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【 竜族の姫君は、…… 】  作者: 上田リサ
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竜族の姫君は、呼び捨てしたい(1)

さて、二章開始になります。

「失礼しました、姫君」


 侍女達が部族兵を尾で薙ぎ払う姿を見て、しばし呆然としていたガーランドがハッと気がついてわたくしから手を離そうと――したので、グッとその手をおさえつける。


「ああ、少しめまいがしますわ」

「めまい、ですか。でしたら……」


 真面目な顔でわたくしの思惑とは別の案を出そうとしているのは、すぐわかった。どうしても今悲鳴が上がっている(うちの騎士と侍女が暴れている)のが気になるらしい。


 シュテェエエエエフゥウウウ!!


 なんとかしなさい、と心で念じたら、さすがシュテフ。すぐに動いた。


「ガーランド殿、ティアナ様は長年苦しんできたものから解放されつつあるのです。それはあなたのその『神気』のおかげです。そのままこちらへ」

「……そう、ですか」

「ボンルフ、ガーランドを借りるぞ」

「ええ、もちろんです」


 好々爺のように生温い笑顔のボンルフ、とその周りがうなずく。

 ゆっくりと歩き出す気配がして、わたくしが一歩踏み出した時、エーデル王子が慌てて手激しく振る。


「が、ガーランド! ティアナ姫を歩かせる気か!!」

「このトウヘンボクめ。 龍の姫君、大変申し訳ございません」


 ボンルフが呆れて肩を落とし、ガーランドに動作と声で助言する。何気に紳士な筋肉軍人らしい。

それを受けて、戸惑いつつガーランドが復唱して聞いてきた。


「失礼させていただいても……」

「ええ」


 抑揚にうなずけば、ガーランドはわたくしの背を支え膝の下に手を入れて抱き上げる。わりと彼の体に力が入ったのは、尾があったかしら。いやぁね、それくらい自分の魔力で重量軽減できるわよ!


 抱き上げた瞬間、ちょっとだけホッとした顔を見せたのがわかった。普通ならひっぱたいてやるところですけど、彼に対してはなぜかちょっとかわいいと思って心の中でくすりと笑っておく。

 ガーランドの胸に遠慮なくもたれていると、遠くで悲鳴と、ずざざっ! という音と雑音(ひめい)がした。きっと侍女達が尾で薙ぎ払ったのでしょうね。じゃあもう終わりね。


「ではティアナ様、戻りましょう」

「そうね」


 さあさあ、とシュテフが戸惑うガーランドの背を押して強引に乗ってきた竜の輿(こし)に乗せる。その後をエーデル王子が続き、侍女達も半竜化を解いて静かに戻ってきて乗り込む。

 結果的に降りられなくなったガーランドは助けを求めてボンルフへ視線を送っていたが、そこはシュテフとエーデル王子が代わりにやり取りをして一言もしゃべらせず、にこやかに見送られてしまう。

 空高く舞い上がった時、目を見開いて驚いたガーランドの顔を見て、わたくしはつい口元に笑みがこぼれた。


「ねぇ」

「! し、失礼いたしました」

「ああ、このままで」


 実は横抱きしたまま乗り込んでいたことに今気がついたらしく、それを咎められたと思ったガーランドが慌てて手を離そうとしたので、やんわりと首をふる。


「あなたの『神気』はとても心地いいわ。もう少しこのままでお願いできるかしら」


 だが、ガーンランドは戸惑った顔をして返答しない。

 その原因に心当たりをつけたエーデル王子が、ため息交じりに口を開く。


「ガーランド、まさかオーウル子爵令嬢のことを気にしているのではないだろうな」


 彼の目がその通りだと肯定すると、エーデル王子はますます眉間に皺をよせる。


「生真面目過ぎるとは聞いていたがな。まあ、オーウル子爵令嬢のことはこのさいまったく気にしなくて良い。いや、むしろこうなる前にもっと気にすべきことだった、ということかもしれないがな」

「あら、もしかしてこの方に『破邪の玉』をたくさんつけるように言ったのは彼女だったのかしら?」


 エーデル王子の言葉にガーランドが黙っているので、彼の腕の中でわたくしが代わりに聞いてあげる。


「ええ、そうですよ。わたしも外相から取り上げた本当の調査書を読むまで知りませんでしたが、彼は幼少期に『神気』持ちとして登録されていました。ですが、一度登録されても成長期になくなってしまうことも珍しくありません。彼もそういった理由で抹消されていました。

 ですが、本当は第一王子よりも優れた『神気』持ちとして、裏で男爵家に圧力をかけ監視していたそうです。そして男爵家は我が子の命を守る為、王城からの命により抹消を願い出たようです。その後にマリア・オーウルと婚約、そして彼女の紹介で第一王子とも顔見知りになったとあります。彼が身につけていた『破邪の玉』は第一王子が用意したものでしょう」


