ピンク仮面の申し訳ない
返り血にまみれた何の取り柄もない男子高校生 奈々木 信司。彼はただへたりこんでいた。動けないのだ。動いて好転する状況でもない。賢明な判断かもしれない。
だが、その場にいるというだけで殺戮者が殺すには十分な理由だ。
なぜなら、彼はこの世界を救うという望みを託され隣の世界からノコリガ王国へ召還された人間なのだから。
奈々木のクラスメイトたちの絶叫が今際の声が断末魔が、顔に垂れ眼にも入ったクラスメイトだった誰かの血の暖かさ生臭さ鉄の味が、場を支配する熱狂と恐怖が、視界の端々に映るクラスメイトだっただろう赤い肉塊が、生まれて初めて向けられる悪意が、時を経るごとに体の中で増す力が、奈々木をその場に縛り付ける。
奈々木は思った。どうしてこんなことになったんだって。
奈々木は現実から逃避した。それは走馬燈のように奈々木の弱さを抉った。だが、今よりは楽だった。
★★★★★★★★★★★★
何故、こんな所から物語を始めたのか。それは覚悟してほしかったからだ。これから登場する奈々木のクラスメイトは全て殺戮者に殺される。それを了解した上で続きを読み進めてほしい。
「おはよう、奈々木」
始業数十秒前、いつもギリギリの時間に登校してくる高島 願吉が奈々木にいつも通り挨拶した。高島は奈々木のすぐ前の席でなんとなく仲良くなったのだ。
「…… ああ、高島、おはよ」
奈々木は心ここにあらずといった感じで高島に挨拶を返した。
「奈々木、どうした? 眠そうだぞ」
「ああ、ちょっとね。昨日なろうでおもしろい作品を見つけて夜更かししちゃって」
そう奈々木は小説家になろうというサイトに常日頃入り浸っているような男なのだ。ちなみにアカウントは持っていないいわゆら読み専というやつだ。
「へー、どんなの?」
「えっと、他の人がいきなり消えた世界で超能力に目覚めた少年少女十二人が過ごす話」
「そうなんだ」
ここで始業のベルが鳴り、北此糸高等学校一年三組、在籍数四十人が着席した。まだ教師は来ていないがすぐ来るだろう、そう全員が確信していた。
ここで奈々木は小説家になろうにありがちな異世界召還的な事が起きないかと少し期待した。それは本来荒唐無稽なはずの期待だった。だが、偶然か必然か現実になってしまった。
二千二十年六月一日。四十人の人間が異世界に消えた。
無機質な学校の教室から前触れ無しに真っ白な空間に転移した。
「申し訳ない。君たちにはこれから異世界に行ってもらう」
ピンクの仮面を付けた人が人を馬鹿にするような声で言った。その人の性別を測ることができた物はこのクラスにはいなかった。
そして、異世界召還に奈々木は興奮を隠せなかった。これから異世界で魔法やなんかでちやほやされたい。そんな妄想で奈々木の胸はいっぱいになった。
ありがちなパターンだとこのピンクの仮面が神様で、神様のミスで俺たちが死んだところを詫びとして異世界に能力付きで飛ばしてくれるとか、なんて的外れなことを奈々木は考えていた。
「おい、何が起こってる!? 教えろ」
クラス一の熱血漢。唐山 純がピンクの仮面の人物に怒鳴った。
「ああ、申し訳ない説明不足だった。この世界ともう一つの世界が滅びかけている。その世界を救うことがこの地球を日本を君たちの家族を救うことに直結する。さあ、救世主になってくれ」
ピンクの仮面の人物がそう言うと一年三組の在籍者全ての身体が透け始めた。
世界の危機を救うための異世界召還は小説家になろうにありふれている。その場合、ステータスが変だったり桁違いだったり呪われていそうだったり不吉そうだったりする人が実は最強というものが多い。奈々木はその原則からそういう人間を軽視せずよりそうように決意した。同時に、このピンクの仮面の推定神様的な存在が黒幕というパターンも頭の片隅に入れておかなければならないもと奈々木は考えた。
