ARダンス革命(処刑付き)
二、三十年先のAR技術ってどこまで行ってるんでしょうね。ホログラムウィンドウをタッチして操作する日が来るんでしょうか。
「ああ……人に酔いそう……」
「がんばれがんばれ、君ならできる!この間はついにコンビニの店員さんに『お箸一膳でお願いします』って言えたじゃないか!隣に僕たちいたけど!」
「そうです気を確かに持ってください、大丈夫ですよ人数が多いだけで誰も私たちのことなんて見てませんから!」
「いや、俺はともかくお前らは結構チラチラ見られてるよ……」
はいどうもイケメンと美少女に介抱されながら絶賛グロッキーな赤石信吾です。なんでこんなことになっているのかというと、たまには外で体を動かして遊ぼうってことでARゲームセンターに来たらまあ結構人が多いこと。
フルダイブVRだとどうしても筋力が落ちたり脳の疲労が大きかったりするもんだから、実際の体で遊ぶARゲームも一定の需要はあるんだよね。ホログラムだのなんだので演出のクオリティもVRに引けを取らないし、アバターじゃなくてリアルの自分が動かしているという実感には何とも言えない興奮がある。
サバイバルゲーム形式のチームガンシューティングが人気あるらしいんだけど、いつも通り知らない人とチーム戦なんて無理という俺の意向により一~三人用やフリー・フォー・オールのゲームを探して遊んでいる。今のところ一番燃えたのはモーションキャプチャーにより自分の動きに合わせて動くロボットで殴りあうゲームだな。
「んあ、なんか懐かしい音楽が聞こえる……」
自販機とベンチだけの簡単な休憩所で一息入れていると、聞きなれたメロディが耳をくすぐった。かなり前に流行ったアイドルの曲だな、ダンスタイプの音ゲーに入ってて優芽が小学生の時に好きだったからずっと二人プレイで踊らされてたわ。
「これは……あのゲームですね。結構な歴史のあるダンスゲームの最新作みたいです」
きーちゃんが指さしたのは、ばっちり俺が知ってるやつだった。といっても俺が持ってるのはフルダイブVRが主流になる前のVR過渡期のころに出てたやつだけど。センサーのついたコントローラーを握りながらマットコントローラーも同時使用するやつ。難易度を上げると譜面を目で追ってたら手と足が追いつかなくなるから記憶するしかなくてなぁ。
「この曲もちょっと古いけど、いまだに女の子が歌うカラオケの定番曲の一つだよね。ね、きーちゃん」
「はいはいどうせ私はアイドルの曲なんて全然知らない女子力皆無のロボオタですよ。十八番がIRのエンディング曲な女子高生で悪かったですね」
「君もなかなか分かりづらいところに地雷埋めてるねぇ!」
ケッ、と吐き捨てたきーちゃんに顔を引きつらせる青。確かにこの手の曲はきーちゃんより青の方が歌えそうだと自然に思っちゃったよ。声に出したら俺も睨まれそうだけど。
「ていうかさ、気にしてるならちょっとは知ろうとしてみれば?君がこの手の女の子女の子してる曲を歌えたら、かなりこう……」
「……恋に目覚める男子が増えそうだな」
「今以上に告白される頻度が多くなるとさすがに面倒ですね」
「あ、その気持ち超わかる」
カーッ!なんだその顔面強者の余裕は!言ってみてぇなぁ告白されるのが面倒とか人生で一度でもよぉ!!こちとら一コマ目で告白して二コマ目で断られるモブみたいな顔してるっていうのになー!あーあなんだこの不公平な世の中はよォーーー!!
