黄の感情
青視点を書いたからには黄視点もね?
「黄崎さん、好きです!付き合ってください!」
授業が終わり、ようやく帰ってゲームができると思ってたら顔も名前も知らない男子が腰を90度に折って右手を差し出していた。
今どきこんな古典的な告白する人も珍しいと思うのが半分、早く帰ってゲームしたいと思うのが半分の気持ちを表面上は隠しながら、すっかり慣れきってしまい半自動的にいつもの言葉を口から流す。
「……インフィニティ・レムナントっていうゲーム知ってる?」
「え?」
「そのゲームでランキング100位以内の人に1度でも勝てたらもう一度来て。それで私に勝てたら考える、かな」
「え?え??」
「じゃあ、そういうことだから」
我ながら嫌なやつだなーと思いつつ、呆けた顔で何を言われたのか理解できていない男子の隣を通りすぎていく。本当に私よりも強くなれたなら、その時は誠心誠意この告白に対する答えを考えるっていうのは嘘じゃないから。
まあ、ランキングだけでいうなら私に勝てる人は全国で20人前後しかいないわけだけど。それでもあの人みたいな例外というか在野の猛者だっているし、可能性はゼロじゃない。
ゼロじゃないだけで限りなくゼロに近いのは間違いない、なんて思いながら下駄箱で靴を履き替えてるとポンと肩を叩かれた。
「やっほー、きーちゃん。一緒に帰ろー。今日も告られてたね、今月で何人め?」
声をかけてきたのは友達の赤石優芽ちゃん。私が引きこもりになってた時に何とかしようとしてくれて、そして私がその手を払いのけてしまった子。
あの人が私を叩きのめしてくれなかったら、こうやって話しかけてくれることもなかったかもしれない。あんなにひどいことをしたのに、変わらず友達として接してくれるあーちゃんの心の広さには感謝しかない。
「私が良くわからない返事ばっかりしてるからか最近は減ったよ、今月は3人め。なんでみんな私を好きになるんだろうね。絶対にあーちゃんみたいな女の子の方がいいのに。わからないよ」
「そりゃまあ、きーちゃんがものっスゴい可愛いからじゃん?私から見てもレベルが違いすぎて嫉妬もできないくらいだもん」
校門を出て帰り道を並んで歩きながら、私たちの会話は続く。
「そうかな?だとしても私がなんのゲームが好きなのかも知らない程度の人に好きって言われても困るよ。だってその人が好きなのは私じゃなくて私の顔なんでしょ?だったら写真でも撮って勝手に愛でてればいいのに、って思っちゃう」
「そっちの方が普通の女の子は嫌がると思うけど……」
そもそも私に告白してくる男子の9割以上と接点無いからね。正直、そこら辺のおじさんにいきなり結婚しよう!って迫られるのと感覚的にはなにも変わらない。写真で満足してくれるなら断る時間が無駄にならないぶん合理的ですらあるんじゃないかな。
「私が顔にこだわり無いからかな。イケメンなんて最高級のを見慣れちゃってるもん、ブルさんで」
「青山さんの顔でダメならウチの学校の有象無象じゃ勝負の土俵にも立てないよ。まあ私も最近は見慣れちゃって有り難み薄れてきたけど。週一週二くらいでウチの家にいるし」
「ブルさんはお兄さんの、あーさんの自他共に認める親友だからね」
「んー、我が兄ながらどうして青山さんみたいな人とそこまでの仲になれたのか見当もつかないわ」
あーちゃんの言う通り、はたから見ればなんでこの2人が?と思うだろう。けど、少し関わればあーさんとブルさんがどれだけピッタリなのかが良くわかる。お互いに補いあって、支えあって、信頼しあってる。
親友という言葉の定義を私が決めるなら、それはきっと『赤石信吾と青山春人のような関係のこと』とするだろう。あれだけ深い友情で結ばれた相手がいるのはめったにない。
でもあの2人を見ていると、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけ悔しいなぁって思っちゃうのはなんでかな。
誤解無いようにいうけれど、2人ともものすごくいい人なの。優しくて、思いやりがあって、同じ目線でいてくれる。私が一緒に遊びたいって言えば邪険にすることなんて絶対に無い。ごく自然に、当然のように受け入れてくれる。3人でいることが当たり前みたいな感じで。
そこにちゃーさんが加わっても、今度は4人でいることが当たり前ってなって何も変わらない。
その雰囲気はとても心地よくて、年齢差も性別差も関係なく対等で平等。そしてその中心は口数も表情を動かすことも少ないあーさんだ。
「あーちゃんは妹だから、近すぎて逆にわからないかも知れないけど。あーさんはブルさんと比べても遜色無いくらい、ううん、個人的にはあの青山春人よりもカッコいいし、スゴい人だと思うな」
「きーちゃんはお兄ちゃんのこと、ずいぶん高く買ってるね。あんな街を歩けば似たような人がダース単位で見つかるモブ顔のコミュ障なのに」
