【二巻発売記念】これが昔からの夢だった
本作の二巻が発売されたことを記念しての短編です。
一巻の時の短編はって?知らんな。
「このっ、ヒラヒラと逃げ回って……そっち行ったよ、妹ちゃん!」
「了解でーす!……って、なんでそんなキレのあるターンができるの!?」
開かれた大口が閉じられる寸前で鋭角にクイックターン。ついでに愚かな妹の顔を蹴りつけてハイさようなら。
そのまま一度海面を突き抜けジャンプ、からの息継ぎをして再度海中へ。おーおー、二人がバカ面揃えておるわ。
「フッハハハ!無様、いと無様なり我が妹アンド親友よ。恥も外聞も投げ捨てたシャチ二頭でペンギンの一羽も捉えられないとは、この極寒の海で生きるカロリー計算はできてるか?」
「スピードも潜水時間もシャチが圧倒的に勝ってるはずなのに、こんないいようにやられるなんて……」
甘いんだよなぁ、こちとらペンギンがプレイアブルキャラになった時点で逆にそのペンギンを餌にしようとするシャチやヒョウアザラシどもと熾烈な生存競争を経験済みよ。
確かに俺も最初期はペンギンの体に戸惑ったさ、なんせ鳥類はラオシャンの中でもペンギン種だけだからな。体の仕組みを一から勉強し、バタ足メインの泳ぎ方と翼を使っての方向転換に慣れるまでに何回ヒョウアザラシの胃袋に入ったことか。
「そして今!俺は!海の中にあってシャチを超えた!跪け、この皇帝の前に!!」
ワザとギリギリで回避したり並走して煽って見たり、俺の持てるすべてのペンギンテクニックを駆使して二人をおちょくり倒す。お、尻尾振って衝撃波か?残念ながら俺はその効果範囲を熟知してるんでね、そう易々と当たりはせんよ。
そもそも俺に対してシャチで来るのが間違っているんだ。確かにシャチのスペックは現代に生きる海洋生物としては頭一つ抜けてるどころかバグってるレベルだが、俺はその性能の全てを把握している。俺が満足に練習していない分、ヒョウアザラシがペンギン対策の正解だ。
「全然捕まえられる気がしないなぁ。皇帝っていうより魔王だよね、あのペンギン」
「群れる生き物なのにソロでいるあたり、魔王軍はアレ一人みたいですけどね」
シャラップ。しょうがないだろ、お前らが暴れまくるからNPCのペンギンたちは慌てて氷の上に戻っていったんだよ。みんなに置いてけぼりにされたせいで、この戦いが終わってもコロニーに辿り着けるかどうかのサバイバルが俺を待ってんだぞ。
そういう第二の戦いがあることだし、そろそろ俺はお暇しますかね。
「魔王に挑むのに二人だけというのがお前らの敗因だ。精進しろよ「では三人組ならどうでしょうね、魔王様」なにっ!?」
体長およそ三メートル強、海洋生物らしい流線型の腹は灰色で背は黒っぽい。現れたのはそう、まさしくペンギンの天敵ヒョウアザラシである。その上に掲げられたネームプレートに刻まれた見慣れた名前に、体が警戒レベルを一つ上げた。
「面白そうなことをしてると聞いて飛んで……いえ、泳いできました。ブルさんもあーちゃんも、海の中であの人と戦うのに二人では足りないでしょう?もう一人呼んだんですけど、南極圏はスピード感が足りないんでパス、だそうで」
「おお、勇者きーちゃん!君が来てくれたんなら勝率が十パーセントは上がるよ!」
「きーちゃんの十を足しても十五くらいしかないんだけどね……」
甘いな妹、五と十五は天と地ほどの差があるんだぞ。十回に一回以上なら賭けるに値すると俺は思うね。だからこそきーちゃんが来た時点で俺は体に力を入れたんだ。
きーちゃんは生粋のラオシャンプレイヤーじゃない。だがさすがはクソ複雑な操作性のロボットゲームでランカーを張っているだけはあり、青や優芽と違ってマニュアル操作をほぼ完璧に使いこなすことができる。あまりにも特殊な形の生物は無理らしいが、哺乳類であれば寿命で死ぬことができるくらいには上手い。
「いいだろう。さあ来い、俺を玉座から引きずり下ろしてみろ!」
「あなたの天下はこの最果ての地にて終わります、お覚悟を!」
