竜族の姫君は、恋をした(3)
はい、これで一章です
いろいろ区切りが悪いな、と投稿させていただきます。
昼食会の後、うろたえる国王を筆頭に、大臣のほとんどが夜会対策の会議に入ったらしい。
王妃はどうしているか知らないが、エーデル王子が立会人となってガーランド・フォーンとの面会が本日中に叶うはず、との話をシュテフが持ってきたのは昼食会が終わった数十分後のこと。仕事早いな。
王城内の客室を数室与えられているわたくしは、のんびりとそこで報告を聞いていた。
「本日中? ガーランド・フォーンは今どこにいるの?」
わたくしより優先されるものがあるのか、と思えば、なんと魔獣討伐隊として訓練の真っ最中で王城外に出ているとのこと。
「城の北に平原があり、そちらに昼から軍事演習に出ているようです」
「ああ、あそこね」
「城から使いが出ているようですが、届いて切り上げて戻って来ても、ティアナ様に会うまでにいろいろ支度が必要ですから時間がかかるようですねぇ」
どうします? とシュテフは聞いてくる。
昼食会前にシュテフが動いているから、彼を引き留めることはできただろう。だがシュテフはわざわざ彼を行かせた。ま、ワザとよね。
城から遠ざけておけば、ガーランド・フォーンに先に妙なことをすることもないし、アレコレする暇もないだろう。
「行けるなら行こうかしら。エーデル王子を呼んでちょうだい」
「かしこまりました」
侍女たちがサッと動き出したので、それを手で制して首を振る。
「このままでいいわ。着飾る必要などないでしょう」
こちらの地位や財産に目がくらんですり寄られるなんてうんざりだし、無駄に威圧感をあたえることもない。わたくしはただ友好的に契約できたらそれでいいのだ。
もともと竜族は婚姻に関しては自由主義だ。いつまでに結婚しなければ笑いものになるということもないし、寿命も長いから独身のままというのも珍しくない。こんな理由で数はなかなか増えないが、竜族の危機感は特にない。
だから、わたくしもさっさと契約だけ済ませて、あの居心地のいい国へ帰ろう!
――と、本気で考えていたの。この時は。
***
竜騎士の三人が翼のある竜の巨体に変化し、白の中庭から一斉に飛び立つ。
真ん中の竜騎士の背に特殊な輿が取り付けられており、六角形の柵の付いた丸い天井がある東屋のようなそれに、わたくしとシュテフ、モンテル夫人、エーデル王子と侍女二人が乗る。
「すごいですね! 本当になんて安定感だ。そして……うわーっ、あんなふうに町がなっていたとは!!」
「おほほほ。存分にご堪能なさいませ」
普段の冷静さをあっという間に捨て去ったエーデル王子は、竜に乗る前から大興奮。城の騎士や侍従達が心配する中、一人目を輝かせていた。ちなみに彼の護衛騎士と侍従三人は別の背で運ばれているが、あちらはどうも顔色が悪い。
わたくしの達の周りを背から翼だけ出したわたくしの護衛騎士達が飛び、あっという間に北の平原へとたどり着く。
空から見ていると、人の集団が二手に分かれ、砂埃などを上げて模擬戦をしている場所を見つけた。
「……妙だぞ」
楽しげに見下ろしていたエーデル王子が、降下するにつれ目を細める。
ふいに数本の矢が飛んできたので、高度を保ったまま旋回しつつ少し離れる。
「やはり! ティアナ姫、あれは隣国部族の襲撃を受けております!!」
「まあ、それは不法入国ではなくて?」
「彼らに国境は関係ないのです。それをいいことに隣国では自国民ではないとしながら、彼らの侵略した土地は事実上隣国の物として扱われていますからね」
「ふぅん。でもわたくしには関係ないわ。下りて」
「姫!?」
エーデル王子は焦ったが、わたくしの一言で全員が地上へと下りて行く。
「危険ですよ、ティアナ姫」
「あら。正当防衛ってご存知? それよりこんな状態なら使者を出しても無駄足だったわね。やっぱり直接来て正解だったわ」
「さようですね。とりあえず黙らせましょう」
シュテフがさらりと言って、竜化している騎士の二人に威嚇の咆哮をするよう指示する。
オォオオオオオオオンン!!
