竜族の姫君は、恋をした(1)
大変ご無沙汰しております。
他作品を書き直していたうえで、投稿が怖くなり、リハビリのために投稿しました。
短く一章数話で構成。
とりあえず、一章は一週間で投稿終了します。
雲一つない穏やかな晴れた日。
その夜行われる婚約発表を前に、身内と主要人物だけを集めた昼食会が開かれる直前、わたくしは婚約者である第一王子に中庭に呼び出された。
女の支度にどれだけの手間と、時間がかかると思っているの!?
きっとわかっていないだろう我が婚約者に言いたい愚痴を押さえつつ、愛想笑いをしつつ中庭にやってきたら、いつも時間に遅れてくるはずなのに先にやってきているではないか。
――しかも、隣の女性ダレですか? と聞いた方がいいかしら。
「遅れまして申し訳ありません」
とりあえず謝罪する(我が婚約者殿は一度も待たせたことを謝ったことがないが)と、整った顔立ちの甘い笑顔を全開させる。
「女性は支度に時間がかかる、とマリアに教えてもらっていたところだ。気にするな」
「さようでございますか」
で、マリアって、あ、そのヒトだってことはわかりますが、どうしてぴったり腕をからめてくっついているんでしょうかねぇ。うちの侍女と護衛騎士から不機嫌オーラが駄々漏れしていますけど。
「ティアナ、わたしは誠実でありたいのだ」
あらあら、女性の紹介をせずいきなり話し出したわよ、この王子。あいかわらずな自己中発言展開ねぇ。
「わたし達は今夜正式に婚約発表され、わたしは王太子になるだろう。その前に、君に秘密があってはいけないと思って話をしたかったのだ」
「まあ、なんでございましょう」
おいおい、誠実が聞いて呆れる。あなたこっちが何もできなくなる発表直前まで黙っておいて、それで事前に話して了承を得ようとする魂胆が丸見えだわ。
「正妃となるそなたに紹介する。わたしの愛しいマリアだ。今は子爵家だが、安定期に入り次第侯爵家のどこかに養女に入り、側室として入城してもらってからわたしの第一子を産むことになるだろう」
――ポカーン、である。
いろいろ端折った言い方をしたが、要するに婚約者云々の前に恋人が妊娠したから紹介するね。あと、側室にするから、だと?
そして王子はいきなり辛そうにため息をつく。
もちろんこっちが呆れて黙っていることなんて気がつくこともなく、だ。
「それで、君に頼みがあるのだが、ティアナが出産する前に入城させたいんだ。そうなると、彼女の安定期に結婚式を挙げなきゃならない。そうなるとあと四ヶ月くらいしかないそうだが、急げば大丈夫だろう。そこで、本日の昼食会で君からわたしと早く一緒になりたいから結婚式を早くしたいと、両親や大臣達を説得して欲しい」
「わたくし、が、ですか」
「そうだよ。君のわがままならみんな首を縦に振るだろう。わたしもお願いするから」
「初めまして、ティアナ様。どうぞよろしくお願いいたします」
死んだような目をするわたくしに、どさくさにまぎれてかわいらしいながらも、したたかそうなマリアが挨拶をすませてくる。空気読め。
「……アベル様、マリア様はどちらのお家へ打診されているのですか?」
「それも君が一声上げて欲しい。どこの侯爵家がいいかリストを送る。ちなみに我が友のマリオの家は断られてしまってね」
「マリオ様の妹様は、アベル様の婚約者候補であられましたからね」
「代わりにマリアを側室に、と話をしたんだけどねぇ」
親切にしてやったのに、とため息をつく我が婚約者を見てどっと疲れが出てくる。
今までわずかながらに『神気』を持つ希少な人物なんでと我慢してきたが、これはもう限界を超えている。
なにが『誠実』だ!?
こちらが怒れば低頭して必要以上に恐れて面倒臭いので、とここまでずぅうううと、我慢していたのよ。もう、これは怒っていいわよね。ね!? ね!
