竜族の姫君は、恋をした(2)
とりあえず2話まで連続。
次は火曜かな。
まだ生真面目騎士は出ない……。
昼食会はアベル王子と二つ違いの弟王子、国王夫妻、三大公爵家当主夫妻と主要大臣とが集まっており、我がベルエンダーシュ側からは記念品として扉の高さを越える黄金の枝に宝石をちりばめ、水晶でできた鳥をとまらせたものが一対と、特殊技術で宝石、金銀などをそのまま糸に加工し、力の強い竜族だけが編める大きなタペストリーがわたくしの後ろに飾られていた。
その背景とシュテフとモンテル夫人が両側に控えているのもあって、わたくしは一人座しているものの、ちっとも見劣りすることはなく、むしろ立場が逆転しているのではないかとすら感じている。
国王夫妻から記念品の賛辞が述べられると、三大公爵家も次々に口を開き、冷静な弟王子ですらその加工技術について熱心にシュテフに聞いかけ目を輝かせていた。
まあ、この弟王子くらい熱心に国のことを考えていたら、竜の国へ招待したかもしれない。ちなみにアベル王子ときたら目を丸くして驚いているが、『トカゲの国など興味もない』と悪友たちに陰で言っていたのは知っているぞ。
こうして一見和やかに始まった昼食会だったが、開始早々チラチラと目線で合図を送ってくるアベル王子にうんざりしつつ無視し、妙に顔色悪く口数も少なく挙動不審な外相を誰も気にしないのを確認して、一気に叩き潰すべくできるだけ長く穏やかな雰囲気を保つことにした。おかげで、料理の味は堪能できた。
国王夫妻のアベル王子アゲアゲ話から、婚約式の面倒なやりとり云々の話を得て、とうとう結婚式の話にさしかかる。ああ、ちょうどデザートがでてきた。
「父上、その件ですが少しお話がございます!」
とうとうしびれを切らしたアベル王子が、ピシッと背筋を正して意見する。
「結婚式の時期ですが、ティアナとも話して四か月後までに挙げたいと思っております!」
「なに、四か月後だと?」
「まあ!」
困惑気味の国王の横で、王妃は嬉しそうに微笑む。
「それでいいのですか? ティアナ姫」
「ええ。アベル王子には急がなくてはならない事情がございますの」
「ま、まあ! そ、それは慶事と思ってもよろしくて?」
期待に目を輝かせる王妃と、その周りで同じように見守る一同を見て(あ、一人目が死んでいるけど)、わたくしはにっこりとほほ笑む。
「ええ、もちろんですわ」
「父上、いかがでしょうか」
「うむ、まあ、よかろう」
「まあああ!」
最終決定が下されれば、王妃は両手で顔を挟むようにして嬉しい悲鳴を上げた。
「わたくしは二年も時間がありましたから、来週にでも式を上げようと思えば準備できないわけではありませんが」
「ティアナ、それはちょっと早急過ぎる。婚約期間もいいものだよ」
アベル王子が芝居腐った笑みを向けるが、わたくしはゆっくりとうなずく。
「そうですわね。まずはよくよく知ることから始めたいですわ」
「ああ! ようやくなのね!! アベルとティアナ姫の仲が上手くいっていないと報告を受けていたから、本当にどうなることかと気を揉んでいたのだけど、これでようやく……うぅっ」
感無量らしく、王妃はその場で顔を伏せ手で目を隠す。
国王は満足気にアベル王子を見やり、大きくうなずいた。
それを受けて、アベル王子はパアッと輝く笑みを浮かべた。きっとテーブルの下で拳を握りしめているに違いない。
コホンとシュテフが小さな咳払いをしたのを合図に、わたくしは殊更笑みを深め「ええ」と声をあげる。
「そうですわね。『トカゲ』と毛嫌いしておられたわたくしと離れられ、なおかつ真実の愛を見つけてお子様もできて、今こうして婚姻の許可もおりました。わたくしの役目は終わりました。あとはお好きにどうぞ」
ぴたり、と時間が止まったかのように硬直する国王他、嬉し泣きしていた王妃が再び顔を上げたタイミングで、わたくしはニコニコと微笑んだまま続ける。
「本当に二年間屈辱でしたわぁ。でもアベル王子は愛する令嬢と結ばれたい、令嬢もアベル王子のお側に居たいと懇願なさいまして、いろいろ思うことはありますが、聞けば新しい命が宿っていらっしゃるそうで。それでは最後の苦行と思い、身分差もあるお二人の間に立つことになったのでございます」
