第6話
月明りに照らされた獣人は、狼型の獣人であった。獣人はその巨体を荒々しい息遣いで揺らしており、
その牙や爪からは生々しい血が滴り落ちていた。その獣人に相対するアッシュは、獣人の狂気に満ちた視線を感じ取り、カインとアンナを無言で後ろに下がるように促す。
獣人にばかり気を取られており、アッシュは気づかなかったが、獣人の傍らには男性の無残な死体が横たわっていた。その死体の顔は苦悶の色で満たされており、アッシュは余計な想像をした自分を恨んだ。
(あれは……生きながら引き裂かれたのか……?)
どのくらい時間が経ったであろうか、重い沈黙を破ったのは意外にも狼型の獣人であった。
「見られてしまったからには、処分するしかないようだな。」
そう呟くと、獣人はまさに四足歩行の獣のように両手を地面につけ、明らかに臨戦態勢に入ったようだった。
「あぁ?やれるもんならやってみろよ。」
処分という言葉から格下と見られたことに苛立ちを覚えたのか、アッシュは挑発をする。アンナは挑発を行うアッシュに、どうしてわざわざ挑発をするのか理解不能であるとでもいうように怯えた視線を向ける。そんなアンナの想いに気づいたカインはなだめるようにアンナに声を掛ける。
「大丈夫だよ、アンナさん。アッシュは強いから。」
「そうだとしても……」
そのあとに続く言葉をカインは容易に想像ができた。アッシュがどれだけ強いのかは知らないが獣人に勝てるわけがないとアンナは言いたかったのだろう。
アンナがそう思うのも無理はない。獣人族は、魔法を使うことができない。その代わり神が与えたのかはわからないが他の種族とは比べ物にならないほど異常な身体能力を有している。身体能力だけではなく、聴覚や嗅覚などの五感も鋭いため戦場などでは獣人族の部隊が戦況をひっくり返すことも珍しくはない。
アンナのそんな想いを察したカインだったが、もう一度力強く呟く。
「大丈夫、あいつが負けるわけがない。」
臨戦態勢に入った獣人を睨みつけ、アッシュも臨戦態勢に入る。アンナはアッシュがその身体から魔力を放出していることに気づいた。この空間の中でアッシュの魔力に気づいていないのは魔法が使えない狼型の獣人だけであり、アッシュの隙の無い立ち振る舞いに攻撃するチャンスを伺っている。
「あれは魔法……?アッシュさんには魔法適正があるんですか?」
「そうだよ、あいつは魔法武器が使えるんだ。」
聖書にもあるように人族はさまざまな道具に魔力を込める事で魔法を発動する。そんな人族だが、魔法適正の有無が獣人族以外の種族と比べると激しく、中にはほとんど魔法を使えないものもいるらしい。
そんな個人ごとに魔法適正に差がある人族が他種族との争いに勝利するために編み出したものが魔法武器であった。魔力に反応し、魔法の発動を補助する機構を組み込んだ武具のことで、魔法適正の差を埋めることで誰が使ってもほぼ同じ魔法が発動するというコンセプトである。例えば銃の魔法武器には実弾の威力や飛距離を伸ばすものや、魔力そのものを弾として飛ばすことで、弾薬を必要としない銃など多岐に渡る。
この魔法武器の登場によって「魔法の汎用性」というアドバンテージを人族は得ることになり、大量に配備された魔法武器を用い人族は、数によって他を圧倒するという戦争を行うようになった。
臨戦態勢に入るアッシュを見つめながら、アンナはある違和感に気づいた。アッシュは両手に何も持っていない。魔力を込めるべき魔法武器が見当たらないのである。
その違和感には獣人も気づいたようで、失笑しながら問いかける。
「貴様、大口を叩いておきながらまさか素手で私の相手をするつもりか?」
「あぁ?お前の目は節穴かよ。もう魔力は込め終わってんだよ。」
暗がりでよく見えなかったが、アッシュの手のひらの中に黒い影のようなものがあることに獣人は気が付いた。その影はどんどんと大きくなり次第にゆっくりと盛り上がりながら何かを形作っている。警戒を強めながらアッシュの顔を見やる獣人は、先ほどまでアッシュの顔に入っていた入れ墨が少しずつ顔の下の方へ動いていることに気づく。
「まさか、その入れ墨が魔法武器か!?」
どうやらアッシュの顔から腕にかかって入っていた入れ墨が手の方に集まり、そこから何かを形作っている。自身が様子を伺いすぎていたことに気づいた獣人は、四足歩行のままアッシュに飛び掛かっていった。
その突撃を上体を反らすだけで交わしたアッシュの手には、黒い小さなナイフが握られていた。
リアルの方が忙しくなってしまい、投稿が遅くなってしまいました。大変申し訳ございません。
現状、読んでくださっている方がいらっしゃるのかはわかりませんが、連載を再開させていただきます。