 そうだろう、とエーデル王子が問うと、平常時だという無表情に戻ったガーランドが「発言の許可を」と申し出て口を開く。


「確かに用意していただきましたが」

「用意していただいた? どういうことだ」

「……マリアはわたしが『神気』持ちだと知っておりました。彼女はわたしを守ろうと第一王子殿下にお願いし、力を抑えるためにと殿下がご用意してくださったものなのです」


 エーデル王子は片手で顔を覆い、頭を抱えた。


「……なるほど。そうやってあの女が兄に近づけたわけだ」

「?」

「用意されたのは二年前ではないか? ちょうど竜の国より密書が届いて王城が騒いでいた頃だ。その頃、兄の公費が大きく動き、私的財産の一部が売却されているのだが、内容が不明確であったがあやふやに処理されている時期がある。このことは今年職に就いた生真面目役人から直訴があっていて、調査中の案件だがおおよそは把握している」

「おや? その件でしたらティアナ様への贈り物、として処理されていたんではなかったですかねぇ」


 事情を知っているらしくわざとらしく言うシュテフの言葉に、思わず「お茶菓子一つ貰っていないわよ」と言えば、わかっていますとエーデル王子がうなずく。


「前にわたしが確認した時はティアナ様が身につけている宝飾品のいくつかを指さし、あれだこれだと言っておりました。ですが見ればわかるものです。兄が示したものは姫がよく身につけていらっしゃるものでしたが、それは人の国ではほとんど手に入らない物ばかりでしたので簡単にウソがばれておりました。

 ただ、うちの親は騙せたようですが」


 さすが目利きのエーデル王子。そして、どうしてあの親と兄はバカなのだろうか。


「ですが、第一王子殿下のおかげでわたしは『神気』持ちだということを隠せ、我が家は王家に刃向うことはないと誠心誠意尽くしております」

「そもそも『神気』持ちを隠すこと自体がおかしいのだ。それは王の我が子を竜族への縁繋ぎにしようとした、浅はかな考えからきたものだ。我が親ながら嘆かわしい」


 なるほど。王家としてはせっかく王子が『神気』持ちであるから、他種族が欲しがる『神気』持ちを国の後ろ盾に利用したいと考えたのだろう。

 そこへ中立ながらも力(破壊力?)は随一の竜族が声をかけてきた。しかも王族。これは繋がりを得るチャンス!と思ったはずだ。

 ところが、王子より強い『神気』持ちが貴族位の男爵家に生まれている。すでに『神気』持ちとして登録抹消をしており、高位貴族へ養子として取られる心配はなかったが、見る人が見ればわかるほどの強い『神気』までは隠せない。 

ガーランドの存在が露見すれば、彼を手に入れて竜族の後ろ盾を得ようとする高位貴族者もいないとはいえない。

 結果、男爵家とガーランドはより強い監視下に置かれていたというわけだ。

 フォーン男爵家としては国の報告義務に従って届けただけなのに、結果的に肩身の狭い思いをしていたという。なんという理不尽。


 うん。あの王、泣かそう。


 ガーランドの胸の中でそう誓い、物理的な方法でいこうといくつかピックアップする(謁見中に竜眼で睨んで失禁。親子お揃いでいいかもしれない)。


「……あの」

 

 ガーランドが口を開いたが、エーデル王子は片手で制して深いため息をつく。


「王家の愚行もそうだが、それをうまく利用して兄に近づいたマリア・オーウルにはしてやられたな。おおかたそなたにはフォーン家の許しを得るためにと言って兄に近づいていると言ったのではないか? そして兄には隠された『神気』持ちがいる。このままでは竜族との縁を繋いで王になることができない、とでも言ったのだろうな。

 お前の存在は兄もわたしも知らなかった。

 お前を知った兄は隠す王にも疑いの目を向け、あわてて『破邪の玉』を買いあさり、そなたから『神気』を消そうとしたのだろう」

「……初めてお会いした時もお怒りでした」

「それより、そなた、婚約者が他の男と親しくしているのを知っていただろう。ずっと黙っていたのか?」

「一度話しました。わたしや男爵家へのお怒りを鎮めるために殿下と仲良くしているのだ、と言われました。両家の為だからと言われれば何も言えず」

「甲斐甲斐しい話だが、実際は兄の取り巻きも含めいろいろやっていたようだぞ。兄も守ってやらねばとわけのわからない理由だけで虜になり、今回の失態へと繋がった」

「失態?」


 何も知らないガーランドに、エーデル王子はとうとう爆弾を落とす。


「マリア・オーウルは妊娠している」

「!」

 

