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ELECT-MAGIC(2)


 合否発表は、ジョージとニーナが目を覚ましてから行われた。

 フレンディがジョージとニーナの筆記テストの結果を見ながらいう。

 「え~と…。筆記テストはぁ、350点満点中ジョージちゃん262点、ニーナくん287点。平凡っと…。でも基礎は出来てるわねぇ。筆記だけなら合格かどうか迷う所だけれど…」

 フレンディが一度言葉を区切ってから言う。

 「さすがニコちゃんの教え子ね? 実技テスト後分野合計500点満中ジョージちゃん遵法100点陣装操作80点応用技術95点対処能力75点気合80点で、合計430点! 高得点よいい子ねぇ~。ニーナくん遵法100点陣装操作82点応用技術98点対処能力85点気合100点の465点! 平均93点って言うすごい点数よ! 頑張ったにゃ? と言う訳で…。合格。良かったね~にゃ! 」

 フレンディの言葉から二番目の言葉にジョージとニーナは顔を見合わせ。

 「よっしゃー! 」

 「やったー! 」

 歓声を上げた。ニコルソンはそれを、フレンディの首を掴みながらうんうんと頷き見ていた。フレンディはニコルソンに首を掴まれたまま、キモチ悪さ全壊の笑みを浮かべ二人の所へ行こうともがいていた。

 ひとしきり喜びを感じた後。

 ニーナがフレンディ訊ねた。

 「さっき、流石は先生の教え子だって言ってましたけど、先生はそんなに成績優秀だったんですか? 『魔化体技』を作ったってことは教えてもらったんですけど…」

 初めてニーナから訊かれたからであろう。誰が見ても引く笑顔でフレンディはニーナに説明した。しかし説明が長すぎるのと、余計な言葉が入りすぎていたのでニーナは聴いた事をもう一度自分の頭の中で整理しなくてはならなかった。

 曰く。世界で始めて魔術による水の分解を成功させ、魔粒子論を発展させた。

 曰く。『魔化体技』を開発、体系化した。

 曰く。魔術都市発展にも大きく貢献し「魔術都市最大の功労者」と呼ばれる。

 曰く。15年前「飽きた」との理由で魔術都市を離れ。

 曰く。普通の人は飽きることなど会務であろう魔術都市を飽きたといったことかア、多くの人から憎まれている。

 因みに魔粒子論とは、この世は全て魔粒子で出来ている、と主張する学説の事。主論者のツンデレーエフとは、ニコルソンは仲がいいとか。

 ジョージとニーナはフレンディの説明が終わるとすぐに衿を掴まれ、

 「三日後から登校させるからな! 」

 戸の言葉の跡、引きずられて学院長室を出て行った。

 フレンディ独りになった学院長室に、

 「結局ニコルソンは『Almighty』の事を話さなかったか。まぁいい。それより遅延発動術式は報告どおりだったか。アレは中々面白そうだ」

 男の声が、響く。

 「テメェらなんかに分る訳無ぇんだよ! 技術を独占し、持って生まれた才能だけで世に出たテメェらにはなぁ! 」

 そして。

 それが引き金となったように、ニコルソンを取り囲む人々が一斉にニコルソンに殴りかかった。

 ジョージはやれやれと首を振り、腰の陣装に手を延ばした。

 そこで、ジョージとニーナはニコルソンの強さを見た。

 倒れる。昏倒する。卒倒する。蹴倒す。殴り倒す。斃れる。仆れる。

 まるでニコルソンの周りに球状の盾があるかのように、その球の中に入った者は例外無く倒れていく。。

 無論、ニコルソンは魔術を使っていない。使うそぶりさえ見せない。しかし、360度とは言わないが前方270度から襲い掛かる者達を、一人も逃さず一撃で倒していく。

 それはどこか、フレンディ流『魔化体技』に通じていた。いや、フレンディ流が近づくものを一撃で倒すと言う所に特化しているのかもしれなかった。

 ニコルソンと言う『魔化体技を生み出したもの本人の技術に、たとえ一分野だとしても追いつこうとした結果。一撃で無力化することにかけて並ぼうとしたその末に。

 近接最強と謳われるフレンディ流『魔化体技』があるのかもしれない

 ジョージがそんな事を考える間にも、人は倒れ、斃れ、仆れ、倒れ、、斃れ、仆れ。

 始めに話しかけた男一人が残った。

男は一歩、二歩と後ろへ下がり。10mほど距離をとる。その顔は驚き、恐怖に引きつり―――。

 そして、男は恐怖の演技をやめた。羽織っていた上着を脱ぎ捨て。その下のものを表した。

 それは。鎧であり、武器だった。

 装甲に身体強化機能をつけて、その固さと魔力で敵を一撃で仕留めるフレンディ流とは異なる思想。

 鎧は鎧、武器は武器。鎧の硬さと武器の強さを併せ持とうという思想。それでいて、応用性を増すために両手を開けておこうという考え。

 『動攻城塞』。分化した『魔化体技』の中でも異端とされる、カストル流が使う陣装の総称。ライフルの弾でさえ貫くことの出来ない鎧に、多種多様の攻性陣装を組み込んだ代物。その重量から腕を動かすのが精一杯、移動するならば後付けのキャタピラを必要とすることが、異端とされる理由だ。

 その『動攻城塞』を、男は上半身しか来ていなかった。つまり、キャタピラがついていない。ということは、移動が出来ないはずだが、下半身に着ないことによってその制限を外したのだろう。

 ここで初めて、ニコルソンの顔に変化があった。といっても、ぴくり、と眉を動かした程度だが。

 カストル流は、その性質から戦場では動員されやすい。目に見えて脅威とわかるからだ。そして、一撃あたりの攻撃力が、『魔化体技』の中では、一、二を争うからだ。

 「はーっはっは! テメェがそう言う返事をするのはわかってた。だから。だから、テメェに死んでもらうんだぜぇ! 悔しかったら俺をせ得してみろ! テメェが良く分るってほざいたその感情を説明してなぁ! 」

 「それは…」

 ニコルソンが口を開きかけた、その時。

 「7年2組在籍、ニコルソン・ピストール! 学内での無許可陣装装備は校則違反です! 直ちに止めなさい! 」

 放送が流れた。

 ニコルソン・ドッピーニは今流れた放送に出てきた人名を聴き。

 気付いた。

 ニコルソン・ピストールがここまでしてしまった理由に。

 そして、言いかけた口を閉じて、もう一度口を開いた。

 「君、すまなかった。」

 男―ニコルソン・ピストールは目を見開いた。

 「私と同じ名を背負ってしまったがために、そこまでしてしまうことになり、本当にすまない。」

 

――つまり、そう言うことだった。


 男の両親は、男が生まれた時、ニコルソン・ドッピーニにあやかろうとして「ニコルソン」と名づけた。

 しかし、ニコルソン・ドッピーニは魔術都市を離れた。物心ついてから、ずっとそのことを揶揄され続けたのだろう、ニコルソンに敵愾心を抱いた。

 それが、見当違いだと知りながら。

 ニコルソンを憎んでいる者の大半以上はそうだ。

 見当違いと知りながら、それでも安寧を破られた悲しみをぶつける対象に、ニコルソンを選んだ。

 そのことに、ニコルソン・ピストールは気付いたのだろう。

 だから、気付いているはずのニコルソン・ドッピーニに憎しみを、深く抱いたのだ。

 だから、気付いていないと知ったとき、あそこまでしたのだ。

 「すまなかった。君の人生、生きたいように生きてくれ」

 ニコルソン・ピストールは顔を覆った。がシャン! という大きい音がし、ニコルソン・ピストールが崩れ落ちた。。

 周りにいる沢山の人たちが、その様子を見ていた。


 陰の隊長と呼ばれていた男は、跪いていた。

 「『Almighty』の回収に失敗したそうだな」

 暗い部屋の中、隊長と呼ばれていた男の正面から声がする。

 男の声だった。男は、高圧的に話をする。

 「更に破壊までされ、修復不可能だと? お前でなければ首が飛んでいる。お前でも下に示しをつけるために罰を与えなければなるまい。」

 「しかし…。アレを防ぐことは不可能で…! 」

 隊長と呼ばれた男は反論する。 が、しかし。

 「だが任務に失敗したことは確かだろう。お前をただの一隊員へ降格させる。」

 「……はい…」

 夜の街の闇の中で。

 「だが、幸運なことに『Almighty』を持った奴らはこちらへ来ている。奴等が壊したものは偽物だ。残骸を解析した結果、判明した もう一度、リベンジだ。」

 「…はい! 」

 不穏な会話が、交わされていた。


 さて、ジョージとニーナが学院に行く三日後までに、ニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに謝罪したといううわさは誇張され、想像が入り混じり、変質していった。

 ニコルソン・ピストールが事実を話さなかったのも大きい所となる。

 「ニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに謝ってた。」

 これがまずうわさとして発生し、

 「え? 何で? 」

 「さぁ。でもニコルソン・ピストールは『動攻城砦』を装備するほど怒ってたらしいよ。」

 という会話が挟まり、

 「もしかして…求愛とかされたんじゃね? 」

 という妄想が混じり、結果的に。

 「ゲイであるニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに求愛し、激怒したニコルソン・ピストールに『動攻城塞』を向けられて慌てて謝った」

 という根も葉もない噂と成り上がった。

 さらに、

 「同年代の女子と男子がそこにいた。」

 「え! 男子のほうはもしかして」

 「いや、女子もありえる」

 と、

 「ニコルソン・ドッピーニはツバメを持っている」

 という、一部の人が知る噂をもたった。

 そんな中、パリ中央魔術学院にジョージとニーナは登校した。

 中央玄関に入ると、フレンディがこちらを呼んでいる。

 「ジョージちゃん、ニーナくん、こっちよ~! 」

 言われたままフレンディの先導に従い、教室へ向かう。4‐Bの教室へ。

 暫く歩くと、フレンディが立ち止まった。

 「今日からここが、ジョージちゃんとニーナくんが過ごす教室よ~! 頑張ってね 」

 そう言って、教室に入っていく。ジョージとニーナもついて入り、

 大音響の拍手で覆われた。


 つつがなく自己紹介を終えて担任教師から渡された時間割り表を見たジョージとニーナは、驚いてまずそれを凝視した。

 まず、一日7コマの授業が設けられている。

 村の中学では多くても五コマまでしかなかった。

 更に時間割の中に『魔術史』『魔術理論基礎』『陣創造配置』『魔術戦闘演習』などの魔術に関する授業が沢山あったのだ。

 驚きながらも、先生の指示に従い席に座る。ジョージは最左列後方、ニーナは中央列前方の席となった。

 未だ時間割り表の凝視を続けるジョージに、

 「ビックリしたでしょー」

 と、隣の席の女子から声がかかった。

 「私も地方出身だから初めてそれ見たときのビックリはわかるよー。なんてたって、多いもんね、授業ー。しかもぜんぜん知らない科目も沢山あるし、もー困ったって感じー。私はサスリー。よろしくー。」

 語尾を延ばす話し方をする女の子に、ジョージは

 「う…うん…。僕はジョージ、だよ…」

 と答えることしか出来なかった。

 「良かったらー。授業の内容について教えてあげようかー? 」

 更に言うサスリーの申し出に、ジョージは首うをカクカク言わせて了承した。


 ガン! 

 という音を立てて相手の斬撃を、ジョージは両腕前腕を覆うプロテクターで防御した。

 本日一時間目の授業は『魔術戦闘演習』。サスリーによれば『体育の授業みたいなもんだねー』だそうだ。

 しかし、ジョージは思う。

 (何が体育だよ、まるっきり殺し合いじゃないか! )

 と。

 魔術戦闘演習は、大きな体育館で、男女に別れペアを作り、30分間演習戦闘を続けるというものである。

 体育館は100×100メートルの広さがあるそうで、男女合計四十人、二十ペアが闘うのに不足しない広さなのだが、それぞれが自分の得意な闘い方をしようと動くので、一対一で闘っているはずなのに、混戦のような有様を見せる。

 それでもジョージはまだマシなほうだった。くじで決まった戦闘相手が近距離戦の戦い手だったのだ。

 テムラー・グリズリー。試合前の言葉が正しければ、シュヴァリー流魔化体技の使い手である。

 テムラーは、大上段から振り下ろした刃の無い模造剣を再び上段に持ち上げる。その剣は、恐ろしく太く、厚い。

 シュヴァリー流のシュヴァリーとは、人名ではない。ある生き方の事である。

 シュヴァリー流は、自らの得物を魔術で強化する。剣ならば切断力を、槍ならば貫通力を、鎚ならば打撃力を。

 そして、シュヴァリー流にはそれを扱う信念が存在する。

 

 騎士道(シェバリー)


 その名に恥じぬ騎士道精神で知られる、有名有力流派である。

 さて、この演習では一定以上の殺傷能力を持った陣装の使用は禁止されている。

 ニーナの『離鎚』、弾の金属部分を抜いていない『弾性発射』などそのラインはかなり下に設定されており、テムラーの本物の得物もそうしたチェックに引っかかり、使用されていないようだ。

 しかし模造剣でもそれは重い。実物とフィーリングが違わないよう調整された特注品なのだろう。剣の刃に当たる所があたれば骨折しそうな重さだ。

 上段に上げた模造剣を、テムラーは再び振り下ろす。真っ向への唐竹割り――と見せかけた薙ぎ払い! 

 ジョージはそれを後ろに下がって危なげなくかわし、右手で『突膨球体』をテムラーの顔へ、左手で大量の『誘倒膨球(フォールボール)』を足元へ投げる。

 テムラーはジョージに向かって進みながら『突膨球体』を切り飛ばそうとシ、

 「うおっ!」

 膨張した『突膨球体』に驚く。

 驚きで硬直した体に、ジョージは『誘倒膨球』の上を足を滑らせるように近づき、無防備な腹へ左の手掌を当てる。

 そこにあるのは二つ目の『突膨球体』。テムラーの体に当たると同時に膨張し、拳よりも大きな衝撃を与える。

 入学試験でジョージとニーナは、応用技術で高得点を取っていた。しかし、その応用の中でも二人の種類は違う。

 ニーナは、相手の動きをこちらに好都合な状況へ変える、対処能力寄りの応用技術。

 そして、ジョージは。

 自らが持つもの、周辺に存在するものの用法を相手の思いもしない用法に応用する。

 例えば。

 人を驚かせるための陣装を、攻撃用に転化させたり。

 「ぐうっ!」

 人を浮かさない程度の衝撃は、すべての衝撃をテムラーの体に伝える。ジョージはそのまま手掌を当てた反作用で足を滑らせるように後退し。

 「舐めるなぁぁぁぁ! ! 」

 それを追う様にテムラーが踏み込み、体重を乗せ。

 『誘倒膨球』が効果を表し、テムラーがバランスを崩す。。

 さて、重い剣を効果的に振るうにはどうしたらいいだろうか。

 そのための策として、三つが思いつく。

 一つ。筋肉を鍛える。当然ながら重い剣を軽いと感じるほど鍛えれば扱えるだろう。

 二つ。剣の重心を、軽く感じるよう調節する。そうすれば振るうことが出来るだろう。

 三つ。重さを遠心力として利用する威力を倍加すること。


 一つ目は、苦労、期間が伴う。

 二つ目は、調節するのが難しいため、利用されることは少ない。

 三つ目が、最も多く使用される手法である。

 では、テムラーはどの手法を用いてあの重い剣を振るっているのだろうか。

 服の上から見る限り、筋肉の異常な発達は認められないので一つ目は無い。

 残るは二つ目と三つ目なのだが、これら二つは見るだけで判断するのは難しい。

 しかし、テムラーの剣筋がどちらかを教えてくれた。

 一回目の唐竹割り。その剣筋が、地面に対し垂直に振り落とされていたのだ。

 普通、人の力で剣を振るう時は、しかも剣の道に対し初~中級者の時は、手の長さの違いなどで、どうしても振り下ろしは斜めになる。勿論その角度は小さいのだが、昇級試験などで看過することの出来ない差になることがしばしばある。

