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平成怪異奇譚

「天を駆ける動物と言やあ、普通は(ぬえ)だろサ」


「鳥とかだったら可愛げがあるんですけどねェ」


 空を仰ぐ忌々しげな声が二つ。視線の先は雲の向こう。轟々(ごうごう)と、爆音を撒き散らす何か(・・)がそこにいる。


「……落下予想時間まで12時間を切った。ここからが勝負よ、ライコウ」


 ごうごうごう、と反響は続き、やがて一筋の線が橙の雲を突き抜けた。何かが高速で落下している。遥か空の彼方だが、その姿は明瞭に見てとれた。


 ごうごう、


 ごうごう。


 オレンジの背景に、一本の黒い線。その光景はとても幻想的で、まさに非日常のものだ。


 対して、夜明け前の街は静寂の底。朝の5時ということもあり、目覚めの気配はまだ無い。もちろん一部の早起きな者は轟音に気づいているだろうし、昼間になれば、世界中の人間があれ(・・)を見るのは容易に想像できた。


「あの時、殺し損ねたのかねえ」


「いや、確かにウチの坂田が首を刎ねた。死体もこの目で見た。でもこうなってるって事は、殺しきれてなかったんだろうな」


 鬼の恨みは怖いねェ。


 そう呟いて視線を下げる。そこには肩を並べ、上を見上げて立つ女性。視線の先は言わずもがな轟音の音源。性別は違えど、彼女は多くの戦いを共にした盟友だ。


 ……そうそう、あの頃(・・・)は女性が表舞台に立つなんて有り得なかったから、彼女はいつも男装をしていた。もちろん2018年(げんだい)にそんな規制などあるはずなく、彼女はその長い黒髪とピンクのパーカーを風になびかせる。


「おうともさ、ヤスマサ。千年経ってもやる事は変わらねェ。斬る、射つ、そんで祓う」


 俺は腰に下げた刀に手をか(・・・・・・・・・・)ける(・・)。かちゃり、と金属がぶつかる音。銃刀法違反? 知った事か。こちとらそんな法律が生まれる前から、刀振って生きてんだ。


「平安の世は酷かった。なにせ髪の毛を短くしないといけなかったでしょ。あの頃と違って自由に動けてる気がするだけマシかな」


 彼女もお気に入りの弓を握り、矢筒に手を伸ばす。つがえる矢尻の先は黒線の先。未だ落下し続ける一つの影。


「空から落ち、凶を告げる呪われた狗。唐土(もろこし)由来だろうがなんだろうが、構わず射落すよ」


 彼女の名は、藤原保昌(ふじわらのやすまさ)


 平安期に活躍した武人。その腕は都随一として、藤原四天王の一人にも数えられる。本人は『偶然が上手く重なっただけ』と語るが、10世紀末期から11世紀にかけて怪異の類を次々に討伐し、平和を守った影の立役者。


 弓術のみならず、和歌にも秀でた容姿端麗な男装の麗人。その性別が女性である事を知るのは、妻の和泉式部を含めた僅か数名のみ。


「あの戦から丁度千年。俺たちの眼が黒いうちは、手前にこの国は渡さねえ」


 俺は地平線の奥に見える、黒い山を見つめる。


 言わずと知れた名山、大江山。


 鬼の巣食う妖の山。酒呑童子の治めた魍魎の巣窟______だった場所。


 千年前、俺とヤスマサによって討伐されたはずの災厄。あれから怪異は姿を消し、平成の世には御伽噺、幻想の類となるはずだった。


 だが、今。その常識は綻び始めている。妖怪たちは当然のように、平安のあの頃のように姿を現し、昨日と変わらぬ今日はもろくも崩れ去った。


「我が名は源頼光(・・・)!! 鬼の総大将だろうがなんだろうが、向かうものは討ち亡ぼすのみ!」


 黒い線は止まる事なく落ち続ける。その名は<天狗>。中国にて畏れられた凶の前兆。


 この身が不死であるならば、その命続く限り、世を守るは俺の役目。


 さあ、妖怪退治の始まりだ。

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