「……アベル様、マリア様が侯爵家に入られるのでしたら、わたくしではなくマリア様を正妃になさったほうがよろしいかと思います」
わたくしは『誠実』な正論を飛ばした。
だが、王子は眉間に皺をよせ、馬鹿を見るようにわたくしを見下す。
「何を言っているんだ、ティアナ。それじゃあわたしは王太子になれない可能性が高い。きみという後ろ盾を得ることで、わたしは今夜王太子に任命されるのだ。そんなこともわからないのかい?」
――びっくり仰天。一瞬怒りがどこかに吹っ飛んでしまったわ。
このヒト、本人の目の前で「お前は背後のスポットライト」的な発言なさいましたよ。わたしの後ろの侍女と護衛騎士達から凍るようなオーラが立ち上っていますが、とりあえず目の前の二人は気がついていないらしい。
「ティアナ様」と、マリア様が胸の前で祈るように指をからませ、一歩前に出て悲しげな表情で訴える。
「どうかアルを、いえ、アベル王子を王太子にしてあげてください。わたしはお側にいるだけでいいのです。一生日陰の存在で構いません。どうか、アベル王子には幸せになっていただきたいのです!」
「マリア!」
感極まったように王子が叫び、マリア様をしっかりと抱きしめる。
もう、わたくし達なんて空気か背景ね。すっかり二人の世界に入ってきつく抱きしめた王子は芝居腐ったセリフを吐く。
「マリア! わたしはお前を日陰者などにはしない。お前を愛し、一番そばにいよう!!」
「ああ、アル! わたしもあなたの側にいれるだけでいいの!!」
それからしばらくお互いの名を何度か呼びつつ、抱き合ったままの二人を見ているのも飽きたので、ちょっと侍女に目配せしてから扇をパッと開いた。
その音でようやく二人がこちらを見る。
「……お二人の気持ちはよくわかりました。お互いそばにいればお幸せなのですよね?」
「そうだ。きみには悪いが、わたしはマリアを愛している。もちろん君のことは正妃として大切にしよう」
「わたくしのことは大丈夫ですわ。で、マリア様も?」
「は、はい! わたしはアルの側にいれればいいのです!」
「承知いたしました」
パッと二人の顔が明るくなったので、わたくしはにっこり微笑む。
「マリア様ほどアベル様を愛してくださる方はおりませんわ。アベル様、大事になさいませ」
「無論だ」
「マリア様、どんな困難も乗り越えていかれてくださいね」
「ありがとうございます!」
「では、わたくしは準備がありますので失礼させていただきます」
優雅に踵を返すと、あの二人はまた二人だけの世界へと入っていった。
わたくしは絶対零度のオーラを放つ侍女と護衛騎士を連れて部屋へ戻ったのだが、途中出会ったこの城の文官達が「ヒッ」と小さい悲鳴を上げて小道に隠れたりしたらしい。わたくしの頭の中はこれからのことでいっぱいだったから、気がつかなかったわ。
***
部屋に戻れば、残っていた侍女や騎士もみんな集めて事情を説明し、全員が同じ顔になったところで指示を出した。
アベル王子二十二才。マリア・オーウル十八才。
十分に常識が分かる年ですわ。だから、子どもの可愛いわがままのようにすべてを丸く収めることはできませんが、せめて第一希望だけでも叶えてさしあげましょう。
とりあえずあの二人のだいたいの情報は、すでに一年以上前から掴んでいた。ただ、わたくしはもっと大事な目的があったから、別にいいやとほっといたのよね。顔を見たのも今日が初めてよ。
わたくしが何も知らないとでも思ったのか、それとも何も言わないからといい気になったのか知らないけど、けっこう人目についていたから陰口たたかれていたみたい。
昼食会の準備中に次々に運ばれてくる情報に微笑みつつ、これで祖国に帰ってまた自由を謳歌できるーと思っていた時だった。