 しかし、それが無かった。

 と、言うことは三つ目。重さを活かし、重力、遠心力を利用しているということになる。

 そうとわかれば対策が出来る。重力や遠心力を利用しているということは、自分の力だけでまともに剣を振るうことが難しい、という事なのだから。勿論持ち上げる程度の事はできるだろうが、戦闘に使えるレベルのスピードには達さない。

 それが、一番分りやすいのは。

 斬り上げ。剣が下がりきり、一度持ち上げないと攻撃ができない時。

 具体的に言うならば。

 今のような、倒れかけて体勢が崩れ、剣先が地に着いているときである。

 テムラーは最早死に体。剣先が地面につけばいいと思っていたジョージの予想以上の結果だ。

 ジョージは大量の『誘倒膨球』の上を滑って進む。

 ジョージとニーナがあの戦いを経験する前。自分が転ばないよう編み出した技術だ。あたかもローラーの上を滑るように、滑らかに進む。

 テムラーの前にまで進み、『弾性発射』を頭に当てる。

 勝敗は決まった。

 一度勝敗が決まったペアは5分の休みと、同じく勝敗のついたペアと相手を交換する権利を得る。

 まだ戦闘演習が始まって数分しか経っていないので、勝敗のついたペアはいなかった。壁に背を付け座りこんだジョージに、同じく座ったテムラーが声をかけてきた。

 「強いんだな、お前。シュヴァリー流魔化体技初段の俺があっさり負けちまったよ。誰に教わったんだ? 我流とは言えども、体術の先生くらいいるんだろう? 」

 「う…、うん。教わったのはニコ…ニコルソン・ドッピーニ先生だよ。僕もここの学院長に教えてもらうまで、先生が凄い人だったとは知らなかったけど。」

 「ニコルソン・ドッピーニ!? 一つ訊くが、お前そっち系じゃないよな…? 」

 テムラーはジョージの答えに驚き、なにやらへんなことを聞いてくる。

 「そっち系って…?  多分違うと思うけど」

 が、ジョージの答えに安心したようで、今のやり取りは無かったようにはなし始めた。

 「違うならいいんだが…。チェッ! 何も知らずに『魔化体技』の開発者に習ってたって訳か…。そりゃ強いはずだぜ。俺もあの振りを止められることはそうそう無いからよ。」

 「でも、僕が習ったのは基本中の基本、殆ど心構えに近い所だけだって先生は言ってたけど…。実際、学院長先生には勝てなかったし」

 「こ、心構えだけであれかよ! お前、センスあるんじゃね? てか、学院長と戦ったって、どういうことだよ! あの先生殆ど姿見せないのに…どうだった? 」

 「変態だった。」

 「……?」

 そんな話をしているうち、五分はあっという間に過ぎ、2人はすっかり仲良くなった。

 「よろしく、ジョージ。俺はテムラーでいいぜ。」

 「あ…うん。テムラー。こちらこそよろしく。」

 2人は再び決着をつけるべく、体育館の広い所を目指す。

 良い好敵手を見つけた二人だった。


 時間は飛ぶように流れ、いつの間にか七時間目も終わっていた。

 サスリーとテムラーという友達を一日で手に入れることが出来たジョージは上機嫌で家に帰り。

 そして、どーん、と落ち込んでいるニーナを見つけた。

 「ニ、ニーナ!? どうしたの? 」

 慌ててニーナに声をかけると、

 「わたし、結構ひとりで出来ると思ってたけど、そうじゃなかったのね…。ぜんぜん、何も出来なかった…。…を作ることすら出来なかった…どうして…どうして…私って…!? 」

 暗い声が返ってきた。

 未だ体育ずわりでぶつぶつ言っているニーナにジョージがオロオロしていると、

 「友達どころか仲が良くなった子すら出来なかったらしい。」

 と、ニコルソンが教えてくれた。ジョージは何か暖かいモノを感じてニコルソンを見つめる。

 「……」

 「………」

 「…………」

 「……………」

 少したち、間に耐え切れなくなったようにニコルソンが口を開く。

 「な、何だ? 」

 ジョージはその声で我に帰ると、少し考えながらニコルソンの問いに答えた。

 「う、う~んと、なんか…家みたいでさ。住むとこ、とかじゃなくて皆が、家族がいる場所、みたいな。先生がお父さんで、お母さんは買物に行っていて、ニーナがお姉ちゃんで…。なんか村にあった静かな生活に戻ったような、戻ってないような。  なんか、心地良かったんだよ…」

 ニコルソンはその言葉の意味を考え。

 「じゃあお母さんを作ろうか? 私が結婚すればいいわけだが。」

 ジョージの言葉を現実にするか聞いた。

 「今はまだいいけど…そのうち、ね。」

 ジョージはそれに答え、安らぎを感じて。

 「そういえば、『Almighty』を使った試作陣、出来たぞ。見るか? 」

 ニコルソンの次の言葉に、それ以上の好奇心を覚えて立ち上がった。

 「うん、見るよ! 今のお父さんっぽい! 」

 「そうか…どうすればもっと父親らしくなるかな…。」

 二人が実験研究室に向かった後には、ニーナがぽつんと佇んでいた。


 『Almighty』は、あの戦いの引き金となった魔具である。

 高性能の魔具と謳われ、既存の魔具とは一線を画する。

 しかし、その用途はあくまで他の魔具の補助だと、ニコルソンはジョージに言う。

 「『Almighty』の使い方はいくつもあるが、分りやすいのは魔力の分配だ。一つの魔蓄地を『Almighty』につなぎ、それから複数の陣を『Almighty』に繋ぐ。そうすれば、一つの魔蓄地で複数の陣を使うことが出来る。」

 ニコルソンは『Almighty』に魔蓄地を繋ぎ、陣を繋ぐ。

 『Almighty』は、10センチから7センチほどの鉄板をベースとした魔具である。中央あたりに薄い立方体が三つ配置され、三辺に通体で出来た一センチほどの棒が垂直に刺さっている。棒は一辺に三列あり、その感覚は三ミリほどだ。それ以外の場所には緑色の不通体でコーティングがなされ、魔力が人体に流れないようになっている。普通の魔蓄地の魔力では人体に流れても影響は出ないため、魔蓄地の複数使用または高出力の魔蓄地を使用することを前提で設計されているようだ。

 ニコルソンは三列の棒の中、ANDと書かれている列とGNDと書かれているところに陣を構成するガーパを繋ぐ。ANDは陽極、つまり陰魔子が流れてくる方向、GNDは陰極、陰魔子が流れていく方向のことだ。

 すると、陣に繋がる魔具が光る。発光魔術陣を繋いだのだとジョージは気付いた。

 反対側の辺に刺さっている棒に、ニコルソンがまた陣を繋ぐ。

 今度は机の上にある歯車が回り始めた。動体魔術陣が繋がれたのだ。

 「このように、陣をつなげれば魔術が顕現する。ガーパに魔術顕現スイッチを加えれば、選択顕現が可能だ。」

 その結果を見て、ニコルソンが加えて説明する。

 「なるほど…。お、お父さん、さっき分りやすいのはって言ったけど、じゃあ『Almighty』の使い方は他にあるの? 」

 「父さん…? なんか照れるなぁ…。ああ、他にもある。といっても、分っているのはこの二つだけだが。有線遠隔操作盤の製作だ。」

 それを聞いて思ったことをジョージはニコルソンに訊く。さっきの一幕から二人とも家族を意識するようになり、照れながらの会話となった。

 「有線遠隔操作盤? なに、それ」

 「え~と、それを説明するには、魔術顕現スイッチの仕組みから解説せにゃならんな…。陣は円を描くように、魔力が循環するようガーパをつなげないといけない事は覚えているよな? 魔術顕現スイッチが何故魔術顕現をすることが出来るかというと、魔術顕現スイッチがガーパとガーパの接続をコントロールできるからだ。OFFの時はガーパとガーパを接触させないようにし、魔力が循環しないようにする。そうすると、魔術は顕現シない。しかしONにすると魔術顕現スイッチがガーパとガーパを接触させるから、魔力が循環し、魔術が顕現する。」

 ニコルソンの説明に、ジョージは聞いたことを整理し、確認する。

 「うーんと、つまり、魔術顕現スイッチはガーパの接触状態をコントロールして魔術を顕現させるってこと?」

 「正解だ。その理解でいい。それで、魔術顕現スイッチは二種類がある。レバー型とタッチ型だ。どちらが優れているということも無いから、用途で使い分けて使われる。レバー型は一度ONにすると、OFFににするまで魔力を流し続ける。常時顕現型陣装に使われる。あそこで使った離力発生陣装とかな。タッチ方はボタンのようなもので、押し込んでいる間だけ魔力が循環する。こっちのほうがお前たちに親しみがあるな。それで、有線遠隔操作盤はタッチ方の魔術顕現スイッチに、二本ではなく三本のガーパをつなぐ。普段、つまり押していない時は二本の間を魔力が循環しているだけだが、押されるとGNDに繋がっているガーパにではなく途分に繋げた三本目のガーパに魔力が流れる。それを『Almighty』が感知し、調整したとおりの陣に魔力を流し、魔術を顕現させる。」

 「なるほど! だから『Almighty』の棒は三列で刺さってるのか…!」

 ジョージが納得したように声を上げると、ニコルソンも頷いた。

 「そうだと私も思う。これを使えばこれまで数の少なかった組立機構を作ることが簡単になる。。タイミングを完全に制御できるからな。」

 「父さん、それは今出来ないの? 」

 ジョージが早く見たいとウズウズ聞くが。

 「今は無理だな。『Almighty』発明者から調整用の陣装を借りているんだが、まだ届いていない。調整が出来ないと、有線遠隔操作盤は作れない。…やはり照れるな、父さん呼ばわりは。」

 ニコルソンの言葉に、ジョージはすこししょんぼりとした様子になった。

 「おう、もうこんな時間か。晩飯にしないといけないな。ジョージ、何がいい?」

 気付けば、ジョージが帰ってきてから二時間が経過していた。ニコルソンがジョージに訊くと、ジョージは気を取り直して元気良く答える。

 「クリームシチュー! 」

 「そんなものでいいのか…安上がりだなぁ。」

 そんな事を話しながら部屋に引き返すと、ニーナがやっと復活した所だった。

 「先生、ジョージ…。わたし、頑張るよ! 」

 ニコルソンとジョージを認めたニーナが、声をかけてくる。

 ニコルソンとジョージは顔を見合わせ。

 「父さん、ニーナが復活したよ! 」

 「そうだな。お祝いに今日はクリームシチューにするか」

 「やったー! 」

 他愛も無い会話をした。

 「え? お父さん? そりゃそうだけど…。 どうなってるのー! 」

 唯一、一緒にいなかったニーナはそれを聞いて戸惑い。

 「クリームシチュー作ろうか。手伝うよな? ジョージ」

 「もちろん! 美味しくつくろうよ! 」

 「ちょっと…ちょっと…! 説明してよ! !? ? 」

 この日、三人は少し家族に近づいた。


 オレンジがかった白色の光が照らす石造りの部屋。

 そこには50は下らないだろう、机と椅子があり、子供が座っている。

 机の刺す先には一人の男が立ち、生徒に教鞭をとっている。

 これだけなら、少し格式のある学校だと納得できただろう。

 しかし、教鞭をとる若い男が発する言葉は。

 「陣を使った魔術発生の仕組みは、まず陣に繋いだ魔蓄地、または発魔機が中に在る陰魔子の集合体―魔力を発生させる。次にガーパを伝わらせ、魔力を循環させる。陰魔子が流れてくる端子を陽極、流れていくものを陰極と呼ぶ。魔具にたどり着いた魔力は魔具を流れ、反対側のガーパへ流れる。不思議に思うかもしれないが、魔具とは魔力が流れた時に何らかの現象を現すもののこと。例えて言うなら、水の流れが水車を回すような物だ。しかし、魔力も無限ではない。正確には魔力の流れは無限ではない。魔力の勢いが弱まれば、魔具が顕現する現象の規模も小さくなる。」

 「魔」がつく言葉の連呼。100年前ならば、黒魔法を教える邪悪な所と言われただろう。

(16回め…)

 ジョージは頭の中でカウントを一つ増やした。無論、「魔」といった回数のカウントだ。

 ここはパリ中央魔術学院。魔術の知らない人が見れば、ただの危ない所である。


 本日一限目の授業は『魔術理論基礎』だった。

 その通り基礎のみの授業だったが、ジョージとニナにとって知らないことが多かった。しかしそれは面白い授業であったことと同一ではない。授業の内容が面白そうなのと、授業そのものが面白いかどうかは無関係なのである。

 「詰まらない授業…。」

 ジョージが呟くと、それに律儀にサスリーが反応した。

 「そうなのよねー。あの先生、評判悪くてー。教え方が下手なんだよーl。けっこう知識自体はあるのにー。何も努力しなくてもすんなり理解できた天才型なのかなー。」

 「うん…。どうかは知らないけど、確かに面白くない授業だった。」

 ジョージがそう言うと、

 「だよねー。新入生のジョージがそう思うなら、やっぱりあの先生悪いんだー。」

 容赦なく評価を下した。


 授業をその後3回ほどこなし、昼休みとなった。

 学食へ向かおうとしたジョージは、ここでのルールを聞こうとサスリーに声をかけ、一緒に歩く。どうやら考えていたものと同じような仕組みらしく、ジョージは安堵の溜息をついた。

 学食で一番安い「日替わり定食A」を注文し、隣のカウンターで受け取る。サスリーと共に空席を探していると、二人に誰かが声をかけた。

 「ジョージ、サスリー! ここ空いてるぞ! 座ってけよ、食べるだろ! 」

 少し離れた四人掛けのテーブルに陣戸言っていたテムラーだった。ありがたくテムラーと反対側の椅子に座る。ジョージは机の下にショルダーバックを置いた。またジョージにはロッカーが割り当てられていない。

 「テムラー。あんた、ジョージと仲良かったのー? 」

 ジョージが食べ始めようとすると、サスリーがテムラーに聞いた。そういえばサスリーにテムラーのことを話してなかったな、とジョージはぼんやりと思う。

 「あぁ、昨日の戦闘演習でペアになってな。俺に勝ちやがった。まぁ、あのニコルソン・ドッピーニに闘い方を教わったらしいが。」

 「えー? ジョージ、テムラーに勝ったのー? ジョージは強いんだねぇー。テムラーは4‐Bの中で五本指に入る強さなんだよー。すごいねー! 」

 急に話を振られたジョージは、しかしそこまで慌てる事無く答える。

 「ぼくそこまでじゃないよ…。テムラー強いんだね、4年生は6クラスあるから、240人中30位以上か…。すごいなぁ…! でも、ニーナのほうがぼくより強いよ。」

 「いや、お前は俺に勝ったんだぞ? お前も30人の中には入ってるからな? 」

 テムラーの指摘にジョージが「それもそうか…! 」といっていると、サスリーが言う。

 「ニーナって、ジョージと一緒に転向してきたニーナ・ブロイの事ー? じゃあ出来るだけペアにならないと良いなぁー。私じゃ相手にすらならないよー。」

 「お前はどん臭いからなぁ。でももしペアになっても逃げるだけじゃ駄目だからな? せめて一矢報いろよ? いや、一魔術か」

 「うんー。頑張るよー! もしペアになったらねー。」

 「おう、がんばれ。」

 そんな会話を聞くうちに、ジョージはあることを思いつき、尋ねてみる。

 「テムラーとサスリーって、付き合ってるの? 」

 「ば…ばばば、馬鹿じゃねぇのか! ジョージ! 俺と、サスリーが、っっっっっつつつ付き合ってる? そんな訳ねぇだろ! 」

 ジョージが「付き合」といいかけたあたりでテムラーが急に大きな声を出した。その声が意味するのは否定の言葉。

 それを補足するように、普段と同じ口調でサスリーが言う。

 「うん、付き合ってないよー。私とテムラーがそう言う風に見えるのは、たぶん私達が幼馴染だからじゃないかなー。私達の家はおじいちゃんの世代からの付き合いでねー。もっと小さかった頃は良く遊んだねー。」

