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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ホラー

【ホラー】見えない【完結】

作者: 白宮 安海

※この話に出てくる画像は、フリー素材をお借りしたものです。転載は厳禁ですのでご了承ください。

 

  ミエは走った。薄ら寒い病室の果てしなく長い廊下を、小さな足で懸命に走っていた。後ろから追いかけてくるナニかから逃れる為に。

 振り返ると、顔全体を覆っている髪の長い女が宙に浮きながら追ってくる。女には足がなく、白い長い服を着て、この世のものとは思えない存在だった。

「……みえ……ない……みえ……ない」

  女はうわ言のように繰り返し呟き、ミエに手を伸ばしながら迫ってくる。悲鳴を上げながら通路のぼやけた灯りを頼りに必死に逃げた。


挿絵(By みてみん)

  屋上へと続く階段を駆け上がる。扉を開けてまたすぐに閉めると、暗闇の空が一面に広がっていた。ミエは裸足のまま柵の方へと走った。外には誰もいない。助けを呼ぼうと大声で叫びをあげる。

「助けて!たすけ……!」


  ひんやりとした空気が頬を掠めた。背中に気持ちの悪い震えが走る。すると背後から、あの女の声が聞こえてきた。

「……みえ……ない……みえ……ない」

 女は執拗に近づいてくる。ミエは恐怖から全身が震えその場から動けなかった。

 もう一度叫ぼうと声を上げた瞬間、女はミエに素早く近付き、体に巻きついて冷たい死んだ手が唇を抑えた。その時、女の髪の隙間から、充血した気持ち悪い目玉がじっとミエを見つめた。

「め……だま……を……くれ」

挿絵(By みてみん)

「きゃあああああああああああ」

 それからミエの目の前は真っ暗になった。


 

  気がつくと、目の前には見慣れた病院の天井があった。ミエは急いで自身の両目を触った。目玉はあった。その途端、あの冷たい女の感触を思い出し、悲鳴をあげた。

「助けて!助けて!目玉を取らないで!!」

 廊下にまで響く程の錯乱を聞き付けた看護婦が、部屋へと急いで入ってくると、何かに怯え切ったミエの背中を優しく何度も撫でて、落ち着かせようとした。

「大丈夫よ。ここには何もいないわ。大丈夫、私がついているから」

「女の人が私を殺そうとするの、私の目玉を取ろうとして、それで――」

 この夢の話は初めてではなかった。看護婦は優しく声をかけた。

「また怖い夢を見たのね。大丈夫よ、ここには何も居ない。もし居たとしても、私達が守ってあげるから、ミエちゃんの事」

 小さく強ばる体を強く抱き締めながら、何度もそっと背中を叩いて言う。


  看護婦は医師とミエの事について話していた。

「101号室の橋本ミエさんは、毎日同じような悪夢を見てうなされています」

 医師は眼鏡を指であげながら、「きっとお母さんが事故で亡くなった事が原因でしょう。あの子のたった一人の肉親だった訳ですから。今後からは、薬を処方して対処しましょう」

「でも、それじゃあ根本的な解決には」

「我々に出来ることはこれくらいしかないのだよ」ぎしりと椅子を唸らせ、キャスターを転がすと医師は机に向かった。

 看護婦はどこか、ミエの事が気になって仕方がなかった。その為、よくミエの病室に訪れては、会話を交わしていた。普通に話していると、ミエは元気でとてもいい子だった。


「ミエちゃん、何を見ているの?」

 ミエは病室の窓の外を見ていた。

「ねぇ、あの花何?」

「あの花?」

「あそこ、花壇に咲いてる赤い花」

 看護婦は窓の下を覗いて見た。まるで一つだけ、景色に色を添えたかのような真っ赤な花が、小さく息づいている。

「さあ、なんて名前かしら。今度、調べておくわね」

 そう言って振り返った瞬間、ミエは体をガクガクと震わせ、目を見開きながら天井を仰ぎ見ていた。その視線の先に目をやると、真っ赤な手形がこびりついていた。


 看護婦も驚いてひいと声を漏らすと、ミエはうわ言のように言った。

「やっぱり……目玉を取りにきたんだ。私の目玉取られちゃうんだ」

  ミエがまた興奮状態に陥るのが分かると、看護婦は頭ごと包むように抱きしめた。あの手形の正体は何なのだろう。手形の事があった後日、ミエはやむなく他の部屋へ移る事となった。


  それからしばらくの間は、穏やかな生活が続いた。ミエの発作も無くなり、悪夢にうなされることも、幻覚を見ることも無くなっていた。だが、そんな日々を過ごしていたある日、深夜の見回りに廊下を歩いていると、再びミエの悲鳴が響いた。

 看護婦が駆けつけると、ミエは頭を抱えて泣きじゃくっていた。

「どうしたの!?ミエちゃん」看護婦はミエの傍に寄り添い、背中を撫でて顔を覗きこんだ。

「今日……来る」

「え?」

「今日あのお化けが、私のところに来る」

「大丈夫、大丈夫。そんなもの来ないから」

「本当に来るの!!」

 その時、他の病室からまた別の悲鳴が聞こえてきた。

「ほら、やっぱり来た」ミエは言った。

「ちょっと待ってて、すぐ戻るから」

「行っちゃダメ!!ここにいて!私を一人にしないで」

 看護婦はミエを強く抱き締めた。

「大丈夫、必ず戻ってくるから」

 ミエを一人病室に残し、悲鳴の聞こえた方へと走っていった。暗い廊下をライトのぼやけた光で照らして。すると、廊下に血の痕が点々と、その病室内へと続いているのを見て立ち止まった。そこは101号室。あの手形があった場所だ。恐怖で足がすくむ。静寂が、喉の粘膜から心臓までを抉るようだ。

