もしもセレスティアル・ラインが『そういう世界』の話だったら ~シナトの思い出~
あくまでNPCであるシナトが『そういう世界』の『そういう生き物』だとしたら、こういう感じで生きているんだろうなぁという体で書いたセレスティアル・ラインのダイジェスト版です。
今日もまた、相棒とお魚をたくさん運んだ。樽に詰められたお魚を、船員さんたちがえっほえっほと元気よく岸壁に下ろすのはいつ見ても気持ちいいね。
今日は他に何もやることは無いみたいだし、甲板で日向ぼっこでもしながら思い出を振り返ろうかな。
僕が生まれた時、目の前にいたのは朝焼けのようなきれいな赤色の髪をした男の人だった。その人は僕を見てちょっとびっくりした後、うーんと考え込んだ。そして僕の目を真っ直ぐに見て、風の吹く場所という意味の『シナト』っていう名前をくれたんだ。
僕はその時、この人のために風を読み空を旅するウィンズになった。
僕は知らない人が苦手。何をされるかわからないし、何をしていいのかわからないから。だから、ただ一人『知っている人』の赤い髪の人が大好きだ。
その赤髪の人も他人と喋るのが苦手みたいで、ほんの少しのお友達以外とはほとんど喋らない。よくそれで飛行船に乗ってお金儲けしようと思ったね、と思ったりする。
相棒のお友だちのウィンズに初航海先の島への風読みを教えてもらった。途中で間違えた時にほっぺたをビンタされたけど、うん、しっかり教えてくれるいい人(?)だった。
初めての航海の前、赤髪の人が僕を抱き上げてこう言った。
———いいかシナト。俺とお前は『相棒』だ。親子でも主従でもなく、対等だ。
その時は何を言っているのかよくわからなかったけど、彼は真剣だった。
そして、僕は彼の『相棒』になった。
初めての航海の夜、僕らは大きな大きなクジラに出逢った。
僕らの乗る紅鮭丸よりもずっとずっと大きなそのクジラが海から出てきたとき、僕らの船は怖いくらいに揺れた。一歩間違えれば自分が船から振り落とされるような激しい揺れの中、相棒は何よりも早く小さな僕を抱きかかえて庇ってくれた。
僕はウィンズだから、放り出されても風に乗って帰ってくることができる。それでも相棒は自分よりも僕を助けてくれたんだ。
いつか、あのクジラよりも大きく立派な船を手に入れて見返してやろう。成長した僕と二人並んで、胸を張ってどうだと言ってやろう。
相棒は満天の星空の下で、珍しく大きな声を上げてそう誓った。僕も、何よりも僕を大切にしてくれる相棒の夢を叶えようと、そう空に誓ったんだ。
初めてのお仕事はあやうく失敗しそうだったけど、たまたま知り合った白い髪の女の子に助けてもらって何とかなった。
相棒にハメられて、ウィンズが大好きというその女の子に撫でくり回されたのは忘れない。気持ちいいのは良いんだけど、なんだろう、あれは僕が僕でなくなる気がする危険な手だった。
たくさんのお仕事をこなしているうちに、紅鮭丸が手狭に感じるようになった。それなりにお金もあるし、飛行船を大きくするためにドック船に入ることになった。