 「だ、だから俺とサスリーはなんでもないからな!? ただの幼馴染ってだけだから!」

 顔を美味様に赤くしたテムラーが強い語調で、しかし悲鳴を上げるように言う。だがサスリーは、それが当然とばかりに平然としていた。

 「テムラー、幼馴染ってだけでなんでもないわけじゃないと思う。幼馴染のカップルだって沢山いそうだし。」

 ジョージがそう指摘すると、テムラーは何も言えず口をあんぐりとあけた。ソレを横目で見ながらサスリーが口を開く。

 「テムラーは昔からこういうからかいに弱いのー。出来ればそういう話はしないでくれるとありがたいかなー。まぁ、他の人の話ならいいみたいだけどー。」

 「ともかく! 俺とサスリーは幼馴染ってだけで他は何も無いからな! …ところでジョージ、『Almighty』事件って知ってるか?」

 ジョージにもニーナという幼馴染がいることを先程話していたばかりだが、それを指摘することも忘れてテムラーは言った。その後のかなり強引な方向転換の内容にジョージは少し詰まる。が、なんとか無難な答えをジョージは引っ張り出し、声に出した。

 「新聞に載ってる事くらいなら。」

 テムラーはその答えに納得したようで、更に話す。

 「この前発表された魔具『Almighty』が持ち主に返還される途中でで行方不明になったとか…。『Almighty』を運んでいた運び屋も同時に行方不明。運び屋がネコババしたとか、運び屋ごと誰かが誘拐したとか、ゴシップは沢山あるけど、実際はどうなんだろうな…。」

 テムラーの一人語りを聞きながらも、ジョージの意識はニコルソンに言われたことを思い出していた。

 それは、馬車の上で、パリに引っ越す時に言われたことだった。

 「『Almighty』に関することは、世間では『Almighty』事件と呼称され、『Almighty』と運び屋ごと行方不明ということになっている。私は『遠方通信』を使って、『Almighty』製作者と話をし、事情を説明、この後の事を話し合った。その結果、『Almighty』の存在は一応伏せることになった。製作者がこの事件のほとぼりが冷めたころにもう一度作ればいい、と言っていた。複製はかなり難しいらしいが。」

 つまり、一度『Almighty』を世界から紛失させる、ということだ。そのために『Almighty』を世界で一番強いであろう、そして、世界で一番賢い研究者であろうニコルソンに預けるということ。それはジョージとニーナに『Almighty』のことを他人に話すな、という指示を出しているに等しかった。

 「ジョージ、聞いてるか? 」

 ジョージはテムラーの声で我に帰る。慌てて聞きなおすと、テムラーは言った。

 「ジョージは本当はどうだったと思う? 俺は運び屋がネコババしたっていう説だと思うんだが。」

 ジョージが何かを言う前にサスリーが口を開く。

 「テムラー、夢がなさすぎー。もっと面白いこと考えなよー。あっー」

 最後のはサスリーが何かを落としたときの声だ。サスリーは身を机の下に隠す。

 「うーん、もしかしたら第三者が運び屋を襲ったのかもしれないね…。」

 ジョージはテムラーに言った。

 ジョージのバックの中で、さっきまではなかった赤い光がちらりと輝いた。


 暗い部屋で、わずかにノイズの混じった声が響いた。

 響いた声は『蓄音発声』が蓄音し、陰の一員の男が聞いている。

 男は呟く。

 「暇だなぁ…。」

 男がこんな事をしているのは何故か。それは今日未明が発端だった。

 「『Almighty』奪還作戦を再び行う。今の俺は隊長ではないから有志だけでいいが、参加してくれるとありがたい。解析班が残骸を解析した結果、俺たちの目の前で壊された『Almighty』は偽物だったということだ。」

 陰元隊長がそう言った。

 ここは陰宿泊施設。陰は表に出ては困る上に、全員が鬼籍に入っているため、二十の忌みで大手を振って外を歩けない。そんな陰の隊員たちを収容するための建物だ。

 現在、陰の隊員数は98人。その三分の二にあたる62人がここに集まっている。残り36人は裏の病院にいるか他の任務に当たっている。

 「それで、参加してくれるものはいるか? 」

 陰元隊長が62人にそう聞くと、20人強が手を上げた。無論、全て先の『Almighty』回収任務についていたものだ。

 「今手を上げれば、俺のポケットマネーから追加で報酬を出すが? 」

 加えて陰元隊長が言うと、今度は更に30人あまりが手を上げる。 これでほぼ全員が加わった。

 「よし。まずは奪還襲撃予定地点、ニコルソン・ドッピーニ宅の情報収集だ。いかにあのニコルソン・ドッピーニの家だからといっても、臆することは無い。我等の力を終結すれば破れる壁だ。どんな手段を使っても集めろ! 」

 十分な人数が集まったと判断した陰元隊長が、指示を出す。人員は三分の一と三分の二に分割され、三分の二が情報集のための仕掛け、三分の一が情報の統合・整理を行うこととなった。

 男は情報の整理のほうへと廻された。

 そこで行う仕事とは、盗聴陣装が送る音声の中から有益、無益を選り分け、有益なものを保存することである。

 盗聴陣装というと実感がわかないだろうが、原理は中距離通信陣装と同じである。発された音を再現可能な波長に変換し、空気中にて伝導させる。それを受信用の陣装で受け取り、波長から音を再現する。ただ、通信陣装と違い、一方通行でしか音を送れない。その特性を利用したからこそ『盗聴』陣装なのだ。しかも、その分集音できる範囲を広げてある。

 この盗聴陣装を仕掛けられた当人は平和な会話しかしていない。いつ重要なことを言うかわからないが、言わないかもしれない。アメと鞭を使って盗聴陣装を仕掛けさせるのがいいが、聴いている方は退屈だと男は思う。

 暗い部屋に、ノイズ交じりの、平和な会話が響く。


 魔術について研究するものには三種類ある。

 一つ。魔術そのものを研究するもの、例えば、魔具は魔力を流す現象を顕現させるが、その現象を顕現できる魔具が自然に起きたその現象を観測すると魔力を発生させる、ということを考えたり。つまり、発光陣用の魔具に光を当てると魔具が魔力を発声させる、ということだ。

 二つ。魔術を発生させること事態に魅力を覚え、それをするために道具を作るもの。魔具や陣装の開発に励んでいる者達がこれに当たる。

 三つ目。魔術を利用して、世界の理に挑むもの。魔術から世界のあり方を解き明かすことを目的として動く者。例えば水を魔術によって二種の気体に分解出来たから、魔粒子論をくみ上げたもの。つまり、ツンデレーエフとか。

 その日、ジョージが家に帰ると、三社目の代表格が来訪していた。

 「ただいまー、父さん! 」

 ジョージが家のドアを開けると同時に声を出すと、明かにニころルソンのものではない声が返ってきた。

 「父君なら帰っていないようだぞ、餓鬼。そもそも何故餓鬼があいつの家に帰ってくるのだ。あいつは結婚などしていないはずだぞ」

 その声にジョージは聞き覚えは無く、油断無く構える。泥棒か? と推測しながらショルダーバックからいくつもの陣装を取り出し、ショルダーバックを投げ捨てる。魔術都市パリでの空き巣とは、技術の盗み出しと相場が決まっている。基本的に貧しいものは魔術都市で生きていけないからだ。そのため、泥棒も陣装で高度に武装している場合が多い。銃器よりも攻撃力、応用性が高く、携行性にも優れた攻勢陣装が手軽に手に入る弊害だろう。

 ニーナはまだ帰っていないらしい。昨日友達が作れないと落ち込んでいたから、今日は遅くまで努力しているのだろうか。どれにしてもニーナがいないというのは心細い、とジョージは無意識に思う。

 ジョージは息を潜め、足音を消して玄関から進む。目指すのはリビング。音が、声がしたであろう予想地点へ。右手には『弾性発射』左手には何も持たず、どんな状況にも対応できるようにする。

 泥棒は一人とは限らない。二人かもしれないし、三人かもしれない。でも先程声をかけてから物音は何も聞こえない。声がしたから一度動きを止めたのだろうか、とまで考え、ジョージは一つ疑問がわいた。

 泥棒なら何故返事をしたのだろうか。

 泥棒をするならばれないことが第一。声がしたら律儀に返事する必要は無い。むしろ黙って隠れ、隙を見て逃げたほうが合理的だ。

 ジョージがリビングへ通じるドアの前で、ドアを開けた後どうすればいいかオロオロと考えていると、玄関のドアがガチャンと開いた。

 咄嗟に振り返り、その人物を認めると、ジョージ派域を掃いた。入ってきた人物はニコルソンだったのだ。

 「父さん、リビングに知らない人が…。」

 ジョージが今までの事を説明すると、ニコルソンは一つ息を吐き、リビングのドアを開けた。

 そこにいたのは。

 リビングのテーブルと一緒に置いてある椅子に座っているのは。

 黒いスーツを着た男だった。しかしフレンディとは違い、きちんとスーツを着こなしており、ズボンも八分丈になっていない。僅かに、ほんの僅かにズボンの裾から覗く靴下も茶とピンクではなく、黒、ネクタイも濃い藍色だ。地味だが、確実、堅実な服装である。――勝手に家に上がりこんでさえいなければ。

 「ニコルソン。相変わらず君の家はセキュリティが強すぎはしないかね? 探査陣装――音波式で不整合地点を探すもの、人感センサ群、重量センサ、おまけに暮らしている者なら行くはずの無い場所での警報トラップ?」

 センサ、またはセンサ陣装とは、魔具を魔力を発生させるために使った陣装であり、唯一成功した遅延発動術式への突破口と呼ばれているものである。例えば男が言った人感センサ群の内ひとつ、人体放射熱感知センサ陣装は、20~30度ほどの熱を発生させる発熱陣用魔具を魔蓄地の代わりに組み込んである。人体が自然に発している20度後半から30度前半の熱が魔具に当たると、魔具が魔力を発生させる。それを組み込まれている方の陣が使って魔術を顕現させる。この場合魔力を発生させた魔具をセンサと呼ぶ。

 その用法上、見かけ上は遅く魔術が顕現しているように見えるが、当てはめた魔具にそれようの現象を観測させなければならず現象を起こすための陣装が遅延発動できないこと、さらに発生させる魔力量が少ないことから実用的な遅延発動術式とはいえない。

 実はジョージの作った『遅延発動Ⅰ式』は魔蓄池を外さず、センサの代わりにレバー・タッチ式の魔術顕現スイッチをそうとはわからない形で組み込んでいる物である。そのため、魔蓄池の魔力が使え、一度の外部衝撃で陣の通りに魔術を顕現させることが出来る。しかしこれは普通の陣装の発動方式と同じなので、あまり大手を振って『遅延発動術式』とはいえない。真にいえるのはⅡ式だけである。

 男のそのセリフを聞いて、ニコルソンは呆れたようにいう。

 「やはりか、ツンデレーエフ。君は変わってないね、人の家に勝手に忍び込む所とか。それで、今日は何の用だ? 」

 それを聞いて、ツンデレーエフと呼ばれた人物がジョージに向かって口を開いた。

 「俺はツンデレーエフだ。ニコルソンとは旧知の仲。よろしく、餓鬼」

 「ジョージ、私はツンデレーエフと話をしているから、二階で宿題でもやっていなさい。今からあまり口外できない話をする。用があったら呼ぶから。」

 ニコルソンが、ツンデレーエフの言葉に続けて言う。

 「わかったよ、父さん」

 ジョージはそう言い、素直にリビングから出た。トントントントン、とジョージが階段を駆け上がる。

 「それで、今日は何の用だ? 」

 その声を聞いてからニコルソンがツンデレーエフに訊くと、ニヤけた顔でツンデレーエフが答える。

 「決まってるよ! 君の帰還を祝いに来たんだよ! 」

 ツンデレーエフの口調がガラリと変わった。それは先までの硬い口調から砕けた、柔かい口調に変わっていた。

 ニコルソンがジョージに席を外させたのはこのためだった。ツンデレーエフはニコルソン以外にこの口調を聞かれることを嫌がるのだ。口調が少年っぽいのを自覚しているのかもしれない。

 「それはいいんだが、家に忍び込むのは止めてくれと以前から言っているだろう。今日は何故かとセンサ群の誤警報が多いし、警備の刷新をしようとしていたところだったんだぞ。」

 「ごめんごめん! で、おめでとう! 君が無事パリに帰ってこれて、ぼくは嬉しいよ! それで、最近の成果はどうだい? 魔粒子論の発達に繋がるような発見はあった? それに警備の刷新といっても、同じ種類のセンサ陣装を配置し直すだけだろう? 」

 口調の変化と共に一人称まで変化したツンデレーエフ。わいわい騒ぐ二人だが、ツンデレーエフは確実にこの家の警備を突破している。警備が旧型になったか、近いうちに組み直しが必要だな、とニコルソンは頭の片隅で考える。

 そしてリビングの角には、ジョージが持ってきて、更に二階に持っていくのを忘れたショルダーバックが静かに鎮座していた。

 男の声が、響く。

 「テメェらなんかに分る訳無ぇんだよ! 技術を独占し、持って生まれた才能だけで世に出たテメェらにはなぁ! 」

 そして。

 それが引き金となったように、ニコルソンを取り囲む人々が一斉にニコルソンに殴りかかった。

 ジョージはやれやれと首を振り、腰の陣装に手を延ばした。

 そこで、ジョージとニーナはニコルソンの強さを見た。

 倒れる。昏倒する。卒倒する。蹴倒す。殴り倒す。斃れる。仆れる。

 まるでニコルソンの周りに球状の盾があるかのように、その球の中に入った者は例外無く倒れていく。。

 無論、ニコルソンは魔術を使っていない。使うそぶりさえ見せない。しかし、360度とは言わないが前方270度から襲い掛かる者達を、一人も逃さず一撃で倒していく。

 それはどこか、フレンディ流『魔化体技』に通じていた。いや、フレンディ流が近づくものを一撃で倒すと言う所に特化しているのかもしれなかった。

 ニコルソンと言う『魔化体技を生み出したもの本人の技術に、たとえ一分野だとしても追いつこうとした結果。一撃で無力化することにかけて並ぼうとしたその末に。

 近接最強と謳われるフレンディ流『魔化体技』があるのかもしれない

 ジョージがそんな事を考える間にも、人は倒れ、斃れ、仆れ、倒れ、、斃れ、仆れ。

 始めに話しかけた男一人が残った。

男は一歩、二歩と後ろへ下がり。10mほど距離をとる。その顔は驚き、恐怖に引きつり―――。

 そして、男は恐怖の演技をやめた。羽織っていた上着を脱ぎ捨て。その下のものを表した。

 それは。鎧であり、武器だった。

 装甲に身体強化機能をつけて、その固さと魔力で敵を一撃で仕留めるフレンディ流とは異なる思想。

 鎧は鎧、武器は武器。鎧の硬さと武器の強さを併せ持とうという思想。それでいて、応用性を増すために両手を開けておこうという考え。

 『動攻城塞』。分化した『魔化体技』の中でも異端とされる、カストル流が使う陣装の総称。ライフルの弾でさえ貫くことの出来ない鎧に、多種多様の攻性陣装を組み込んだ代物。その重量から腕を動かすのが精一杯、移動するならば後付けのキャタピラを必要とすることが、異端とされる理由だ。