渦巻く嫉妬のおかげで力が湧いてきたぞ!久しぶりだけど譜面は大して変わってないだろうし、最近フルダイブでもやり始めたアイドルゲームの練習も兼ねていっちょやってみるか。
「え、やるんですか?」
「まあフルコンボは怪しいけど、ゲームはできるからやるってもんじゃないだろ」
むしろ音ゲーなんて安定してフルコンボ出せるようになったら縛りプレイやパフォーマンス方向に進むしかなくないか。音ゲーの九割九分九厘はフルコンボまでの練習だと俺は思っている。だから音ゲーのほとんどは失敗なんだ、できないからやるんだよ。
「あの、そういう理由で言ってるんじゃ……」
「いやいいんじゃないかな!うん、今はちょうど誰もやってないみたいだし空いてるうちにやっちゃおうよ!……自分で言い出したんだからやらせてみよう、何かあったら僕が担いで全力で逃げるから」
「あーさんは上手ければ上手いほどマズいことになるってわかってるんですかね……」
グイグイと青に押されてゲーム機の前まで行き、ピッと携帯端末をセンサーにかざしてプレイ料金を支払ったら手袋型センサーを嵌めてダンスマットの上へ。昔はゲーセンといえば財布をパンパンにする大量の百円玉だったんだぞと祖父ちゃんが言ってたけどゲーセンも時代はすでにキャッシュレスだ。
しかしまあ昔はバカでっかいモニターと筐体が必要だっただろうに、今となってはホログラム投射機とスピーカー、それにちょっとしたタッチパネルだもんな。技術の進歩ってスゲー。
ゲームの進化に内心驚きつつも基本操作は家にある古い家庭用版とさして変わっていないことを確認しつつ、さっき流れていた懐かしの曲を最高難易度で選択。譜面が変わってなければフルコンボできると思うんだけどなあ。
開始までのカウントダウンが始まると同時にホログラムが展開され、そこまで広いスペースでもないのにまるでライブ会場のような光景が目の前に映し出される。もちろん俺がステージの上にいる形で、だ。
そしてその視界に手の振りとステップを指示するノーツが流れてくる。さあ、意識切り替えていくぞ!
『雨上がりにかかる七色の階段 Step Step 駆け上がっていく―――』
出だしは左右が中心の軽いステップに手の方も緩やかに振るだけと、俺の記憶にあるものと変わりない。ということは大元のアイドルがやってた振り付けほぼそのままの伝統を受け継いでるのな。
じゃあ大丈夫だ、歌詞はうろ覚えだけど譜面と振り付けは体が覚えてる。狙えるぜ、フルコンボ!
………………
…………
……
「うわぁ、ほとんどPERFECTでやってますよあの人……」
唖然とした表情をしながらも体は知らず知らずに小さくリズムを取っているきーちゃんの呟きに僕は全面的に同意を示す。これだけの芸を持っていながら、ホントに赤は性格だけで損をしてると言わざるを得ない。
「アイドル系の曲はそもそも踊りやすいようにできてるらしいけど……それにしてもここまで無表情のまま首から下だけキレッキレに踊れるってすごいよね。若干恐怖すら覚えるよ」
積み重ねた点数により立体映像のライブ会場は熱狂の頂点に。強めのステップを踏めば花火が上がり、観客が振るサイリウムはすでに光の大波となっている。こんなことになるなら僕もサイリウムくらい持ってきたのに。
それらは踊っているプレイヤーに向けられた演出で、一種のトランス状態に持ち込み集中力をより高めるもの。だから彼も気づかない。その踊りを見ているのは立体映像の観客だけじゃないってことを。
『雨に降られた暗い道だって いつかは光に照らされるでしょ?―――だから Step Step 上を向いて走り出せ 濡れたってまた乾くから!』
ラストサビに入ったところでプレイヤーの上に投射されたホログラムモニターがまた一回り大きくなる。それは観客から見た、ステージの上で輝くアイドルの映像だ。そのアイドルの表情はかろうじて疲労してきてることが薄っすらわかる程度なんだけどね。
そしてそのモニターを見ているのは僕ときーちゃんだけじゃない。近くを通りがかった他のお客さんも足を止めてアイドルソングを完璧に踊る僕の親友を呆けたように見ているし、ベテラン面して今のステップはどうのと腕組みしながらいらない解説をしてる人もいる。
