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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ある婦人警官の夢日誌

作者: TATSUYA HIROSHIMA

ここ数日、同じような「夢」を見る。

あまりにもリアルな「夢」であり、目で見るものや触ったもの、匂いにいたるまで、すべてがあたかも現実であるかのような「夢」。

この「夢」には、一体どんな意味があるのだろうか?もっとも、意味など存在するのだろうか?

「夢」とは睡眠時に見る無意識的なものであると勝手に解釈していたが、世界にはこれを「神の啓示」と取る解釈もあるらしい。

私の潜在意識の中で、何かを伝えようとしている者がいるのか?ならば、一体なんのために?

考え始めたらキリがない…。

同じ「夢」を繰り返し見るようになったのは、1週間前からである。

私は、小町沙良。婦人警官として自宅からほど近い交番に勤務している。日夜、交番にやってくるのは飼い猫や迷子の捜索、万引き、痴漢といったごくごくありふれた事件ばかりであり、そのほとんどが無事に解決される。

思えば、私の警官人生は平和的なものだった。これまでに警棒や銃を抜いたことは一度もないし、犯人を走って追いかけて確保するなんて刑事ドラマのような出来事もなかった。

それでいて、規則は厳しく、異性との出会いも少ない。なおかつ、近所の変質者の相手もしなければならない。

刺激を求めて、世のため人のためになる職業に就きたくて、選んだこの道だが、もういっそのこと普通のOLにでもなっとけば良かったなと思うような毎日。

唯一の楽しみと言えば、昼休みに交番の近くのスーパーで、激安の日替わり弁当を買うことぐらいだ。休日以外のほぼ毎日、通い詰めているため、パートのおばさんや店長、お客さんたちとも親しくさせてもらっており、昼時になると、「小町ちゃん、今日は〇〇弁当よ~」などと近所のおばちゃんが声をかけてくれたりもする。

それを聞いた同期の新庄匡から「食い意地が張ってるな~」といびられたり、部長の田中からは「もっと仕事に集中してくれ」などと声を掛けられる。

もはや、これらの出来事が日常化してしまった刺激のない一日が終わり、今日も自らの職務を全うして、家路につく。それが私の毎日だ。

そんなある日のことだった。とぼとぼと帰り道を歩きながら、強烈な睡魔に襲われた私は、自宅に到着するなり、ベッドに直行。シャワーも浴びずに、そのまま寝てしまった。


1回目。

そこはいつも行くスーパーの中だった。

制服を着た私は、いつものようにお弁当売り場で日替わり弁当を手にしようとしている。

「今日はトマトソースのハンバーグか~。最近、ハンバーグのソースを変えただけのパターンが多いな」と心の中で思いながら、あたりを見回している。

すると、「おぇおぇおぇーーーー!」という叫び声のようなものが聞こえてきた。

近所でも有名なクレーマー親子である。障害を抱えた車いすの娘を連れながらやってくる年配の女性。おそらく母親だと思われるが、店に何かしらの難癖を付けにしょっちゅうやってくるのだ。お決まりのセリフは「障害者だからってバカにして!」。私も何度か対処したことがあるが、お客さんたちも彼女たちの騒動にはうんざりしている。

今回はどうやら、娘さんが好物のポテトサラダが売り切れだったことで声を上げ、これに腹を立てた母親が「障害者の娘を連れて、わざわざ来たのに!」と店長を怒鳴りつけているようだ。彼女たちは、その一言を吐き捨てて、その場を去った。

