竜族の姫君は、呼び捨てしたい(2)
王城の東側にアベル王子の私邸はあり、警備の者はエーデル王子の私兵と入れ替わっていたからあっさり潜入成功。
何も知らないマリアは中庭の東屋の一角で、鼻歌交じりに宝石箱から中身を取り出して見比べるように眺めていた。
「マリア」
パッと喜色を浮かべて顔を上げたマリアだったが、その目線の先にいたのが薄汚れた防具姿のガーランドであったので、驚いて短い悲鳴交じりに一歩後退する。
「が、ガーランド!? どうしてここへ!」
「君こそなぜここに?」
「わ、わたくしはちゃんとご招待されて来ているのよ! あ、あなたこそそんな姿でいきなりどうしたのよ。不法侵入よ!!」
「わたしも許可を得ている」
「えぇっ!? うそよ、そんな」
「それより」
狼狽えるマリアに少し強めに言って、ガーランドはほとんど無表情のまま本題に入った。
「あなたとの婚約が破棄されると話しが来た。本当か?」
「え?」
「あなたが今身ごもっているという話も聞いた」
「……」
ピクリとわずかに反応して、マリアは一度うつむいてから顔を上げた。その顔はガーランドを見下げたような笑みを浮かべていた。
「なぁんだ、案外あっさり許可が下りたのね。ええ、あなたとの婚約は破棄よ。わたくしは王太子妃になって、ゆくゆくは王妃になるの」
「……側室と聞いていたが?」
「はぁ!? ああ、そうね。まずは側室入りしてからよ。竜の姫が表では王妃になるだろうけど、アルが愛しているのはわたくしなの。竜の姫はアルに執着されていらっしゃるそうだから、それを逆手にとってわたくしの願いを叶えてくださるわ。つまり、実質の王妃はわたくしってことなのよ」
とても嬉しそうに間違いだらけのことを語ってくれるが、シュテフとモンテル夫人がわたくしの両手を掴んで離さないから耐えることにする。
ガーランドも特に言い返すこともないので、調子に乗ったマリアは意地悪い笑みを浮かべたまま一歩踏み出す。
「最初は男爵家次男だが一番将来性がありそうだ、と言われ渋々結んだのだけど、確かにあなたは有能だったわ。次々に功績を上げていくものだから、わたくしも自然と声がかかるようになって言ったの。
でもね、一度声をかけられ、それを維持したのはわたくしの力よ。わたくしは間違っていないわ。だって幸せを求めることが間違いだなんて思わないもの」
腕を組んだマリアは嘲りを捨て、にっこりと花のように微笑む。
「いくらあなたが活躍しようとも、王家に睨まれるような『神気』持ちなんて御免だわ。他の『神気』持ちなんて豪邸に住んで爵位を与えられているのに、あなたは何もないじゃない。あと、違約金はきっちり払ってもらうわよ。あなたの家は、あなたが王家に睨まれていることを隠していたんだもの。当然よね。
それから、あなたはアルに頼んで遠くの砦にでもとばしてもらうから、二度と顔を見せないで。さようなら」
そう言うと、さっさと宝石箱の蓋を閉める。
「マリア」
「……」
もう彼女は振り返らない。完全に無視したまま、踵を返して屋敷の方へどんどん歩いて行った。
ガーランドからはため息が一つ漏れただけで、やはり『神気』の放出に乱れはない。あそこまで言われたのに、あまりショックを受けていないらしい。
なんて鈍感――いえ、鋼の精神? 諦めの境地? いえ、まるで他人事のように感じているように見える。
ガーランドがその程度なのに対し、わたくしはよくわからない怒りに溢れていた。
「――ここを半壊させていいかしら」
「押さえてください。一応、ここは王家の持ち物ですので」
「昼に飾っていた黄金の枝をあげるって言ったら?」
「……悩みますね。ですが、ダメです。一応年代ものの骨董もありますので」
エーデルは首を横に振ると、ガーンランドの元へ歩いて行った。
先を越されてはならないと、わたくしも後を追う。
「が」
「ガーランド……殿! 大丈夫?]
『神気』の乱れはないから、あまりショックは受けてないように見えるけど。あんな女でも仮にも婚約者だったし、わたくし達からの前情報はあったとしても面と向かって言われると辛いものがあると思う。
まあ、わたくしだったらガーランドのように我慢せず、バンバン言い返してあげるけど!