 その『動攻城塞』を、男は上半身しか来ていなかった。つまり、キャタピラがついていない。ということは、移動が出来ないはずだが、下半身に着ないことによってその制限を外したのだろう。

 ここで初めて、ニコルソンの顔に変化があった。といっても、ぴくり、と眉を動かした程度だが。

 カストル流は、その性質から戦場では動員されやすい。目に見えて脅威とわかるからだ。そして、一撃あたりの攻撃力が、『魔化体技』の中では、一、二を争うからだ。

 「はーっはっは! テメェがそう言う返事をするのはわかってた。だから。だから、テメェに死んでもらうんだぜぇ! 悔しかったら俺をせ得してみろ! テメェが良く分るってほざいたその感情を説明してなぁ! 」

 「それは…」

 ニコルソンが口を開きかけた、その時。

 「7年2組在籍、ニコルソン・ピストール! 学内での無許可陣装装備は校則違反です! 直ちに止めなさい! 」

 放送が流れた。

 ニコルソン・ドッピーニは今流れた放送に出てきた人名を聴き。

 気付いた。

 ニコルソン・ピストールがここまでしてしまった理由に。

 そして、言いかけた口を閉じて、もう一度口を開いた。

 「君、すまなかった。」

 男―ニコルソン・ピストールは目を見開いた。

 「私と同じ名を背負ってしまったがために、そこまでしてしまうことになり、本当にすまない。」

 

――つまり、そう言うことだった。


 男の両親は、男が生まれた時、ニコルソン・ドッピーニにあやかろうとして「ニコルソン」と名づけた。

 しかし、ニコルソン・ドッピーニは魔術都市を離れた。物心ついてから、ずっとそのことを揶揄され続けたのだろう、ニコルソンに敵愾心を抱いた。

 それが、見当違いだと知りながら。

 ニコルソンを憎んでいる者の大半以上はそうだ。

 見当違いと知りながら、それでも安寧を破られた悲しみをぶつける対象に、ニコルソンを選んだ。

 そのことに、ニコルソン・ピストールは気付いたのだろう。

 だから、気付いているはずのニコルソン・ドッピーニに憎しみを、深く抱いたのだ。

 だから、気付いていないと知ったとき、あそこまでしたのだ。

 「すまなかった。君の人生、生きたいように生きてくれ」

 ニコルソン・ピストールは顔を覆った。がシャン! という大きい音がし、ニコルソン・ピストールが崩れ落ちた。。

 周りにいる沢山の人たちが、その様子を見ていた。


 陰の隊長と呼ばれていた男は、跪いていた。

 「『Almighty』の回収に失敗したそうだな」

 暗い部屋の中、隊長と呼ばれていた男の正面から声がする。

 男の声だった。男は、高圧的に話をする。

 「更に破壊までされ、修復不可能だと? お前でなければ首が飛んでいる。お前でも下に示しをつけるために罰を与えなければなるまい。」

 「しかし…。アレを防ぐことは不可能で…! 」

 隊長と呼ばれた男は反論する。 が、しかし。

 「だが任務に失敗したことは確かだろう。お前をただの一隊員へ降格させる。」

 「……はい…」

 夜の街の闇の中で。

 「だが、幸運なことに『Almighty』を持った奴らはこちらへ来ている。奴等が壊したものは偽物だ。残骸を解析した結果、判明した もう一度、リベンジだ。」

 「…はい! 」

 不穏な会話が、交わされていた。


 さて、ジョージとニーナが学院に行く三日後までに、ニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに謝罪したといううわさは誇張され、想像が入り混じり、変質していった。

 ニコルソン・ピストールが事実を話さなかったのも大きい所となる。

 「ニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに謝ってた。」

 これがまずうわさとして発生し、

 「え? 何で? 」

 「さぁ。でもニコルソン・ピストールは『動攻城砦』を装備するほど怒ってたらしいよ。」

 という会話が挟まり、

 「もしかして…求愛とかされたんじゃね? 」

 という妄想が混じり、結果的に。

 「ゲイであるニコルソン・ドッピーニがニコルソン・ピストールに求愛し、激怒したニコルソン・ピストールに『動攻城塞』を向けられて慌てて謝った」

 という根も葉もない噂と成り上がった。

 さらに、

 「同年代の女子と男子がそこにいた。」

 「え! 男子のほうはもしかして」

 「いや、女子もありえる」

 と、

 「ニコルソン・ドッピーニはツバメを持っている」

 という、一部の人が知る噂をもたった。

 そんな中、パリ中央魔術学院にジョージとニーナは登校した。

 中央玄関に入ると、フレンディがこちらを呼んでいる。

 「ジョージちゃん、ニーナくん、こっちよ~! 」

 言われたままフレンディの先導に従い、教室へ向かう。4‐Bの教室へ。

 暫く歩くと、フレンディが立ち止まった。

 「今日からここが、ジョージちゃんとニーナくんが過ごす教室よ~! 頑張ってね 」

 そう言って、教室に入っていく。ジョージとニーナもついて入り、

 大音響の拍手で覆われた。


 つつがなく自己紹介を終えて担任教師から渡された時間割り表を見たジョージとニーナは、驚いてまずそれを凝視した。

 まず、一日7コマの授業が設けられている。

 村の中学では多くても五コマまでしかなかった。

 更に時間割の中に『魔術史』『魔術理論基礎』『陣創造配置』『魔術戦闘演習』などの魔術に関する授業が沢山あったのだ。

 驚きながらも、先生の指示に従い席に座る。ジョージは最左列後方、ニーナは中央列前方の席となった。

 未だ時間割り表の凝視を続けるジョージに、

 「ビックリしたでしょー」

 と、隣の席の女子から声がかかった。

 「私も地方出身だから初めてそれ見たときのビックリはわかるよー。なんてたって、多いもんね、授業ー。しかもぜんぜん知らない科目も沢山あるし、もー困ったって感じー。私はサスリー。よろしくー。」

 語尾を延ばす話し方をする女の子に、ジョージは

 「う…うん…。僕はジョージ、だよ…」

 と答えることしか出来なかった。

 「良かったらー。授業の内容について教えてあげようかー? 」

 更に言うサスリーの申し出に、ジョージは首うをカクカク言わせて了承した。


 ガン! 

 という音を立てて相手の斬撃を、ジョージは両腕前腕を覆うプロテクターで防御した。

 本日一時間目の授業は『魔術戦闘演習』。サスリーによれば『体育の授業みたいなもんだねー』だそうだ。

 しかし、ジョージは思う。

 (何が体育だよ、まるっきり殺し合いじゃないか! )

 と。

 魔術戦闘演習は、大きな体育館で、男女に別れペアを作り、30分間演習戦闘を続けるというものである。

 体育館は100×100メートルの広さがあるそうで、男女合計四十人、二十ペアが闘うのに不足しない広さなのだが、それぞれが自分の得意な闘い方をしようと動くので、一対一で闘っているはずなのに、混戦のような有様を見せる。

 それでもジョージはまだマシなほうだった。くじで決まった戦闘相手が近距離戦の戦い手だったのだ。

 テムラー・グリズリー。試合前の言葉が正しければ、シュヴァリー流魔化体技の使い手である。

 テムラーは、大上段から振り下ろした刃の無い模造剣を再び上段に持ち上げる。その剣は、恐ろしく太く、厚い。

 シュヴァリー流のシュヴァリーとは、人名ではない。ある生き方の事である。

 シュヴァリー流は、自らの得物を魔術で強化する。剣ならば切断力を、槍ならば貫通力を、鎚ならば打撃力を。

 そして、シュヴァリー流にはそれを扱う信念が存在する。

 

 騎士道(シェバリー)


 その名に恥じぬ騎士道精神で知られる、有名有力流派である。

 さて、この演習では一定以上の殺傷能力を持った陣装の使用は禁止されている。

 ニーナの『離鎚』、弾の金属部分を抜いていない『弾性発射』などそのラインはかなり下に設定されており、テムラーの本物の得物もそうしたチェックに引っかかり、使用されていないようだ。

 しかし模造剣でもそれは重い。実物とフィーリングが違わないよう調整された特注品なのだろう。剣の刃に当たる所があたれば骨折しそうな重さだ。

 上段に上げた模造剣を、テムラーは再び振り下ろす。真っ向への唐竹割り――と見せかけた薙ぎ払い! 

 ジョージはそれを後ろに下がって危なげなくかわし、右手で『突膨球体』をテムラーの顔へ、左手で大量の『誘倒膨球(フォールボール)』を足元へ投げる。

 テムラーはジョージに向かって進みながら『突膨球体』を切り飛ばそうとシ、

 「うおっ!」

 膨張した『突膨球体』に驚く。

 驚きで硬直した体に、ジョージは『誘倒膨球』の上を足を滑らせるように近づき、無防備な腹へ左の手掌を当てる。

 そこにあるのは二つ目の『突膨球体』。テムラーの体に当たると同時に膨張し、拳よりも大きな衝撃を与える。

 入学試験でジョージとニーナは、応用技術で高得点を取っていた。しかし、その応用の中でも二人の種類は違う。

 ニーナは、相手の動きをこちらに好都合な状況へ変える、対処能力寄りの応用技術。

 そして、ジョージは。

 自らが持つもの、周辺に存在するものの用法を相手の思いもしない用法に応用する。

 例えば。

 人を驚かせるための陣装を、攻撃用に転化させたり。

 「ぐうっ!」

 人を浮かさない程度の衝撃は、すべての衝撃をテムラーの体に伝える。ジョージはそのまま手掌を当てた反作用で足を滑らせるように後退し。

 「舐めるなぁぁぁぁ! ! 」

 それを追う様にテムラーが踏み込み、体重を乗せ。

 『誘倒膨球』が効果を表し、テムラーがバランスを崩す。。

 さて、重い剣を効果的に振るうにはどうしたらいいだろうか。

 そのための策として、三つが思いつく。

 一つ。筋肉を鍛える。当然ながら重い剣を軽いと感じるほど鍛えれば扱えるだろう。

 二つ。剣の重心を、軽く感じるよう調節する。そうすれば振るうことが出来るだろう。

 三つ。重さを遠心力として利用する威力を倍加すること。


 一つ目は、苦労、期間が伴う。

 二つ目は、調節するのが難しいため、利用されることは少ない。

 三つ目が、最も多く使用される手法である。

 では、テムラーはどの手法を用いてあの重い剣を振るっているのだろうか。

 服の上から見る限り、筋肉の異常な発達は認められないので一つ目は無い。

 残るは二つ目と三つ目なのだが、これら二つは見るだけで判断するのは難しい。

 しかし、テムラーの剣筋がどちらかを教えてくれた。

 一回目の唐竹割り。その剣筋が、地面に対し垂直に振り落とされていたのだ。

 普通、人の力で剣を振るう時は、しかも剣の道に対し初~中級者の時は、手の長さの違いなどで、どうしても振り下ろしは斜めになる。勿論その角度は小さいのだが、昇級試験などで看過することの出来ない差になることがしばしばある。

 しかし、それが無かった。

 と、言うことは三つ目。重さを活かし、重力、遠心力を利用しているということになる。

 そうとわかれば対策が出来る。重力や遠心力を利用しているということは、自分の力だけでまともに剣を振るうことが難しい、という事なのだから。勿論持ち上げる程度の事はできるだろうが、戦闘に使えるレベルのスピードには達さない。

 それが、一番分りやすいのは。

 斬り上げ。剣が下がりきり、一度持ち上げないと攻撃ができない時。

 具体的に言うならば。

 今のような、倒れかけて体勢が崩れ、剣先が地に着いているときである。

 テムラーは最早死に体。剣先が地面につけばいいと思っていたジョージの予想以上の結果だ。

 ジョージは大量の『誘倒膨球』の上を滑って進む。

 ジョージとニーナがあの戦いを経験する前。自分が転ばないよう編み出した技術だ。あたかもローラーの上を滑るように、滑らかに進む。

 テムラーの前にまで進み、『弾性発射』を頭に当てる。

 勝敗は決まった。

 一度勝敗が決まったペアは5分の休みと、同じく勝敗のついたペアと相手を交換する権利を得る。

 まだ戦闘演習が始まって数分しか経っていないので、勝敗のついたペアはいなかった。壁に背を付け座りこんだジョージに、同じく座ったテムラーが声をかけてきた。

 「強いんだな、お前。シュヴァリー流魔化体技初段の俺があっさり負けちまったよ。誰に教わったんだ? 我流とは言えども、体術の先生くらいいるんだろう? 」

 「う…、うん。教わったのはニコ…ニコルソン・ドッピーニ先生だよ。僕もここの学院長に教えてもらうまで、先生が凄い人だったとは知らなかったけど。」

 「ニコルソン・ドッピーニ!? 一つ訊くが、お前そっち系じゃないよな…? 」

 テムラーはジョージの答えに驚き、なにやらへんなことを聞いてくる。

 「そっち系って…?  多分違うと思うけど」

 が、ジョージの答えに安心したようで、今のやり取りは無かったようにはなし始めた。

 「違うならいいんだが…。チェッ! 何も知らずに『魔化体技』の開発者に習ってたって訳か…。そりゃ強いはずだぜ。俺もあの振りを止められることはそうそう無いからよ。」

 「でも、僕が習ったのは基本中の基本、殆ど心構えに近い所だけだって先生は言ってたけど…。実際、学院長先生には勝てなかったし」

 「こ、心構えだけであれかよ! お前、センスあるんじゃね? てか、学院長と戦ったって、どういうことだよ! あの先生殆ど姿見せないのに…どうだった? 」

 「変態だった。」

 「……?」

 そんな話をしているうち、五分はあっという間に過ぎ、2人はすっかり仲良くなった。

 「よろしく、ジョージ。俺はテムラーでいいぜ。」

 「あ…うん。テムラー。こちらこそよろしく。」

 2人は再び決着をつけるべく、体育館の広い所を目指す。

 良い好敵手を見つけた二人だった。


 時間は飛ぶように流れ、いつの間にか七時間目も終わっていた。

 サスリーとテムラーという友達を一日で手に入れることが出来たジョージは上機嫌で家に帰り。

 そして、どーん、と落ち込んでいるニーナを見つけた。

 「ニ、ニーナ!? どうしたの? 」

 慌ててニーナに声をかけると、

 「わたし、結構ひとりで出来ると思ってたけど、そうじゃなかったのね…。ぜんぜん、何も出来なかった…。…を作ることすら出来なかった…どうして…どうして…私って…!? 」

 暗い声が返ってきた。

 未だ体育ずわりでぶつぶつ言っているニーナにジョージがオロオロしていると、

 「友達どころか仲が良くなった子すら出来なかったらしい。」

 と、ニコルソンが教えてくれた。ジョージは何か暖かいモノを感じてニコルソンを見つめる。

 「……」

 「………」

 「…………」

 「……………」

 少したち、間に耐え切れなくなったようにニコルソンが口を開く。

 「な、何だ? 」

 ジョージはその声で我に帰ると、少し考えながらニコルソンの問いに答えた。

 「う、う~んと、なんか…家みたいでさ。住むとこ、とかじゃなくて皆が、家族がいる場所、みたいな。先生がお父さんで、お母さんは買物に行っていて、ニーナがお姉ちゃんで…。なんか村にあった静かな生活に戻ったような、戻ってないような。  なんか、心地良かったんだよ…」