「ティアナ!!」
「アベル、どういうことだ!?」
焦ったように立ち上がるアベル王子を、国王が怒鳴りつける。
「ティアナ、約束が違うぞ!」
「いいえ。わたくしは確認いたしました。お二人の望みはお互いが側にいることか、と」
「それはそうだが、わたしの立場はどうなる!!」
「どうもこうも、元より契約によりあなたの側にわたくしがいるなんてできませんのよ」
「何を言う、わたしは『神気』持ちだぞ!! お前のほうから望んだのではないか!」
「ええ。ベルエンダーシュが望んだのはこの国で一番大きな『神気』を持ち、でございます。あなたのようにケーキを食べてイライラを解消できるような、小さな『神気』持ちでは役不足。わたくしの本気を受け取れば、きっと卒倒してしまうでしょうね」
チラリと国王夫妻を見れば、顔色を悪くして黙っている。
――あらあら、この二人も外相の共犯のようねぇ。
「この二年、お前の側にいて無様な格好などしておらんわ!」
「ええ、そうでしょうね。これでもだいぶ我慢しておりますのよ」
「フン! 戯言を!!」
「……じゃあ、少しだけ」
失礼にもわたくしを指差して非難するアベル王子を、力を解放する時になる『竜眼』でキッと睨みつけた。
バタン!
アベル王子は仰向けに倒れた。
なんだか体の中心が濡れているようだ。
弟王子がものすごく冷たい目で、その姿を見下ろしている。
まあ、箇条書きにするとこんな感じで場が静まり返った。
「と、まあこんな感じですので、全然使えませんのよ。おほほほ」
手の甲で口を隠して笑ってみせると、唯一まともに状況を判断していた弟王子が楽しそうに口を開いた。
「兄が大変失礼いたしました。契約は破棄、ということでよろしいでしょうか」
「いいえ。勝手に契約を破棄されてはかないませんわ」
「ですが、残念ながら兄以外には……」
心底すまなそうに言い淀む弟王子を見てから、わたくしは黙り込んだ国王へ目線をおくる。
「国王様」
「!」
「お心当たり、ございますわよね?」
シャキッと背筋を伸ばした国王が、助けを求めるように目線を向けたのは顔色の悪い外相だった。
「ご……ございます」
絞り出すような声を出した後、外相は名前を告げた。
「が……ガーランド・フォーンでございます。男爵家次男、現在は魔獣討伐隊第二隊小隊長を務めております」
満足そうにシュテフがうなずいているのを確認し、わたくしも「そういうことです」と続ける。
「し、しかし男爵家という身分が……」
「ティアナ姫にふさわしいよう、どこかの、いえ、我々の養子とするのがいいかと」
「そうですな。すぐにでも検討せねば」
別口で自分達に運が向いたと思ったのか、どうやらバカではない公爵家当主達はあっという間に自分達がいいように話をすすめようとする。
「ああ、公爵家の皆様。契約書には国一番の『神気』であれば身分は問わず、と書かれております。ご心配なされませんように」
「しかし!」
「ご心配なく」
シュテフに笑顔の拒絶オーラで二度釘を刺され、さすがの公爵陣も口をつぐむ。
「が、ガーランド・フォーンは婚約者がいたのではなかったかな、外相」
「はい、おりましたが、その……」
国王が望みをかけて紡いだ言葉だったが、外相は倒れてそのままにされているアベル王子を見て言いよどむ。
「その件ですけど、ガーランド様の婚約者であるマリア・オーウル様とアベル王子はお互いが真実の愛で結ばれた仲だそうですわ。おかげでわたくしもガーランド様の存在を知ることが出来ましたし、今回はお二人のお子様もいらっしゃるそうですから、この二年間のことを全部水に流そうかと思いますの」
「え、な!?」
「国王様方もお孫様ができたのですもの。王妃様も先程お喜びになっていたではありませんか。それに、ガーランド様を養子にする話がでたくらいですから、マリア様の養子の件もすぐにお決まりになるでしょうし」
チラッと目線を公爵陣に移すが、当主は軒並み奥方に睨まれて肩身を狭くしていた。
「本当に良いことづくしで嬉しゅうございますわ!!」
「ぷはっ!」
手を合わせてにっこり微笑むと、とうとう堪えきれなくなったらしい弟王子が噴き出した。
さすがに声を上げて笑うのはマズイと必死に手で口を押えているけど、体を丸めてプルプル小刻みに震えている様子は隠せない。
