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人の繋がり

自ら振込を週末と定めたのですから、次は無事に迎えるために休日出勤を避けねばなりませんので、その後は捗良くなかった事も祟って帰りも遅くなる日々が続くことなりましたが、求められるであろう仕事へ打ち込み時間の余裕を作る事に専念し、どうにか休日出勤を避けて振り込みを終わらせました。


いくら彼方が不躾あって応える義理が無いとしても、交わした以上は約束ですから、遅れて相手から何か言われるのも精神衛生上あまり好ましくないと思っていましたので、こうして週末に振り込めば月曜には届くだろうし、これで当面の問題は解決するだろうから、暫くは事の成り行きを見ようと考えて少しだけ気持ちも軽くなった私は、久しぶりに誰かと酒でも飲みたいと思い、最近連絡がすっかり減っていた友人の電話を鳴らしました。


「もしもし、久しぶり。今話して大丈夫?」


そんないつも通りの軽い口調で話を始めましたが、どうにも反応が鈍いように感じます。


「あ……、え、うん、たぶん大丈夫……」


彼は夜勤業務メインの生活で以前より不眠症を患っており、昼間は薬のせいで反応が少し鈍くなることが多かったのですが、それとは違う鈍さで私は嫌な予感がします。


「もしかしてまた寝れてないの?」


「いや……、今凄く精神的に参ってる……。なんかこのままで良いのか分からなくなってきた……」


電話越しに感じたもしかしてが、彼の言葉で確信に変わってゆくの感じ、ついに来たかと思う反面、どうしてもっと早く頼ってくれなかったという気持がこみ上げてきましたが、彼は私の事を兄のように慕ってくれているとの自負もありましたので、迷惑を掛けたくないと必死で堪えていたのだろう彼に問いかけました。


「何があった?言える事は全て言ってくれ」


アニメとゲームが好きだった彼は、毎年同人即売会に行くほど好きだったのですが、ここ数年はオタク系趣味の話もどんどん減っており、せいぜい出たとしても数年前からやっているネットゲームと日曜の少女向けアニメの話位でしたから、大きな変化が起こっているのだろうと思ってはいましたが、たとえ友人であっても多少提案はしたとしても、助けて欲しいと語ってくれるまでは手を出してはいけないと、彼が自ら語ってくれる日を待っていました。


私が言える言葉。いえ、今言うべき言葉はこれだと信じて伝えると、彼は重い口をゆっくりと開き始め、自らの置かれた状況を話し始めましたので、私はそれをただ黙って聞きます。


「実はさ、もうずっと前からすごくしんどいんだよね。薬を飲んでも寝れなくて、おなかの調子も悪くて、首も足も痛くていつだって苦しい……。気持ちもずっと落ち込んでて、毎日酒と薬を一緒に飲んで無理やり寝ててさ……。こんなに辛くて先が見えないのなら、もう消えてしまいたいってずっと思ってて……」


自らの苦悩を絞り出すように、これから先の恐怖と戦うように、拙くも必死な言葉達を絞り出す彼の声が電波に乗って、私の心に突き刺さるように届きます。彼が苦しみの中で身を切るように語る言葉。その一つ一つにこれまでに見落としていた出来事の重さを噛みしめながら、何かを言いたいと思っても噛み殺しながら耳を傾けます。


「だからさ、俺、どうすればいい?俺……、ここまでずっと俺を見捨てなかった陽さんの言葉なら信じれるから、甘ったれてるってわかってるけどさ、どうすればいいかさ、教えて……、助けて欲しい……」


自堕落な所がある彼には色々と厳しい事も言ってきましたが、彼との付き合いは十年以上になり、それ以上に彼の憎めない不器用さや優しい部分が好きになり、生涯の友だと思っていましたので、全力で応える気持ちでいっぱいになりましたが、何をして欲しいかをきちんと聞かねば追いつめてしまうだろうと思い、いつも通りの口調を演じ、普段と変わらない返事を返しました。


