表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/12

恋慕か依存か

一日で異常な数の溜息を吐いた日から二か月ほどは、姉や叔母から連絡ない平和な日々が続き、ちょうど仕事も自身の得意分野の業務に移動した事もあり充実した日々を送っていましたが、もう医師の説明ではリハビリ期は三カ月程度と聞いていたので、そろそろ母の退院が近くなってきたので準備をしなければと考えていた頃でした。


いつもの様に仕事を終え、愛車の中で携帯を確認すると着信履歴に『姉』の文字。どうやら何か起こったのだろうと思いメールの方も確認すると、そこにはどうにも呆れる様な内容が記入してありました。母が戸籍上の弟に突き飛ばされ、病院で倒れて怪我をした。姉は今から母の下の向かうので、可能であれば私も来て欲しいという内容です。


半身不随で入院中の母を突き飛ばす二五歳の息子。もしもニュースで耳にすればどう考えても頭がおかしいとしか思えない内容を見て、私の心は苛立ちと呆れがり混じった感情になり、理性的なメールを組み立てる気にも成れませんでしたので、仕方なく姉の電話を鳴らします。


姉は余り賢くないと自分でいう位に要点を纏めるのが苦手な人で、電話越しだと特に話があっちへこちっへ移動するので、彼女が語る話から要点をつかむのがしんどい事もあり、過去のやらかしを抜きにしてもあまり電話で話したくない相手ですが、メールよりましと思いながら呼び出し音を聞いていると、少し間の抜けた方言を話す姉と電話がつながります。


「ごめんねぇ、ワタシもビックリしたんだわ~、××がお母さん突き倒して、病院から電話があって、ワタシお金下ろして子供を迎えに行って……」


私が聞いていない、聞いても仕方ない情報を吐き出そうとする姉の言葉を遮って話の主導権を握り、こちらから質問する形で話を進め、なんとか搔い摘んだ要点を纏めると、『弟は母が半身不随なのが気に要らない、半身不随の母などいらない、元気な母なら一緒に住むのは構わないが、迷惑をかけるのであれば出ていけ、あそこは俺の家だ』と癇癪を起し、宥める母を突き放した結果、母が転倒して腕の骨に小さなヒビが入った。


たったこれだけの話を纏めるため三十分程かかりましたので、如何に姉の話が私を困らせるものか分かると思います。


「ワタシ頭良くないからよくわからんけどな、バリアフリーじゃないけど、おかあさん××と一緒におらせるのはあかん思うんやわ、××と一緒がいいていうけど、だからホントはうちに呼びたいんやけど、旦那と喧嘩してまって……」


母が大好きな姉は自宅で介護をしたいが、バリアフリーにするにはお金もかかるので、あちらはそろそろ高校生になる息子がいるから旦那さんは反対しているのでしょう。姉の言いたい事も分からなくはないですが前夫の子供まで面倒を見ている旦那さんなので、さらに義母まで面倒を看ろというのは酷だと思うし、これ以上の厄介ごとに反対するのは当然です。


姉は戸籍上の弟に介護など不可能だと思っているのでしょうし、その意見に一部同意しますが、母のために二人の甥を家庭不和で不幸にする訳には行けませんので、自宅介護だけが唯一の解決策であると思い込む彼女を落ち着かせるため、別の話を振って宥めます。


「まぁ貴方だって仕事があるし簡単な話でもないから、××君や例の交際相手とも話をした方が良いと思うし、リハビリだって途中なんだから、本人が頑張れば介護が要らないかもしれないからさ、貴方が今突っ走っても旦那さんも困ると思うよ?」


現状では答えが出ない内容に対し、でもだってと駄々をこね続ける姉にとって、子供の時間がとうに過ぎても親離れが出来ず母の脛を齧って甘え続ける弟に任せるより、子供さんや旦那さんに迷惑を掛ける事はよっぽど良いのだと、頑固なこの人は心から信じているのでしょう。自分には全く理解できない感情ですが、恐らくこの二人はどちらも母に対しての恋慕と依存があるのでしょう。


若い頃は騙されやすく問題児だった姉と、年を取って落ち着いた母と、そんな二人に挟まれて育った青年。この三人は例のマンションで数年間一緒に暮らしていた事もあったらしいので、私の知らない家族(さんにん)の歴史があるのでしょう。


彼女は興奮した口調で、自身が知る××の悪い所や如何に母が頼りになるかを勢いだけで話すので、ある程度彼女を宥めす方向で聞き流していたのですが、またループが始まりそうだと思ったので、もう十分たとばかりに会話を断ち切りました。


「貴方の言いたい事と気持ちはわかるけど退院までまだ日があるし、貴方も家族があるんだからもう少し旦那さんと話をしなさい」


いまだに語り足らない彼女へそれだけ言って電話を切り、疲れた頭を振って辺りを見回すと夜の帳が車外に下りていて、あれほどあった車はそれぞれの家に移動してしたのでしょう。所狭しと並んでいたはずなのに、気付けば私の車だけがポツンと駐車場に取り残されていました。


そりゃそうだわなと呆れ混じりに通話時間を確認すると、彼女の愚痴を一時間以上も聞いていたようで、いつもなら家に帰って食事をしてるような時間であると確認し、言いようのない疲労感に支配されたままの心では帰る気も湧かなかったので、わずかに残った車を眺めながら人生の半分を共に過ごしてきたいつもの煙草を咥えて考えを巡らせました。


着信履歴を確認しても叔母から電話が無いのでご迷惑は掛かっていない、母の処置も終わって姉が居るのならこれ以上緊急性はないだろう。そう判断出来るだけの材料が集まったと思い少し安心した私は、煙草を灰皿に押し込んでから愛車のクラッチを踏んで、いつもの様にギアを一速に入れてから、いつもと違う疲労感と共に会社の駐車場を後にしたのでした。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