
「ねぇ、もしよかったら俺の家来る?」
「え、急にどうしたんですか?」
「一人じゃ心配だし、俺の狂った行動でそうなってしまったから責任取りたいなって…」
「ふふ、じゃあお願いします」
春上さんは満足そうに俺の提案を承諾してくれた。
普通首絞められた相手の家に行きたいと思わないと思うけど、この子は俺が自分で満足いくまで付き合ってくれているのだろう。優しいからな。
こんなことで罪滅ぼしにならないかもしれないけど、せめて今日くらいはそばにいてあげないと。
「俺の家もこの近くだから、すぐに着くよ」
「はい」
俺は駅から自宅に帰った。
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「先輩、鶏肉の半額行かなくていいんですか?」
帰宅した春上さんは部屋でくつろいでいた。
俺はそわそわしたまま部屋をうろうろしていた。
「うん、もうそんなことどうでもいいよ。それよりも首の方は大丈夫?」
「心配しすぎですって。大丈夫ですから」
春上さんの首には俺の手の跡がまだ残っているほど強く締めてしまったのは明らかだった。
大丈夫なわけあるか。女の子の体に傷つけて俺はクソ野郎だ。
「あの…春上さん」
「どうしたんですか?」
「今日の事学校に言ってくれていいからね」
「え」
「あんなこと犯罪行為だ。俺はその責任を取る必要があるから」
「そんなことしませんけど?」
「いや、俺は君に対して責任を取る必要があるんだ。お願いだ、俺のためにも学校か警察に言ってくれ!」
「責任…ですか」
「そうだ、君の大切な体に傷をつけてしまった責任を俺は取らなければいけない」
「だったら、私のお願いを一つ聞いてください」
「そんなことでいいの?」
「はい。じゃあ言いますよ」
「うん」
「わたしに生涯服従」とかだろうか?それとも「金よこせ」とかだろうか?
何でも引き受ける覚悟はできている。
俺は取り返しのつかないことをしてしまったのだから。
「言いますよ…」
「うん」
何でも言ってくれ。
「言いますよ…」
「う、うん…」
いいよ、覚悟はできてるから。
「あの…私と付き合ってください!」
ん?頭の処理が追い付かない。
付き合う?俺と春上さんが?加害者と被害者が?
え、え、え、
「え」
「私前から先輩のこと好きだったんです!だから付き合ってください」
「…」
「実は前から私の学部で噂されてたんです、先輩の事。成績優秀な生徒がいるって」
「…」
「それで、先輩の顔を一目見ようと工学部の授業に入り込んだら噂通りの頭でっかちの人がいました。何か同級生の人にあーしろ、こーしろって命令してました」
「あの…ディスってる?」
「ディスってませんよ。次の授業までにレポートを出さないといけなかったんですけど、先輩は他の同級生の分も全部まとめてやってるのを私見ました。それを見てあーこの人実はいい人なのかなって思いました」
「それだけ?」
「それだけですよ!それだけで今日ペーパー部に行ったんです。そして初めて先輩と話してみて楽しいなって思いました」
「でも!俺は…」
「さっきの事に関しては私も悪いって言ったはずです。全然気にしてません」
「…」
「だから、私を先輩の彼女にしてくれませんか?」
「でも、俺勉強優先したいし…」
「空いてる時間構ってくれたらいいです」
「女の子と付き合ったことないし…」
「私がリードします」
「友達いないし…」
「私もいません」
「本当に俺なんかでいいの?」
「先輩がいいんです」
「じゃあよろしくお願いします…」
「はい、よろしくお願いします。え、緊張してます?」
「そりゃそうだよ…初めてだし後輩だし」
「彼女に対して後輩って言わないでください」
「え、じゃあ蓮ちゃん?」
「はい、幸太郎君」
確かに俺は色々拗らせるが、だからと言ってこんな状況で緊張しないわけではない。
正直、さっき春上さんと話してる時もどうしようかと緊張していた。
俺に関わると春上さんも良くないことに巻き込まれるかもしれないからなるべく近づけないようにしていたけど、彼女になったら仕方ないよね。
「幸太郎君、今日はこの後何するの?」
「えっと、パチンコにでも行こうかと…」
「は?パチンコ?」
「え、うん。ダメかな?」
「ダメに決まってるでしょ。そういうのじゃなくて私と何もしないの?」
「えっと、エッチ?」
「違うから!私いきなりそんなことしないから!」
「ご、ごめん。じゃあ俺パチンコ行ってくるよ」
「行くな!家にいろ!」
うーん、やっぱり女の子との絡み方はよくわからない。
まともに話したことすらほぼないのにいきなり彼女とか言われてもどうしていいかわからない。
「俺は何をすればいいの?」
「ふつう彼女に聞くかね。まあいいけど、じゃあ一緒にゲームしようよ」
「ゲーム?いいけどパチンコの方が面白いよ?」
「パチンコは行かないから!彼女とパチンコデートとか嫌でしょ」
「その辺はよくわからん」
「あの、いつも通り話してくれていいからね」