「OK。話したい内容はわかった、詳しく聞きたいし一度会って話そう。家で待ってて、着いたら電話するよ」


そう言うと彼は泣きそうな声で、ただ一言呟きました。


「ありがとう」


「気にするな、親友だと思ってるヤツが助けて欲しいっていうんだ、それならいつだって助けるよ。だから少し待っててくれ」


短くない付き合いですし、ここまで彼を追い詰めた理由に辺りもありますが、それだけではない何かもあると感じますから一度会って話したいと、私は彼との出会いを思い浮かつつ車を走らせました。


たった十年、されど十年。その月日の長さは人にとって様々でしょうが、私にとって彼と歩んだ十年は掛け替えのないもので大切な思い出もたくさんあります。


初めて会った時は身近にオタクの部下がいて、当時の私は余りオタク文化に関心が薄くて部下へ上手く接する出来ずにいましたので、SNSや掲示板などで様々な趣味の方と出会って解決法を模索していた頃でした。

第一印象は「身なりの不潔な気持ち悪い系のオタク」だったのですが、話してみると話好きで自分の好きなモノを一生懸命面白可笑しく話す姿に好感を覚え、帰る頃にはもう一度会ってみたいと思える位に彼の事を気に入っていたのを今でも覚えています。


そうして何度か出会っていくうちに、彼が私にこう言いました。


「俺さ、陽さんに感謝してんだよね、ほら、俺って太ってて格好もアレだしキモいでしょ?あっ、返事はいいよ、わかってるし言われると凹むから」


彼と出会って数カ月が経ち、何度目かのオフ会の帰りに聞いた、何度となく聞いて慣れてしまった軽口。また何か変な事でもいうのかと、少しワクワクしながら待っていた私に掛けられ言葉は、恐らく彼が思った以上に私の心を掴んだものだったと思います。


「まぁ、それは置いといてさ、陽さんってあんまそういうの気にしないっていうか、気にしてても俺の中身も見てくれるじゃん。だからさ、グッズ買うなら服買えとか髪を切れとか、こういうお小言は確かに煩せーなって思う時もあるけどさ、同時になんつーか、この人は自分をまっすぐ俺を見て心配してるから言ってんだろなって、そういうトコ位は俺だって分かるし、なんか嬉しいって思うんだわ」


「だったら今度一緒に服でも買いに行くか?一人だったら店員が怖いだろうけど、俺が相手をするし似合うの見繕うよ?」


「いやいや~、それはまた今度でいいわ。まぁさ、話を戻すとね、なにより興味が無い事でもきちんと聞いて一緒に楽しもうってしてくれるしさ、こう、あんたと話しするの楽しいし、こういうのもいいなーって最近は思ってる。そのー、なんだ。有難いなーって思ってるよ?ホント、マジで……。って俺なんかキモいこと言ってんなっ!うわー、徹夜明けのテンションってマジ恐ろしいわ……」


徹夜帰りの助手席で朝日を浴びながら、彼が少し照れ臭そうに自虐的な笑顔で呟いた言葉を聞いた朝、彼とのいつ切れるともしれないネットの知り合いという不確かな関係に寂しさを覚え、私は彼と本物の友達となろうと言って本名を教え、本当の意味で友達になった日を今でも覚えています。


「だったら今日から君と俺は友達だっ!俺の名前は××○○改めてよろしくな。そして俺がしつこいのはお小言で知ってるんだろ?だったら諦めて本名を教えろよ、ほら早く教えろ!」


「ぶっ、ぶははははっ、なんだよそれっ、新手の脅迫かよ!そういう恥ずかしい事はっきり言うから陽さんはずりーんだよ!わかった、わかったからとりあえず前見て運転してっ、おっけ、俺の名前は……」


そんな強引な私の言葉を笑って、名前を教えてくれた彼に自分ができる事は多くない、お前は神の様な万能の存在じゃない。だから寄り添うべき所を間違えるな、ここまで一人で耐えて見せた彼が弱い筈など無い事は、他ならぬお前自身が誰よりも見てきたのだから、己に課せられた領分を間違えずに踏み込みすぎるな。そう己に言い聞かせながら彼の自宅へと車を走らせたのを、今でも昨日の事の様に覚えています。

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