店長はこちらに視線を送り、「困ったもんだね」と一言呟いて、バックヤードへと下がっていった。

私はハンバーグ弁当を手にレジへと向かい、相変わらず激安の499円を差し出し、店の外に出た。

その瞬間、鼻を突くような強烈な匂いに襲われた。鉄のような錆のようなその匂いに吐き気をもよおしたのも束の間。あまりにも残酷で凄惨な光景が目に飛び込んできた。

恐らく男性のものと思われる腕や足が転がり、大量の血があたり一面を赤く染めているではないか。

何が起こったのかもわからずその場に立ちすくむ、私。警察を呼ばなければとスマホを手にするが、瞬時に自分が警官だということに気づかされる。

経験したことのない状況の中で、どうすることもできず、悲鳴を上げる人々の喧騒をかき分けて、私は自宅への道を歩んでいく…。


目が覚めると、そこはベッドの上だった。

制服を脱ぎ捨て、下着姿のまま寝てしまったようで、全身が汗でベタベタだった。

虫唾が走るような悪夢に、心臓の鼓動は発作を起こしそうだった。

すぐさま、気を落ち着かせるためにコップ一杯の水を飲み、シャワーを浴びる。

落ち着いたところで、制服に着替え、今日も変わりない日常を歩みだす。

しかし、どうしても昨夜の「夢」が頭にこびりついてしまう。職務中もボーっとしてしまっていたのか、新庄が「なに物思いにふけってんだよ?」と声をかけてきた。

私は「いや別に」とボソッと言うだけにとどめた。職場で「夢」の話なんかしてしまったら、バカにされることは目に見えている。

新庄とは同期であるが、そこまで仲が良いわけではない。この交番に配属されてから、知り合い、同期だと知った程度の仲だ。部長も含めて、2、3回ほど会食をしたものの、親交が深まることはなかった。

そんな上辺だけの同期仲である彼に、こんな話をしても仕方ないため、私は気分を紛らわすために、早めのランチタイムをとることにした。

今日の日替わり弁当は、焼き肉弁当。私の一番好きなお弁当だ。「ラッキー!」と思いながら、気分良くレジへと向かった。

それからというもの、私の頭の中から昨夜の「夢」の記憶は消し去られ、報告書を書くことに一点集中して、午後6時に帰宅。夜間の在中は新庄に任せた。

しっかりと制服をたたんで、シャワーを浴び、夕食を取ってから、テレビを少しだけ見て、寝床に就く。


2回目。

スーパーのお弁当売り場。

店長を怒鳴りつける親子、こちらに目配せする店長、そして、トマトソースのハンバーグ弁当。レジへと向かう私は、ふと時計を見つめる。12時33分。昼休みは12時30分から13時までの30分のため、今日はゆっくりと食事ができるなと安心した。

その瞬間、「ドン!」とお客さんの肩と接触。「あっ!すみません」とっさに謝ったが、その男性は無言で立ち去っていく。

なにやら、背中に皮のケースに入った長細い棒状の物を背負っている。「野球のバットか何かかな」と思いながらも、そのままレジへと向かった…。

店を出ると、鼻を突くような強烈な匂いに吐き気がした。鉄とも錆ともとれるその匂いがしたのも束の間。あまりにも残酷で凄惨な光景が目に飛び込んできた。

恐らく男性のものと思われる腕や足が転がり、大量の血があたり一面を赤く染めている…。

警察に通報しようとスマホを手にした瞬間に、「これはどこかで見たことがある」という錯覚に陥った。それでもどこで経験したのか思い出せない。あたふたしているうちに、目が覚めた。


全身が汗でベタベタだった。

また悪夢にうなされた。心臓の鼓動は前日と同じく、発作を起こしそうだった。

すぐさま、コップ一杯の水を飲み、シャワーを浴びる。

すっかり「夢」のことを忘れていた私の頭だが、潜在意識の中に鮮明に残っていたのだろうか?

2日連続で同じ「夢」を見るという経験が初めてだったため、しばらく仕事に向かうことができなかった。


その日は、一日「夢」のことを忘れずにいようと心がけた。

何か言いようのない力が働いているような気がして仕方なかったからだ。

昼休みにデミグラスソースのハンバーグ弁当を食している時も、頭の中は常に「夢」のことでいっぱいだった。

帰宅の道中、「今日もあの悪夢をまた見るのか?」と少しだけ家路につくのがおっくうになってしまい、ちょっとした回り道をすることにした。

交番とスーパーは駅前にあるため、仕事帰りのサラリーマンや学生が帰路を急ぐ時間帯である。

私は交番に配属された3年前に、この近所に引っ越してきた。昔からあるであろうタバコ屋や昭和感を漂わせる戸建てが立ち並ぶ住宅街にポツンとあるアパート暮らしである。

そんな古き良き街並みを楽しみながら帰宅しようとしていた矢先に、私の横を自転車が通り過ぎる。

自転車に乗ったその男性は、背中に細長い棒状の物を背負っていた。「野球でもしてきたのかな」と、その時は思ったぐらいで、たいして気に留めなかった。

しかし、自宅に到着し、靴を脱ごうとした瞬間に、さっきの男性が「夢」にも登場していたことに気づかされる。

一度も面識のないあの男性が、なぜ私の「夢」に出てきたのかはわからない。この状況を全く理解できなかった。

私の頭の中は「夢」のことでいっぱいになり、どこか寝ることに対して恐怖さえ抱くようになってしまった。

それでも、明日の仕事のためにも睡眠をとらなければならない。警官にとって、集中力を欠くことは命取りになるからだ。

昨夜は「夢」のことを忘れた状態で就寝したが、今日はしっかりと憶えている状態での就寝となる。果たして、何か変化は起きるのだろうか?