「実際に私はあーさんに負けてるから評価は高くなるよ。それに容姿もモブ顔だって本人もいってるけど、個性が薄いだけで悪くはないよね。コミュ障も最近は少しずつ改善されてるし、知り合いが少ないからこそ知人友人家族を大切にしようって考えてるのが良くわかるよ。好きなものに一生懸命なところも、なんだかんだチャレンジ精神に溢れてるところも、戦いになったら一切手を抜かずに真面目なところも、全部尊敬できるの」
もちろん何から何まで手放しで褒めれるというわけではないけど、一人の人間としてとても立派だ。たまに人間を辞めかけてるのはどうかと思うけど。無意識に生魚を齧りそうになるのは矯正した方がいい。
「うーん、ここまでお兄ちゃんを褒められると私の方がむず痒くなっちゃうよ。……お兄ちゃんはちょっと分かりにくいから、分かってくれてる人がいるのは素直に嬉しい。ありがとね、きーちゃん」
てへへ、と照れながら笑うあーちゃんの表情はとても柔らかくて、見惚れるほどだった。
きっとこの顔はあーさんには見せないんだろうな。
「……やっぱり男子たちは見る目が無いね。こんなに可愛くて素敵な女の子がいるのに」
「ん?きーちゃん何か言った?」
「いい兄妹だねって、思っただけだよ」
「そう?まあ仲はいい方だとは思うけどね」
うん、あーちゃんとあーさんは普通の兄妹よりはちょっとだけ特殊かも。
あーさんとブルさんが親友なら、ちゃーさんとは兄弟分。あーちゃんとは兄妹というか相棒って感じがする。
だったら私は、私はあーさんにとってなんなんだろう。ただのゲーム仲間なのかな。
もやっとした感情に少しだけ眉をひそめたら、ポケットに入れてる携帯端末がブルッと震えた。何かメッセージを受信したみたい。
「あれ、あーさんからだ……ごめん、あーちゃん。私、ちょっと走って帰らなきゃいけなくなっちゃった。また明日、ゴメンね!」
「あっ、うん、えーっと……気をつけてね!」
申し訳ないと思いつつも振り返ることなく全力で走り出す。体育の時間ですら出したことの無い正真正銘の全力疾走ですぐに息が上がるけど構うもんか。受信したメッセージにはそれだけの破壊力があった。
『学校帰りにきーちゃんの家の前を通ったらご両親に呼び止められた。たすけて』
今日はたまたまお父さんが会社の創業記念日だとかでお休みだった。まさかそれがこんなことになるなんて!
あーさんは基本的に人がいい。コミュ障といっても全部無視するタイプじゃなくて、断りきれず流されるタイプに近い。本当に限界を迎えたら逃げ出すけど、『友達の家族』に対してそんな失礼なことができるとは思えない。
結果、おそらく居たたまれない空気の中で挙動不審になりながらしどろもどろして助けを祈ることしかできないだろう。
尊敬する人をそんな地獄に叩き込むなんて冗談じゃない!お願いだからお父さんもお母さんも要らないことはしないで!ブルさんがいない時のあーさんのコミュ力はクソザコナメクジとかそんなレベルじゃないんだから!
「はぁ、はぁ……ただいま!あーさん、無事ですか!?」
勢いよく玄関を開け、靴を脱ぎ散らかして息が上がってるのにも構わずにリビングのドアを蹴破るくらいの勢いで開けた。
そこには針の筵の上で死刑囚のような顔をしてボソボソと受け答えをするあーさんの姿が……なかった。
「ロン。立直断么平和一盃口三色同順、跳満12000点です」
「うわぁーっ!やってしまった、トビだ。赤石くん強いなぁ!」
「……配牌の時点でだいぶ役ができてたので。今のはほぼ運です」
「あなた、次は大人の威厳を見せないといけないわ……あれ、貴理ってば帰ってたの?お帰りなさい、そんなところで立ってないでこっちにきなさいな」
「何やってるの?え、何やってるの!?」
ギスギスとまでは言わないが、苦しい沈黙か親からの質問責めやウザ絡みであーさんのストレスが急速上昇してるんじゃないかと焦って帰ってきたら、まさかダイニングテーブルにお菓子とジュースを広げて和気あいあいと携帯端末で麻雀してるなんて思わないじゃない!
「ああ、お邪魔してるよ、きーちゃん。……ばったり出会って家にあげられた時にはどうしようかと思ったけど、きーちゃんがご両親に俺がアナログゲームもイケるって話してくれてたお陰で助かったよ」
お父さんはパーティゲームやボードゲームが好きだけど、一緒に遊ぶ人が少ないのが悩みだった。私があーさんの家でよくおばさんにボッコボコにされてることを話しても羨ましそうにしてたもんね。
お父さんは娘からしても顔がいい上にどことなく上品な雰囲気があるから、そこが逆に取っつきにくく思われてるみたいで友人があんまりいないんだとか。
だからあーさんとエンカウントしたのをこれ幸いに誘ってみたってことね。あーさんが嫌がってる感じがないから、今は執行猶予付きということにしておこうかな。
「赤石くん、もう一局お願いできないかな?」
「あ、はい。お願いします」
この条件反射ではいと言ってしまう流されっぷり。まあ前はそもそも言葉を発することすら稀だったことを考えればかなりの進歩と言えなくもない、かも?
