戦いの時 ~ハンバーガーチェーン・フロントライン~
初めてスタバに入った時の何をどう注文したらいいのか感はヤバかった...
しかもよりによって外国のスタバだったので、適当にイエスイエスOKOK言ってたらめちゃくちゃキャラメルぶち込まれてストロー詰まって大変でした。
イエスマンはだめだって言う見本ですね(違う
「大丈夫。君ならできるよ」
親友が柔らかな笑顔を浮かべて激励してくれた。
「ダメだと思ったらすぐに呼んでください、無理だけはしないで……」
後輩の女の子は可愛い顔を台無しにするほどに心配してくれた。
「……俺はもう、前までとは違う」
一歩踏み出す。以前の自分なら震えて動けなくなるか惨めに逃げ出したけど、今の俺なら前に進める。
他でもないお前たちに出逢えたから。
「だから、俺は行くよ。でも、その前に」
相反する表情を浮かべる二人の友人。顔を見慣れたと言えるほどに付き合えた、数少ない大切な友達。
その二人の顔をしっかりと見ながら、ゆっくりと記憶を手繰り寄せる。
辿る記憶は一連の呪文。それは俺の身を守るための加護の呪文でありながら、俺の心を焦がし友の平穏を乱す呪いの言葉でもある。
「確認するぞ……ダブルチーズバーガーセットLサイズ、サイドはポテト、ドリンクはコーラ。完熟アボカドチーズバーガーセットMサイズ、サイドはサラダ、ドリンクはレモンスカッシュ。……以上で間違いないな?」
頷く二人。ならばもはや不安などない。弾薬が詰められた武器を片手に構え、いざこの戦場の最前線へ……!
事のはじまりは、きーちゃんが発したなんてことはない一言だった。
「あーさん、ブルさん。たまにはゲームの中じゃなくてリアルで会いませんか?」
俺と青ときーちゃんは文字通りの顔見知り。たった二人しかいないリアフレの誘いならば特段断る必要もなく、軽い気持ちでOKした。
作り込まれたNPCよりもイケてるデフォルト顔をお持ちの二人と連れ添って歩くのは『美男美少女のカップルだぁ……で、間のモブは何?』と言いたげな視線がガンガン飛んで来てウザいことこの上ない。
帽子とブルーグラスの伊達メガネで変装してようが、溢れ出すイケメンオーラを隠しきれてねーんだよ青テメーこの野郎。
そんな感じで若干コンプレックスを刺激されつつも三人でちょいと街をブラついて、ゲームショップによったりしながら遊んでいたら気づけば午後1時。
昼メシの時間ということで俺たちは手軽なハンバーガーチェーン店に入ったのだが、ちょっとここで予期せぬことが。
「じゃんけんで負けた人がみんなの注文をしませんか?他は席取りで」
本当に何気なく、ごく自然に出されたきーちゃんの言葉に青が目を見開き、すぐに彼女はしまったと口を手で押さえた。
「や、やっぱり今の無し「いいぞ、やろう」……え?」
「......いいの?」
「良いも悪いもない。要は勝てばいいんだろう?」
俺の心配はじゃんけんに勝ってからするんだな。それに、現実と見紛うほどのリアリティと人間と大差ないAIのNPCを誇るフルダイブVRの経験を積んだ今、確実に俺は成長しているという自負がある。
しばし考えていた二人も納得し、三分の一を争う戦いの火蓋が切られたのだった。なぁに、三億分の一に比べりゃ楽勝よ!
そして綺麗に一発で三分の一を引いたというところで回想終わり。俺はもう自分のリアルラックを信じない。正直、死亡フラグを立ててしまった感はあったけど。
「注文お決まりのお客様はこちらへどうぞー!」
五分前のやり取りを思い出して顔をしかめた俺を見つけたのか、爽やかなスマイルと共に迫撃砲の如き言葉が飛来した。そうだ思考を切り替えろ、ここはすでに戦場だ。
しかし店員が放ったこの言葉、まるで来るも来ないもお前次第だと選択肢を与えているようでいて、他の注文待ちの客がいないこの店内においては「お前しかおるまい、とっととかかってこい雑魚め」という無慈悲なる戦闘開始の合図に他ならない。
そのあまりの威力、この時点で心が折れていない俺に拍手を送りたいぐらいだ。ぐっと堪えたが、思わず一番レジに近い席に陣取って俺の帰りを待つ二人を振り返るところだったぜ……。
青、きーちゃん。我が友よ、お前たちはそこで安心して見ていろ。その眼にしかと刻め、俺がコミュ障を脱却するその瞬間を!
スッ……と音を立てずに前に出る。人生の三分の一ほどの間ぼっちを拗らせた俺にとって、他人の注意を引かないための無音移動など朝飯前よ。
さあ、ここからは正真正銘の一対一の戦いだ。『アルバイト:朝緑』と書かれたドッグタグを掲げし若き女戦士よ、いざ尋常に勝負!
「いらっしゃいませ!ご注文はいかがなさいますか?」
シンプル、ゆえに洗練された切れ味を誇る一撃。
あいさつ代わりに放たれたその攻撃は、常の俺ならば思考を断ち切られ行動不能にされていただろう。しかし、その攻撃に対するカウンターの準備は万全だ。
先ほど二人の前で唱えた呪文。それこそがこの戦いをスムーズに終わらせるための究極兵器。じゃんけんで負けたから唱えさせられているわけなので、特に有り難いとは思わないけど頼りにはなる。
感情を殺せ、機械的に終わらせろ。恐怖や不安を感じるのは意思疎通に不備があるからだ。完璧な攻撃を詰まることなく、相手が聞き取ってレジ打ちできる速さで言えばそれでいい。感情を表に出してしまうからミスが出るのだ。
呼吸を静かに整え、覚悟を決める。
我が存亡、この一戦にあり。しかして逸ることなかれ、冷静に事に当たれ赤石信吾二等兵。シミュレーションは頭の中で何度もやった、お前ならできる。
「ダブルチーズバーガーセットLサイズ、サイドはポテト、ドリンクはコーラ。それと完熟アボカドチーズバーガーセットMサイズ、サイドはサラダ、ドリンクはレモンスカッシュ……で、お願いします」
……完璧だ。この俺の人生二十年において最も首尾よくやり遂げた試練と言っても過言ではあるまい。多少声が小さかったかもしれないが、相手のレジを打つ手は止まらなかった。ということは全て通ったということ!すなわち赤石信吾大勝利!!