侍女たちがそれぞれの鞍の人族の耳をふさいでいたが、ビリビリとした威圧感に驚いて目を丸くしているエーデル王子を置いて、わたくしとシュテフ、モンテル夫人が輿を下りる。
竜族の威嚇に場はシンと静まり返っており、大勢の目がわたくし達にそそがれていた。
「お邪魔するわ。ガーランド・フォーン殿はどちらかしら?」
護衛よりも先に下り立ったわたくしに、騎士や部族兵の視線が突き刺さるが、その姿は突然の出来事で理解できず戸惑っているだけのようだ。
と、そこへ数騎の馬が駆けてきた。
「こ、これは一体!?」
渋味のある、厳めしい顔つきをした筋肉隆々の騎士が馬上で目を白黒させている。
耳元でシュテフが「彼が今回の演習責任者の西のボンルフ将軍です」と告げる。
ああ、そういえば討伐隊は西軍に属しているというから、トップのお出ましなのね。
鞍から慌てて下りたエーデル王子がわたくしの横へ並ぶ。
「ボンルフ、いろいろ話すことがあるが、まずはガーランド・フォーンを前に」
「王子殿下! しかし今は……」
「では、こちらは話しに水を差されると嫌ですから、とりあえず牽制に入りましょうかね」
シュテフが竜化した騎士に合図をおくると、鞍から人を下ろした三頭がのしのしと巨体を揺らして隣国民族兵側ににらみを利かせ始めた。
たじろいでいる民族兵側をそのまま睨みで少し後退させると、ボンルフも騎士達の体勢を整えつつ距離をとる。
ガーランド・フォーンはボンルフの左側にいた、歩兵のように軽装の騎士だった。ただ、首回りや腕に『破邪の玉』がいくつも邪魔そうについている。
ボンルフに続いて馬から下り、頭部を覆う装飾のない冑を脱ぐ。
短い黒髪に、固そうな表情は緊張しているのか厳めしいという感じが似合う。目つきも今までこの場が戦場だったせいか鋭く、口も堅く結ばれている。鍛えられた体は長身も相成って威圧感がある。竜族も人化すると男性は大柄になりやすいが、彼の見た目も引けを取らないのではないだろうか。
「初めまして、ガーランド・フォーン殿。わたくしはベルエンダーシュ第二王女、ティアナンクレシュ・ベル・エンシェント。どうぞ、ティアナと呼んでちょうだいな」
「恐れ入ります。フォーン男爵家次男、ガーランド・フォーンと申します」
ガーランドには驚いたところが見られないが、なるほど確かに無愛想といえばそうかもしれない。
「さっそくだけど、その邪魔そうな『破邪の玉』を外してくださる?」
「これ、をですか」
「ガーランド、それを身につけるよう強要していた者の命令は破棄された。ティアナ姫に従え」
「はっ」
エーデル王子の一声で、ガーランドは次々に『破邪の玉』を外していく――って、つけ過ぎよ。一日中寝る時も外すなってことだったのでしょうけど、わたくしなら絶対嫌だわ。
ガーランドが『破邪の玉』を全て外すと、わたくし達の周りにふんわりとした心地良い空間が広がった。
ほぅ、とシュテフが感嘆の声を漏らす。
例えるなら、待ちに待った水浴びの爽快感。芯から冷えた体をお湯につけたビリッとした刺激ののち、ふわぁと力が抜ける脱力感かしら。とにかくほっと一息つけるような、優しい空間が出現した。
わたくしほどではないが、シュテフもここにいる侍女も騎士も相当の手練れだ。多少なりと力の暴走をコントロールしている身であるからか、ガーランドからあふれ出る『神気』にすぐさま癒される。
多少ゆる~となったわたくし達の雰囲気に、エーデル王子やボンルフが気づいて苦笑しているが、この場にいる大半の人間には『神気』なんてさっぱり感じないらしい。普通であるが故のことで苦労しないでいいのだろうとは思うが、ここまで大きな『神気』の心地良さを感じられないとは、それはそれで哀れだと思う。
「……ァナ様、ティアナ様」
「ハッ!」
うっとりしていたわたくしに、シュテフが耳打ちする。
「すばらしい『神気』でなによりですが、相性を確かめねばなりません。お手を」
「わ、わかったわ」
コホンと小さく咳払いして気持ちを整えると、ツンとすまして右手を差し出す。
「……ガーランド殿。わたくしの手を握ってくださいませ」
「え?」
戸惑うガーランドの背を押したのはエーデル王子で、彼はされるがまま前に歩み寄って来て戸惑いながらわたくしの手をそっと両手で包むように握った。
ぼふんっ!
