彼女の壊れたハート
私はただ愛を求めているだけなのだ。
今日も呼び出しを受けた私は放課後の中庭へと向かう。
私は告白してきた相手とは必ず一回は付き合いそして寝ることにしている。
幼い頃の記憶、美しい母は私に愛を説いた。
〈愛する相手に愛されることはこの世で一番幸せなことなのよ〉
愛は簡単に手に入る、具体的には一週間もあれば4,5個ほどだ。
しかし相手への愛はどんなに待っても、その相手とどんなことをしても手に入らなかった。
男の方から近づいてくるこの容姿と、告白さえされれば付き合えるという噂も、相手からの愛を得てこちらからの愛が芽生えるのを待つのみと考えれば都合がよく、そのままにしておいた。
今日の呼び出しは名前すら書かれていない手紙によるものだった、まぁたまにあることだし、差出人が内気な男の子の場合には往々にしてそんなことがあるため特に気に留めていなかった。
しかしそれは間違いだった。
_____
「こんな所に呼び出してなんの用かな?」
「わざわざご足労頂いてどうも、藤原さん」
至って予想外な印象を抱く男の子がいた。
内気とは到底いえないだろう、こちらの様子をしっかり観察しつつなにかを切り出そうとしていることを感じる。
「用件というのはね、木下くんについてなんだ。」
キノシタ、キノシタ?
誰だそれは。掃いて捨てるほどの男と付き合ってきた為、いちいち覚えてはいない。
それを察したのか相手の男の子はキノシタくんを修飾して聞いてくる。
「最近君に告白を繰り返してる木下くんだよ、分かるよね?」
「あの暑苦しい子かぁ、困ってるんだよね」
「そうなの?木下くんあれでも顔はいい方だしこの学校で藤原さんの目に適うのなんてあそこらへんじゃないの?」
「うーん、授業で少し話すことがあってそれでいつのまにか告白されてたんだよね」
嘘は言っていない。
自分としては普通に仲良く喋っていただけなのにいつのまにか告白されていたのだ。
「君も知ってる通り、告白されたからお試しで寝たんだけど全然ピンと来なかったからはっきりと別れようって言ったはずなんだよねぇ」
上履きを見るに彼は2年生だしもしかしたら過去に私と付き合った相手かもしれないし、ぶっちゃけて話す。
しかし話していて不思議な感覚を覚えた。
これでも人心掌握に長けている私だが、彼の本心が全く見えてこない。
なるほど、私に興味がないのか
「そうなんだ、実は後輩の子が木下くんのことを気になってるらしくてね。橋渡しを頼まれたんだけど、もしかして藤原さんこれから木下くんと付き合おうとしているんじゃないかな?と思って確認したかったんだ。」
「それはご苦労様だね、元々自分ルールで一回お試ししただけだし、これ以上試しても彼にはなにも感じないからそのつもりはないよ」
「自分ルールって相手から告白されるっていうこと?」
自分ルールで、と言ったところで彼の眼が光った気がした。
ようやく彼の本当が顔を出してきた、それに笑ってしまう。
「そうそう!」
しかしせっかく覗かせた感情はすぐに、おそらく彼が見せている外側の表情の裏に隠れてしまった。
彼は申し訳なさそうな顔を見せて言う。
「なるほどね。突然呼び出したこと、あと色々突っ込んだことを聞いてしまって申し訳ない。今日はありがとうね」
私はすこし面白い奴だなーぐらいに思って、どうせ希薄な関係なのだから、といった気持ちでこちらも踏み込んだことを聞いてみた。
「ねぇ?」
「なに?」
「うーん、用件が私への告白じゃないってことはもしかして好きな人いるの?」
「そ、れは」
数秒の沈黙の後、なにを思ったのか彼はさっきまでの彼とは別人に思えるほど真に迫って真剣な顔をして語る。
「あぁ、誰よりも幸せになってほしいと思っている女の子がいるよ」
こんなに純粋で綺麗な想いがあるのか。
今までベッドの上で私に愛を囀る男達の表情とは全くと言っていいほど重さが違う。
「愛してるの?」
愛してる、この言葉は何度も浴びせられた言葉で、そして今まで一度も口にしたことのない言葉である。
私にとって〈愛してる〉は特別な言葉。
幸せとは愛し愛されること、幸せになって欲しい女の子がいる彼はその子のことを〈愛している〉?
「…うん、その子のことを愛している」
そう言った彼の言葉が私の中でずっと消えない。
母との会話よりも遥かに強く自分の中で反響する。
家路につきながら私は彼のことを調べさせるように家の者に連絡をとった。
_____
立花くんがキノシタくんを証拠も残さず、遠回しに言って二度と家に帰れないようにさせた、それを示す記録をパソコンを使って見せた。
「水無瀬優衣さんのことだよね?立花君が好きなのは」
「…それは脅しか」
水無瀬さんにまで私の情報が至っていることを伝えると彼は私の口封じを諦めるだろうと思う。
私を黙らせられる確率、処理した後で水無瀬さんに危害が及ぶ確率、交渉次第でどうにかできるかもしれない確率、彼は今様々なリスクを天秤にかけているだろう。
そして彼ならまだ強硬手段には出てこない、だって水無瀬優衣に危害が及ぶかもしれない可能性を潰せていないから、だって彼が水無瀬さんのことを〈愛してる〉ことは調書から更に強く感じられたから。
全てだ、水無瀬さんの幸せにはその全てに立花くんの影があった。
それを知って立花くんのことを想うと、どうにもたまらなくなった。
私はようやく手に入らなかった私自身の他者への愛を見つけたような気がする。
これを離すわけにはいかない、こんなに尊い愛を抱ける男は他にいない。
例えどんな手を使ってでも…
「私も水無瀬さんが幸せになるように立花くんのことを手伝うよ」
大きく息を吸って決意を胸に、私は言う。
「だから、今は水無瀬さんの次でもいいから、私を愛してください」
絶対に愛する立花くんに愛されてみせる、と。
次からはよくあるコメディになります