帝都・幻想忌憚 ~ぼっちゲーマーの私は、『お姉さま』に導かれちゃうみたいです!?~
「ごきげんよう」「ごきげんよう」
澄み切った夏の青空に、女生徒たちの爽やかな声が響き渡る。
立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花――――。
ただ廊下を歩いているだけだというのに、かの女生徒たちの姿はなんと絵になること……!
穢れなき白の花園で育てられてきた彼女らの所作は、まさに姫君もかくやという美しさを誇っていた。
……しかし、そんな中――――。
「ちょっとお待ちなさい。アナタ、タイが曲がって――――」
“タイが曲がっていてよ” と、廊下を歩く少女の一人を呼び止め、服装の乱れを指摘しようとした上級生の姿があった。
それだけならこの学園ではよくあることだ。
先輩として、この伝統ある学園に通う淑女として、可愛い後輩の世話を焼くのは当然のことだからである。
……だがしかし。
「――――ッ!? ア、アナタは……っ!?」
ゆっくりと……鮮やかな赤髪を揺らして振り返った少女の顔を見て、上級生はようやく気づいた。
――――わ、私は『彼女』に、なんて気安く声をかけてしまったんだろう!?
中高一貫のこの学園にやってきた、唯一にして悪徳の編入生――――!
あぁ、少女の首元を見る前に、その顔を見てから言葉を選ぶべきだったのだと……!
……しかし、もう遅い。
その少女は特に気を悪くした様子もなく、ただ悠々と――――笑みを浮かべてこう言った。
「────何か?」
――――と。
「ひっ……ひぃぃっっっ!?」
その瞬間、普段の優雅な態度も忘れ、上級生は一気に怯え上がった。
何故なら……“彼女”の声色はまるで薄氷のように平淡でありながらも――――その微笑みは、まさに 悪 魔 の 如 き 苛烈さを宿したモノだったからである……ッ!
そして――――
「いっ、いえ!? なんでも、なんでもありませんわ! ごごっ、ごきげんようッッッ!」
上級生は、全力の早足で逃げ出した。
スカートのプリーツが乱れようと、セーラーの襟が翻ろうと、そんなことはどうでもいい!
まさに、牙を剥いた猛獣から逃げる小動物のように走り抜けていく上級生を後ろ目に――――
かの悪魔は、しょんぼりと自分でタイを直しながら呟いた。
「な、なんで逃げるのかなぁ……??」
……彼女の兄が聞き取っていたら、即座にこう返すだろう。
鏡 見 て か ら 言 え ッ !
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日差しの眩しい7月の下旬――――。
夢と希望にあふれた高校生活も第一学期が終わり、いよいよ夏休みがやってきた。
クラスメイトのお嬢様たちだって年がら年中ウフウフしながらピアノ弾いて紅茶すすってるわけでもなく、ある者は友人たちと共に夏のレジャーを楽しみ、ある者は仲間たちと共に部活動に精を出し、それぞれの青春を謳歌しようとしている。
……しかし、私はというと……。
「……で、妹。悩みって?」
「 友 達 が 出 来 な い ッ ! 」
「 お 、 お う ! ? 」
と、私のガチっぷりに吃ってしまうMy兄貴。
――――そう、ぶっちゃけると私は高校デビューに失敗したのであるッ!
なんでや!?
「なんでや!? じゃねーよ。まぁそらお前……自分でももうわかってるだろ?」
……うん。原因は、私の顔の怖さにあるらしい。
正確には笑った時の顔にとてつもなく凄み(・・)があると、執拗に聞き質したセバスチャンが言いづらそうに教えてくれた。
それが箱入りのお嬢様たちにとってはとんでもなく恐ろしいモノに見えたんじゃないか、と。
……ふ、ふざけるなよ淑女どもぉ!? この性格善良・品位方正にして平和主義者のガチ聖女たる私を捉まえて、ツラの皮一枚でハブってくれるだとアァン!?
「しかもしかも、私の家がゴクドーの旧家とか、あらぬ噂を流しちゃってくれてるんだよ!? そんなことないっつーの! パパは善良な政治家だっつーの!
ホントムカつく! カモンセバスチャン、ポテチ持ってきてッ!」
「へいっ、お嬢ッ! ただいまお待ちをッ!」
と、呼べば即座にやってくる執事のセバスチャン(本名:瀬場 剛三郎)。
うむ、くるしゅうない。……この通り、私だってお嬢様なんだぞー? ハブるなよぅ!
バリバリ!
「……なぁ妹? 色々ツッコミたいところはあるが、ス キ ン ヘ ッ ド の サ ン グ ラ ス に 入 れ 墨 だ ら け の執事って、なんかおかしいと思わないか? いい加減、現実を見たら――――」
ッ!? ……あ、兄貴……それは!
「――――あのさ、人のファッションに文句を言ったらダメだと思うよっ??」
「ってうるせぇボケッ!!!」
ひえっ!? 正論言ったらなんか怒られた!?
……そっかー、きっと兄貴のヤツも大学生活に失敗しちゃってカリカリしてるんだね……!
よーし、それならちょうどいい!
「――――おにいちゃん、私と一緒で友達いないでしょっ♪」
「いるけど」
「 い な い で し ょ ! ? 」
「お、おう!?」
ふふーんやっぱりねー! というわけでジャーンジャジャーン!
そう言って私が取り出したゲームこそ――――『帝都・幻想忌憚』!
何でも一週間くらい前にサービスを開始したばかりのMMORPGで、私が取り出したのはそのパッケージ版である!
「――――まぁそんなわけでハイこれ、兄貴の分も買ってきたー! これで他の人と……話すのはちょっとハードル高いからっ、まずはNPCってやつと会話して、コミュ力アップを狙っていこうってわけよ!
というわけで兄貴、付き合ってーっ!」
「い、いい! 遠慮しておく!」
なぬっ!?
「……オレは、あれだ! お前と違ってキャンパスライフが充実してるから、オンゲーなんてやるヒマないんだよ! ……つーかお前、いくらチカラを入れて作られてるからってNPCから学ぼうとか……」
う、うーん、そっかぁ……。
兄貴は「とにかく無理!」の一点張りで、オンラインゲームのマナー……というか人付き合いする上での一般的マナーをみっちり私に言い聞かせるとどこかへ出かけてしまった。そんなに嫌か。
はぁ……せっかく買ってきたんだし、また誘ってみよっと。
というわけで、しょうがないから今日は一人で――――って、ん?
そういえば兄貴のヤツ、なんでこのゲームのNPCがチカラ入れて作られてるとか知ってたわけ?