 ニコルソンはその言葉の意味を考え。

 「じゃあお母さんを作ろうか? 私が結婚すればいいわけだが。」

 ジョージの言葉を現実にするか聞いた。

 「今はまだいいけど…そのうち、ね。」

 ジョージはそれに答え、安らぎを感じて。

 「そういえば、『Almighty』を使った試作陣、出来たぞ。見るか? 」

 ニコルソンの次の言葉に、それ以上の好奇心を覚えて立ち上がった。

 「うん、見るよ! 今のお父さんっぽい! 」

 「そうか…どうすればもっと父親らしくなるかな…。」

 二人が実験研究室に向かった後には、ニーナがぽつんと佇んでいた。


 『Almighty』は、あの戦いの引き金となった魔具である。

 高性能の魔具と謳われ、既存の魔具とは一線を画する。

 しかし、その用途はあくまで他の魔具の補助だと、ニコルソンはジョージに言う。

 「『Almighty』の使い方はいくつもあるが、分りやすいのは魔力の分配だ。一つの魔蓄地を『Almighty』につなぎ、それから複数の陣を『Almighty』に繋ぐ。そうすれば、一つの魔蓄地で複数の陣を使うことが出来る。」

 ニコルソンは『Almighty』に魔蓄地を繋ぎ、陣を繋ぐ。

 『Almighty』は、10センチから7センチほどの鉄板をベースとした魔具である。中央あたりに薄い立方体が三つ配置され、三辺に通体で出来た一センチほどの棒が垂直に刺さっている。棒は一辺に三列あり、その感覚は三ミリほどだ。それ以外の場所には緑色の不通体でコーティングがなされ、魔力が人体に流れないようになっている。普通の魔蓄地の魔力では人体に流れても影響は出ないため、魔蓄地の複数使用または高出力の魔蓄地を使用することを前提で設計されているようだ。

 ニコルソンは三列の棒の中、ANDと書かれている列とGNDと書かれているところに陣を構成するガーパを繋ぐ。ANDは陽極、つまり陰魔子が流れてくる方向、GNDは陰極、陰魔子が流れていく方向のことだ。

 すると、陣に繋がる魔具が光る。発光魔術陣を繋いだのだとジョージは気付いた。

 反対側の辺に刺さっている棒に、ニコルソンがまた陣を繋ぐ。

 今度は机の上にある歯車が回り始めた。動体魔術陣が繋がれたのだ。

 「このように、陣をつなげれば魔術が顕現する。ガーパに魔術顕現スイッチを加えれば、選択顕現が可能だ。」

 その結果を見て、ニコルソンが加えて説明する。

 「なるほど…。お、お父さん、さっき分りやすいのはって言ったけど、じゃあ『Almighty』の使い方は他にあるの? 」

 「父さん…? なんか照れるなぁ…。ああ、他にもある。といっても、分っているのはこの二つだけだが。有線遠隔操作盤の製作だ。」

 それを聞いて思ったことをジョージはニコルソンに訊く。さっきの一幕から二人とも家族を意識するようになり、照れながらの会話となった。

 「有線遠隔操作盤? なに、それ」

 「え~と、それを説明するには、魔術顕現スイッチの仕組みから解説せにゃならんな…。陣は円を描くように、魔力が循環するようガーパをつなげないといけない事は覚えているよな? 魔術顕現スイッチが何故魔術顕現をすることが出来るかというと、魔術顕現スイッチがガーパとガーパの接続をコントロールできるからだ。OFFの時はガーパとガーパを接触させないようにし、魔力が循環しないようにする。そうすると、魔術は顕現シない。しかしONにすると魔術顕現スイッチがガーパとガーパを接触させるから、魔力が循環し、魔術が顕現する。」

 ニコルソンの説明に、ジョージは聞いたことを整理し、確認する。

 「うーんと、つまり、魔術顕現スイッチはガーパの接触状態をコントロールして魔術を顕現させるってこと?」

 「正解だ。その理解でいい。それで、魔術顕現スイッチは二種類がある。レバー型とタッチ型だ。どちらが優れているということも無いから、用途で使い分けて使われる。レバー型は一度ONにすると、OFFににするまで魔力を流し続ける。常時顕現型陣装に使われる。あそこで使った離力発生陣装とかな。タッチ方はボタンのようなもので、押し込んでいる間だけ魔力が循環する。こっちのほうがお前たちに親しみがあるな。それで、有線遠隔操作盤はタッチ方の魔術顕現スイッチに、二本ではなく三本のガーパをつなぐ。普段、つまり押していない時は二本の間を魔力が循環しているだけだが、押されるとGNDに繋がっているガーパにではなく途分に繋げた三本目のガーパに魔力が流れる。それを『Almighty』が感知し、調整したとおりの陣に魔力を流し、魔術を顕現させる。」

 「なるほど! だから『Almighty』の棒は三列で刺さってるのか…!」

 ジョージが納得したように声を上げると、ニコルソンも頷いた。

 「そうだと私も思う。これを使えばこれまで数の少なかった組立機構を作ることが簡単になる。。タイミングを完全に制御できるからな。」

 「父さん、それは今出来ないの? 」

 ジョージが早く見たいとウズウズ聞くが。

 「今は無理だな。『Almighty』発明者から調整用の陣装を借りているんだが、まだ届いていない。調整が出来ないと、有線遠隔操作盤は作れない。…やはり照れるな、父さん呼ばわりは。」

 ニコルソンの言葉に、ジョージはすこししょんぼりとした様子になった。

 「おう、もうこんな時間か。晩飯にしないといけないな。ジョージ、何がいい?」

 気付けば、ジョージが帰ってきてから二時間が経過していた。ニコルソンがジョージに訊くと、ジョージは気を取り直して元気良く答える。

 「クリームシチュー! 」

 「そんなものでいいのか…安上がりだなぁ。」

 そんな事を話しながら部屋に引き返すと、ニーナがやっと復活した所だった。

 「先生、ジョージ…。わたし、頑張るよ! 」

 ニコルソンとジョージを認めたニーナが、声をかけてくる。

 ニコルソンとジョージは顔を見合わせ。

 「父さん、ニーナが復活したよ! 」

 「そうだな。お祝いに今日はクリームシチューにするか」

 「やったー! 」

 他愛も無い会話をした。

 「え? お父さん? そりゃそうだけど…。 どうなってるのー! 」

 唯一、一緒にいなかったニーナはそれを聞いて戸惑い。

 「クリームシチュー作ろうか。手伝うよな? ジョージ」

 「もちろん! 美味しくつくろうよ! 」

 「ちょっと…ちょっと…! 説明してよ! !? ? 」

 この日、三人は少し家族に近づいた。


 オレンジがかった白色の光が照らす石造りの部屋。

 そこには50は下らないだろう、机と椅子があり、子供が座っている。

 机の刺す先には一人の男が立ち、生徒に教鞭をとっている。

 これだけなら、少し格式のある学校だと納得できただろう。

 しかし、教鞭をとる若い男が発する言葉は。

 「陣を使った魔術発生の仕組みは、まず陣に繋いだ魔蓄地、または発魔機が中に在る陰魔子の集合体―魔力を発生させる。次にガーパを伝わらせ、魔力を循環させる。陰魔子が流れてくる端子を陽極、流れていくものを陰極と呼ぶ。魔具にたどり着いた魔力は魔具を流れ、反対側のガーパへ流れる。不思議に思うかもしれないが、魔具とは魔力が流れた時に何らかの現象を現すもののこと。例えて言うなら、水の流れが水車を回すような物だ。しかし、魔力も無限ではない。正確には魔力の流れは無限ではない。魔力の勢いが弱まれば、魔具が顕現する現象の規模も小さくなる。」

 「魔」がつく言葉の連呼。100年前ならば、黒魔法を教える邪悪な所と言われただろう。

(16回め…)

 ジョージは頭の中でカウントを一つ増やした。無論、「魔」といった回数のカウントだ。

 ここはパリ中央魔術学院。魔術の知らない人が見れば、ただの危ない所である。


 本日一限目の授業は『魔術理論基礎』だった。

 その通り基礎のみの授業だったが、ジョージとニナにとって知らないことが多かった。しかしそれは面白い授業であったことと同一ではない。授業の内容が面白そうなのと、授業そのものが面白いかどうかは無関係なのである。

 「詰まらない授業…。」

 ジョージが呟くと、それに律儀にサスリーが反応した。

 「そうなのよねー。あの先生、評判悪くてー。教え方が下手なんだよーl。けっこう知識自体はあるのにー。何も努力しなくてもすんなり理解できた天才型なのかなー。」

 「うん…。どうかは知らないけど、確かに面白くない授業だった。」

 ジョージがそう言うと、

 「だよねー。新入生のジョージがそう思うなら、やっぱりあの先生悪いんだー。」

 容赦なく評価を下した。


 授業をその後3回ほどこなし、昼休みとなった。

 学食へ向かおうとしたジョージは、ここでのルールを聞こうとサスリーに声をかけ、一緒に歩く。どうやら考えていたものと同じような仕組みらしく、ジョージは安堵の溜息をついた。

 学食で一番安い「日替わり定食A」を注文し、隣のカウンターで受け取る。サスリーと共に空席を探していると、二人に誰かが声をかけた。

 「ジョージ、サスリー! ここ空いてるぞ! 座ってけよ、食べるだろ! 」

 少し離れた四人掛けのテーブルに陣戸言っていたテムラーだった。ありがたくテムラーと反対側の椅子に座る。ジョージは机の下にショルダーバックを置いた。またジョージにはロッカーが割り当てられていない。

 「テムラー。あんた、ジョージと仲良かったのー? 」

 ジョージが食べ始めようとすると、サスリーがテムラーに聞いた。そういえばサスリーにテムラーのことを話してなかったな、とジョージはぼんやりと思う。

 「あぁ、昨日の戦闘演習でペアになってな。俺に勝ちやがった。まぁ、あのニコルソン・ドッピーニに闘い方を教わったらしいが。」

 「えー? ジョージ、テムラーに勝ったのー? ジョージは強いんだねぇー。テムラーは4‐Bの中で五本指に入る強さなんだよー。すごいねー! 」

 急に話を振られたジョージは、しかしそこまで慌てる事無く答える。

 「ぼくそこまでじゃないよ…。テムラー強いんだね、4年生は6クラスあるから、240人中30位以上か…。すごいなぁ…! でも、ニーナのほうがぼくより強いよ。」

 「いや、お前は俺に勝ったんだぞ? お前も30人の中には入ってるからな? 」

 テムラーの指摘にジョージが「それもそうか…! 」といっていると、サスリーが言う。

 「ニーナって、ジョージと一緒に転向してきたニーナ・ブロイの事ー? じゃあ出来るだけペアにならないと良いなぁー。私じゃ相手にすらならないよー。」

 「お前はどん臭いからなぁ。でももしペアになっても逃げるだけじゃ駄目だからな? せめて一矢報いろよ? いや、一魔術か」

 「うんー。頑張るよー! もしペアになったらねー。」

 「おう、がんばれ。」

 そんな会話を聞くうちに、ジョージはあることを思いつき、尋ねてみる。

 「テムラーとサスリーって、付き合ってるの? 」

 「ば…ばばば、馬鹿じゃねぇのか! ジョージ! 俺と、サスリーが、っっっっっつつつ付き合ってる? そんな訳ねぇだろ! 」

 ジョージが「付き合」といいかけたあたりでテムラーが急に大きな声を出した。その声が意味するのは否定の言葉。

 それを補足するように、普段と同じ口調でサスリーが言う。

 「うん、付き合ってないよー。私とテムラーがそう言う風に見えるのは、たぶん私達が幼馴染だからじゃないかなー。私達の家はおじいちゃんの世代からの付き合いでねー。もっと小さかった頃は良く遊んだねー。」

 「だ、だから俺とサスリーはなんでもないからな!? ただの幼馴染ってだけだから!」

 顔を美味様に赤くしたテムラーが強い語調で、しかし悲鳴を上げるように言う。だがサスリーは、それが当然とばかりに平然としていた。

 「テムラー、幼馴染ってだけでなんでもないわけじゃないと思う。幼馴染のカップルだって沢山いそうだし。」

 ジョージがそう指摘すると、テムラーは何も言えず口をあんぐりとあけた。ソレを横目で見ながらサスリーが口を開く。

 「テムラーは昔からこういうからかいに弱いのー。出来ればそういう話はしないでくれるとありがたいかなー。まぁ、他の人の話ならいいみたいだけどー。」

 「ともかく! 俺とサスリーは幼馴染ってだけで他は何も無いからな! …ところでジョージ、『Almighty』事件って知ってるか?」

 ジョージにもニーナという幼馴染がいることを先程話していたばかりだが、それを指摘することも忘れてテムラーは言った。その後のかなり強引な方向転換の内容にジョージは少し詰まる。が、なんとか無難な答えをジョージは引っ張り出し、声に出した。

 「新聞に載ってる事くらいなら。」

 テムラーはその答えに納得したようで、更に話す。

 「この前発表された魔具『Almighty』が持ち主に返還される途中でで行方不明になったとか…。『Almighty』を運んでいた運び屋も同時に行方不明。運び屋がネコババしたとか、運び屋ごと誰かが誘拐したとか、ゴシップは沢山あるけど、実際はどうなんだろうな…。」

 テムラーの一人語りを聞きながらも、ジョージの意識はニコルソンに言われたことを思い出していた。

 それは、馬車の上で、パリに引っ越す時に言われたことだった。

 「『Almighty』に関することは、世間では『Almighty』事件と呼称され、『Almighty』と運び屋ごと行方不明ということになっている。私は『遠方通信』を使って、『Almighty』製作者と話をし、事情を説明、この後の事を話し合った。その結果、『Almighty』の存在は一応伏せることになった。製作者がこの事件のほとぼりが冷めたころにもう一度作ればいい、と言っていた。複製はかなり難しいらしいが。」

 つまり、一度『Almighty』を世界から紛失させる、ということだ。そのために『Almighty』を世界で一番強いであろう、そして、世界で一番賢い研究者であろうニコルソンに預けるということ。それはジョージとニーナに『Almighty』のことを他人に話すな、という指示を出しているに等しかった。

 「ジョージ、聞いてるか? 」

 ジョージはテムラーの声で我に帰る。慌てて聞きなおすと、テムラーは言った。

 「ジョージは本当はどうだったと思う? 俺は運び屋がネコババしたっていう説だと思うんだが。」

 ジョージが何かを言う前にサスリーが口を開く。

 「テムラー、夢がなさすぎー。もっと面白いこと考えなよー。あっー」

 最後のはサスリーが何かを落としたときの声だ。サスリーは身を机の下に隠す。

 「うーん、もしかしたら第三者が運び屋を襲ったのかもしれないね…。」

 ジョージはテムラーに言った。

 ジョージのバックの中で、さっきまではなかった赤い光がちらりと輝いた。


 暗い部屋で、わずかにノイズの混じった声が響いた。

 響いた声は『蓄音発声』が蓄音し、陰の一員の男が聞いている。

 男は呟く。

 「暇だなぁ…。」

 男がこんな事をしているのは何故か。それは今日未明が発端だった。

 「『Almighty』奪還作戦を再び行う。今の俺は隊長ではないから有志だけでいいが、参加してくれるとありがたい。解析班が残骸を解析した結果、俺たちの目の前で壊された『Almighty』は偽物だったということだ。」

 陰元隊長がそう言った。

 ここは陰宿泊施設。陰は表に出ては困る上に、全員が鬼籍に入っているため、二十の忌みで大手を振って外を歩けない。そんな陰の隊員たちを収容するための建物だ。

 現在、陰の隊員数は98人。その三分の二にあたる62人がここに集まっている。残り36人は裏の病院にいるか他の任務に当たっている。

 「それで、参加してくれるものはいるか? 」

 陰元隊長が62人にそう聞くと、20人強が手を上げた。無論、全て先の『Almighty』回収任務についていたものだ。

 「今手を上げれば、俺のポケットマネーから追加で報酬を出すが? 」

 加えて陰元隊長が言うと、今度は更に30人あまりが手を上げる。 これでほぼ全員が加わった。

 「よし。まずは奪還襲撃予定地点、ニコルソン・ドッピーニ宅の情報収集だ。いかにあのニコルソン・ドッピーニの家だからといっても、臆することは無い。我等の力を終結すれば破れる壁だ。どんな手段を使っても集めろ! 」