 そっと、息を殺して病室を覗く。震えるライトの照準を両手で合わせて室内を見てみると、ベッドには両目を抉り出されて血の涙を垂らしている患者と、同じ状態の他の看護婦がそこにぐったりと横たわっていた。

 悲鳴をあげようとするのを、両手で抑える。動機が激しくなり、耐えようのない恐怖と緊張が体を締め付ける。本当にあの子が言ったいたように、女の幽霊が居たのだ。その途端、看護婦ははっと気がついて振り返った。

「ミエちゃん……!」


  すぐさま先程の病室へ戻り、部屋を覗くとそこにはミエの姿は無かった。看護婦はミエの事を探しに廊下を息急く走った。

「どこにいるの」

  すると、廊下をゆっくりと歩く足音が聞こえてきた。コツ、コツ、コツ……。看護師は階段の脇に身を潜めた。吐息にも気づかれないように口元を両手で覆い必死に身を隠した。


 足音が自分の近くまで響いては立ち止まる。額に汗が滲み、発狂しそうな声を必至で堪えた。足音が過ぎ去ると、看護師は急いで階段を上った。ミエの悪夢が本当の話ならば、屋上に向かっているはずだ。

 階段を上り、屋上の扉を開く。そこには長い髪の女と、その向こう側にはミエの姿があった。


「ミエちゃん!」

 看護師は叫んだ。

「たすけて……」

 ミエは恐怖で腰が抜け、涙を流していた。看護師は勇気を振り絞り、女を羽交い締めにした。

「逃げて!ミエちゃん」

 しかし、足がすくんでミエは思うように動けずにいた。女の力は強く、看護婦を勢いよく後ろへ薙ぎ払った。看護師は強く床に頭を打ち付け、意識を手放した。その瞬間、女はミエに一瞬で距離を詰めた。

挿絵(By みてみん)


「みえ……ない……みえ……ない」

 全く夢と同じ状況だ。ミエは恐怖でガクガクと体を震わせた。女はミエに向かってゆっくり手を伸ばした。

「め……だま……を……くれ」

「ごめんなさい……助けて、お願い、助けて」

「め……だま……を……くれ」

 女の冷たい手が、髪がミエに触れた。その途端、長い髪の間から女の目玉が覗いた。ミエが声が枯らすほど叫ぶと、女はミエの体を大きく包み込んだ。


「え?」

 しばらく何が起きたか理解が出来なかった。だが、女はそれ以上何もしてこない。

「みえ……ない」

 ミエはもう一度、女の声を耳を澄まして聞いてみた。

「みえ……あぶ……ない」

 女は確かにそう言った。

「だ……め、だ……め、ままを……しんじて、……かくれて」

 ミエは恐る恐る、女の髪を分けるとその顔をよく覗いて見てみた。遠い昔に、見た事のある懐かしい顔。

「ママ」


  そう名を呼ぶと、サイレンの音が下から響いて赤い光が忙しく照らされた。パトカーだった。その音に意識を戻して、看護婦が起き上がった。

「ミエちゃん!」

  慌ててミエの方を見てみると、女の姿はいなかった。看護師は勢いよく駆け寄り、ミエの体を抱きしめた。

「大丈夫だった?怪我はない?」

 と、パトカーの音に気が付き、看護師は柵の下を覗いて見た。そこには血塗れの男の姿があった。

「ママが、守ってくれたの。あの男の人から」

「え……?」

 看護婦はミエの言葉を聞き返した。夜の帳を掻き分けるようにサイレンはしばらく鳴り止まなかった。


 *

 事件が起きたのは、病院内が消灯をした時刻の事だった。院内に忍び込んだ男は101号室の子供を殺害した後、目撃者の人間も同様に殺害した。殺した後に目玉を抉りとるという非道極まりない残酷な犯行だった。被害者は15人。いずれも子供を狙っての犯行だった。

 犯人は捕まり、重い処罰を与えられた。


 悲惨な事件の後、看護婦はミエの病室へ花を持って訪れた。ミエの机には母親の笑顔の写真が飾られている。ミエは静かに院内のベッドで窓を眺めていた。看護師は明るく笑顔を作って、声をかけた。

「ミエちゃん、何見てるの?」

「あ、看護婦さん」

 ミエの顔色は前に比べて明るくなっていた。看護婦はほっとして、机の上の花瓶に花をさした。

「お花、ありがとう。あのね、下に咲いてた赤いお花、無くなっちゃったの」

「本当?」

 看護婦は、窓の下を覗いてみた。花壇に咲いていた、赤い花は確かにそこから存在を消していた。

「あの花、きっとミエちゃんのお母さんだったんだよ。お母さんはミエちゃんのことを守ろうと必至だったんだね、きっと」看護婦は優しく微笑んだ。

「そっか、あのお花お母さんだったんだね」

「あのお花、調べてみたの。どんな名前だか知りたい?」

「うん、教えて」

「カランコエっていうの。意味は、あなたを守る。お母さんはずっとミエちゃんにメッセージを送っていたんだよ」

 看護婦の言葉を聞いて、ミエは清々しい顔をして窓を眺めた。

「ありがとう、お母さん」

 窓から小さく流れてくる、夏のはじまりの風を受けて、ミエはいつまでも微笑んだ。それからもう二度と悪夢を見る事はなくなり、久しぶりにミエは長い眠りについた。

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