今年の夏は
風鈴の掛かる縁側が見える庭先に、一台の車が停まった。
「行ってきまーす!」
大きな音で車のドアを閉めると、統也ははやる気持ちを抑えきれずに車から飛び降り、走り出した。
「あんまり、遠くへ行かないようにね!」
統也の母は車の中から声をかけはするものの、息子が中学受験のストレスから解放される、今年唯一の機会を邪魔したくはなかった。
年に一度お盆の時期に田舎で過ごすこの数日間が、統也は好きだった。
透き通った沢に魚影がいくつも見える。
統也は足を滑らせないように気をつけながら飛び飛びの石の上を歩いて行く。
途中で足をとめ、おそるおそる水に手をつけてみる。
冷たい水が気持ちいい。
沢を渡り終えると、今度は茂みから小枝を見つけてきて、しゃがんで水の中の魚をつついて遊ぶ。
ふと人の気配がして横を見てみると、統也と同じくらいの年頃の男の子が隣で体育座りをしていた。
「ぉおわっ…!は?な、何だよ、誰だよ…!お前っ…!!」
しりもちをつきながらとっさに統也は尋ねる。
「マコトだよ」
「マコトって……、誰だよ。」
マコトと名乗る男の子は、片手で木の実を差し出しながら、統也に笑顔を向ける。
「一緒に遊んで。」
「…いいけど…。」
マコトが先頭、統也がその後ろについて、二人は沢を下っていく。
マコトの肌は白かった。都会育ちで普段から外で遊ぶことのない統也よりも白かった。
8月の太陽を受けて光り輝く自然の中に、マコトの青白くすらある肌は不釣り合いのように統也には思えた。
しかし、草の生い茂る道無き道を迷わず進んでいくマコトの後ろ姿は、マコトが確かにこの土地の人間なのだと思わせた。
草の匂いが肺いっぱいに広がる。
統也は草で指先が切れはしまいかと内心びくびくしていた。
そんなことを考えているとマコトはすぐに先に進んでしまうので、結局慌てて草をかきわけて指を切ってしまうのだった。
先ほどの沢から少し下り、二人は河原に出た。真昼の太陽の光を浴びて水面がキラキラと輝いていた。
統也は川のそばに走って行った。
「すげー!川じゃん!」
「川見たことないの?」
マコトも川に近づきながらは不思議そうに言う。
「見たことはあるよ!でもこういう川は初めてだ…。」
マコトは統也を見て微笑んだ。
「なんだよ?」
マコトが川の水に手をつける。統也もつける。
夏とはいえど川の水は冷たく、火照った体に気持ちよかった。