「うん、でも何かいざこういうことになるとどうすればいいかわからないや」
「さっきまでの先輩はどこ行ったんですか」
「どこかに飛んでいきました」
「ほら、早くゲームしよ」
「うん」
俺は蓮と一緒に最新のゲームをすることになった。
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「蓮、もう寝ないか?0時回ってるよ?」
「えー、このステージクリアしてからね」
俺と蓮が付き合って2か月が経っていた。
蓮は俺の家に入り浸り、家に来てはゲームばかりをしている。
最近は俺のことなどほとんど相手にせずゲームにしか目がない。
「蓮、早く寝ようよ」
「幸太郎はエッチしたいだけでしょ」
もはや俺の方は向かず、テレビに目をやりながら、俺の本音を見透かすくらいには仲良くなっていた。
「そんなことないよ。明日デートに行くから早く寝ないと」
「ま、そうだね」
俺は蓮と一緒の布団に入り、体を寄せあった。
「蓮、今日もいい?」
「今日はダメ。明日早いから」
俺はすっかり蓮に惚れてしまい、初めの頃の関係はすっかり逆転していた。
蓮と付き合ってからはパチンコにもいかずに二人で過ごす時間が増えた。
俺は付き合った次の日、病院に行った。
医者曰く俺は精神異常者だった。
自分の事を時折制御できないほどに俺の精神は病んでいた。
このことが原因で蓮に対してあんなことを行ってしまったのだ。
今は蓮と協力して俺の症状は回復へと向かっている。
彼女によって俺は救われたのだ。
感謝しても仕切れないくらいの恩を彼女に貰ってしまった。
自分を殺しかけた精神異常者の彼女になろうなんて普通思わない。
それでも蓮は俺を選んでくれた。
俺は一生をかけてこの子を守っていこうと決めていた。
それほどに俺は彼女にぞっこんだった。
「蓮、ありがとう。俺を助けてくれて」
「私は何もしてないよ。幸太郎が自分を変えようとしたからだよ」
「ううん。蓮がいてくれたから俺は人の道を踏み外さずに済んだんだ。本当に感謝してるよ」
「どうしたの?いつもはそんなこと言わないのに」
「蓮の事を好きになって良かったと思ったから」
「ば、ばっかじゃないの!もう寝るから!おやすみ」
「うん、おやすみ」
そして、明日は初めてのデートだ。
何だかんだあって、ちゃんとしたデートはまだ一度も行けてない。
明日の事を考えるだけで胸が躍る。
さあどんなことをしようかな。
その時、蓮の携帯が鳴った。メールでも来たのだろう。
蓮は携帯を見て返信をして俺に一言言った。
「あ、ごめん。やっぱり私帰るね」
「え、泊っていけばいいのに」
「今日友達が家に来る予定だったの忘れてた」
「友達いるの?」
「あ、うん。この前仲良くなった子なんだけどね、家で一緒に遊ぼって言ってくれたんだ」
「そっか、じゃあ仕方ないね。明日は10時に蓮の家に向かいに行くから」
「わかった、じゃあおやすみ」
「ん」
「なに?」
「おやすみのキス」
「何言ってんの?じゃあね」
蓮は怒りながら家を出て行った。
怒った表情も可愛かった。
付き合った当初はこういうこともしてくれていたけど、最近は全くさせてくれない。
とはいえ、こんなこと強要したくないし蓮がしてくれる時だけで十分だ。
さてと、寝るか。
ん?これは蓮の携帯か。
さっきまで持っていた携帯を家に忘れるなんて…ドジっ子だなぁホント。
仕方ない、今なら走れば駅まで間に合うだろう。
俺は寝間着のままだったので適当に上の服を着て蓮を追いかけた。
家を出て、100mほど先の車に蓮が乗り込むのが見えた。
車はそこで停車したまま発進しなかった。
誰かが迎えに来てくれたのか?
俺は急いで車に近づいた。
俺が車に着いてもまだ発進しようとしない。
助手席の窓から中を覗いてみると蓮と男がねっとりとしたキスを交わしていた。
「彼氏はいいのか?」
「あんな奴彼氏じゃないから。首絞められた時とかマジで死ぬかと思った」
「クソ陰キャのガリ勉君にはお前はいい女過ぎたな」
「私は郷君だけのものだからね」
「悪い女だな。まあ俺がやれって言ったんだけどな」
「そうだよ、じゃなきゃあんな奴と付き合うわけないじゃん。もういいから、早く行こ」
「朝まで楽しませてやるよ」
「うん!」
そこからの記憶はない。
最後に見たのは蓮が男に向ける嬉しそうな笑顔だけだった。
後から知った情報によると、蓮は男とは随分と前から付き合っていたらしく、友達も何人もいたそうだ。
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これが、俺が知っているシャバでの最後の記憶だ。
俺は今刑務所にいる。
この手紙を読んでいる君に最後に一つだけ伝えておこう。
「自分だけを信じろ、他人は信じるな。」
ちなみに俺はまだ蓮を愛してるよ。
連載中の作品もございますのでよろしければそちらの方も読んでいただければなと思います。
作品に対するコメントや意見などもお待ちしております。