 十分な人数が集まったと判断した陰元隊長が、指示を出す。人員は三分の一と三分の二に分割され、三分の二が情報集のための仕掛け、三分の一が情報の統合・整理を行うこととなった。

 男は情報の整理のほうへと廻された。

 そこで行う仕事とは、盗聴陣装が送る音声の中から有益、無益を選り分け、有益なものを保存することである。

 盗聴陣装というと実感がわかないだろうが、原理は中距離通信陣装と同じである。発された音を再現可能な波長に変換し、空気中にて伝導させる。それを受信用の陣装で受け取り、波長から音を再現する。ただ、通信陣装と違い、一方通行でしか音を送れない。その特性を利用したからこそ『盗聴』陣装なのだ。しかも、その分集音できる範囲を広げてある。

 この盗聴陣装を仕掛けられた当人は平和な会話しかしていない。いつ重要なことを言うかわからないが、言わないかもしれない。アメと鞭を使って盗聴陣装を仕掛けさせるのがいいが、聴いている方は退屈だと男は思う。

 暗い部屋に、ノイズ交じりの、平和な会話が響く。


 魔術について研究するものには三種類ある。

 一つ。魔術そのものを研究するもの、例えば、魔具は魔力を流す現象を顕現させるが、その現象を顕現できる魔具が自然に起きたその現象を観測すると魔力を発生させる、ということを考えたり。つまり、発光陣用の魔具に光を当てると魔具が魔力を発声させる、ということだ。

 二つ。魔術を発生させること事態に魅力を覚え、それをするために道具を作るもの。魔具や陣装の開発に励んでいる者達がこれに当たる。

 三つ目。魔術を利用して、世界の理に挑むもの。魔術から世界のあり方を解き明かすことを目的として動く者。例えば水を魔術によって二種の気体に分解出来たから、魔粒子論をくみ上げたもの。つまり、ツンデレーエフとか。

 その日、ジョージが家に帰ると、三社目の代表格が来訪していた。

 「ただいまー、父さん! 」

 ジョージが家のドアを開けると同時に声を出すと、明かにニころルソンのものではない声が返ってきた。

 「父君なら帰っていないようだぞ、餓鬼。そもそも何故餓鬼があいつの家に帰ってくるのだ。あいつは結婚などしていないはずだぞ」

 その声にジョージは聞き覚えは無く、油断無く構える。泥棒か? と推測しながらショルダーバックからいくつもの陣装を取り出し、ショルダーバックを投げ捨てる。魔術都市パリでの空き巣とは、技術の盗み出しと相場が決まっている。基本的に貧しいものは魔術都市で生きていけないからだ。そのため、泥棒も陣装で高度に武装している場合が多い。銃器よりも攻撃力、応用性が高く、携行性にも優れた攻勢陣装が手軽に手に入る弊害だろう。

 ニーナはまだ帰っていないらしい。昨日友達が作れないと落ち込んでいたから、今日は遅くまで努力しているのだろうか。どれにしてもニーナがいないというのは心細い、とジョージは無意識に思う。

 ジョージは息を潜め、足音を消して玄関から進む。目指すのはリビング。音が、声がしたであろう予想地点へ。右手には『弾性発射』左手には何も持たず、どんな状況にも対応できるようにする。

 泥棒は一人とは限らない。二人かもしれないし、三人かもしれない。でも先程声をかけてから物音は何も聞こえない。声がしたから一度動きを止めたのだろうか、とまで考え、ジョージは一つ疑問がわいた。

 泥棒なら何故返事をしたのだろうか。

 泥棒をするならばれないことが第一。声がしたら律儀に返事する必要は無い。むしろ黙って隠れ、隙を見て逃げたほうが合理的だ。

 ジョージがリビングへ通じるドアの前で、ドアを開けた後どうすればいいかオロオロと考えていると、玄関のドアがガチャンと開いた。

 咄嗟に振り返り、その人物を認めると、ジョージ派域を掃いた。入ってきた人物はニコルソンだったのだ。

 「父さん、リビングに知らない人が…。」

 ジョージが今までの事を説明すると、ニコルソンは一つ息を吐き、リビングのドアを開けた。

 そこにいたのは。

 リビングのテーブルと一緒に置いてある椅子に座っているのは。

 黒いスーツを着た男だった。しかしフレンディとは違い、きちんとスーツを着こなしており、ズボンも八分丈になっていない。僅かに、ほんの僅かにズボンの裾から覗く靴下も茶とピンクではなく、黒、ネクタイも濃い藍色だ。地味だが、確実、堅実な服装である。――勝手に家に上がりこんでさえいなければ。

 「ニコルソン。相変わらず君の家はセキュリティが強すぎはしないかね? 探査陣装――音波式で不整合地点を探すもの、人感センサ群、重量センサ、おまけに暮らしている者なら行くはずの無い場所での警報トラップ?」

 センサ、またはセンサ陣装とは、魔具を魔力を発生させるために使った陣装であり、唯一成功した遅延発動術式への突破口と呼ばれているものである。例えば男が言った人感センサ群の内ひとつ、人体放射熱感知センサ陣装は、20~30度ほどの熱を発生させる発熱陣用魔具を魔蓄地の代わりに組み込んである。人体が自然に発している20度後半から30度前半の熱が魔具に当たると、魔具が魔力を発生させる。それを組み込まれている方の陣が使って魔術を顕現させる。この場合魔力を発生させた魔具をセンサと呼ぶ。

 その用法上、見かけ上は遅く魔術が顕現しているように見えるが、当てはめた魔具にそれようの現象を観測させなければならず現象を起こすための陣装が遅延発動できないこと、さらに発生させる魔力量が少ないことから実用的な遅延発動術式とはいえない。

 実はジョージの作った『遅延発動Ⅰ式』は魔蓄池を外さず、センサの代わりにレバー・タッチ式の魔術顕現スイッチをそうとはわからない形で組み込んでいる物である。そのため、魔蓄池の魔力が使え、一度の外部衝撃で陣の通りに魔術を顕現させることが出来る。しかしこれは普通の陣装の発動方式と同じなので、あまり大手を振って『遅延発動術式』とはいえない。真にいえるのはⅡ式だけである。

 男のそのセリフを聞いて、ニコルソンは呆れたようにいう。

 「やはりか、ツンデレーエフ。君は変わってないね、人の家に勝手に忍び込む所とか。それで、今日は何の用だ? 」

 それを聞いて、ツンデレーエフと呼ばれた人物がジョージに向かって口を開いた。

 「俺はツンデレーエフだ。ニコルソンとは旧知の仲。よろしく、餓鬼」

 「ジョージ、私はツンデレーエフと話をしているから、二階で宿題でもやっていなさい。今からあまり口外できない話をする。用があったら呼ぶから。」

 ニコルソンが、ツンデレーエフの言葉に続けて言う。

 「わかったよ、父さん」

 ジョージはそう言い、素直にリビングから出た。トントントントン、とジョージが階段を駆け上がる。

 「それで、今日は何の用だ? 」

 その声を聞いてからニコルソンがツンデレーエフに訊くと、ニヤけた顔でツンデレーエフが答える。

 「決まってるよ! 君の帰還を祝いに来たんだよ! 」

 ツンデレーエフの口調がガラリと変わった。それは先までの硬い口調から砕けた、柔かい口調に変わっていた。

 ニコルソンがジョージに席を外させたのはこのためだった。ツンデレーエフはニコルソン以外にこの口調を聞かれることを嫌がるのだ。口調が少年っぽいのを自覚しているのかもしれない。

 「それはいいんだが、家に忍び込むのは止めてくれと以前から言っているだろう。今日は何故かとセンサ群の誤警報が多いし、警備の刷新をしようとしていたところだったんだぞ。」

 「ごめんごめん! で、おめでとう! 君が無事パリに帰ってこれて、ぼくは嬉しいよ! それで、最近の成果はどうだい? 魔粒子論の発達に繋がるような発見はあった? それに警備の刷新といっても、同じ種類のセンサ陣装を配置し直すだけだろう? 」

 口調の変化と共に一人称まで変化したツンデレーエフ。わいわい騒ぐ二人だが、ツンデレーエフは確実にこの家の警備を突破している。警備が旧型になったか、近いうちに組み直しが必要だな、とニコルソンは頭の片隅で考える。

 そしてリビングの角には、ジョージが持ってきて、更に二階に持っていくのを忘れたショルダーバックが静かに鎮座していた。

 パリ公園は、魔術都市であるパリの中で数少ない公園で、なおかつパリ最大の公園である。

 しかし魔術都市である以上、パリ公園の中にも魔術関連施設は存在する。

 例えば、パリ公園の最も長い辺に作られた長さ3kmのそ劇場。

 例えば、陣装の能力をテストする、パリで最も厳しいといわれる超多項目厳格性能試験上。

 例えば、パリ中央魔術学院図書館に及ばなくとも、魔術所を集めた図書館。

 そんな中に、ニコルソンの指定したグラウンドはある。

 正式名称、屋外大規模魔術戦闘訓練グラウンド。

 休日には野球やサッカー、ラグビーなどが行われる300×300mの広大な砂地グラウンドだ。

 その中心に、ニコルソンは立っていた。

 こげ茶の上着を羽織、腕を組んで待っている。

 時刻は十時。

 等に人は研究施設へ出勤しており、人影は見えない。

 天気は晴れ、風は微風。

 いい天気だな、とニコルソンは思う。

 雲が無いほど晴れすぎておらず、風が無いほど凪いでいない。

 照りつける日差しはやわく、戦闘するのに邪魔にならず吹き付ける風は殆ど感じず、質量体が風に流されることも無い。

 いい天気だなぁ、とニコルソンは思う。

 と、誰かが歩いてくるのが見えた。

 隣接するコンテナ置き場の陰から、こちらへ来る。

 その人影は、こちらを認めると小走りで移動し、ニコルソンの前に立つ。

 「や~ん、ニコちゃん私を呼び出すなんて、どーしたのー? もしかして夜のお誘い? じゃあこんな所に呼び出すなんて、ニコちゃんは恥ずかしがりやさんなんだねぇ~カワイイ~」

 そして人陰――フレンディ・ハーネスは言った。

 「単刀直入に言おう。『Almighty』を返せ。お前が、正確にはお前の下部組織が奪ったことはわかっている。今返せば公表はしないでやる」

 フレンディのふざけた物言いに動ずる事無く、ニコルソンは言う。

 「え~なんのことかなニッコちゃん! 私ニコちゃんのもの奪ってないし~。それ以前に『Almighty』って行方不明になってるンじゃないの~? 確かに実物と論文を受け取って~返却するよう運び屋に依頼したのは私だけどね~。」

 「まずはそのふざけたしゃべり方をやめるんだ。それからお前の言い分を聞いてやる。」

 「…………」

 ニコルソンの強気な言い方に、フレンディも一度押し黙る。

 そして。

 「あーああー。わから無いと思っていたんだがなぁ。陰から私にたどり着くことはできないようにしておいたハズだが。参考までに、どこで気付いたか言ってもらえると嬉しいんだが」

 フレンディの口調が一変した。

 今までの、ふざけた変態的な口調から、高圧的な固い口調へ。

 「そうだ。さっきの口調、分かれたころには無かっただろう。それくらいでごまかせると思ったのか? 」

 それがさも当然とばかりにニコルソンは言う。

 そして、答えた。

 「消去法だ。『Almighty』の位置を知っていて、なおかつ魔術的な知識があり、あの規模の裏部隊を隠す権力がある人間、というのはお前以外にいない。」

 「総合的に考えたのか。それならわかるも道理というものか」

 襲ってきた部隊からその奥の人物を特定することは無理だと判断したニコルソンは、別の視点からの考えを用意した。

 それが、『Almighty』の移動位置がわかる人間だ。

 パリ中央魔術学院長であるフレンディなら、確実に解ると踏み、そのほかの候補とも条件を組み合わせ、一番確率が高いのがフレンディだった、というわけだ。

 しかし、それなら辻褄は合う。

 『Almighty』を見たフレンディが、それを欲し、複製が難しいと知って今回の一幕を仕込んだのだ。

 「それで、返してもらおうか。」

 ニコルソンがフレンディに詰め寄り。

 「………。」

 フレンディは。

 「断る―――! 」

 そう叫んだと同時、スーツの上着を脱ぎ捨てた。

 そこから現るは二つの大きな稼動金属パーツに覆われた体。ジーンズも中から弾けとび、肌色が見えているのは顔だけとなる。

 フレンディ流魔化体技、最終体型。

 上半身。胸と腕から手の先までを包む陣装『胸手加速』。

 下半身。背から足の先までを包む陣装『背足強化』。

 二つあわせて装着した時こそ、フレンディ流の本気。

 それらの陣装を総称してこう呼ぶ。


陣装、『肉体強速』。


 そして、フレンディは右腕を突き出す。

 触れるものを倒す、魔力が流れる右拳を――。

 それを後ろに飛んで避けたニコルソンは、こちらも上着を脱ぎ捨て、現れた戦闘服と共に臨戦態勢へと移行する。

 「拳で、か。勝てるわけが無いだろう、魔化体技は私が教えたのだぞ」

 「それはわからんぞ。貴様は堕ちているのだしな。」

 共に最強の魔化体技流師の怪物が、ここで激突した。


 近接最強と謳われるフレンディ流。ではその強さの源とはと問われれば、それは二つの性能である。

 すなわち、捷さと魔力。

 避け得ぬ速度で確実に倒す一撃を当てる。捷さを保つために剣や銃といった武器は捨て、ただ拳のみで闘う。

 それがフレンディ流。

 (…けれど、それはただのケンカと闘い方は同じということ――! )

 ニコルソンは、避け得ぬはずの速度を、間合いを一定に保ちながらかわしていく。

 そう、ただの拳で闘うフレンディ流の本質はボクシングと同じ、殴り合いである。

 しかし、術者本人が格闘技の訓練をしている訳ではないので、体感的には路上のケンカと同じ。

 技術が無いのだ。

 路上のケンカで言うならば、簡単な右ストレートを出しているだけ。

 それだけで、魔術による捷さが敵を捉え、魔力による威力が敵を倒す。

 では、同じ捷さで動けるものがいたらどうなるか。

 そうなれば、相対的には両者のスピードが同じになるため、戦っているもの同士なら路上のケンカレベルに思えるだろう。

 そしてニコルソンはフレンディに『魔化体技』を教えた本人である。

 魔術による捷さが、いつも鍛えているニコルソンの捷さを上回っても攻撃パターンが読めているなら当たるはずも無い。

 結果、近接最強と謳われる攻撃に体術のみで躱すということが出来る。

 しかし、躱していても勝つことはできない。

 攻撃をしなければ、勝つことは出来ない。

 その点、フレンディ流は良く出来ていた。攻撃のための鎧が、防御のための鎧となっているからだ。

 『肉体強速』。

 これは闘うに良く出来た陣装だとニコルソンは思う。

 しかし、ニコルソンはこれに勝たなければならないのだ。

 ニコルソンは躱しながら少し考えて。

 (…やはり、あそこを狙うのが上策なんだろうが、こう動いている時は無理だ。ならばセオリー通りに鎧の隙間を…)

 そう判断を下して。

 ドグガァァン! ! 

