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傍目イタコは解き明かさない


「とても信じられないだろうけれども、実はこの世界はミステリー小説なんだ」


【問】 初対面の女に自己紹介した際、名前を明かされる前にありきたりな妄想を開陳された。この時どのように会話を成立させるべきか答えよ。なお、一人称の対象は18歳の日本人男性であるとする。

【解答例】「はは、それはたいへんだぁ」



 実際それ以外何を言えというのだ。


 肩をすくめ、薄笑いを浮かべ、「私はあなたの発言を真面目に受け止めていませんし、続けて聞く気もありません」という心持をそのままに、僕は目の前の女に言った。


「はは、それは大変だ」


 肩をすくめ、薄笑いを浮かべ、「私はあなたの発言を真面目に受け止めていませんし、続けて喋らせる気もありません」と言わんばかりに、目の前の女は僕に言った。


「よし、いまから読み飛ばされるのを想定した台詞をこなそう」


 すぅ、と息をすって、しゃべりだす。


「君のその危機感の欠片もない返答も、私にとっては驚嘆には値しないよ。この事実を認識しているのは私だけだし、なぜそんなことを知っているか、というのも、『作者にそのようにデザインされた』というだけに過ぎない。それに気分を害してもいない。私は別に真実を知らしめなくては、という使命感ももっていないし、この思想によって迫害されたりなんだりといったくらいバックボーンも設定されていないしね。もっというなら、私を含めたこの世界自体、この時点では591文字しか執筆されていない。もっというなら、ここから先のプロットもないし、先に執筆された結末や、作者がどうしても先に書いておきたかった名場面なんかもない。一切の因果に縛られない全くの不確定だけが横たわっているという意味では、なんならこの小説を書いている人間よりもっとずっと僕たちは自由かもしれないね。なんせ、『キャラが動く』なんて言葉があるくらいだし、意外と僕たちは自由意志を持ち得るのかもしれないな。少なくとも、私はこの言葉が私の中から出た言葉なのか、作者に執筆された台詞なのかは、『知らされていない』ことだし」


「お前よく喋るな」

「うん、これは読み飛ばされるのを想定した台詞だからね」

「そうか」


 僕は笑みを浮かべたまま頷いた。


「わかったよ。どうも理解できそうにないし、僕は自己紹介を返さずにこれだけ延々しゃべる人間とは仲良くなれそうにない。気を悪くしないでほしいけど、今後はお付き合いを遠慮したい」

「気にしなくていいさ、作者は私たちがあまり仲良くならないように描写しよう、と決めている。これは私が知っていることの一つだ。だから気に病んだりしないし、仲良くなれなくても誰のせいでもない」

「それは重畳。じゃあこれで」


 女は笑みを浮かべたまま首を振った。


「残念だけど、私たちは基本的に行動を共にするようにもデザインされてる。だから君も私も、もうしばらくは会話しないといけないよ。これも私の知っていることの一つだ」

「いろんなことを知ってるな。そこには、例えば僕の名前や生い立ちなんかも入ってるのかな」

「知っているけど、いまは紹介すべきタイミングではないみたいだ。どうも喋れない」


 おっと、でも、名乗り位は上げてもいいみたいだ。と、女は言った。


「私は傍目イタコ。君たちに、いくつかのことを知らせるために、今現在執筆されている」


 女は手を開き、指をひとつずつ折っていく。


「一つ。この世界はミステリー小説だ」

「二つ。もうじき殺人事件が起きる」

「三つ。事件が解き明かされて、この物語は終わる」

「四つのトリック。五人の容疑者。六通りの真相」


「唯一の結末」


 最後に人差し指をもう一度立てて、女は僕を指さした。


「そして最後に、語り部は君だ」


 そしてその指先を、今度は自分の唇にあてる。


「私は傍目イタコ。君に語られることで存在することができる。どうか見目麗しく、聡明で、魅力的に私を語ってほしい」


(ひいき目に見れば)見目麗しく、(ぺらぺらとまくし立てる語彙力だけなら)聡明で、(僕には刺さらないが)魅力的な、


 傍目イタコはそう言った。


 時代錯誤の貴族じみたドレスに、量だけはある乱れた長い金髪。腕を組み、唇を釣り上げ、人でも突き殺すのかというような細いピンヒールを履いて。ガラス玉のように空虚な癖に、けだものじみて爛々と光る相貌で僕の額を睨みつけながら。