「待って、まだ聞きたいことが」
このクラスの学級委員長の林 美優がそう言った。
そんな願いを聞く神様なんているはずがないと考える奈々木とは裏腹に奈々木達の身体が存在感を取り戻していく。
「ああ、申し訳ない。焦りすぎた」
奈々木はここでピンクの仮面の人物が黒幕ではないのではないかと考え始めた。ここで素直に林委員長の言うことを聞く利点が黒幕だとしたらあまりない。ただ、そう思わせることがピンクの仮面の人物が油断を誘っているのかもしれない。と、奈々木は思考の袋小路に入っていった。
「あなたは何者なんですか?」
林の質問にピンクの仮面の人物はこう答える。
「この世界を守護する神の一人。ピンク仮面とでも呼んでくれ」
ここで奈々木はピンク仮面がこれまで神を自ら名乗っていなかったことに初めて気がついた。
ピンク仮面と名乗った存在に一年三組中から質問が殺到する。
「言葉は通じるの?」
「申し訳ない。君たちの脳を向こうの言語に改造する」
「気圧とか水圧とか組成とか大丈夫なヤツ?」
「人体に過度な悪影響は与えない」
「食べ物はおいしい?」
「申し訳ない。ピンク仮面には味覚がない」
「えっとー、何時間ぐらいで終わるカンジ?」
「申し訳ない。分からない」
「巨大ロボはある?」
「申し訳ない。分からない」
「トイレは水洗?」
「魔洗だ」
「一日は二十四時間?」
「自転速度は地球時間で約24時間だ」
「月はいくつ?」
「衛星は一つだ」
「そもそも天体?」
「八十億年前に分岐した地球のもう一つの可能性」
「チート能力はもらえますか?」
「おそらく」
「ステータスが低いからって追い出されたりはしませんか?」
「申し訳ない。分からない」
「コシヒカリはある?」
「おそらくない」
「剣と魔法の世界?」
「死体と魔法の世界」
「宗教は?」
「名前が付いていない」
「申し訳ない。私の敵がすぐそこに迫ってきている。もう質問タイムは終了だ」
ピンク仮面がそう言うと奈々木のクラスメイトたちは次々に消えていった。
奈々木とピンク仮面が二人っきりになるとピンク仮面が奈々木に言った。
「君からはただならぬ力を感じる。きっと君がいなければ世界を救うことは出来ない。がんばってくれ」
その言葉を最後に奈々木の意識が途切れる。
☆☆☆☆☆☆★★★★★★
奈々木の目の前には青空が広がっていた。
その青空はとても鮮やかで奈々木がこれまで生きてきた世界とは違う空であることを何よりも物語った。
異世界であることを実感するのは魔法やステータスなどを見てからだと思っていた奈々木は笑ってしまった。こんなにもあっけなく異世界に来てしまったことを実感するものかと。
柔らかい感触が背中から四肢と頭を包む。奈々木が着地した芝にショック吸収の魔法がかかっていたのだ。
「これから俺は主人公になる」
憧れの異世界転移をタダで終わらせたくないという気持ちから奈々木はそんなことを口走った。
「ステータスオープン」
なんとなく口に出してみる。小説家になろうの異世界ファンタジーにありがちなパターンで「ステータスオープン」と言うとステータスが表示されるという物がある。そしてなろうに入り浸る毎日を送っている奈々木は迷わず試したのも無理からぬ話。
スキルとそれの説明文が奈々木の目の前に表示された。
奈々木はこれを見て、先ほどの宣言から一転、モブになる事を誓ったのである。なぜなら奈々木が主人公になりたいと望むということはクラスメイトの死を望むことに直結するようなスキルだったからだ。
「おい、この画面。どうやって消すんだ」
クラスの中でアニオタブラザーズと呼ばれているコンビの弟側、三家 桂登が奈々木の隣に芝生の上に倒れていた。奈々木も芝生の上で倒れていたのだ。
そしてステータス画面が消えていない事に奈々木も気がついた。
視界の中央をステータス、というか、スキル説明文が支配していて邪魔で仕方ない。