 さすがに驚いたらしい。一瞬ガーランドの体がこわばるのがわかった。

 なんだか嫌な気持ちになり、おもわずグッとガーランドの服を掴むと、ゆっくりと力が抜けていく。

 くっついているから聞こえる心音が早くなり、彼が衝撃を受けたことはわかった。でも、顔にはあまり出ておらず、先ほどと変わらずやや困惑しているかな? と思えるくらい無表情のままだ。


「ガーランド、そなたに覚えは?」

「……いいえ」

「マリア・オーウルも兄の子だと言っている。兄もそれを受けた」

「……」

「兄はマリア・オーウルを側室にするつもりでとある侯爵家へ打診したが断られ、なんとも恥知らずなことに、ティアナ姫から王へ口添えするよう頼んだのだ。その場にマリア・オーウルの姿も確認されている」

「婚約者である姫君になんということを」


 絞り出したようなガーランドの声には怒気が含まれているのに気が付き、わたくしはそっと左腕に手を添えて顔をあげる。


「落ち着いて。でも、そのことがあったから、わたくし達はあなたに気がつけたのよ」


 ガーランドがわたくしを見下ろすと、その顔は悲しげに眉を下げていた。


「理由はどうあれ、今はまだマリアは婚約者です。姫君への無礼大変申し訳ございません」

「そうね。でもこうしてあなたを知れたのなら問題ないわ。ところで……あなたは、婚約者を愛していたの?」


 聞かなきゃいいのに、とは言ったあとにすぐ後悔したが、彼の体から溢れる『神気』に大きな乱れはない。ぐるぐる渦のように『神気』が取り巻いているので、どうやら迷っているか考えているらしい。

『神気』は感情によって排出量が左右されるが多いが、ガーランドほど強いとただ排出しているだけでなく、こうして生き物のように動くらしい。


「少し考えは幼いですが、わたしと同じように家を愛していたようです。よく家の為だからと言って、祝勝会にはついて来ておりましたから。そこでいろいろな方と話をするのを好んでおりました。なにせわたしはつまらないそうですから」

「なるほど。そうやってあちこちに媚をうっていたのか」

「ですが、家のために第一王子殿下に身を捧げるとは思ってもおりませんでした」

「まてまて、マリア・オーウルは兄と恋仲だ。最初からお前を足掛かりに高位貴族に近づいて、最終的に兄を選んだ。その証拠に、一昨日オーウル子爵家からフォーン男爵家との破談通知が来ているそうだ。まだ受理されていないが、持ってきたのは兄の侍従だそうだぞ」

「それは、さすがにマリアも身不相応だとわかっているはずではないでしょうか」

「そなたの頭の中ではどれだけ立派な淑女なのだ!? マリア・オーウルはわかっているだけで四人の貴族と深い仲だった。学園で知り合ったそうだが、順当に爵位が上の者と付き合い兄にたどりついたらしいな。もう一人マリアを崇拝するような商家の男がいてな、こっちから『破邪の玉』を入手していたらしい」

「……すごいですね」

「お前の元婚約者の話だ!!」


 とうとうエーデル王子が叫んだが、ガーランドは少し考えただけで「わかりました」と口にした。


「いや、そなた全然わかっていないだろう。よし、まだいろいろ話は凍結しているから、今ならあの女の本音を聞けるかもしれん。――ティアナ姫!」


 クワッと目を見開いたエーデル王子は、ガーランドの目を覚まそうという気合に満ち溢れていた。


「任せるわ」

「まだ何も申しておりませんが」

「今のあなたから十分感じ取ったからいいのよ」

「ではさっそく」


 こうしてエーデル王子の指示の元、わたくし達は王城へ戻る前に第一王子の私邸へと向かうことになった。

 どうやらそこにマリア・オーウルが滞在しているらしい。


「兄はまだ城にいる(軟禁しているからな)。私邸にも誰も近寄らせないよう見張らせているから、きちんと話してくるがいい」

「はい」

「とりあえずの設定だ。オーウル家から婚約破談の書類は届いたのは本当だが、受理はまだだ。それを受理されたので、お前が知らせに来たということにしよう。あの女の本性を見てくるがいい」

「わかりました」


 本当にわかっているのか、とエーデル王子は疑った目でガーランドを見ていたが、そのうち諦めたように一つため息をついた。

 こうしてどうやらかなり鈍感らしいガーランドに真実を伝えるべく、いわゆる『男女の修羅場』というものを見に行くのだが、そこでわたくし達は、一人の女の激しい自己中心的な展開劇を見ることになる。





読んでいただきありがとうございます。

次回は土曜更新。二章は4つで構成してます。

来週いっぱいかけて投稿し、三章へと入ります。

更新はゆっくりですが、どうぞよろしくお願い致します。

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