茶の関係
そういうことで茶管の話です
「……んが。あー、もう朝か……かぁー、腹減った」
万年床の布団から起き上がり、寝て固まった体をほぐすために首や肩、腰を軽く回す。遅くまでゲームをやっていたせいで頭が少し重いが、今日は休日で仕事も予定もねぇ。ダルさが引かなかったら二度寝でもかましゃいいだろ。
それよりもメシだ、メシ。朝メシはがっつり食わねぇとやる気が出ねぇからなぁ。まずは冷凍してた米を電子レンジにぶち込んで解凍して、その間におかずを作るか。
「一人暮らしを始めたころの俺に見せてやりてぇぜ、このオレが片手で卵を割るところをよ」
やや弱めの火で温めたフライパンにベーコンを三切れ入れて油を出し、そこに卵を二つ落として少し固まったら水を入れて蓋をして蒸し焼きにする。目玉焼きのやり方にはいろいろあるんだろうが、オレはこれで慣れちまったからこれでいい。黄身がちょうどよく固まるまでの時間も覚えたからな。
あと納豆は外せねぇ、日本人の魂だからな。野菜も欲しいところだが、男の一人暮らしに新鮮な野菜の買い置きなんてもんは無い。野菜ジュースで代用だ。本当は実家の茶を飲みてぇけど寝ぼけた頭で雑に淹れていいもんじゃあねぇ。
毎朝同じようなもんを作ってるから出来上がりの時間は計算済みだ。納豆とジュース、食器の準備ができたころに電子レンジがチンと鳴り、そのタイミングでフライパンの火を止めれば半熟よりやや固めのベーコンエッグの完成だ。
「いい出来栄えだ、我ながら惚れ惚れするぜ」
ベーコンエッグに塩コショウを振りかければ、オレの食欲というエンジンがアイドリングを始める。
「いただきます……あん?」
合掌した手を離すと同時に鳴る携帯端末。ふざけんじゃねぇ、どこの誰がこんな7時過ぎたばっかりの朝っぱらから電話かけてきてんだ常識ねぇのか!
「って、オフクロじゃねぇかよ!あー、だりぃーーー!」
何言われるかだいたいわかってるけど無視したらキレっからなぁ。どうせ出るまで鳴らし続けるだろうし、とっとと終わらせるか……。
「なんだよ朝っぱらから。まだ実家にゃ帰んねーぞ」
「もーアンタはようやく電話に出たと思ったらおはようも言わんとそんなことばーっかり!起こしてくれてありがとうくらい言われへんの!?」
早口の甲高い声が端末のスピーカー越しにオレの鼓膜を突き刺した。なんか朝っぱらからいつもより若干テンション高ぇな、もしかして呑んでんのか?
「誰も起こしてくれなんて言ってねーし、そもそももう起きてメシ食うところだったわ。キーキーうるせぇんだよクソババア」
「アタシがクソババアやったらアンタはドラ息子や!家も継がんとバイク弄ってばっかりで!お父さんもなんか言うたって!」
ヒステリックな声から打って変わってのほほんとした低い声が聞こえてくる。オヤジも朝っぱらからオフクロに付き合って大変だな。まあオレが物心ついた時には立派に尻に引かれてたけどよ。
「お母さん、管次郎も自分で稼いでんねんからそんな言い方せんの。すまんなぁ管次郎、お母さん昨日は遅うまで宴会やってなぁ。まだ酔いが抜けとらんのよ。そんでさっき、お父さんがなんとなーく「管次郎はもう起きとんのかなぁ」なんて言うたもんやから」
「わかったわかった。でもオヤジはもうちょいオフクロの手綱をしっかり握ってくれよ」
