チェーンと繋がる
「あの黒い服の男がそうだろう。殺せ」
武装した人間のリーダー格が学ランの奈々木を武器で指し示す。
「あの女の子どうします?」
「一応、捕まえとけ」
「了解ですお頭」
全員が棒状の鈍器を持つ十五人ほどの武装集団が奈々木とファイを睨む。
「なんなの。この感覚」
ファイは殺気におびえながら言った。
奈々木が焦りながら立ち上がった途端鈍器で頭を叩かれ吐いた。頭がジンジンと傷む。音が何かに反響している。奈々木は立つこともままならない。
ファイは魔法のロープで縛られた。
「いやっいや」
「なんでこうなる。俺が、みんなが、あの子がなにしたっていうんだ」
奈々木は土をなめながらわめくことしかできなかった。
「理由なんてない。理由なんてなくシンジは守られていただけ。世界は理由なく全てを傷つけるようにできている」
どこからともなくチェーンがあらわれて言った。
「でも……」
「ここでなにもしないのがシンジらしいよ。じゃあ、チェーンの好きにさせてよ。大丈夫だよ、シンジは無事だから。シンジ以外の全てごとこの国を滅ぼしてシンジの世界を救うだけだから」
チェーンがそう言った瞬間、奈々木の心はチェーンの呪いに侵食されていった。
私は何も傷つけていない。いや、傷つけたこともある。だけどわざとじゃない。なにげなく挨拶しなかったとか、なにげなく嫌なことを思い出させたとか、その程度はある。それぐらいなら私はされてもいい。
だけど、私がなにをした!?
私は善良な人間じゃない。人並みに嘘もつくし、考えなしに誰かを傷つけることもある。
そんな風に私を、私の愛した人を傷つけるなら。私も全てを傷つける。だって世界はそういう風に出来ている。ちょっとした悪意が重なり合いぶつかり合い研ぎ澄まされ跳ね返され、少しずつ少しずつ多くの人を巻き込んでいく。誰も彼も自分の苦しみだけで精一杯。だから、私も苦しみを垂れ流していい。
一度目とは違う。帰る場所ならある。今の私の力なら問題ない。ここに来てから五分程度しか経っていない。それなら消し去っても心は痛まない。みんなも、もうこの世にはいない。
だから大丈夫。コリガ王国を滅ぼそう。
ここまでで奈々木の心はチェーンによってほぼ完全に縛られた。
だが、奈々木の視界にファイが入った。
ファイを俺は傷つけたくはない。そこで気がついた。先ほどまでのコリガ王国を滅ぼしたいという感情が奈々木自身の物でなくチェーンのものだと。
そして、奈々木は思ってしまった。
「チェーンは優しいな」
その途端、奈々木の心に流れ込んでいたチェーンの感情が止まった。
「どこが?」
代わりにチェーンの心から困惑する感情が奈々木に流れ込む。
「だって、こんなに言い訳しなきゃだれかを傷つけられない。誰かを攻撃するのに色々な理屈を捏ねてしまう。それはチェーンが優しいからだよ」
「私は優しくなんかない。私はサイテーの存在。嫌になって八つ当たりして、たくさんの人を殺した。理不尽に身を委ねた。私は、私は、私は」
「最低じゃないって言ってほしいんだよな。だけどチェーンが否定できないものを俺は否定しない。だけど、俺はチェーンが優しい人だと思う、最低かどうかは分からないけどチェーンは優しい」
チェーンから混濁した感情が伝わってくる。嘆きも悲しみも喜びも怒りも絶望も希望も罪悪感も色々な感情が奈々木の心を隙間なく埋め尽くす。
それにより奈々木の心から迷いが押し出された。
「そんなセリフ、シンジらしくない」
「なんでらしくなきゃいけないんだ。俺らしいって意味不明な言い訳だった。俺は俺らしい俺が嫌いだ。だから、らしくなくいこうぜ。ファイを救う。YC2に復讐する」
奈々木は思いを溢れるままにぶつけた。
奈々木はスキル【闇の鎧】を発動しながら立ち上った。
『スキル【闇の鎧】 誰かを傷つけたいという願いが黒い鎧になったもの。重量はほぼなく槍には特殊な特性を吸収する力がある』
「なんだ、小僧!?」
奈々木はまた鈍器で殴られた。だが、痛みはほぼ無かった。
「ファイを離せ」
奈々木はそう言うと槍でファイを縛る縄を突いた。
「魔法が消えた? あの槍は魔道具?」
ファイを縛る縄が崩れ落ちる。
何人かが奈々木を鈍器で叩こうとしてきたが、奈々木は闇の槍で受け止めた。闇の槍はロープから吸収した魔法を解き放つと、鈍器を闇の槍が取り込んだ。奈々木は後ろに飛んで鈍器を取り上げることに成功した。鈍器にかかっていた威力上昇の魔法を吸収した闇の槍はエネルギーを暴走させそうになる。その膨大なエネルギーは『スキル【山賊魂】 他者から物を奪うと奪った物の価値だけ力が上昇する』により制御される。
「な、どうすれば良いんだ」
「なんで、こんな事をするんだ?」
奈々木は取り上げた鈍器を踏み潰しながら言った。
「お前のせいなんだろ」
この言葉は奈々木にとってまったくの想定外で、言葉で殴られたようだった。
闇の鎧の影響で感情の制御が難しくなっている奈々木は怒りのままにそう発言した男を槍で打ち付ける。
「どういう意味だ?」
奈々木は生まれて初めて怒声を出した。
転がされた男は息も絶え絶えといった様子で腹から出血していた。
