第7話
獣人は自身の突撃が躱されたこのに驚きつつ、今まで見たことのない魔法武器を握るアッシュと呼ばれた青年の手を見る。ナイフ状のものであることは分かっていたが、その時初めてアッシュの魔法武器の形状を知った。
その魔法武器は、武器と呼ぶにはあまりにも――
あまりにも小さすぎた。
アッシュの持つナイフはまるで果物ナイフほどの大きさしかなく、戦闘でましてや獣人と相対するための武器としてはあまりに心もとなく見えた。
獣人は思わず問いかけずにはいられなかった。
「そのような武器で私と戦うつもりか?まさか手を抜いているのか?」
「うるせぇな、お前程度なんてこれで充分なんだよ。」
まるで子供が精いっぱいの強がりを言うかのようなアッシュの言葉に獣人の口からはかみ殺すような笑いがこぼれた。
「クックック……。そうか、それで充分ならば気兼ねなく貴様を処分できるな。」
そう言うと獣人は初撃と同様にアッシュに飛び掛かる。獣人は、その突撃の中に今度は爪による攻撃も織り交ぜていた。獣人の爪はアッシュのナイフよりも大きく、そして尖っておりおそらく人間の身体などいとも簡単に切り裂いてしまいそうであった。
獣人は突撃だけで仕留められないならば、単純に攻撃の量を増やせば良いと考えた。ましてや相手の持つ武器で自身が致命傷を負うことなど想像もできない。
アッシュは、その突撃を今度は躱さず手に持ったナイフで受け止めようとした。しかし、やはりその小さな武器では獣人の突撃を受け止めることなどできずに、最後はその突撃をいなすように身を躱すのが精いっぱいであった。
獣人は、二度目の攻撃も不発に終わったことに純粋に驚いた。
(あのような武器で攻撃を凌ぐことなどできるのか……。こいつ一体何者だ……。)
そこで獣人は自身の爪の一本が割れていることに気づく。驚くべきことだが、先ほどの攻撃であの青年は身を守るだけでなく、反撃までしていたのである。
「どうしたぁ?ご自慢のネイルが割れて傷心かぁ?」
獣人はその挑発には何も返さず、突撃からの爪や牙による攻撃を繰り返す。手数さえ多ければいずれあの武器では捌ききれなくなるという確信があった。しかし、アッシュは後ろに下がり続けながらその攻撃を簡単にいなしてしまう。
「おいおい、さっきから同じような攻撃ばっかじゃねぇか。獣人ってのは頭も獣レベルなのか。」
「黙れっ!」
獣人はアッシュの安い挑発に苛立つように答える。しかし、苛立ちを表に出しても状況は何も変わらなかった。そのことがさらに獣人を苛立たせるのであった。
「すごい……。」
アンナは目の前で起こっている出来事が信じられないとでも言うように呟いた。それはまるで昔に見た演劇のワンシーンのようにすら見えた。そのくらいアッシュは、何も難しいことをしていないように見えた。事実、獣人の攻撃を捌きながら欠伸をしている。
「ね?あいつはすごいでしょう?」
「信じられません。ロードに駐留している軍人さんでもあんなことできないですよ。」
アンナはカインに率直な感想を述べる。事実ロードにいる軍人の中に1人で獣人と戦える者がいるとは思えない。そんなことを考えながら、目の前の光景を眺めていた。しかし、その直後アンナは思わずあっと声を上げてしまう。
下がりながら獣人の攻撃をいなし続けていたアッシュだったが、ついに建物の壁を背にしてしまっていた。つまりもう下がる場所がないのだ。獣人は、途中からアッシュを壁際に追い込むように攻撃を繰り返していたのだった。
「もう観念しろ。貴様はよくやった、おとなしくするなら痛みなく殺してやる。」
「そうだな、もう充分かな。」
予想外のアッシュからの返答に、獣人は一瞬気を抜いてしまう。先ほどまでは頭に血が上っていたのか、その時初めて自身の両手から痛みがあることに気づいた。獣人は自身の両手に目をやって思わず目を疑った。両手から生えていた鋭い爪がすべてひび割れており、ボロボロになっていた。爪の根本からは自分のであろう血が流れていた。
(いったい何が!?)
獣人が目を離した瞬間をアッシュは見逃さなかった。意を決して獣人に向かうと手に持っていた魔法武器を勢いよく振り下ろす。獣人は、瞬時に意識をアッシュの方に向け後ろに下がる。アッシュの攻撃が空を切った瞬間にその喉元に噛みつくことができると考えたのだ。
しかし、その時また不思議なことが起こった。あのナイフでは到底届かない距離まで下がったはずだったが、その肩に刃を受けてしまったのだ。
(何っ……!?)
そうして肩の傷口に手を当てながら、何が起こったのかを考える。アッシュは獣人のそんな混乱などお構いなしに攻撃を繰り返す。先ほどの光景から役割が逆転している。それはまるで何かのスポーツのルールに則っているかのように攻守が切り替わっただけで同じような光景に見えた。1つ違う点は獣人はアッシュの攻撃を全ては捌ききれずその身に受けてしまっていたことだった。
思わず獣人はアッシュとの距離を一気にとる。そこでようやくこの不思議な現象の答えを知ることになる。アッシュが手に持っていた武器は、ナイフではなかった。
正確には先ほどのナイフよりもサイズが明らかに大きくなっているのだ。もうそれはナイフではなくショートソードほどの大きさになっていた。
「き、貴様……その武器は一体なんだ!?」
獣人は思わずアッシュに向かって問いかける。