 薄笑いを浮かべて、物語の果てを射抜くようにして。


 馬鹿々々しい。




 確かに、僕は今まで両手の指に余る殺人事件に遭遇している。




 それらのすべては複雑なトリックやアリバイ工作によって作り出された難解な不可能犯罪だったし、右往左往する僕をいつも助けてくれる「名探偵」の友人がいたし、その他にもざっと5人ほどの名探偵と呼ばれる人物たちと親交がある。



 それに、今は僕と彼女の進学祝いとして、とある殺人事件がきっかけで知り合った日本有数の大財閥の女当主に招かれて、彼女所有のクルーザーでなくてはやってくることのできない、地図にもない島の別荘にやってきたところだ。



 当主の招いた客の中には僕のよく知る「名探偵」もいれば、知らない「名探偵」もいて、彼女の趣味は「ぞくぞくするようなリアルな事件と推理を目の当たりにすること」であり、館の中は些か悪趣味な蝋人形や、いわくつきの拷問器具でいっぱいの地下牢などに事欠かない。



 そして外は大嵐で、船は流されてしまい、何らかのトラブルで電話もインターネットも沈黙し、島に伝わるという恐ろし気な童歌の書かれた紙が誰もいなかったはずの大広間に掲げられていた。



 だけれども。


 まさか僕らが小説の登場人物なんてこと、あるわけないだろう。


「なんせ僕はちゃんと自分で思考して生きているし、ここは間違いなく現実だ」


 口にすることで、僕はもう一度自分の認識を強固にした。


「僕は物部言五郎。ごく平凡な、大学に入学したての日本人だ」


 取り立てることもない、語るべきこともない、当たり前の人生と平凡な能力を持った、一個人に過ぎない男として、言う。


「傍目イタコ、僕らのこの人生ものがたりは、ミステリーじゃない」


 だから。


「僕は何一つ、解き明かさない」


「そうだろうね」


 傍目イタコは笑った。


「君は語り部だ。だから解き明かさない。私もまた同じように、解き明かさない。それは『名探偵』の役割だからだ」


 さぁ。


「この島の五人の『名探偵』から、選びたまえ。ワトソン氏」


 傍目イタコは両手を広げる。


「語り部が選んだ者が、君の選んだ『名探偵』が、この物語のホームズだ」


***


「……ゆっくりと選んでいい、なんせ、まだまだここは、『書き出し』だからね」


 呵々大笑。靴を踏み鳴らし、傍目イタコは立ち去っていく。


 馬鹿々々しい。


 馬鹿々々しい。


 心底、うんざり、徹頭徹尾、馬鹿々々しい。


 それでも僕は、自問してしまう。


 これまで考え続け、そしてこれからも考え続けるだろう命題を。



【問】 元「現役美少女高校生名探偵」の、いまや素晴らしく聡明なだけの一平凡な女子大生にして、僕の窮地を幾たびも救った恩人にして、これからもキャンパスライフをともにする友人にして、僕が心底惚れている女の子を、僕はいかにして守るべきか。


 なお、世界は優しくないものとする。




 結局、名探偵なんて、どこにもいなかったのだから。


***


「おっと、ここで読者諸君(、、、、)に明言しておくよ(、、、、、、、、)。初めまして、そしてよろしく。私は傍目イタコ」

「君たちが私たちを読んでいることも知っている」

「だからこうして、先手を打ってフェアーなミステリの進行のために伝えておきたいことがある」


「この文字から先、私は特に描写されていなくても、物部君のすぐそばにいて常に目の届くところで何かしらやっている。なんかこう、ダンゴムシでも捕まえてるかもしれないし、壁に落書きをしてるかも。ひょっとしたらちょいとコサックでも踊ってるかも知らない」


「だから私は犯人になりえない。覚えておいてくれたまえ」


「もう一度」


「私は犯人じゃない」


「そして誰かが死ぬ」





「お前らが見ているのを知ってるぞ」





「それでは、また」


 


 

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