奈々木はステータス画面を消すときのありがちなパターンを思い出そうとするが出てこない。そんなパターンが存在しないことに気がつきステータスオープンの逆を言ってみる。
「ステータスクローズ」
奈々木の言葉に合わせ画面は消えた。
「えっ、ステータスクローズ」
三家も奈々木の真似をした。
「奈々木、どんなスキルだった?」
三家の質問に奈々木はどう答えるか少し考えた。
「…… 何の役にも立ってほしくない力かな。三家は?」
「アメリカに伝わる伝説の鳥。アキヤラボパに変身する能力だって」
「え? アメリカに伝説なんてあるの?」
アメリカは神話のない国だと聞いたことがある。じっさいコロンブスがアメリカ大陸を見つけて以降、世界中から様々な民族が移住してきた歴史の浅いアメリカに伝説などあるはずがない。そう、奈々木は思ってしまった。
「ズニ族に伝わるって書いてあったからたぶん先住民の方のだと思う。虹色に光る火打ち石のナイフの羽を飛ばせるって」
「へぇー」
ここで三家に言われて奈々木はネイティブアメリカンの存在を思い出した。
「三家、聞いてくれよ。ああ、奈々木。なんかな俺のスキルが変なんだ」
三家といつもアニメの話で盛り上がっているアニオタブラザーズの弟、柳 櫂がそんなふうに声をかけてきた。奈々木と三家は立ち上がる。
「どうしたんだ? 柳」
「山賊魂だってさ。なんか物を奪うほど力が上がるらしい」
「何だそれ?」
そんな能力雑談をしていたら大きな声が響いた。
「選ばれし者達、このノコリガ王国を蝕む悪鬼帝を倒しこの地に雨を取り戻してくれ」
荘厳で低く人を引きつけるような声だった。声の主は初老の男性。この石の壁で囲まれた広大な庭のような所を見下ろせるであろう塔の上に多くの武装した兵士等とともに立っていた。威厳溢れるオーラに一年三組の面々は怯んだ、ただ一人を除いて。
「無礼者。この高島帝国の皇太子、高島 願吉をこのようなところに呼びつけていきなり草まみれの所に落とすとは、ノコリガ王国だと!? ただではおかないぞ」
そう、高島 願吉だ。高島 願吉は自らの得たスキル声量操作によりギリギリ不快ではない音量で響かせこの台詞を放った。
よくあるパターンから外れすぎた言動をとる高島を見て奈々木は面食らった。
「そうか、高島は俺たちの地位を守るために皇太子を騙っているんだ」
三家がなにかに気がついたように小さな声で言った。
「どういうこと、三家?」
「いいか、俺たちにはあの男が本当にこの国の王なのか量る術はないし、このままだとあの自称王様の言うことを聞かなきゃいけない義務が生まれてしまう」
「うんうん」
「だが、反対に高島が皇太子でないことを証明する術もあいつらにはない」
そう言って三家は王の周りにいる兵士を指さす。
「ある程度対等な立場で取り引きできるかもしれないって事だ。そして少なくともこの国の有能具合や俺たちをどう使おうと思っているかぐらいは量れる。妙手だよ、高島の」
この三家の説明を聞き奈々木と柳はうんうんうなった。それは高島への言葉なき賞賛であり、三家の洞察力への賛辞である。
「高島帝国の皇太子よ。儂はコリガ王国の十八代国王コリガ・トレーじゃ。なにを望むか?」
「高島帝国への帰還とそこまでの安全だが、この世界の危機を回避しないと高島帝国にも被害が出るとの神託が下っている」
高島は物怖じせず言った。正確には内心冷や汗だらだらなのだが緊張を隠すのが得意なのだ。
高島は一度咳払いを挟んだ後、言葉を続けた。
「コリガ王国の危機を詳しく教えろ。助けてやらんこともない」
「それは、オレだ。いや、このYC2様とヌナ達か」
石の壁、王がいる塔の反対側に人影が立っていた。
アキヤラボパに関してはアカシック・テンプレート先生の『アドベント・クレーマー 〜〜現代社会に迫る危機〜〜 』をご覧ください
おそらく何もわかりません