表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/30

侯爵令嬢アリステル・エル・メイルアーシュはどちゃくそ目つきが悪い

 世間一般におけるアリステル・エル・メイルアーシュという女の評価については、実にさまざまな意見がある。




 ――広大なメイルアーシュ領を治める、由緒正しいエル家の生まれ。若くして両親を流行り病で失い、莫大な遺産を受け継いだ乙女。カレオレスト王国第一王子リチャードと婚約している、将来の王妃となるであろう人物。客観的な事実として言えば、まさに貴族の娘として生まれた高貴なる娘そのものだ――付き纏う噂の数々がないのなら。


 ある人は美しいと言った。ある人は恐ろしいと言った。ある人は物識りだと言った。ある人は完璧だと言った。ある人は敵わないと言った。それらの言葉を語る誰もが、彼女を敵に回したくないと言った。


 誰かがエル家の隆盛は陰謀によるものだと言った。他の誰かが策略によって蹴落とされたと言った。一度怒りを買おうものなら、一族郎党恐ろしい目に遭わされると怯えて言ったものがいた。一度気に入られようものなら、薄暗い汚れ仕事をやらされると震えて言ったものがいた。今の国政も全てエル家の都合のいいように動いていると言ったものがいた。


 そのエル家の跡継ぎであるアリステル嬢は、決して誰にも笑いかけないのだと。冷徹な先祖よりも冷酷で、残忍な親よりも残虐なのだと、誰かが言った。


 人は畏怖の念を込めて彼女を呼ぶ――氷漬けの薔薇、と。




「いや氷漬けの薔薇て。そのクソダサティーンエイジネーミングどっからきたし」




 当の本人はその不本意な二つ名に、頭を抱えている。そもそも噂の出処に心当りが全くない。


「マジに意味わからんし謎が過ぎるってヤツだわ……口が悪いから? 庶民の喋り方移ってるのがダメな感じ? 公式の場ではちゃんと取り繕ってるんだけどバレてんの?」

「アリステル様はそのう……笑顔が下手でいらっしゃいますから。目つきも鋭いし、ああ、それから誰にでも分け隔てなく接するのは美徳ですが、魔族や異教徒ともお話されているのが珍しく映るのかも。周りから見たら何を考えているかわからない不気味さがあるというか」

「お黙りグレイヴ。わかってるわよ、こちとら悪魔だの冷血女だの言われ過ぎて流石に自覚症状なくもないわよっ、自分の顔がカワイくないことくらい! それでもリチャード殿下と結婚決まってる辺り私って超絶勝ち組のパーフェクトレディじゃなくって? そりゃあ、あの人ったら頭がゆるふわパンケーキだから頼りないけど! 頼りないけども! あっもしかして私ったら成功者すぎて妬みを買ってるのかしらっ!?」

「はあ」

「ていうかそんなことどうだっていいのよ。それよりこれよ、この記録見てるとここんとこの葡萄の収穫量おかしくない? 天候不順って言っても限度があるわよ、限度が。大体天気なら良かったはずでしょうが! 脱税かましてるんだったら取り立てはきっちりやらなきゃダメじゃあないの。そうでなきゃ真面目に納税してる人がワリをくうのよ」


 ほらここ、と指をさしながら「前の年と違いすぎ、減りすぎ、畑が焼け野原になったなんて報告は聞いてないわよ」と資料を持ってきた土地管理人――グレイヴに再調査を命じると、彼はこくりと頷いた。指摘したいのがそれだけならばよいが、残念ながらそう簡単には終わる話ではない。彼が持ってきた領地の資料は膨大である。


「こっちの資料は何なのよ、なんでこんなに舗装工事が遅れてるわけ? さぼり? 単に人が集まらないだけならもっと沢山お金積んででも労働者を集めなさい。あんな穴だらけの危ないとこほっとけないわ、交通網の整備は最優先になさい! 今度は何、歌劇場の建設? この話は先月断ったはずでしょ。娯楽も良いけど、それより先に病院よ、学校よ、下水道よ! 老朽化がひどいところは直していかないと……」


 沢山の資料に目を通しながら、次々と指示を出していく彼女は、立派に女領主である――ここが政務室ではなく、学生寮の一室であることを除けばだが。




「ああもう、お父様、お母様、どうしてこんなに早く逝ってしまったの? 折角大学で勉強に集中できると思ってた矢先にこの仕打ち! 領地経営のあれやそれはもっと先の話だと思ってたのにーっ! チクショウ!」




 アリステル・エル・メイルアーシュ。その実態は、単に目つきが悪すぎるだけの――口も悪いが――いたって真面目に勉学に励む乙女である。これでも良いところの生まれだ。




「そういえば、世間ではアリステル様が財産の相続のためにわざとご両親を殺したという噂もあるとか聞きましたよ」

「ハアアアア〜〜〜〜〜〜? そんなアホな噂流してんのどこのどいつよ。普通に病死だし、流行り病だし。ろくな引き継ぎもできなかったから悲しむヒマもなく私ったらこんなに苦労してるのに。それがわからないなんて世間の人っておばかさんが過ぎるんじゃないの? みんな頭がパンケーキなの? ああ〜そうよね〜きちんと爵位継承してるのに私のこと侯爵じゃなくてわざわざ令嬢って呼ぶようなナメくさった連中ですものね〜〜〜〜〜〜????」

「アリステル様は貴い血筋の方にしては言葉遣いが悪すぎますけどね」

「お黙り朴念仁!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
投票はこちらぁ!

どんどん投票してくれよな!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