――それはわたくしの脳内爆発音だったのかもしれない。
気がつくと、ギョッとした顔の一同(しかもシュテフや侍女達まで!)の視線が集中していた。
わたくしはといえば、両側頭部から黄金の角がにょっきりと生えており、ドレスの下からは三メートルはあろうかという黄金の竜の尾が陽の光に煌めきながら現れてしまっていた。
「~~!!」
自分の失態に驚きつつ、体中を暴れていた竜の気が静かになっていることに気がつく。
「すごいわ」
「……ええ、本当に」
つぶやいたわたくしの目の前で、目が離せないように見つめているガーランドがつぶやいた。
これは一体、と驚くボンルフにシュテフが耳打ちして説明すると、納得して深くうなずく。
「お噂は聞いておりました。竜族の姫君の癒しとなるには多少表情筋が枯れておりますが、お役にたてるのであればなによりです」
「ええ。ご覧の通り、姫との力関係も問題ないようです。エーデル王子、契約の件はのちほど王城でゆっくりと」
「はい、シュテフ殿」
外野が納得して話を進める中、わたくしはガーランドといまだに手を握って突っ立っていた。
わずかながらに目に困惑の色を見せているガーランドに気がつくも、何より優先させられるのはこの今までにない体の解放感である。
竜族は基本有り余る力を爆発させないようするためと、他種族への配慮のため(大きいと威圧感があるからね)普段から一部竜化して過ごすことが一般的になっている。まあ、その方が物を壊さなくていいし、程良い鍛練となるし。でも力は強い。
角は美徳の一つで、枝分かれしているほど好まれるのだが、だいたいは片方辺り三カ所の枝分かれが多い。
わたくしの角は外側に二ヵ所ずつ枝があり、さらに先端は扇状に五本に枝分かれしていてかなり褒められる形だ。人の目から見ても珍しいからか、ガーランドの視線が気になってじっとしていられなくなる。
「な、なにかしら」
「いえ、本当に竜の姫君なのだな、と」
ぽつりとつぶやかれた声は、低いけどよく響いてわたくしの全身をかけめぐり、ゾワッと尾の黄金の毛が逆立つ。
ボイス、イイ!!
相変わらず握ったままの手から伝わる温かさも、この距離感も――!
実は後から侍女に聞いたのだが、目も『竜眼』になっていたらしくて、ガーランドはわたくしのそんな変化がとにかく物珍しくてじっと見ていたのだろう。
不躾なんて咎めないわ。むしろ興味を惹けて感謝よ。もっと見てよくってよ。
さあ、どうぞともう一歩わたくしが近づこうとした――その時。
「ヤー!」
……なんか外野から変な声が聞こえた。
思わず尾を振り上げてぶっ飛ばしてやろうかと思ったのだが、それより先にガーランドが「失礼」と言って片手でわたくしを抱き寄せるように庇い立ち、腰に差していた短剣を投げた。
ああ、どうやら敵部族兵だったらしい。
「「「ティアナ様!!」」」
騎士と侍女達の声が聞こえた後は、もう押さえきれない殺気が漂っていた。ええ、うちの騎士もだけど侍女達も強いのよ。一応完全人化して押さえているけど、ほら、もうわたくしと同じように角も尾も出しまくり。
侍女という職業柄走ることはないけど、部族兵達との距離をほほほ、と微笑を浮かべつつあっという間に縮めた姿は恐ろしいと思う。
わたくしは、といえばガーランドの腕の中でぼーっとしていた。
え、だって、家族以外に抱かれたことなんてないのよ。
わたくしの竜の気って相当相性にこだわりがあるらしく、手を握るだけで相手が痺れたり弾かれたりする。もちろんダンスなんてしないわ。いつも見物(寂しくないわよ、フン)。
そ・れ・が!
なんとガーランドは『神気』持ちとはいえ、わたくしを片手に抱いているのよ!
弾かれる様子もなければ、痺れた様子もない。本当に普通にわたくしを守ろうと抱きしめてくれている。
わたくし、竜族よ。それもけっこう強いの(と、いうか国でも片手に入るわ)。
姫なのに母や弟妹を守ったこともある。だけど、それができて当たり前なくらいわたくしは強いの。もちろん護衛はいる。でもわたくしは強い。
つまり、わたくしが出る = 真打登場!! となるのよ。
早い話がラスボスよ、ラスボス。
そんなわたくしが抱きしめられて、――守られている。
装備が冷たいけれど、その分ガーランドの手は温かく感じる。
ズドーン! とか ギャー! とかいろいろ聞こえたり砂埃の匂いがしたりするけど、全部まるっと無視してわたくしはガーランドの胸に体を預ける。
ああっ! なんて心地良いのかしら……。
読んでいただきありがとうございます。
このお話はざまぁしてハッピーエンド……になるまでが大変です。
ティアナ姫、この時点でまだ恋しているかどうかすらわかっていません。
ええ、周りはダダわかりですけどね。
次は二章。こちらも週末までに投稿始めますね。
どうぞよろしくお願い致します。