「異世界人のお前がこの国に来てからなにかがおかしくなった。どうせこれもお前のせいだろ」
奈々木の思考はフリーズした。誰かがナイフで奈々木を刺そうとしてくる。奈々木は闇の槍で誰かを反射的に貫いてしまった。誰かが吹き飛んでいった。闇の鎧には微弱ながら命の波動を感じ取る能力がある。それで奈々木はわかってしまった人を殺してしまったことを。
「お前らが悪いんだ」
奈々木はそれしか言えなかった。
「俺はこの世界に来てから数分しか経っていない。その数分で何ができるっていうんだ」
「ウソ付けよ、お前のスキルじゃなきゃなんでケミドアから出られなくなっているんだよ」
その罵声を受け止めた奈々木はいっぱいいっぱいだ。
「そうだ、あの異世界人のせいだ。あいつを殺してここから出よう」
どこからかイレが出現した。
イレはYC2と同じ全身黒い姿だが、何かが明らかにYC2とは違いこの存在がイレだと分かった。
「お前はイレ!?」
奈々木はイレを見て闇の槍を強く握りなおす。それはYC2の前で何もできなかった自分の無念を思い出したからだ。
「おい、気を付けろ! あの異世界人の邪悪なスキルで殺されるかもしれないぞ。ケインみたいに」
ケイン、それは奈々木が先ほど殺した者の名前。奈々木はそれに感づき頭が濁る。
武装集団たちが消えた。
「おい、異世界人、こいつらをどこに消した? なんてな」
武装集団が空中から落ちてきた。
奈々木は思った。彼らを助けたいって。
奈々木は『【風神】 空気に宿るコクー粒子を操作する。使用中は呼吸不可能。体内のコク-粒子が枯渇すると石化する』を使って空気のクッションを作り武装集団を受け止めた。
衝撃を完全には受け止めきれず多少の怪我を武装集団は負ってしまうが死者は増えなかった。
「酷いことするなあ、異世界人」
イレは楽しそうに言った。奈々木は、その笑顔を見てYC2への憎しみを強くした。
「でたらめな事を言ってシンジを惑わせないで、私はシンジの邪悪なスキル、チェーン。シンジ今したことは全てあいつがやった、あとシンジを異世界人って呼ばないで」
「チェーンか、なぜYC2もお前もそんな男に執着する?」
「そんな男じゃない! YC2は知らない。だけど私の心はシンジに惑わされた。だから、シンジを助ける。シンジと一緒に戦うことが私の私へのおしおき」
「じゃあ何と呼べばいい?」
「奈々木と呼べ」
奈々木はそう言ってイレに闇の槍で特攻を仕掛けた。
「イレ、あなたは何を呪ってその姿になったの? その為になぜ、シンジを追いつめるの?」
「ああ、チェーン。お前は同類なのか。そうだな、一緒の月を見続けたい誰かがいるって言ったらどうだ?」
「もしかしてチャンネルの繋ぎ方を知らなかったりする? 私よりランクは上だよね」
「知らなかったらこんなこと出来ないだろ」
イレはそう言うと一瞬でチェーンの背後に出現した。
「空間操作系のスキルって、随分とありがちな呪いね。私の敵じゃない」
「で、チェーン、お前のスキルはなんだ? ボクよりランク下なんでしょ、人形にでも入ってるの?」
「そうね、この器は私の真の姿じゃない。真の姿を見せてあげる」
チェーンの体から鎖が飛び出す。鎖は奈々木とファイを巻き込み、いずこかへチェーンたち三人を引っ張っていった。
「おいおい、逃げるのかいチェーン。君はボクの理解者になってくれると思ったのにな」
そんなイレの台詞を聞きながら奈々木は縛られながら引きずられていた。
奈々木は闇の鎧越しでも感じる痛みに生身のファイがどれほどの苦痛を感じているだろうと思いを馳せた。
ファイは悲鳴を上げるので精一杯だった。その悲鳴を聞いて奈々木は叫ぶ。
「おい、チェーン、やめてくれ。ファイが嫌がってる」
「やめないよ。シンジ、だってイレはシンジで遊ぶのが楽しくて楽しくて仕方ないんだもん。このままあそこにいたらイレの考える最悪な手段でファイもシンジも滅ぼされる。今の私じゃイレには絶対勝てない。だからシンジを強くする。シンジが修行すればイレにもYC2にも勝てる。だから、今は逃げる。イレは遊ぶために一週間はシンジに直接手は出さない」
そんな風にチェーンが説明する。
「チェーンはなんでそんなにイレのことが分かるんだよ?」
「ああ、それは、そうね。修行のファーストステップを終了したら教えてあげる」
「ついでにスキルとかチャンネルとかってなんなんだよ?」
「それは、セカンドステップを終了したら」
「ピンク仮面って何者?」
「知らない」
「じゃあ、スキルの使い方を」
「それを教えるのが修行の内容」
「ファイナルステップを終了したら私の懺悔を聞かせてあげる。それじゃ、ファーストステップ開始」
鎖がファイと奈々木の体から離れてチェーンの中へ戻った。
ファイは疲労のあまり倒れ、立ち上がる気力は残っていなかった。
奈々木は大地に立ち、言った。
「なんでも来いだ」
さて、チェーンは本当に優しいんでしょうか?
このさくには正直そうは思えません
だけど、奈々木にはそう見えたようです
鎖越しなら嘘もホントも分かってしまうのでチェーンにも伝わってしまいました。