青い髪をした相棒のお友だちの紹介で行ったそこは、僕らの紅鮭丸が何個も入るくらいに大きな飛行船だった。僕と相棒しかいない紅鮭丸とは違ってたくさんの人が忙しそうに働いているし、大きな音がひっきりなしに響いていた。知らない人が苦手な僕と相棒はもうそれだけで参ってしまいそうだ。
相棒のお友だちのお友だちは、桃色の髪の女の人だった。僕と相棒が一番苦手な感じの元気溌剌でぐいぐい来るタイプの人だったけど、相棒はすごく頑張った。
改修された紅鮭丸は名前を変えて王鮭丸になった。出来上がった時は嬉しくて嬉しくて、マストに登ったりしてはしゃぎ過ぎたら相棒にちょっと叱られた。でも、相棒もいつも変わらない表情の口元が緩んでいたから、すごく嬉しかったんだと思う。
そして、僕は成長した。体も一回り大きくなって、ようやく人の言葉を喋れるようになった。
一番初めに相棒に声を聴いてもらおうと思ってお友だちがいなくなってから喋ったら、相棒すごいビックリして目を見開いていたよ。僕をぎゅっと抱きしめて、船が大きくなった時と同じくらい喜んでくれたんだ。
空の中心と呼ばれる大きな島へ行く途中、セイランというウィンズに出逢った。彼はパートナーである人間がいない、はぐれウィンズだった。
セイランの風読みの精度は驚くほど高く、その身一つで島から島へと渡り歩けるほどだ。これはもう教えてもらうしかないと思って勇気を出してお願いしたら、彼は快く丁寧に教えてくれた。顔が怖いと思ってごめんね。
あまり詳しくは聞かなかったけど、セイランは昔パートナーと悲しい別れをしたんだって。その時の思い出が悲しくて、その人ととの空の旅が楽しくて、彼は新しいパートナーを見つけることができずにいるらしいんだ。
いつか僕も相棒とお別れする日が来るんだろうか。だとしたら、せめてその時は笑顔でお別れしたい。もちろん、そんな日がこないのが一番いいんだけどね……。
セイランと別れて目的の大きな島に着いた相棒と僕は、心が折れた。
あの人の数はダメだよ。僕は全力で相棒の背負い袋の中に潜り込んで何とかなったけど、相棒は樽に詰められたお魚みたいな眼をしてたと思う。
そんな時に現れたのが、桃色のお友だちと白色のお友だちだった。相棒は天の助けみたいに感じたみたいだったけど、僕はさらなる嫌な予感を感じて背負い袋の中で必死に息を殺したんだ。
思った通り、女の子二人に振り回された相棒は死にかけのお魚の眼から死んだ魚の眼へと変わった。かわいそうだなと思ったけど、じゃあ代わるかと言われると断固代わりません。
何だかんだで笑ってお友だちと別れた相棒に、帰り道にしれっと首を出して話しかけたら叱られちゃった。でも撫でくり回されるのに比べたら全然いいよ、むしろどんとこい。それに、相棒は引きずらないタイプだから割とすぐに別の話に逸らせるしね。
僕らの頑張りが実って王鮭丸は第二王鮭丸へと改修し、ついに設備を整えて漁船になった。それと同時に、相棒はついに船員さんを雇った。
みんな怖そうな顔の男の漁師さんばっかりなんだけど、相棒はそれでいいみたい。変に可愛い女の子を雇って気を使って精神をすり減らすよりは百倍マシだって言ってたよ。そう言えば、僕って男と女どっちなんだろう?