「よーし、次は勝つぞ。どうした貴理?早く座りなさい、アプリは入れてるんだろう?」
「娘が麻雀を打てるようになるなんてね。教えてくれた赤石くんには感謝だわ」
「年頃の娘さんに麻雀を教えるなんて、怒られこそすれ感謝されることはないと思うんですけど……」
「ウチの親、そういうところは妙に緩いんで気にしないでください」
子どもは親が見ていられる間にちょっとくらい悪いことをした方がいいと思ってるらしくて、昔から私が少し背伸びしたことをすると逆に喜ぶくらいだった。……さすがに娘がゲームにハマって引きこもりになるとは思わなかったみたいだけど。
携帯端末の麻雀アプリを起動してお父さんが作った卓に入り、東風戦が始まる。うーん、么九牌が地味に多いし種類も散らかってて見通しが立てにくいなぁ。国士無双はすぐにバレちゃうし……。
「時にみんな、真剣にやるためにもせっかくだから1位は最下位にちょっとしたお願いができるというのはどうだろう?」
お父さんがまた何か言い出した。まあ麻雀は賭けてナンボとまでは言わないけど、ギャンブルの面が強いのも事実だし罰ゲームくらいなら許せる。何もなければ張り合いがないのは同感だし、イツメンで打つ時もそういうのやるし。
「いいんじゃない?あーさんはどうですか?」
「……俺ができる範囲なら、うん」
この人ができないことは対人コミュニケーション以外あんまりない気がするけど……地味になんでもできるんだよね、あーさん。料理も魚を捌けるらしいし、勉強も運動もブルさんより上だって聞くし、実際に勉強見てもらったときも結構分かりやすく教えてくれたし。
あ、さっき捨てたばっかりなのに中がきちゃった。もったいないなぁ。
「よし、それじゃあ僕が勝ったら何をしてもらおうかな。貴理が最下位だったら久しぶりにパパと呼んでもらうのもいいかも知れない。そして赤石くんが最下位だったらお義父さんと……おっと、さすがにこれは貴理が怒りそうだな」
命拾いしたね、お父さん。それ以上を口にしてたら突然の反抗期に入るところだったよ。
「そうね、なら私は最下位の人に晩御飯のお手伝いをしてもらおうかしら。隣に立って、つきっきりでね」
それくらいなら、と思って想像してみる。お母さんの横にあーさんがいて、2人で料理をしているところを……なんか、嫌だな。微笑ましいはずなのに、すごくモヤッとする。
なんとも言えない感情を抱えていると引き運も悪くなるのか、さっきから捨てる牌がことごとく裏目に出ちゃってる。そんな心のブレが伝わったのか、あーさんが七筒を捨てながら呟くように、でもしっかりと言葉を伝えてくれた。
「きーちゃん。対戦相手の言葉なんて気にするな。いつもどおりに考えればいい」
「いつもどおり、ですか?」
「そう。いつもどおり勝てばいい。勝てば罰ゲームなんてしなくていいんだから。だろ?」
罰ゲームが嫌なら勝てばいい。シンプルだからこそこれ以上ない結論。そして私の心に火をつけるのにうってつけの言葉。
メラメラと燃え上がる闘争心。そうだ、今、私はゲームで勝負をしている。なのに勝負以外のことに気を取られてどうするというの?
「ありがとうございます、清々しく戦えそうです」
もう迷いはないわ。赤ドラの五萬切りで!
「あ、それロン。一気通貫ドラ2」
「なんでダマテンしてるんですかー!?」
さっきのいい感じのやり取りはなんだったのよ!さすがはアナログゲームの魔王と呼ばれるおばさんの息子、この人はこういうことするんだから……!
「あっはっは!さすが赤石くん、最高だ!」
「勝負ごとに容赦は無粋だものね。いいわねぇ」
「次いきましょう、次!絶対にやり返してみせますからね!」
「麻雀はムキになったら負けるって教えただろ。冷静になるんだ、最下位ちゃん」
「ん~~~!!」
無表情のまま淡々と煽るあーさんの挑発はとても効く。バーチャル空間だったら既に手や脚が出てるだろう怒りに身が震え、画面越しだというのに洗牌する手に力がこもる。
「私が勝ったら半魚人のモノマネしてもらいますよ」
「今からロボットダンスの準備でもしておくんだな」
非常にムカつく。でも、この距離感が心地いい。顔だけ見て好きだと言い寄ってくるなんてことはせず、対等のゲーム仲間、勝負相手として真剣に向き合ってくれる。
きっとあなたは分かっていない。そう接してくれる人が私やブルさんのような人間にとってどれだけ得難い人なのか。あなたのおかげで私がどれだけ救われているのか。
あなたへの感情が何なのかはまだ分からない。友情なのか、親愛なのか、それとも恋なのか。
だけど今言うべきことはひとつだけ。私たちにとっていつもの挨拶であり合言葉。
「では、対戦よろしくお願いします」
じゃあ次は誰かって言うとあいつですね