ぐいっとエーデルを追い越して近寄ると、ガーランドが首を傾げつつ振り返った。
「ショック、はないのですが」
「まあ、ないのね! よかったわ」
「家族は悲しむかな、と」
「いやいや、あんなのが嫁になった日は泣き暮らすしかないぞ。切れて良かった縁だ。それに、お前の立場はティアナ姫の癒しとなることで大きく変わるのだからな。あんな娘にはもったいない!」
「……まさか、また他の婚約話でもでるのでしょうか」
「こ、婚約!?」
おもわず口を挟んでしまったが、良く考えてみたらガーランドは公式に『神気』持ちと認定されることが決まっている(わたしが契約するから)。と、なればどこの国でも中間位の位を一代で授け、独立した権限を与えられることも珍しくない。
すなわち、ガーランドは超優良物件へとなってしまったのだ!
「そ、そうだな。お前はこちらの竜の姫君の癒しとなる『神気』持ちだ。今度は上位貴族も騒ぎ出すぞ。実際先ほどの昼食会では、同席していた公爵家が養子先の名乗りを上げようとしたぞ」
「だ、ダメ! じゃない。しばらくゆっくり一人で傷を癒したほうがいいわよ。そう! あなたはそのままでいいと思うわ、が、ガーランド……殿!」
「ありがとうございます、姫君」
うっすらと、本当にうっすらと、ガーランドの口角が上がったのを見逃さなかったわたくし、エライ!!
なにかしら、ものすごくキュッとした温かなものを貰った気がするわ。とても大事にしたいのだけど、すごく繊細なものを……。
ほわ~ん、としていると、シュテフがそっと近づいて耳元でささやく。
「大丈夫ですか? 先ほどから『どの、どの』力強く叫ばれておりますが」
「! き、気のせいよ」
「相手は王族でもない男爵家の次男で、ただの小隊長ですよ」
「わ、わかっていますっ!」
キッと睨むが、シュテフの顔には気味の悪い笑顔があった。
「わたしにお任せください」
何を!?
不安しかない彼の笑顔に凍り付いていると、シュテフはさっそくガーランドを呼ぶ。
「あっぱれな鞍替え劇でしたね。どうです、未練などはありますか?」
「いえ。彼女が決めたことですから。望まれて嫁ぐのであれば、これ以上の幸せはないでしょう。ただ、実家に迷惑をかけることになりました」
「彼女の言い分など一つも通りませんよ。ああ、婚約破棄だけは別ですが。ねぇ?」
「もちろんです、シュテフ殿。
ガーランド、お前とあの女との婚約破棄は先に済ませる。違約金などと言っていたが、そんなものは存在しない。むしろ王家がフォーン男爵家に、迷惑料として払わねばならないくらいだ」
しゅんとうなだれたエーデル王子に、ガーランドが「そんな」と困ったように口を閉じた。
そんな二人を見て、シュテフが笑顔で首を振る。
「ああ、そんな王家からのはした金など必要ありませんよ。迷惑料がいつの間にか枷になることもありますしね。フォーン男爵家には我がベルエンダーシュ国より、正式にお伺いにあがりますのでほっといてください。ですよね、姫」
「え!? え、ええ、もちろんよ。正式にわたくしの、い……癒しになって頂けるようにお願いしなくては……」
ならないし、と続けたかったのだけど、じっとガーランドに見つめられていたら声が出なくなった。
なんなのぉおおお!? どうしたのかしら、わたくしったら、ヘン!
「エーデル王子、仲介を頼みますよ。ああ、国王陛下方への申し出はわたしの方で行いますので」
「わかった。……すまぬが、少しばかり手加減していただけると助かる。あんな両親でも親であるのでな」
「心得ておりますとも」
シュテフとエーデル王子の間で話がついたところで、わたくしはまだ固まっていた。
「戻りましょうか、ティアナ様」
「そ、そうね」
シュテフにうなずき返し、わたくしはガーランドを見る。
「い、行きますよ。ガーランド……殿!」
「はい」
プッと近くでシュテフがたまらずと肩を揺らしていたのだが、わたくしはエスコートするかのように差し出されたガーランドの手にそっと動揺しないように手を乗せることに集中していた。
あとから覚えていなさいよ、シュテフッ!!
読んでいただきありがとうございます。
こちらザマァ保留です。放置プレイ。
また週明けになりますが、ティアナはどうにかガーランドとの距離を縮めようと頑張ります。
ではまた読んでいただけると幸いです。