「ははは、もう長いことコレやからなぁ。本当にダメなときは体張って止めるから、今回はちょっとした母の愛ってことで許したってや。あ、電話変代わるわ」
「もーお父さんは管次郎に甘いんやから!!」
代わらなくていいからそのまま切ってくれ、と思ったが願いは通じなかった。オヤジがオレの味方っぽい発言をしてたからかまたトーンを高くした声が響く。スピーカーモードじゃねぇんだけどなこれ。
「ええか管次郎!いつ実家帰ってきて継ぐかは好きにしたらええけど、いつまでも咲希ちゃん待たしとったらアカンで!わざわざリモートでウチの仕事しながらアンタの近くに住んで……そんな健気な子、そうそうおらへんのやで!見切りつけられたらシバき倒したるからな!」
「……わかってんよ。ああ、そういえば篤人はどうなったんだ?ウチに来るんだろ?」
「あっちゃんは再来月からやで。まああの子は明るいし口も回るし、いい営業になりそうや。ブラック企業で働いとったからか、ちょっとやそっとじゃへこたれへんガッツもあるしな。それはそうと管次郎、せっかく好きに生きさせてんねんからええツテの1つや2つでも作ったんやろな?」
実家の茶はどっちかっていうと高級品のものだから新規の客がつきづらい。それでも常連は大事にしなきゃいけねぇからオヤジやオフクロはそっちで忙しくて新しい風を吹き込めない。だからオレが自由に動き回れる若い内にいろんなところに広める必要がある。
「その辺は抜かりねぇよ。ライダースクラブの会長さんや元走り屋のベンチャー企業社長、天下のイケメンモデル様にアホみてぇな会員数の爺さん婆さんゲーマー会のボスがいるぜ。ああそれと……もしかしたら数年後には面白ぇやつ連れて帰るかもな。サキも気に入ってるオレの友達でよ。ウチに来るかはわからねぇが、もしそいつが来たらいろいろやってみてぇことがあんだよ」
「アンタがそこまで言うんなら面白い子なんやろな。よっしゃ、その子がウチに来たがっとったら入れたろ。まあ体に気ぃつけてボチボチやりや」
「おお。オフクロも歳なんだから深酒はほどほどにしろよ、孫を抱くまでくたばんじゃねーぞ」
「アタシはまだピチピチの40代やアホ息子!」
今年で49だろうがとツッコむ前に電話を切られた。キツいこと言ってる自覚あんじゃねーか。
「はぁー、メシ冷めちまったのに温める気にもなりゃしねぇ。とっとと食って気分変えるか」
味噌汁を作ってなかったのが不幸中の幸いだな、と思いながらメシをかきこんで胃のなかに落とした。せっかく作ったメシなんだからもっと味わって食いたかったぜ。
食器とフライパンを手早く洗って片付け、座椅子の上に胡座をかいてどっかり座る。気分転換にはバイク、と言いたいところだが気分が不安定な時に乗るのは危ねぇ。
「サキはまだ寝てんのか返事ねぇし、やっぱゲームだな!誰か暇なやつはいねぇか?」
ようやく8時を過ぎたばっかりだが、休日なら誰かいるはずだとVRギアを起動してフレンドリストをざっと見てみたら……やっぱオメェはいるよなぁ赤いの!ラオシャンにログインしてるのがバッチリ出てるぜ、さすがだ。
フルダイブはもう多くの人間の生活に根付いてるから、VRギア同士ならどんなゲーム中だろうとメッセージのやりとりや通話が可能だ。つーわけでいっちょオレとお話ししようぜ?