 という音と共に吹き飛ばされる。

 20m近く飛ばされ、ごろごろ土地を転がるニコルソンは、何が起きたか理解できたか。

 フレンディが、左足を蹴り抜いた姿勢で止まっていた。

 うつ伏せに転がるニコルソンは、右脇腹に手をやる。

 戦闘服に織り込まれている鉄板、厚さ五mmの鉄板がばらばらになっていた。それも体にフィットするよう曲線を描いて織り込まれていた鉄板の右脇腹の部分が、細かい破片に成り果てていた。

 「ぐぁ…なん…だ…と…。、…! 」

 しかし、それ以上に。その威力以上にニコルソンは驚いていた。いや、驚愕していた。震駭していた。聳動していた。魂消ていた。

 「…有り…得な…い…! 」

 ニコルソンは、フレンディが蹴り技を放ったことそれ自体に驚いているのだ。

 『肉体強速』は、動きをサポートし加速させるための陣装ではない。

 本当は、浮いているのだ。地上五mmのところで。

 何故かと問われれば、地面の抵抗をなくすため。

 そして攻撃の自由度を上げるため――であるが、浮いている以上一つだけ、不可能となる技がある。

 蹴り技だ。

 何故なら、空中での姿勢制御はとても難しいからだ。

 下から支えられる体制では完璧に地面に対して垂直にならないと立つことすら出来ない。それを補助するためにメインの噴出孔以外38箇所にサブの噴出孔を用意してある。だがそれでも二本足でないと立つことはできない。

 例えて言うなら、鉄棒の上で一本足立ちし、蹴るようなもの。

 確実にバランスを崩し、転倒する。そんなもの、自殺行ためだ。

 だから、『肉体強速』を使っている時は、蹴り技は使えないはず、だった。

 だから、ニコルソンは腕の動きに集中し、見切っていた。

 そこを逆手に取られた。

 更に、今の一撃は骨にまで届いている。つまり、フレンディはたった一撃でニコルソンの捷さを奪うことに成功したのだ。

 これで、今までのように躱し続けることも出来ない。

 これまでニコルソンがフレンディと同等に闘ってこられたのは、自らの体術での捷さと、攻撃を予測する予見があったからだ。

 しかし、捷さは負傷で。予見はニコルソンの知らない攻撃方法で封じられた。

 この状態では、いくら『魔導災害』ニコルソン・ドッピーニでもフレンディに勝つことは困難。人生で二度目の敗北を喫することになるのか、とニコルソンは覚悟する。

 フレンディが、すっと前傾姿勢を取る。

 うつ伏せのまま転がるニコルソンに、魔力を込めた一撃を当てようと。本気で、殺そうと。

 ヴァァァァンっ! 

 『背足強化』が唸り、フレンディの動きを捷める。

 最早、ここまで。

 ニコルソンが、覚悟と共に目を瞑り。

 フレンディの右拳が、魔力を帯びて襲い掛かる。

――爆風が。

 あたかも小さな一点から強烈な空気が流れ出したような風が。

 小さな足音と共に、到来する。

 「ッ! ! 」

 あせったようにフレンディが体をそらそうとするが、前傾姿勢が災いし、僅かなところで逃げられずに、奔流に飛ばされる。

 ニコルソンを護るように、盾になるように前に立つ二人は言う。

 「学院長、話は聞きました。」

 「『Almighty』を返してください! 」


 一時間前。

 ニコルソンに今日は家に居ろといわれ、各々の部屋で暇をつぶしていたジョージとニーナ。

 しかしやることなど無く、ぼんやりと外を見ていた。

 「暇だなぁ…。」

 ジョージはポツリと呟く。

 一人で居る時に勉強する気にもなれず、ただ雲が流れるのを見ていたジョージだたが、ニコルソンが家の外へ歩いていくのを見て慌しく準備をする。

 「ニ、ニーナ! 早く全部、戦闘用装備全部持って外へ出て! 父さんが何かやる気だ! 」

 普通の人なら気付かないだろうが、ジョージが、家族と同列のジョージが見ると、その上着の下に戦闘服を着ているのはバレバレだった。

 急いで部屋の隅に投げ捨ててあった『魔術戦闘演習』用の袋を持ち、大きな音を立てて部屋の外に出る。

 既に出ていたニーナが訊くが、

 「それは後! まず追いかけないと…! 」

 それを遮ってニコルソンの後を追った。

 その後も陰に隠れて隙を窺っていたが、ニコルソンが蹴られるのを見、猛然と飛び出した。

 「お父さん…! 」


 「君達か。」

 ニコルソンの盾になるようフレンディの前に立った二人を見て、フレンディは言った。

 「どうしたのー? ジョージちゃんとニーナくん! 学校は行かなきゃ駄目よ~。サボりはいけませ~ん! 」

 「『Almighty』を返してください。」

 フレンディのふざけた言い方にも負けじとジョージは言い返す。

 「アレは、今は父さんのものです。勝手に奪ったなら返してください。」

 「どうかな~? 本当にニコちゃんのものなのかな~? 」

 「もちろんよ! さっさと返して学院長先生! 」

 フレンディはそれを聞いて、一つ溜息をつく。

 そして、

 「そこをどいてくれないかな。」

 と、言った。

 「嫌です。」

 「断るわ。」

 二人が一瞬すら待たずに切り捨てる。

 「…駄目だ、速く、逃げろ…! 」

 ニコルソンが言いながら起き上がろうとするが、『肉体強速』で蹴られたダメージはそれを許さない。分厚い金属の塊で蹴られたその威力は、フルスイングの金属バット十発分よりも大きく、そう簡単に立ち上がれるものではない。

 「早く……、速く…っ、…ッ! 」

 ニコルソンがそう言うのを背景に、フレンディは再び溜息をつき――。

 指を、鳴らす。

 パチン、と。

 その中が空気に流れ、数瞬の後に。

 「ジョージ、ニーナ、ご、ごめんー。た、助けてー! 」

 黒いつなぎを着た男に連れられ、首にナイフを突きつけられた二人が、いや男とサスリーが、フレンディの真後ろから出てきた。

 「サ、サスリー!? 」

 ジョージが驚いて叫ぶ。

 「最近の子は簡単だ。アメとムチで操れる。」

 事無げにフレンディは言う。

 アメとムチ――。つまり、報酬の提示と脅迫の強要。

 「卑怯な…ッ! 」

 ニーナが憤慨したように言うが、フレンディは聞き流す。

 「ご、ごめんよー、ニーナ、ジョージー、…ッ」

 陰の黒いつなぎを着た男が、サスリーの首筋へ更にナイフを強く、深く押し当てる。喋ればのどの動きだけで斬れてしまいそうなほどに。冷たい金属が、躊躇無く自分の首に迫り、サスリーは口を閉じる。しかし、その目は、いつまでも謝罪を訴えていた。

 なおもフレンディは言う。

 「君達がしゃしゃり出てくるのは予想の範囲内でね。対策を採らせてもらった。」

 「対策? 人質を取って手出し出せないようにすることが!? 」

 ジョージが声を荒げて食いかかるが、それを無視してフレンディは口を開く。

 「覚えているか? あれを。」

 それは、問いかけだった。

 「…? 」

 「…? …? …」

 ジョージとニーナはその真意と、質問の意味を図りかねて口を閉ざす。

 「あの赤を覚えているか? 赤を、血を、紅を、緋を。」

 ザザッザザーザザザザザザ。

 二人の頭にノイズが走る。歪みが、軋む。亀裂が生ずる。

 「あの冷たさを覚えているか? 母の、父の、友の、知人の。」

 ガガガガッガーガガッガガーガッガッ。

 二人の頭に雑音が生じる。割れ砕け始める。

 「あの絶望を覚えているか? 希望の消えた、あの暗闇を。」

 ガザッガガーザッザザザガザザガガッザッザガガザザガザザガザーガガ。

 脳裏によみがえる。

 ザザッガザーザザガガザガガガガザッザガザガザザザ。

 あの紅く染まった空と、

 ガガグッガガーザーザザザガザガザガガッザガザガザーザガザガッ

 血く染まった村と、

 ザザーガザザザザザザザガガザザガザガガザーザガガザガガ

 緋く彩られたあの記憶。

 ザガガがガザガッザガザザガザガザーザガガガガガガガガガガガガ

 紅い空の下。

 血く染まった母親の前で。

 赤く拡がる村の中。

 緋く彩られる意識の中で。

 自分が。叫ぶ。


゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ


 ガザザガッガザーザガザガガガザザガガガザガザザガザ

 気付けば視界は横転し、地に伏せていた。視界の先に映るニーナも同じような状況だ。

 「゛あ゛あ、ぐ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あぐがあぎがぐぎがぁぁぁが゛あ゛あ゛あッッ! ! 」

 記憶に、侵される。

 そして、二人に、とどめの一撃が。

 フレンディは言う。

 「また、殺ってやろうか? 」

 記憶に、犯される。

 「ぐが、ぎゃあがげごぎげぎゃあああがぐげごあぎげやあぎぐがげぎぎゃがげああ! ! 」

 気付けば二人は叫んでいた。

 あの緋い記憶に、蝕まれていた。

 絶望の象徴。希望の消失。

 終わったはずの出来事は、二人を再び喰らい始める。

 消失へ誘い、惑失へ回帰し、煙滅へ行進する。

 周りの悲鳴はあの夜の悲鳴に。周りの視線はあの夜の視線に。周りの惨事はあの夜の惨事に。二人の中で変わっていく。

 フレンディはしてやったりと笑い、ニコルソンは覚悟を改め、黒い男は表情を変えず、サスリーは恐怖と罪悪で顔を歪める。

 「…ぁ……ぁ…ぁ…ぁぁぁ…ぁぁ…゛ぁ゛あ……」

 サスリーの声無き悲鳴は二人にはあの夜の悲鳴に冒され届かず。

 サスリーは目からポロポロと涙を流しながら、恐らく届かないと思いながら、罪悪に無駄だと諌められながら、それでも言葉を紡ぎ出した。

 一言の言葉。

 「た…、…たしゅげて…。」

 喉の痛みを我慢して、一言だけ、一言だけ言う。

 ニコルソンに止めを刺そうと準備していたフレンディは、その声を聞いて嗤う。

 「…たすけて、だって? サスリー、君は自分が何をやったかわかってるのかい? 私達のアメとムチに負けて、彼等の情報集めを手伝った身だよ? 彼等を襲うための、情報集めを、だよ? そんな相手、私だって助けないよ? …助ける訳が無いじゃないか。」

 しかし。

 フレンディのその言葉を裏切るように。ガサリと音を立てて二人は立ち上がる。


 紅い空の下、なきながら叫ぶ二人に声が聞こえた。

 「た…、…たしゅげて…。」

 その、なきながら、怖がりながら言ったであろうその言葉は、二人の胸を深く、深く打つ。

 この中にも助けられる命はある。たとえ、自らの母がそうでなくても、それでも助けられる。

 この惨事の中にも、希望はある。

 2人はガサリと音を立て、体に力を入れ、その希望を奪おうとする敵を睨みつける。


 先に動いたのはジョージだった。

 両手各々に近距離魔力放出陣装を握り、サスリーにナイフを押し当てる男に迫る。

 「!? 」

 慌ててナイフをこちらに向けるも、それを軽々と避け、陣装を押し付けようとする。

 「が…返せ…ッ! 」

 しかし、その攻撃は金属を打つ甲高い音と共に弾かれる。フレンディが危うい所で右腕を繰り出し、護ったのだ。

 可動金属パーツに魔力が火花を放って流れるが、フレンディは意に介さずその右腕をジョージへ叩きつけようと動かす。しかしジョージは本能的にその攻撃をも利用して後退する。

 間髪を容れず、今度はニーンが飛び出す。その手には『離鎚』が握られており、左足に向けて連発する。その弾は『背足強化』の装甲を貫くには至らなかったが、その装甲を窪ませることはできた。それがフレンディを動揺させる。

 ニーナが一度下がったのを見、フレンディは動揺のままに一度後退する。

 約10mの距離を置いて対峙する二人。

 フレンディは気持ちをフレンディ流魔化体技師範のものに切り替え、左手に神経を集中させた。

 張り詰めた緊張の中、先に動いたのはニーナだった。

 戦闘服の中から幾つかの丸い円盤を取り出し、地面にばら撒く。しかし動き出したフレンディは、それを気にもせず、魔力駆け回る円盤を踏み壊して二人に迫る。

 円盤は『魔導機雷』の持ち運び用に改造したもの。しかし、それを踏んでなんとも無いということは、

 「金属と体の間に不通体があるのか…。」

 ニーナが今の結果から答えを導き出した。

 可動金属パーツ、つまり『背足強化』等は、二層構造になっている。

 一層目、つまり一番外側は、固い金属の層。その内側に堅い普通体で出来た層があり、物理、魔術攻撃のどちらも防ぐことが出来る。恐らく、陣の配線は一層目と二層目にはさまれている。

 この金属パーツの装甲を貫いてフレンディにダメージを通すにはどうしたらいいか。

 2人は知識として気功というのもがあるのを知っていたが、それが出来ないならどうすれば良いか。必死で二人はそれを考える。

 それを端から見ていたニコルソンが、しわがれた声で呟く。

 「…い、…っ、点、突破…だ、…」

 それが聞こえたか否か。二人は頷き合って一斉に攻撃を始める。とある一点へ。

 しかし。

 「だ、駄目だ…ッ! 」

 ニコルソンはそう叫ぼうとしたが、戦闘で傷ついた体はそれを許さなかった。

 一点突破を行えば、確かにフレンディの装甲は貫ける。しかし、それは膨大な時間と莫大な攻撃が必要だ。今二人が持っている攻性陣装の数では一つ穴をあけられても、二つ目は無理だ。そのため、一つの穴で確実にフレンデイを止められる所を貫かなければならない。

 ニコルソンはその一箇所を知っている。フレンディ流と闘うなら必ず狙うべき一点。そこを破壊することが出来れば、必ず無効化せしめる場所。

 そこは、ジョージとニーナが攻撃している左足ではない。

 その場所を伝えようとするが、この傷ついた体ではそれも叶わない。

 (…どうすれば…っ! どうすれば伝えられる!? このままでは…このままでは、二人とも死なせてしまう! )

 ニコルソンの焦りには気付かず、二人は猛然と左足を攻撃していた。


 ジョージとニーナは、フレンディの左足を攻撃していた。

 より正確には、『離鎚』によってフレンディの左足に出来たくぼみを、である。

 元来窪みには、力を集中させる効果がある。例えば、指向性対人地雷などは、御椀状の金属片中央に爆薬を置き、本来360度へ広がる爆風や衝撃波を一方向限定で放っている。他にも小さな水滴が石を穿つ話もあるが、あれも最初に出来た窪みが滴の落ちるエネルギーを集約させることが理由の一端だ。

 ジョージとニーナは『弾性発射』や『英雄の槍』などを使って窪みを攻撃している。勿論、フレンディの動きを止めるためだが、それだけでは無理だと二人ともわかっていた。

 それでも左足を攻撃するのは、作戦があるからだ。二人が気付いた違和感を利用した作戦が。

 カンガガンガンガンカンカンガガンンカンガガガガガガガガガガッ! ! 

 と。離力を用いて飛ぶ金属体が窪みを貫き、更に深くする。銃用の照準補正用具を取り付け、針の穴に通すような正確さで僅か直径2センチほどの窪みに弾を当てていく。

 ニコルソンは二人の持つ攻性陣装では二箇所貫くことは出来ないと推測したが、この方法なら三箇所は行けそうだ。

 しかし。

 それは、フレンディが黙って当てられている場合のみだ。

 戦闘時に、一箇所にずっと固まって突っ立っていることなど有りえない。そんなことが出来るのは、敵に見つからないことが前提の後方狙撃職だけだ。

 フレンディは『背足強化』右足の真下を除く全噴出孔から、全力の八割程度の出力で空気を噴出させ、更に左足後方踵部分にある主噴出孔から最大出力で噴出させる。

 右足を固定し、左足を前方へ加速する。

 その結果。

 カカガガガガガガガガガン! 

 と、弾があらぬ方向へ弾かれる。

 フレンディはそのまま左踵を加速させ、今度は右脛前方にある噴出口から全力噴出。

 結果、空を飛び、体幹を軸に独楽のように回転することになる。普通の人間がやったなら即自分が死ぬ技だが全身の噴出孔からバランスを保てるフレンディにはさほど難しいことではない。重たい金属が高速で何度の打ちのめす。まさに、死殺技。

 フレンディ流魔化体技極秘開発体系蹴り技三の段二十一番…

 「『鉄の旋風』」

 次の瞬間、死の旋風が二人がいる場所へと突き進んだ。

 地を揺るがす激震。もうもうと立ち込める土埃。かすかに響く金属音。

 ガンがガガンカカンッ! 