3回目。

私の意識がスーパーのお弁当売り場へと飛ばされた。

これまでとは違い、今のこの現状を頭は理解しているようで、何度目かの経験だと認識できている。

とはいえ、「夢」の中の自分をコントロールすることは不可能。成り行きに任せることしかできない。

いつも通り、クレーマー親子の怒号が飛び交い、店長がこちらに目配せ、トマトソースのハンバーグ弁当を手にレジに向かう。時間は、12時33分。その最中に、棒状の物を背負った男性とぶつかり謝罪。

ここまでは同じだった。ここからさらなる詳細が明らかになっていく。

レジには行列ができており、お菓子売り場のほうまで続いていた。「これは長くなるな」と思いながら、妊婦の女性の後ろに並ぶ。その女性は後ろを振り向き、「今日は混んでますね」と言った。昼時のスーパーは、お弁当や総菜がタイムセールになるため、混んでいることが多いが、今日は人一倍混雑している印象だった。そのことを彼女に伝えると、「お詳しいですね」と言われた。私は相槌を打つのみにとどめ、時計を確認。12時40分。あと20分で昼休みが終わってしまう。今日はスピード飯になることに落ち込むが、目に飛び込んできた日替わり弁当のカレンダーを見て、気分が高揚した。明日は焼き肉弁当ではないか。週に一度は訪れる焼き肉弁当の日がやってくる。そう思うと、翌日の仕事が一層楽しみになった。

そうこうしているうちに、自分の番がやって来た。いつも通り。499円を差し出し、店を後にする。

店を出ると、おなじみの凄惨な光景が広がっていた…。


起床後、私はすぐにノートを取り出し、これまでの状況を書き留めた。

どうやら平日の12時30分~13時までの間に起きることらしい。「夢」に登場する人物は、障害を抱えた車いすの娘を連れるクレーマー親子、店長、棒状の物を背負った男性、妊婦の5人と私。

彼らがどんな影響を及ぼしあっているのかは定かではないが、いてもたってもいられない状態だった。

すぐに制服に着替え交番に向かい、昼休みを迎えた私は、スーパーの日替わり弁当のカレンダーを確かめた。今日金曜日はバジルソースのハンバーグ弁当、週明け月曜日は焼き鮭弁当、そして来週の火曜日こそがトマトソースのハンバーグ弁当であった。

「これは何かある」と睨んだ私は、まず仲間を探そうと思った。新庄か部長か、はたまたスーパーの店員たち。誰にしようかと悩みに悩みぬいた末に、まず新庄に声をかけた。一連の「夢」の話を彼にしたのだが、予想通り彼は信じようとしなかった。「弁当のことばかり考えてるからじゃないの?」と笑い飛ばされた。

しかし、これは予想していた通りの展開だ。こうなってはスーパーの関係者しかいない、一警察官として、このような突拍子の無い話をするのは非常に気が引けるのだが、他につてがないため、店長に声をかけた。

説明を聞いた店長は意外にも信用してくれた。なぜ信じてくれたのかはわからないが、怪しい人物は報告するということで決まった。

土曜日と日曜日は休みのため、念入りに準備をして、来週の火曜日に備えようと心に決めるのだった。


これは現実に起こることかもしれない。「神の啓示」かもしれない。と思い始めた途端に、その悪夢を見ることはなくなった。

気が付けば週明けの月曜日になっており、運命の日が明日に迫っていた。

休日だった2日間で、スーパーの周辺の調査や夢の中に登場する人物の背景を見つめなおした。

その中で、やはりあの棒状の物を背負った男性が怪しいと思い、月曜の出勤後に再び、回り道をして帰宅することに決めた。

帰宅途中、運命の歯車が噛み合うように、その男性とすれ違った。

私は意を決して、彼を尾行することに決め、素性を突き止めようとした。

男性は、歩いて駅へと向かっているようだった。今日も棒状の物を背負っている。中身は一体何なのだろうか?外観は野球少年が背負っている革でできたバットケースにも見えるが。

その後、男性は驚くことにスーパーに到着。なんと、バックヤードへと消えていった。

一体どういうことだ?近くにいた店長に話を聞くと、どうやら男性はスーパーの従業員らしい。夜間のシフトで働いているのだという。確かに夜間であれば、面識があるはずもない。では、あの背中に背負った棒状の物は?店長に聞いてみた。すると、「あぁ、あれは旗竿ですよ。」と答えた。