「よう赤いの、今だいじょうぶか?」
「1分待ってくれ……ん、だいじょうぶ。もう仕留めた」
「悪ぃな、狩りの途中だったか?」
「自分が無敵だと勘違いしたシャチを返り討ちにしただけだ。一対一でオスのマッコウクジラに挑もうなんて10年早い」
こいつラオシャンの話になると途端にベテラン感出るよな。まあ実際に上級者なんだけどよ、オレ同種の生き物でこいつに勝てたことないし。
「まあいい。とりあえず暇してるから何かやろうぜ。あ、ラオシャン以外でな」
「先手を打たれたか……じゃあHITSやるか?バトロワの方で」
「いいじゃねぇか。アッシュも転職して暇してるっぽいから連絡入れときゃそのうち来るだろ」
「アッシュさん転職したのか。よかった、笑ってるけどブラック企業で大変そうだったから」
「オレの実家にな。オマエも大学卒業したらくるか?茶園をやってるつっても、別に全員が畑に出てるわけじゃねぇ。加工して販売まで全部やってるから人手は欲しいんだ。それなりに老舗でもあるが、若いやつは大歓迎だ。滑り止めくらいに考えてみてくれや」
オフクロにああいった手前、コナはかけれる時にかけとかないとな。こいつがウチに来てくれたらやりたいことがいろいろあるんだよ。広報の一環としてゲーム大会に出場とかな。ガチのプロゲーマーにゃ勝てねぇだろうが、パフォーマンスって面なら負けねぇぜ?
赤いの自身にも侮れねぇ人脈ができつつあるしな。範囲は狭くとも繋がりは強いし、こいつを認める人間はだいたいいいやつだ。そこだけは間違いない。
「保険としてありがたいとか、他に就職したい会社があるわけじゃないからっていう、こんな考えでお世話になるのは失礼じゃないか?」
ほれ見ろ、ダチの実家とはいえこんなことを率直に言えるんだぜ?適当な返事して保留しとけばいざって時にコネ入社できるのによ。そんな言い方したら他に落ちて行くところが無くなってからじゃ頼りづらくなるだろうが。
そういうところが気に入ってんだ、オレぁ。
「この世の中、希望した職に就けるやつが何人いると思ってんだ。ほとんどの社会人は妥協と諦めと成り行きで就職してんだぜ。オレだって機械工やってるけどよ、今の会社じゃなかったらダメだったかっていわれりゃそんなことはねぇ。滑り止め、なんとなく、大いに結構じゃねぇか!一人が嫌だったら青いのや黄色いのを連れてきたっていいんだぜ?ウチは高卒からでも問題ねぇぞ」
「あっ、ホントはあの二人が目的だろ。青ときーちゃんがいれば最強のハニトラコンビが作れるもんな」
「ダチにそんなことさせっかよ。まあ?営業にされたあいつらが自分のどんな武器を使って数字を出すのかはあいつら次第だがなぁ?」
アイツらはそれが最善手だと判断したらやりそうな気もするけどな。つーか普通に営業スマイルするだけでだいたいのオッサンとオバサンは落ちるぞ。オフ会で青いのと黄色いのを見た時、こいつはヤベェと思ったのは忘れねぇ。本人たちがその気になりゃあ表情動かすだけで金が勝手に入ってくるだろうぜ。
「二人の未来は俺が守る。HITSにいくぞ」
「負けられねぇ戦いってやつだな、派手にやろうじゃねぇか!」
まあなんだ、一緒に働けりゃ嬉しいが普通にダチとして別々の場所で生きるのも悪くはねぇ。最終的には個人の人生だから人の決定に口は挟まねぇよ。
それはそれとして勝負はガチだ、戦うからには勝たなきゃなぁ!赤いのとのゲームは殺すか殺されるかのヒリつきがたまんねぇからよ。
こんな真剣にバカなことができるダチが何人もいるなんて、オレは恵まれてるぜ!
茶管自身はあと1年もしたら名字の変わったサキを連れて実家に帰るつもりです。また母親とは口喧嘩ばっかりですが喧嘩するほど仲はいいって感じ。
実家のお茶は『一般家庭でも買えるっちゃ買えるけど、メインは会社の大事なお客様にお出しする用とか贈答品とかそういうの。日常的に飲んでる人はまあまあな金持ち』みたいなやつで結構な老舗です。実はドラスレの後に赤じいちゃんにお礼として贈ったらそこからフルダイブ老人会のメンバーに広まって結構顧客が増えたとかなんとか……