愛嬌たっぷりな見た目だからと言ってアザラシを侮ってはいけない。ヒョウアザラシは南極圏の生態系においてほぼ最上位に位置している存在だ、これを狩ろうと思うならそれこそシャチにでもならないとやってられん。
自由自在に泳ぎ巡る柔軟性とハンターとして申し分ない速度。むこうとこちらが捕食者と被捕食者の関係である限り、下位にいる者がとれる行動は小回りを活かした機動戦のみ。
しかし悲しいかな俺ときーちゃんでは圧倒的に経験値が違う。マニュアル操作ができるなんてのはラオシャンユーザーにとって大前提の初歩の初歩、徹底的に逃げ切ってくれるわ。
「甘い、甘いぞ雑魚ども。その程度の動きでこの南極の地に覇を唱えられると思っているのか?」
「僕らは南極無双とかしに来たわけじゃないんだけど!?」
雑魚兵士がオキアミとかだったらナガスクジラを選ぶと一回の攻撃で数千数万のキルスコア稼げそうだな、その無双ゲー。シャ、シャチだー!みたいなことを言うイカとかいそう。
「ブルさん、合わせてください!」
「はいよっと!」
軌道を変えては猛烈な勢いで追い立ててくるヒョウアザラシと、大きな身体で文字通り壁となって進路を塞いでくるシャチの連携。なるほど、青の技術じゃ俺を捕まえるのは無理と判断して役割を分担したか。
「おっと、その不意打ちはバレてるぞ優芽」
青の壁を抜けた先で襲いかかってきた優芽を視線をやることもなく回避して、そのまま海面に上がって一呼吸。ああ空気うめぇ。
「なんでさっきのバレてたの?」
あちらさんも全員が肺呼吸の生物ということで酸素吸引タイム。そのなかで自分なりに考えたであろう行動があっさり読まれていたことに疑問符を浮かべた優芽が問うてくる。
「二人が追い立ててる中で一人いなけりゃ不審に思うわ。そういうのは物理的によりも精神的に追い込まなきゃいけないんだ、一人いないことに気づかないくらい焦らせないと意味がない」
「普段何を考えてゲームしてるのよ、お兄ちゃん……」
「無論、生き残ること。実績解放とかを狙わないんであれば、だけどな」
海はいいぜ……生と死が隣り合わせどころか、生は死を乗り越えた先にしかないんだ。お前も、お前も、お前も、俺のために餌となれ……ってな。
多くを喰らって今日を生き、また明日には拍子抜けするほどさっくり喰われる。そうして海は廻り命は巡る……うん、最近俺の頭の中にアクアが居座ってる気がする。これが恋ってやつなのかな?
「いらっしゃい」
インターホンが鳴らされたので子機のカメラで確認したら、そこにはサングラスをかけた青と学校帰りに直接来たのか制服姿のきーちゃんが立っていた。
「やぁ、南極での借りを返しに来たよ」
「まさかシロナガスクジラが現れた隙にトンズラされるなんて思いもよりませんでしたからね」
「そうでもしないとどんだけ避け続けても体力と体温的な問題でいずれ俺が先に死ぬからな。ありゃラッキーだった」
急にプランクトンが集まってきたからもしやと思ったらビンゴ。天敵たるシャチが二頭いるのになぜ来たのかとも思うけど、まあゲームだしな。システム的にシロナガスクジラが必ず現れるスポットに俺たちがいただけだろう。
「今日は何しようか」
リビングに二人を通して、飲み物と軽いおやつを用意しながら聞いてみる。普段やってるゲームのジャンルが違う三人だから、こう聞いても一致した答えが返ってきたことはないんだけど。
「私あれがいいです、あのすごろくっぽいやつ。意外と戦略性が問われますよね、特に武器屋を襲うかどうかとか」
それは俺の祖父ちゃんくらいの世代では友情崩壊ゲーとして有名なやつなんだよなぁ。あれ、魔法使いの強さに気づいたら一瞬で世界が変わるから。親父と祖父ちゃんと一緒にやった時には生まれて初めて親父を本気でぶん殴ろうと思ったね。そのあと祖父ちゃんが親父をぶん殴ったから拳を収めたけど。
「きーちゃんのやつは満足するまでやろうと思ったら時間かからない?僕はレトロゲーのキャラが集まって乱闘する奴がいいな。博物館でしか見たことがないようなゲームの主人公たちもいるからノスタルジックな気分になれるよね」