「旗竿?」

「えぇ。ほら店の前に〇〇セールとか〇〇市場とか、店の宣伝のようなものを掲げるでしょ?あれに使う。伸縮自在の竿ですよ」

驚きを隠せなかった。いや、私がただただ巧みな想像力で、話をややこしくしていただけの話だ。

よくよく考えてみれば、このスーパーは店前に旗を掲げている。全く持って当たり前の話である。

しかし、ここで疑問が沸き上がってきた。なぜ、いっぱしのアルバイトである彼が竿を持ち歩いているのか?

「うちの店で持っていた竿が折れてしまったので、彼の自宅にあった竿を貸してくれたんです。毎回、彼はそれを持ち帰っては持ってくるんですよ」

あまりにも単純明快すぎる回答に、私の頭はどうにかなってしまったのではないかと思った。

一つ一つの話を飛躍させ過ぎた…。急に自分が恥ずかしくなり、私は店長にお礼の言葉を告げ、その場から走り去った。

新庄の言う通り「弁当のことばかり考えすぎたのか?」、刑事ドラマのような状況に憧れ続けたせいか、そんな私を見かねた店長は同情から親切に対応してくれているのか?

負の感情が雪崩のように押し寄せてきて何もかもが嫌になり、自分が行っていた馬鹿げた捜査が無駄にしか思えなくなった。

自己嫌悪に襲われた私は、帰宅するとそのまま寝床に就いた。


4回目。

今回は初めて、レジの前から幕を開けた。

トマトソースのハンバーグ弁当を手にしながら、スーパーの入口の方に目をやると、店長とアルバイトの竿を背負った男性が口論している。

何が原因で口論に発展したのかは聞こえないが、店長がかなり感情的になっている。

「お客様?お客様?」

レジの店員が私に向かって話しかける。

「すみません。」と言い、499円の弁当を手渡す。

その目を離した一瞬の隙に事件が発生したのか?私は、4度目となるあの光景を目の当たりにするのだった。


目覚めると、背筋に寒気が走った。

「まさか店長が?」心でつぶやいたはずが、声が漏れていた。

そして、今日は運命の日だ。

自分の考えに疑心暗鬼になっている場合ではない。あの残酷な事件は絶対に食い止めなければならない。そう決めて、私は制服に身を包んだ。

この1週間、起こるかもわからない事件と全身全霊で向き合ってきた。

退屈だった日常は終わりを告げ、いつしか、警官としての自分の行動に誇りを持てるようになっていた。

確かに、夢を頼りに行う捜査は一線を越えていたかもしれない。自分が恥ずかしくなった時もあった。それでも、私は世のため人のため、警察官になったのだ。

ほんの少しでも事件へと繋がる情報があるのならば、全力で取り組まなければならない。

これこそが、まさに私が追い求めていた「夢」なのだ。

そして、運命の火曜日、私は人生を大きく変えることになる大事件に遭遇することになるのだろう…。


………新庄は日誌を閉じた。

「これ読みました?」部長に尋ねた。

「あぁ。それか…」部長はとっさに答える。

「まさか初めて銃を抜いた瞬間が、‘‘あの時’’だったとは」新庄は同期の凶行に驚きを隠せなかった。

部長は、「銃声を聞いて駆けつけた時には何かにとり憑かれたように錯乱状態だった。目撃者によると、突然、スーパーにやってきて、店長に銃を向け、有無を言わさず発砲したそうだ。彼女は何かを呟きながら笑っていたよ。確か、『これで「夢」は回避された』だったかな」と回想する。

「そういえば、前に「夢」がどうのこうのって言ってたっけ。その時は、うわ言でも言っているのかと気に留めなかったのですが。まさかこんなことになるとは…」新庄は、そっと日誌を事件の証拠箱の中に戻した。

これは、同じ「夢」を繰り返し見続けた、ひとりの婦人警官が残した日誌を基にしている。

彼女が、この後、「夢」を追いかけて向かった先に何を見たのかは定かではない。

「夢」とは、睡眠中にあたかも現実であるかのような体験をする心象である。

心に秘めた願望や願いを映し出すことも多く、それが「神の啓示」だととらえる見方もある。

稀にではあるが、「夢」の中で「夢」だということを自覚できることもあり、今この瞬間も、あなたは「夢」の中で、自らの意思を持って行動しているのかもしれない…。

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