マリアの婚約者(子爵令嬢だからちゃんといた)の騎士を調べに言った侍女が、ずいぶん時間をかけて戻ってきた。しかも一人じゃなく、途中別の侍女も同行したようだが、二人とも顔がこわばっている。
「まあ、二人ともどうしたの? なにか問題でもあったのかしら」
初期調査では男爵家の次男で、剣技と体術に優れていると書かれている。黒髪と黒目の鍛えられた騎士の模範のような男で、口数は少ないが二十一才にて魔獣討部隊の小隊長を務めているらしい。
優秀ではあるけど、特に問題があるとは思えないのだが……。
そう思っていると、最初に偵察に行った侍女がややかすれた声で遅れを謝罪して報告を始めた。
「ガーランド・フォーン様であられますが、無口との事ですが、職務中は部下にわかりやすい指示をされておりますし、討伐隊としての死傷率も全隊でも低く優秀との評価があがっております。中隊長になるのも、もはや時間の問題かという話です。それから……」
一呼吸おいて、侍女は頭を下げつつ告げる。
「たいへん大きな『神気』をお持ちでございます」
「!」
わたくしを含め、部屋中の者が息をのむ。
『神気』とは、人をはじめ魔族、竜族、妖精族、獣族の特化した力や能力を無効化するものであり、それはどの種族でも出現するが、あまりに数が少なく持っている『神気』の力もピンキリだ。
ただ、どの種族も特化した力が強ければ強いほど『神気』に魅入られ、執着するという。
なぜなら、強すぎる力は時に暴走し我が身を破滅に追いやるほどになるのだが、『神気』を持つ者はその暴走を抑えるかのように、すべてを浄化して飛散させることができるのだ。
つまり、力の強い者にとっては癒しであり生命線でもある、とても大事な存在。
「本当なの?」
「はい。腕輪とあといくつか身につけていらっしゃるものが、どうやら『破邪の玉』のようでして」
「自分の『神気』をそれで隠しているつもりかしら?」
わかりません、と首を振る侍女にうなずいて考える。
『破邪の玉』は呪いなどから身を守るのにすぐれているが、湧き出る魔力などを抑制する力もある。だが身につけている者の体力をかなり奪ってそれらを成しており、数個をつけている者はよほどのワケありだろう。わたくしも何個も身につけているが、まさか『神気』を抑え込める手段として使うなんて。
でも、どうしてかしら。
どこの国でも『神気』持ちは大変重宝されるし、外交の手段などにもなったりして問題化することもある。
この国のアベル王子は、まあ毎日会っていれば小さなイライラくらいは解消してくれそうだなぁくらいのレベルだが、わたくしもこれ以上『破邪の玉』を身につけておけなくなったから、慌てて探して見つけて妥協したのに、侍女の顔色が変わるくらいの『神気』持ちがいるなんて。
しかもマリアの婚約者。
――! いいこと思いついたわ。
「うふふふ」
王太子の座から転落させて、力を暴走させて湖の一つでも作って帰国しようかと思ったのだけど、そんなことしないで気がすみそうだわ。
「ねぇ、シュテフ。こんなのはどうかしら?」
ずっと黙って控えていた秘書官に考えたことを告げれば、じつに人好きする笑みを浮かべた。
壮年の細身で頼りなさそうに見えるシュテフだが、こう見えてもわたくしの父の精鋭十指の一人。今回はわたくしに付いて婚約取決め責任者としてきているが、彼は最初からこの婚約には反対の立場を貫いていた。
「では、わたくしも準備してまいりましょう」
一瞬黒い笑みを浮かべたシュテフは、侍女がドン引きした後、手伝いとしてガーランド・フォーンを偵察しに行った二人を連れて部屋を出て行った。
そして残った侍女に、付添い人であるふくよかなモンテル夫人がきびきびと指示を出す。
ちなにこのモンテル夫人はわたくしの教育係りでもあり、シュテフと同じ父の十指の一人。穏やかそうに見えて、やる時はヤル。そして強い。怖い。
二人とも、アベル王子に相当頭にきているみたい。
