第2話
料金を支払いコーヒーハウスの店内に入った二人は辺りを見回す。店内の中央には大きなテーブルがあり
人々が思い思いに議論や会話を繰り広げていた。
「なぁ、カイン。もう帰ろうぜ……?」
「まだ来たばっかりでしょうよ。これが終わったら酒場に行っても良いから我慢してよ。」
「ぐぬぬ……」
そうしてアッシュをなだめるとカインは会話を行っている男性達の隣に腰かけた。その男性達はおそらくシルクであろう上等な衣服を纏っており、それなりの上流階級であることが伺えた。
カインはコーヒーに口をつけながら男性達の会話に聞き耳を立てる。
「だから我が国からドルトへの工業品の輸出は控えた方が良かったんだ。また諸外国に強硬な姿勢を見せたら、ブリテニアだって立場が難しくなるだろう。今諸国から我が国はなんと呼ばれているか知っているか?
ドルトの武器庫と呼ばれているんだぞ?」
「しかしなぁ、ドルトが力をつけ始めている今のうちに友好な関係を結んでおくことは大切だろう。今後ブリテニアが東に勢力を広げる際に、西側に隣接するドルトと関係が悪ければ必ず問題になる。」
ドルトとは人族が納める国々の中の一つでブリテニアの西に隣接する国である。ブリテニアと同じく列強と呼ばれる国で、最近国のトップである総帥が変わり、周辺諸国への強硬な姿勢が目立つようになっている。
人族は約80年前には、天族の国と通称『天人戦争』と呼ばれる戦争状態にあり、人族の国同士も一致団結し戦争に当たっていた。しかし、天族との休戦条約を結ぶことで一応の終結を見せたことをきっかけに今度は人族の国同士での小競り合いが発生している状況になっている。
ドルトという名前が出てきたので、カインは慌ててアッシュの様子を伺ったが、アッシュは店の端の方でつまらなそうにコーヒーを啜っていた。
(良かった。聞こえていないみたいだ……)
カインはとりあえず安堵すると、また男性達の会話に注意を向けた。
「しかし国内での治安が安定していない時期に、国外の敵を増やすような必要があるか?ロード市内でもこんな事件が起きているんだぞ?まずは国内の安定化の方が先だろう。」
何やら街の人々の雰囲気と関係がありそうな話が出たので、カインは男性達に声を掛ける。
「こんな事件というのは何なんですか?」
「ん?誰だあんた。急に話に入ってきて。」
「あぁ、失礼しました。私はこういう者です。」
カインは男性達に小さな名刺を手渡した。
「イカルガ貿易会社……?マルクの勅許会社じゃないか。」
マルクとは、魔人族が治める国の名である。魔人族が治める国はマルク1つしかなく軍事力が乏しい代わりに、他国との貿易で成り立っている国で、人族や天族とも関係が良好という珍しい国である。
その勅許会社である、イカルガ貿易会社は人族と天族の国と取引を行っている数少ない貿易会社である。
「本当に?お宅見たところかなり若いように見えるけど?まだ15かそこらだろう?」
「今年で17になります。まぁ、とは言っても今は修行ということで世界各国を旅しながら商売になりそうなものを探しているんですけどね。」
「ふーむ……」
(信じてもらえてないみたいだ、まぁそれはしょうがないけどさ……)
貿易会社の社員という説得力がでない自身の見た目を恨みながら、カインは続ける。
「今回は休暇でロードに寄っていまして……」
「わざわざロードに?もっとリゾート地とか行くべきところはありそうなものだけどねぇ。」
ますます疑われていることを感じたカインは矢継ぎ早に今回の旅の目的を話す。
「休暇といってもバカンスではないんですよ。風の噂でロードには凄腕のお医者様がいらっしゃると聞いて。」
「凄腕の医者……?あぁ、アルベルト先生のことかな?最近も失明寸前の者の目を簡単に治したんだとか。」
「アルベルト先生とおっしゃるんですね。どこに住んでいらっしゃるかわかります?」
「確か工業地区のかなり外れに診療所を開いていたはずだよ。眼帯してるってことはお兄さんも眼が悪いのかい?」
「この眼帯はそういうわけじゃないんです。私ではなく身内なんですよ。なので、是非その先生にお会いしたくて」
「へー、そりゃあ大変だねぇ。」
「ありがとうございます。これで今回の旅の目的は果たせそうです。」
今回の旅の目的の情報を掴んだカインは、先ほどの会話に話を戻す。
「そう言えば、先ほど話されていた『こんな事件』というのは何なんですか?」
その瞬間、男性達の顔が曇るのをカインは見逃さなかった。