音ゲーは人を引きつけやすい。それがまだ踊りやすい方とはいえ最高難易度でかつ広く知られた曲であるならなおさら。だから僕らはこの曲が終わった後が心配なんだ。でもこれくらいの注目には慣れて欲しいという『赤石信吾を人に慣れさせようの会』会長としての思いもある。
でもそういうのを抜きにして心から楽しみたいくらいにはスゴいんだけどなぁ、次に赤の家に遊びに行ったときには家庭用ので踊ってもらおう。
『Over The Rainbow―――』
【FULL COMBO】の文字が花火の演出とともに大々的に打ち上げられ、リザルトは四回を除いて全部PERFECT。その結果に満足するも踊り疲れた赤が大きな息を吐きながらこちらを振り返ったところで、ようやく彼も多くの人に見られていたということを知ったようだ。
「びっくりした、こんなギャラリーできてたのか」
額に浮かんだ汗を備え付けのペーパータオルで拭いながら、赤は割と軽い口調で言った。表情筋が動いていないだけじゃなくて、どうも本当に大して動揺していないようだ。
「かなり冷静だね?」
「見られるだけなら俺がどうこうしなきゃいけないワケじゃないし。話しかけてこないんなら、まあ大丈夫」
その言葉に親心というか飼育員心というか、とにかく震えるほど感動した。出会ってすぐのころは学校みたいな毎日のルーティンワーク以外で家から引きずり出すのにかなりの手間暇がかかったというのに、どうやら僕の親友は思っていた以上に成長しているみたいだ。
隣を見ると『赤石信吾を人に慣れさせようの会』副会長のきーちゃんも同じように信じられないものを見るような目で、だけど確かに喜んでいる。
「おーい、二人ともどうした」
「あ、ごめん。ちょっと初めてのお使いを成功させた子を迎える親の気持ちになってたよ」
「?よくわからないけど、なんかノルマをクリアしたからもう一曲遊べるって。間違って飛び入り二人プレイ用に追加クレジットしちゃったし、せっかくだから青ときーちゃんでなんか踊れば?」
「「え゛?」」
アイスの当たり棒が出たからあげる、くらいな感じで提案されたそれに僕ときーちゃんは戦慄した。まさか赤、ほとんど人と遊んだことがないからこの状況でのパスがどんな意味を持っているかご存じでない!?
「いやいやいや冗談でしょ、フルコンボの上にあんなキレッキレのパフォーマンスを見せられた後に踊れっていうの!?魂に鰭が生えてるだのなんだの言ってきたけど、ついにリアルでまで人であることを辞めたのかい!?」
「こういうのを俗に公開処刑っていうんですよ!?あーさんもうちょっと人の心を理解しないといつかふとした拍子に刺されますからね!一人で踊ってきてください!!」
「いやでもお金払っちゃったし……じゃあ俺が踊るからどっちか付き合ってくれよ。せっかくみんなで遊びに来たんだからさ」
そんな寂しそうに言われてはれっきとした人である僕の心が痛む。きーちゃんも美少女であることをかなぐり捨てたような決意の表情で拳を握りしめてこちらを睨みつけているし、これはもうやるしかない!
「「最初はグー!ジャン、ケン……ポン!!」」
「ありがとうございまーっす!!」
「ま゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!?」
この女、あれだけ固く握っていた拳をいとも簡単にチョキに変えやがってぇええ!!
「ん、青がやるのか。はいこれセンサー手袋。曲と難易度は何にする?」
「……このKILL ME FRIENDってやつ、『難しい』で」
このあとヤケクソでテンションMAXに踊ったらGAME OVERになることもなく割といい感じのスコアが出せたんだからノリと勢いというのは侮れない。そしてそれを撮っていたきーちゃんが帰りにコンビニでプリントアウトして僕らにプレゼントしてくれた。
赤は素直に喜んでいたけど、僕は……うん、まあ、楽しかったよ。意外となりふり構わず踊るといろいろと忘れられるもんだね。かなり激しい曲だったから途中で帽子とサングラスが吹っ飛んで、青山春人だってことがわかる人にはバレたと思うけどね。
どんなことでも過ぎ去れば思い出、今日も楽しい一日だった。でもいつかきーちゃんには痛い目を見てもらうからね。
本編186話でたー子が赤と青の交友関係を知った原因となったのが、今回黄色が撮った写真です。