そうよね。長寿で魔法大国の竜族の国、ベルエンダーシュの第二王女であるわたくしに無礼を働いていたのだから。
本来ならこんな国に嫁いで来なくても良かったのだが、わたくしは特化した竜族の力を持て余しており、正直体調不良の日々が多くなる中城内で一生を終えるしかないと言われていた。
ところが二年前、王室お抱えの魔法占星術士一同のお告げで、この国にいる『神気』持ちが特化した力を持つわたくしを救うとでたものだから、両親が嬉々として書簡を出して今にいたるというわけ。確かにこの国に来てから特別な結界を張らなくても、力の暴走は起きていない(イライラすることはあるけど)。
正直大した産物もないので、我が国からの魔石や魔法具、薬や食料品などこの国にとってはとんでもない利益をもたらすものだったので、この人族のロート国はすぐに了承して小さな『神気』持ちのアベル王子をあてがったのだ。
二年前。アベル王子と最初の謁見をして、その後すぐ別室でこの国の外相に詰め寄った。
『もっとマシなのはいないの?』
『あ、あいにくともっと力の強い者は既婚者でして……』
『知っているわ。確か先月結婚したそうね。わたくしは王子じゃなくてもかまわないし、特に婚姻しなくてもいいのだけど』
『そ、それはなりません!! 人の国におきまして、婚姻とは強固な結びつきを示す大変重要な手段なのです。それほど重視していると言う証なのです!
で、では、国中を再度探しまして、他にご紹介できる者がおりましたらご報告させて頂きます。それまでは、ぜひアベル王子を!』
『……仕方ないわね。そうしてちょうだい』
『で、ですが、王子の年齢を考えましても、万が一候補が見つかって再度結婚の準備となりますといけませんので、期限を設けさせていただけないでしょうか』
『いいわ。人族は年にこだわると聞いているし』
『はい。おそれながら半と……』
『二年よ。二年待ってあげるから、さっさと探してちょうだい』
――あの外相、やったわね。
わたくしもちょくちょく調査書を見せてもらっていたのだけど、わりとちゃんとやっているからと安心していたのに。やっぱりシュテフに見てもらえばよかったわ。
にしても、あの腹黒タヌキ外相め。わたくしじゃなくてシュテフが相手となると、正直結末がかわいそう過ぎて今から憐れんでしまいそうになるわ。
それにしても力が強い者は誰でも『神気』に惹かれる、とでも思っていたのかしら。惹かれると言っても『一緒にいて気持ちがいい存在』という意味なのに、いつの間にか『愛情を注ぐ』と勘違いされて広がっているらしい。
例え惹かれる=愛情であっても、アベル王子程度なら『破邪の玉』二つもあれば平常思考になれるわ。
すべての準備が整い昼食会会場へ向かっていると、別の廊下からシュテフとこの世の終わりのように顔色の悪いこの国の腹黒タヌキ外相が現れた。
わたくしを見ると、もうその場で倒れそうなくらいガタガタと体を震わせている。
最初からこちらを騙さなきゃ良かっただけなのに。本当に小物ねぇ。
トドメだってことはわかっていたけど、言いたいこと言わないで黙っているほどできていないのよね。モンテル夫人も静かに目をそらしているから、きっと大丈夫。
「残念だったわねぇ。あと少しでしたのに。おたくの王子が『誠実』にお話してくださって本当によかったわ」
「~~!」
「酸欠なの? でも欠席は許さなくてよ。これからもっとイイモノが見られるんですから」
おほほほ! と高笑いしたいのをぐっとこらえ、涙目になっている腹黒外相を一瞥して軽やかな足取りで先にすすんだ。
――シュテフ、外相を後ろ手に引きずって来るのはやめなさい。人目に付くわよ。
読んでいただきありがとうございます。
誤字脱字はいつも通りあると思います。どうぞ教えてください。
よろしくお願いいたします。