空鰹を釣っていた相棒の竿に何か変なものが引っかかった。金属の箱みたいなそれなんだけど、結局何かは分からないみたい。でも、相棒は歴史がなんとか~って嬉しそう。相棒が嬉しいなら僕も嬉しいよ。よかったね、相棒。
釣り上げた変なものが何なのか調べるため、相棒の青い髪のお友だちが持つ島へと向かった。あの人、すっごい大きな船の船長をしているものすごいお金持ちなんだよね。しかも何百人っていう飛行船乗りが集う商会の会長なんだって。
結果だけを言うと、ここでもアレが何なのかはわからなかった。ちょっと残念だったけど、青髪の人が持っている古い物をいくつか見せてもらったら、そこにはセイランに似たウィンズが写ってる写真があった。痛み過ぎてちゃんとは分からなかったけど、多分アレはセイランで間違いないと思うなぁ。
それとは別に見た古い航路図に相棒は何か見つけたみたいで、次の行き先は僕らの始まりの島カルムから東に行ったところに決まった。
ウキウキしている相棒を見ると、僕もほっこりするね。相棒の顔はほとんど動かないけど、僕はもう雰囲気で大体わかるよ。
そしてカルムから東へ丸一日行ったところで、僕は風に違和感を感じた。いつもならどれだけ意地悪な風でもどこかに抜け道があるはずなのに、何をどうやっても先に進む風が読めないんだ。
今まで他のウィンズに教えてもらった風読みを試しても全然ダメ。相棒がその先に行きたがっているのに、ほんの少しの隙間も見当たらない。
そうして、ああでもないこうでもないと考えているうちに、僕の体は熱を持って言うことを聞かなくなった。立ち上がろうとしても足に力が入らないし、風を読もうとしたら景色が霞んで目が回った。
それでも、相棒のために僕は風を読もうとした。だって、相棒はいつも僕を大切にしてくれる。僕が知らない人と喋るのを嫌がって背負い袋に潜り込んでも、相棒の背中に隠れても、たまに引きずり出されることはあっても、だいたいはしょうがないなって許してくれる。何かがあった時、相棒はいつも僕を守ってくれたんだ。
だから、こういう時に頑張らなくてどうするんだと僕は思った。僕にできることは風読みしかないんだから、せめてそれだけはやらなくちゃって。いつも相棒は頑張っているんだから、僕も頑張らなくちゃって。
そうしたら、相棒はすごく悲しい顔をした。初めて見る泣きそうな顔で、お前はもう頑張ってるよって、辛いときには辛いと言えるのが相棒なんだって、そういって僕を抱きしめた。
僕は相棒のことが大好きだよ。本当に、本当にそう思う。この人のところに生まれてよかったって、この人の相棒になれてよかったって、この人のために風を読みたいんだって、心の底から思う。
もっともっと、相棒の役に立ちたい。相棒の隣で胸を張っていられるウィンズになりたい。相棒が目指す場所に連れて行ってあげたい。
そう強く思い願った時、僕の体は光った。相棒よりも大きくなった体は前よりもずっと力強くて、頭も雲一つない空の様に澄みわたった。
そんな僕の姿を見た相棒は、誰がどう見てもわかるくらい、とても嬉しそうににっこり笑ったんだ。
成長した体でわかったのは、この先に進むには何かが足りないってこと。それは鍵のようなもので、それが無いとどれだけ風読みがうまくなっても見えない扉は開かない。
そうとわかれば、僕たちがやることは決まっている。今まで通りいろんなところを旅しながら漁をして、お魚を運びながら鍵を探すんだ。
僕の相棒は、ちょっと変な人。あんまり喋らないし、表情もそんなに変わらない。それに僕と同じかそれ以上にお魚が大好きで、お友だちにも『魂が魚の形をしている』ってよく言われてる。
でも優しくて、いつも一生懸命。旅をするのも、漁をするのも、僕と一緒に島を歩くのも、ぜんぶ心から楽しんでいる。楽しいことがあると口の端っこがにやけてたり、残念なことがあるとほんの少し眉が下がってたりするんだ。
ねぇ相棒。何度も言うけど、僕は相棒のことが大好きだよ。相棒のウィンズになれて、本当に良かった。この空に生きる数多くのウィンズの中でも、僕はきっとすごく幸せなんだろう。
相棒はどうかな。僕がウィンズで幸せかな?僕の相棒で良かったって思ってくれているかな?もしそうだとしたら嬉しいな。
ああ、相棒がお出かけから帰ってきて僕を呼んでいる。日向ぼっこも堪能したし、そろそろ起きようか。
さあ次はどこに行くのかな、行きたい場所を僕に教えて?僕が絶対に、君をそこまで連れていくから。
君の行きたい場所は、僕の生きたい場所。君の目指すものは、僕の目指すもの。
どうかいつまでも一緒に空を旅してお魚を運ぼうね、相棒。
こういうIFの話を考えるの好きです。ゲームのエンディング後を妄想したりするの大好きです。