あとは『ご注文を繰り返します』からの言葉に頷けばそれで終わりだ。クックック、もう喋る必要もないとはなぁ!
さあバイトの朝緑よ、決着の宣言をするがいい。俺はすでに財布の口を開いたぞ?
「お客様、サラダにお付けするドレッシングは和風ドレッシングと胡麻ドレッシングのどちらになさいますか?」
ドレッシング……だと……!?
何だそれは聞いてないぞ!おのれきーちゃん、謀ったか!?あれほど心配そうな顔をして俺の身を案じておきながら、ここにきて弩級の地雷を隠しておくとは……!
完璧などという浅はかな言葉を使った俺に向けられたのは予想だにしない方向からの大打撃。フリッカージャブのように不意打ちで放たれた、痛恨のアッパーカット。
俺の脳を揺さぶるにはこれ以上ない一撃。危うくKOされるかと思ったが、その寸前のところで何とか踏みとどまる。
落ち着け、呼吸を整え思考を冷やせ。あの子が俺をハメるなんて、そんな真似をするとは思えない。ゲームの中ならともかく、現実でやることはないはずだ。
ただの伝え忘れ。そうだ、そうに違いない。ミスコミュニケーションというやつだ。普段からやらかしまくってる上にミス以前にコミュニケーションを放棄していた俺が、一度や二度の他人のミスで目くじらを立てる資格などない。
そうと思えば焦ることは無い。何も答えのない問題を突き付けられたわけではなく、ただの二択だ。
和風か、胡麻ドレか。
確率はフィフティ・フィフティ、しかもこれはきーちゃんの伝え忘れに起因するものなのでどちらを選ぼうが俺が責められる言われはない。つまりどちらを選んでもよく、正解の確率はハンドレッド・ハンドレッド……!
偉大なる先人たちはこう言った。『選択に迷いし時は、自分の好きなものを選びなさい』と。
つまり俺が選ぶのは胡麻ドレ……!
「ご、胡麻ドレッシングで……お願い、します」
「胡麻ドレッシングですね、承りました!では、お会計1380円になります!…………はい、こちらレシートと120円のお釣りになります。商品が出来上がるまで、少々お待ちください!」
やった、やってやった。
これにて注文は終わった、俺を阻むものはもういない。ドレッシングなどというとんだ伏兵がいたが、それももはや過去の話。提示された金額を支払い注文番号が書かれたレシートを受け取った今、店員から飛んでくる攻撃はない。戦果報告をして出来上がりをゆるりと待つのみ。
しかしドレッシング、ドレッシングか。野菜好きの人には悪いが、俺はサラダの味の大半はドレッシングの味だと思ってるタイプの人だ。もしきーちゃんもそうだったとしたら、目当てのものじゃないドレッシングでは思い描いていたサラダの味とは全く違うものとなってしまうだろう。
しかしあの状況では俺の独断で選ぶしかなかった。彼女もきっとわかってくれると思うけど、もし胡麻ドレがどうしてもだめだった時は…………あ。
そのことに気づいた瞬間、勝ち誇っていた俺の脳は己の敗北を悟ってしまった。
「完全に俺の負けだ、朝緑さん……」
「どうしたんだ赤、何があったの!?ていうか朝緑さんて誰!?」
膝をつき崩れ落ちそうになった俺を席から駆けつけ支えてくれたのは、俺のことを心配しながらも敢えて自信を持たすために笑顔で送り出してくれた親友だった。
こんな情けない姿を見せるはずじゃなかったんだけどな。すまない、俺は期待に応えられなかった。ああ、きーちゃんも来てくれた……本当にすまない。
「青、きーちゃん……俺、二人の分の注文、ちゃんとできたんだ。きーちゃんのサラダのドレッシング、分からなかったから胡麻ドレにしたけど……」
「ここのドレッシングは両方美味しいので大丈夫ですよ!そんな……私のドレッシングがあーさんをそんな目に!?」
そっか、どちらでもよかったのか。若干ハイになりながらハンドレッド・ハンドレッドとか調子に乗ってたけど、あながち間違いじゃなかったんだな……。
「違うんだきーちゃん。言った通り二人の注文はやったんだ。そしたらさ、それに必死になってて……自分の分を注文するの忘れてた……」
「「ああ……うん......なんか、その、ごめん(すいません)」」
だよな!こういう自分に非があるわけじゃないけど無関係というわけでもないから絶妙にどう接していいかわかんない時ってとりあえず謝るよな!
チクショォォオオ!もう一回朝緑さんに会ったら恥ずかしすぎるから、青かきーちゃん、どっちか代わりに注文してきてくださいお願いします!海老コロッケバーガーセットLサイズ、ポテトと烏龍茶で!
青黄ではなく妹と一緒に来た場合は
赤:そっと財布を差し出す
妹:はいはいいつものね、と慣れた感じで注文に行く
赤:壁際で壁殴り代行のポーズで立っている。早く席を取りにいけバカと怒られる
一人の場合はそもそも飲食店には入りません。