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車内の景色

いつもの様に近所のコンビニで待ち合わせをし、コーヒーを買って備え付けてある灰皿で馴染み煙草に火を付けてこれからの事を考えます。


私は精神治療の専門家でも家族でもないが手伝う事はできる、例えば彼の抱える環境、金銭面の先行き不安には、今まで自分が歩んできた人生で得た知識は役に立つかもしれない。病気のことだって現状の病院の良し悪しを聞いて、ネットでも人伝でも良いから情報を集めれば、相性のよい医者を探して必要な治療を勧める事も出来る。

もし彼が家族関係疲れているのなら、彼の気持ちが落ち着くまでうちに泊めたっていいし、今までの付き合いから言ってこれは無いとは思うけど、家族と話が出来ないっていうなら間に入るくらいは何とか出来るだろう。


だけどそれ以上は踏み込みすぎだ、それ以上は自分の両手には収まらないし、彼の人生や尊厳、矜持を歪めることになるだけだ。人と獣を分けるとすれば人は尊厳や矜持だ、こうした自分を誇れるモノを持たない人は体は生きて居ても、その心は濁って死んでいる様なものになる。


私は彼を彷徨う死体にしたい訳ではない、だからやって線引きを間違えず、善悪を間違えず、攻め時と引き際を間違ってはいけないと、彼が来るまでに今できる事、やっていい事を、やってはいけない事を纏め上げ、なるべくいつもと同じように迎えるため、固まってしまった表情筋に活を入れ、彼の言う余裕のある笑顔を彼の見慣れているだろう表情を浮かべます。


手を差し伸べる覚悟の決まった私が、二本目の煙草に火を付けるかどうか悩んでいた頃、彼は足を引きずるようにして私の前にやってきて、いつもと少し違う態度で現れました。


「陽さん、ひさしぶり」


明らかに覇気のない声、内臓をやられているような黒くくすんだ肌、項垂れて丸くなった背中、そのすべてが昔受けた管理者研修で教えられた危険な兆候に一致してますが、私はそれを顔に出さないようにいつもと同じように挨拶をかわします。


「よう久しぶり。んじゃ、ここで話すような内容でもないし、とりあえず車でどっかいこか、昼メシ食った?」


「いや、最近あんま食欲無い、っていうかなんかさ、すげー疲れるから食ってないわ。でも陽さんが食いたいなら付き合うよ……」


彼は私と同じ位よく食べる人だったし、食道楽な私と共に色んな店に行って美味いものを食って酒を飲んでいますので、食事を楽しむ事だって知っていますから、そんな彼が食事を疲れる事だと言ったのは、あまり良くない傾向であると感じました。


「そっか、じゃ今日はドライブでもしよか、んで腹減ったらさ、適当な店で飯屋ガチャするか」


「ん、そだね、それでいいよ」


言葉少なに助手席に乗り込む姿に、どこか目の前の大男が消えてしまいそうな儚さを感じ、そうはさせないと笑顔で決意を新たにし、私はシートベルトを締めてから愛車のエンジンに火を入れました。


「よし、今日は少し山の方にでもいこか、まあ梅雨前だしあんま良い景色でもないけどさ」


「ん、わかった任せるよ」


「おう、任された」


いつもの様な気楽な返事を皮切りに、休日の昼間らしい少しのんびりしたラジオ番組を共にして、男二人のロングドライブは始まりました。


FM電波で届けられた流行りの曲に僅かに聞こえるエンジン音とロードノイズ、彼が話したくなる待つための間を持たせる私の世間話と彼の興味なさげな気の抜けた返事。車内に流れる音の全てにどこか借り物然とした、今までさんざん一緒に馬鹿をやってきた二人には相応しくない、よそよそしい空気がありましたので頃合いを見てこう尋ねます。


「今日はいくらでも時間はあるし、話したくなったらいつでもどうぞ。ちなみに俺はそうだな~、借金と保証人……、あと尻を貸す以外ならやる気でいるよ」


なるべく重くならない様に普段彼が言う様なちょっと下品なボケを入れ、自分の気持ちを言葉にして伝えてみますと、隣の大男はいたずらでも思いついたかのように、今日初めての軽口を笑顔で口にしました。


「えー、俺も借りる気はないけど尻は貸そうよ!陽さんへの嫌がらせで尻は借りてみたいわー」


「絶対にNO!まっ、いつも調子が出たんならボケた甲斐もあるわ、けどさ、お前さん結構ひどい顔してるぞ」


「ははっ、人の顔が酷いとか酷すぎる。そういう顔で人を差別すんの良くないのよ~?」


「ちゃうわ!顔色が悪いぞっていってんの、それ多分だけど内臓の調子悪い感じの色合いだぞ」


長年やってきた大切だと思える下らない馬鹿の言い合い、そんな私たちに似つかわしい空気が車内に戻ってきたの感じますと、彼が少しだけ気の抜けたような顔をして、すごく失礼でとても嬉しい言葉を口にします。


「あ~、陽さんならやっぱわかるか~、てか俺ってなんで今更陽さんに遠慮してんだろ、今までさんざん困らせてきたんだし、今更遠慮とか要らないね、あー遠慮して損したー」


「おう、お前さんはガチでとんでもねー事してきたから本当に今更だと思うし、そう居直られて言われるとちょっとムカつくけど、まぁ話してみなよ。俺が出来る事はやってやるし、君の病気以外のどうにか出来そうな事は解決法を教えるよ」


「やっぱさー、陽さんって絶対ツンデレだよね。でもさもっと優しさ欲しいしからさ、もっとワイにデレてもええんやで?」


「やかましい、その妙に勝ち誇ったようなドヤ顔すんな!」


おっさん二人が真昼間の車の中で、中高生の様な下らない言い合いをして馬鹿みたいに笑いあった後、彼はゆっくりと自分の置かれている現状を口にし始めたので、私は言葉に耳を傾けるためにラジオのボリュームを落とし、黙って車を走らせたのでした。

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