「と、いうことで、今夜の夜会はわたくし抜きでお楽しみくださいませ」
「そ、それは困る! すでに招待状にはアベルの婚約式となっておる!!」
「ですから、マリア・オーウル嬢がおりますでしょう?」
「しかし!」
「今回は国内へのお披露目ではないですか。どうとでもしてくださいませ」
ツンと顔を背ければ、待っていましたとばかりにシュテフが一歩前に進み出る。
「なお、我が国へは通達もすでに済ませておりますので、なんの心配もございませんよ。ただ、こちらに飾ってあります婚約記念品につきましては、少々気が早い手違い品であったので早々に引き取らせますからご安心くださいませ」
「~~!!」
今度こそ国王夫妻から顔色が消えた。
当てが外れた、というところかしらね。わたくしに黙ってあちこちの要人を、こっそり今夜の夜会に呼んでいたらしいじゃないの。盛大に恥をかくといいわ。
茫然とする国王夫妻と倒れたままのアベル王子。そして頭を抱えている大臣達(外相含む)の横で、退室のチャンスを今か今かと待つ公爵陣営。弟王子だけが何食わぬ顔でデザートのオレンジと桃のシャーベットを食べていた。
冷たい銀食器に盛られたデザートをわたくしも食べていると、ふと頃合いかとシュテフへ目線を向ける。
彼は心得たようにうなずくと、いまだ茫然としている国王へ話かける。
「では、アベル王子の問題が片付きましたところで、本題であるティアナ姫とガーランド・フォーン殿の顔合わせにつきましてお話を勧めさせていただきます」
「ま、待て! 何も解決しておらんぞ!!」
「我々は結ばれた契約にそってお話をしているだけです。この国一番の『神気』がガーランド・フォーン殿であるなら、ティアナ姫との顔合わせが一刻も早く求められるものと考えております」
「だ、だがアベルは……」
「ですから、アベル王子とは婚約どころか何の契約もしておりません。それに、契約には選ばれた『神気』持ちとの望ましい関係を結ぶものと明記しておりますので、婚約だけが望ましいとは限りません」
ですから、とシュテフは前置きして細い目をさらに細くして微笑む。
「アベル王子と婚約などなさらなくても良かったのです。アベル王子がしかるべき婚約者と愛人を迎えようと、ティアナ姫と友人として定期的にお会いするだけで成立したのです。そこをどうぞお忘れなく」
欲を出し過ぎて自爆したな、ということである。
立ち上がり気味で反論していた国王は、だらりと両腕を下ろしたまま椅子に座り込み、それにあわてて王妃が呼びかけているが反応はない。
「シュテフ殿、一つ確認したい」
割って入ったのは、いつもの冷静さを取り戻した弟王子だ。
「貴国の染粉についてだ。ティアナ姫とガーランドの関係が落ち着いたものになれば、そちらの契約については継続とみていいのだろうか」
「もちろんです、エーデル王子」
この弟王子であるエーデルは、我が国から宝石の粉末を利用した染粉を希望しているのだ。もっとも、竜族にしか編めない糸では人族が加工することが出来ないが、絹糸にまぶして染め上げることで、独自の編物製品を作ろうとしているらしい。
「では早急に呼び寄せましょう。もちろん別室で」
そう言って冷たく兄王子を見下ろすその姿に異論を唱える者はなく、大臣達もすばやく反応してガーランドを呼び寄せるよう伝えるよう叫ぶと、続くように別室の準備を整えさせる者、国王夫妻の手当て、ならびにアベル王子運びだしなど様々なことを指示していった。
そして控室にいただろう侍従やメイド、騎士などがわらわらと入ってきて動き回る中、大臣たちはひたすらわたくし達に頭を下げて部屋で待っていてほしいと懇願してきた。
シュテフは微笑を浮かべ無言で大臣達の話を聞いていたが、わざとエーデル王子を呼び寄せて部屋で待つとだけ伝えた。大臣達に直接返事をしないことで、相当こちらが怒っているのだと思わせることに成功し、わたくし達は顔面蒼白な大臣達に目をやることなく部屋を後にした。
まあまあ、城中大騒ぎですこと。おーっほっほっほっほ!!
読んでいただきありがとうございます。
(1)が区切りが悪いので連続で(2)まで投稿。
火曜までに(3)を投稿予定です。
またよろしくお願いいたします。