「当時ですらわからない子どもがいたくらい古いゲームのキャラもいるからな。……そう思うと、フルダイブVRはコレっていう主人公がいるゲーム少ないよな」
「まあ、ほぼすべてのゲームが一人称ですからね。主人公の見た目なんてあってないようなものって感じじゃないです?」
そんなもんか、と思いながらジュースと個包装なので手が汚れないタイプのお菓子をテーブルに置いてゲームラックを漁る。赤石家三代にわたるゲームコレクションの大半は親父と俺の部屋にあるけれど、たまに家族で遊んだりする用のパーティーゲームの類はゲーム機と一緒にここに置いてあるのだ。
二人の意見をまとめると『とりあえず徒党を組んで俺をシバきたい』というところだろう。さっき挙げられた二つのゲームは両方とも簡単に組んで個人を突き落とせるゲームだからな。
「だとしたら……これなんてどうだ」
取り出したるは一つのレースゲーム。とあるゲームシリーズのスピンオフというか番外編というか、まあそんな立ち位置のゲームだ。
「レースゲームはあんまりやったことないんですけど……」
「ああ、大丈夫。このゲーム、基本的にスティックと一つのボタンしか使わないから」
「へぇ、ブレーキとアクセルの違いすらないの?シンプルなんだね。でも面白そうだ」
面白いとも。これは祖父ちゃんが最もハマったレースゲームだと豪語するほどの逸品だぜ?続編が熱望されていたにもかかわらずいろんな事情で出ることはなかったらしいが、当時の中古市場では新品を超えるほどの値段がつけられていたくらいだ。
「簡単に説明しようか。このゲームには大きく分けて三つのモードがあってだな……」
パァンッ!!
「ああああああ!僕のマシンが爆発したぁっ!?えっこれマシンが壊れるとかあるの、徒歩になったよ!?ていうか今僕を撥ね飛ばしたの君だよね!?」
「おいおいおい、何のために攻撃と防御ってステータスがあると思ってるんだ?このゲームはレースに入る前のこの育成ステージが本番なんだよ」
破裂音と共に吹き飛ばされた青のキャラが哀れにも車道を歩いておるわ。あ、マシンが壊れた時に散らばった青のアイテムは美味しくいただきました。
「それよりも私のマシンが暴走して手が付けられないんですが!?ボタン押して止まろうとしてもめちゃくちゃ滑るんですけど!」
光り輝きながら上限突破したスピードでマップを大暴走するきーちゃんのマシン。紫色のそれはブレーキをかけられても摩擦が無いかのようにツルツルと滑り続けるだけだ。
「ああ、よりにもよって一番止まりにくいマシンに乗ったのか。まあ、それアイテムの効果だからそのうち元に戻るよ。あっ」
パァンッ!!
「ちょっと、僕が乗ろうとしたマシンを壊すのやめてよぉ!!」
「ごめん、今のマジでただ煽ろうとしてたらマシンにぶつかったわ。もうしないって、ホントホント」
最初の一回はこういうやり方もあるという実演と一種の洗礼というものだが、さすがに何回も繰り返すほど考え無しの外道じゃない。今のは完全なよそ見運転だ。
「せめて戦いのフィールドにくらいは立たせてよね……あ、あった!次はアレに乗ろ「パァンッ!!」きーーーちゃぁぁぁぁん!?」
「すいません、すいません!ホントに操作効かなくてどうしようもな……あ、止まりました」
「見計らったようなタイミングぅ!」
ゲーム一本でわいわいガチャガチャと大騒ぎ。しかもそのうち二人は大学生とはいえ成人男性ときたもんだ。そんな俺らがギャーギャー喚きながら食い入るようにモニターを見て、勇者の聖剣ばりにコントローラーを握り締めている姿はいっそ滑稽かもしれない。
でもまあ、なんだ。誰に何と言われようと、俺は今この瞬間が楽しいよ。
自分が好きなゲームを友達と一緒にあーだこーだ言いながらプレイする。これ以上の幸せな時間はそうそうないよ、憧れてたんだ。長く家族以外が触れてなかったコントローラーたちも喜んでる。
さあ、今日も満足いくまでゲームしようぜ。
私と同じ世代の人なら、作中で三人がやった(やろうとした)ゲームが何なのかわかるはずですね?