 (金属音!? )

 ようやく片膝立ちをして体を起こしたニコルソンが、疑問に思った瞬間。

 土埃を切り裂くようにフレンディが勢い良く後ろ向きに飛び出てきた。

 そこで一度止まると、未だ立ち込める土埃を睨みつける。その中から、突如黒い球体が現れる。身構えるフレンディに届かず土埃を出たあたりで落ちたその球体は巨大化する。

 「『突膨球体』!? じゃあどこに…ッ! 」

 フレンディが声を上げ終えると同時、土埃の中から全身土塗れに茶色くなったジョージとニーナが横一列に連れ立って現れる。

 それを視認した瞬間、フレンディは即座に加速。右拳で貫かんと力を込めて拳を握る。

それを避けようともせず、こちらに歩いてくる二人。それをフレンディの拳が今当たろうと――。

 擦り抜けた。

 「は? …っ!? 」

 右拳に魔力を宿し、一撃で敵を葬る拳が、まるで空気を通り抜けるように二人をすり抜けたのだ。フレンディが間抜けな声を出すのも仕方が無い。

 だが、すぐに気付く。ジョージとニーナが明るいことに。正確には、光が照らされているように見えることに。

 しかし、今は日中。太陽が照っており、周りに障害物が作る壁も無いため、明暗に差があるわけは無い。

 だが、実際に差はある。ということは、つまり。

 (…人工的なもの。『活動写真』か、幻像ということだな…。)

 人工的に映し出した映像ということ。ニーナが前より自分達の映像を設定していたのを使ったのだ。以前血塗れの首を映し出した。だから背景の土埃が透けて土塗れに見えのだ。

 (だが『突膨球体』は土埃の中から飛び出た。まだ埃の中にいるはずだ…。)

 フレンディはそう考え、どこから出てきてもいいように身構えなおす。

 しかし。

 ガガガンカンカンガンカンガガガガンカカッ! 

 攻撃は、左後からやってくる。

 「…!? 」

 不意を突かれて動きを止めるフレンディに、弾の嵐が襲う。それらは全て、左足の窪みに集中している。

 フレンディは左足にダメージが溜まり始めているのを自覚した。

 いくら堅く厚い装甲でも、当たった時に生じる後ろに下がろうとするエネルギーは殺しきれない。通常、それは衝撃と呼ぶ、のだが、溜まりきり、積もり切った衝撃はまるで殴打するようにフレンディにダメージを与える。更にフレンディは衝撃の大きくなる速さから、対物理用の最外殻一層目がもうすぐ破れてしまうことも悟っていた。対魔力の第二層もそこそこ堅いが、第一層ほどではない。この状況を打破しなければ負ける。

 (奴等の狙いは第二層をも貫いて身体にダメージを与えること。だが、左足の装甲を破っても私は止まらない。逃げ続ければ第二層が貫き切られる前に向こうの弾が切れるはず。そうすれば私の勝ちだ。)

 フレンディはそう考え、右手を動かして逃走の準備に入る。それが初めての経験だと、うすうす気付きながら。


 ニーナは『英雄の槍』を乱射していた。

 フレンディの『鉄の旋風』を避けるのは簡単だった。回るということはすなわち視界が狭まるということであり、『活動写真』で自分達を映し、巨富をこらえて前に走れば避けられたからだ。

 そのときジョージが投げた『突膨球体』がフレンディによって上へ弾かれ、位置を誤認させる罠として働いた。それをわざとやったのなら、後で礼を言わないと、とニーナは思う。

 ニーナは腰に吊り下げられている『離鎚』を確かめる。これがあれば、フレンディを倒すことが出来る。

 ニーナはマガジンを取替え、新たに『英雄の槍』を撃つ。別行動中のジョージが上手くいくよう願いながら。


 ガガンッガンガンカンカカンン! 

 フレンディの『背足強化』の左足に、まばらに弾が着弾した。

 (一人だけ…? )

 ニーナが諦めないよう、一定の距離を保ったまま逃げるフレンディは、ニーナ一人しかいないこの状況を訝しんでいた。今の窪みへの命中率は20発に1、2発当たるかどうかという所。一秒に2発、10秒ごとに2.5秒の間隔が空くことから二十発入りのマガジンを使っているらしい。窪みはあと三発食らえば第一層は破られるくらいだ。だが、第二層の三分の1に届く前に弾切れを起こすだろうとフレンディは推測する。

 少し間が離れたからあのちょっと高い所にいったら減速しよう、とフレンディが思った瞬間。

 ギンッ! ! 

 と、今までとは明らかに違う音が響いた。

 (…!? 何だ、まだ三発くらいは余裕があったはず…っ! )

 第一層が、破られた。

 それに気付き、驚きニーナを見たフレンディは、少し前までの自分を呪いたくなった。

 (…! あれは最初に窪ませた陣装…ッ! 使ってなかったから速く弾が切れたと思ってたが、もしかして魔蓄池を温存していたのか…ッ!? )

 そして、反射的に減速したフレンディに、地面と全く同じ色彩の布をかぶっていたジョージが襲い掛かる。フレンディが少し高い所と思っていたのは、ジョージが偽装し隠れていた姿だったのだ。

 ジョージが手に持つは、近距離魔力放出陣装。それを見、フレンディはジョージの意図に気付く。

 (…くっ! ジョージの狙いは陣の配線か…ッ! ガーパの不通体コーティングは今ので駄目になってる…。クソ、ッ! )

 フレンディはニーナの方を向いているのが災いし、真後ろから襲い掛かるジョージに反応できず。

 ジョージは、窪みに近距離魔力放出陣装を突き刺す―――! 

 近距離魔力放出陣装の端子が、むき出しのガーパに触れ、大量の魔力を流しこむ。

 さて、パリ中央魔術楽員の教師は、陣を水の流れに例えた。魔術とは水の流れが水車を回すような物だ、と。

 では、ホースから落ちる水が小さな水車を回している姿を想像してもらいたい。これは『背足強化』で、ホースがガーパ。水車は魔具だ。ここでホースに穴を開け、ぎゅうぎゅうに水を通したらどうなるだろう。

 そう、ホースは弾け、水車は一瞬増えた水に高速回転する。

 つまり。

 フレンディの左足全ての噴出孔から、全力を超えた出力で空気が噴射された。フレンディはバランスを制御することも出来ず、ニーナのほうに飛ばされる。

 俯せに、左手を頭より前に、掌を上に倒れたフレンディは、そこで信じられないものを見た。

 「『離鎚』第二形態へ移行。」

 ニーナの言葉にしたがい、手に持つ陣装が形を変える。銃身が伸びる。瞬く間に銃身が二倍の長さになる。

 「離力、最大出力。銃の構成へ。」

 『離鎚』スレッジハマー。Sledge hummer。その意は、巨鎚。

 通常、陣装の名前はその効果を表すようなものになる。『英雄の槍』なら英雄の槍のように鋭利に物を貫くこと。

 それなら、離鎚、スレッジハマーとは何だ。大質量の飛翔体を飛ばすから叩き潰したような傷をつけるからか。

 否。それは居鎚の意に合わない。もっと大きな効果がある。

 ニーナの言葉が紡がれた瞬間、フレンディは僅かに身体を引っ張られるような感覚に襲われた。

 それ音同時に、二倍の大きさに伸びた『離鎚』の銃身に、地位なさモノが沢山吸い付いていく。それは弾だ。先程まで『英雄の槍』などで飛ばしていた弾だ。

 『英雄の槍』『名槍』『離鎚』などは、基本同じ仕組みで弾を飛ばしている。すなわち、離力によって吸う事で弾を加速させ、十分に加速した瞬間に離力をきる。すると、弾はそのままの勢いで飛んでいく、という寸法だ。

 それらの弾が吸い付くということは、弾全てに共通する吸い付ける力を使っているということだ。そして、その力は最早明確。

 『離鎚』の銃身にどんどん吸い付いていく金属体。離力が反応する金属が使われているものなら、全てひきつけ、吸い付いていく。

 弾以外にも陣装、日常品、砂鉄やらが引きつき――。

 直径一mの巨大な球となる。

 ニーナが持っている部分が飛び出し、まるでフライパンにも見える。

 いや、違う。持ち手があり、その上に重量体がある武器。

 鎚。居鎚だ。


 これこそが『離鎚』、スレッジハマーの真の能力。使用するのに幾つかの条件があるが、使えば最強の陣装。

 およそ3・5トンの巨鎚は、それだけで人を倒せる凶器。

 そして、ニコルソンが力を振り絞って叫ぶ。その一点は。

 「左手だ――! ! 」

 一瞬の停滞を破った居鎚が、重力を借りフレンディの左手に堕ちる。


 考えてみれば、フレンディの戦闘はおかしかった。

 攻撃、防御その双方に、左手を使わなかったのだ。明かに、左手で行ったほうが速い場面でさえも。

 それだけなら左手は利き腕ではないから使わなかっただけかもしれない。

 しかし、ジョージもニーナも、左手を使っているのを見たのはただの一度だけ。両腕をクロスさせるように防御姿勢を取った時だけだ。そのときさえも右腕が左腕の上にあり、左腕には攻撃が当たる確率が低くなっていた。

 さらに、もう一つ疑問がある。

 フレンディはどうやって『肉体強速』を操作していたのだろうか。

 現在魔術では、魔術を顕現させるのに、最低でもスイッチ一つ押す動作は必要だ。しかし、フレンディは全身にある噴出孔からの噴出をどうやって意のままにしているのだろうか? 

 この二つの疑問をあわせてみると、一つの答えが見えてくる。

 左手に全身の魔術顕現スイッチを集めて操作しているのではないか? 

 だから左手に攻撃されるのを嫌がった。

 そう推測しての作戦だったが、ニコルソンの叫びを聞いて核心に変わる。

 そして巨鎚は。

 フレンディの左掌にある、数十個の魔術顕現スイッチと共に地を押しつぶした。

 音はそれほど大きくなかった。

 振動もそれほど無かった。

 しかし、居鎚は地に三分の二がめり込み、それにあわせてフレンディの左手も地を割っていた。

 「離力、解除…。」

 ニーナがそう呟くと、球は元のバラバラに戻り、そしてニーナは頭を抑えて座り込む。

 フレンディは身動ぎさえしなかった。

 気絶したのだ。

 静やかな空気が辺りを包む。

 そして、

 「勝ったー! やったよニーナ! 学院長先生に、勝ったよ! 」

 「ジョージ、ニーナ、逃げろといったろう…! だが、…ありがとう…って聞いてない…!? 」

 「フ、フレンディ様! 」

 声が爆発した。

 ジョージはニーナに駆け寄り、ニコルソンは声をかけようとして失敗し、黒いつなぎを着た男は驚いて崩れ落ちる。

 「ジョージ、ニーナ、ごめん…。」

 黒いつなぎを来た男から解放されたサスリーが二人の前へ歩いてきて言った。

 「私のせいでー、ジョージもー、ニーナもー、二人のお父さんもー、闘わなきゃいけない様な状況にしちゃってー…。本当ごめん…。」

 大規模な離力を浴びた副作用で貧血と頭痛を起こしていたニーナは、その言葉を聴いて立ち上がり、言う。

 「サスリーのせい? ぜんぜん違うよ。そこで寝てる学院長先生が『Almighty』を奪おうとしたのが行けないんだから。サスリーは巻き込まれただけ。そうでしょ? サスリーは悪くない。」

 「サスリー、ぼくもサスリーのせいだなんて思ってないから大丈夫。これからもよろしく…。」

 ジョージが更に言うと。

 「でも…私が関わったことには間違いないんだしー…。」

 と未だ申し訳なさそうに言う。

 「じゃあ、こんど美味しいもの奢ってよ! 私たちパリの美味しい物とかまだ解らないから。ね? 約束。」

 「そんなんでいいのー? ありがとうー。ジョージー、ニーナー。」

 結局ニーナの暗に納得したサスリー。

 「さぁ決着は着け終わった。後は私がやるから君達は家に帰りなさい。また…。」

 ニコルソンが事態を収拾しようと言葉を出した。

 だが。

 最後まで言い切ることは出来なかった。

 何故なら。

 ドガバゴンッッ! 

 と音を立て、グラウンドの外にあるコンテナの中から、異常な何かが走り出てきた。

 ソレは、四輪の、奇妙な車輪が付いていた。車輪の接地部分に、横向きのローラーのようなものが付いていた。

 ソレは、五メートル×五メートルほどの土台の上に大規模な発魔機が付いていた。そして土台の中央にはいびつな球が取り付けられており、その頂上から蒸気を噴き出していた。

 ソレは、その土台の上に多種多様な攻性陣装を載せていた。そしてその先を出し、壁で覆っていた。

 そして。

 それの車体には、ある文字があった。

 『Almighty』自立駆動魔術重戦車試作№1『フェンリル』

 そして、200メートルはあるだろう距離を猛然と詰めてくる。

 「ヒ、ヒィッ! 」

 ジョージ、ニーナ、サスリー、そしてニコルソンは、その意味を図り損ねて茫然としたが、それに正しく反応したものがいた。ニコルソンに捕まった黒いつなぎを着た男だ。

 「おい、あれを知っているのか? あれは何だ、答えろ! 」

 ニコルソンが問い詰めると、男は恐怖で震えながら答える。

 「あ、あれは、自立駆動する戦車だ…。無人で動く。『Almighty』による自立判断だから、容赦が無いぞ…。」

 「戦車? 何それ? 」

 ジョージが訊くが、誰もわからない。

 「戦車というのは…。カストル流魔化体技の『動攻城塞』を強化したものだと思え。その自立型だ…。くるぞ!」

 「自立型…? 」

 ニコルソンが呟くと同時、『フェンリル』が到着した。

 『フェンリル』を想像してもらうには、五メートル×五メートル×二メートルの直方体を思い浮かべると速い。底辺の角四箇所に対角線に対して直角になるよう奇妙な車輪が取り付けられている。そしてそのほかの面からハリネズミのように攻性陣装の先が飛び出ている。

 一際長く太い二本の針を前に泊まった『フェンリル』はそこで急停止した。

 そして、沈黙した。

 「…これはどういうことだ? 」

 「…解らない。」

 ニコルソンが男に訊くが、男も知らない。そこで気を取り直して再び聞いた。

 「『Almighty』が頭についているがどういうことだ? 」

 その答えは、後からやってきた。


 「簡単だよ。『Almighty』が核として自立させているということだ。」


 全員が後を向くと、フレンディが俯せに寝たまま目を覚ましていた。

 「だからどういうことだ。『Almighty』にはそんな機能は無いはずだ。」

 「ヒント。有線遠隔操作盤だよ。」

 そしてフレンディは一言区切り、叫んだ。

 「保護対象登録番号03、フレンディ・ハーネス。攻撃対象半径100m以内にいるその他の人間! パスワード52t9rpsQ! 」

 フレンディと男以外が怪訝な顔をする中、『フェンリル』が反応する。

 「音声照合。一致率、93%。フレンディ・ハーネスと認定。命令受諾完了。管理者権限で実行します」

 「…っ!? 」

 「…、えっ? 」

 「? …? ? 」

 「ふぇ? 」

ニコルソン、ジョージ、サスリーが驚きの声を上げる。理由は単純。機械であるはずの『フェンリル』が、人と対話したように見えたからだ。

 『フェンリル』が、一文節ごとに録音された音を並べて言う。

 「システムチェック、…センサ全応答。…攻性陣装、全応答…、駆動制御、前応答。システム、オールグリーン。」

 『フェンリル』が、その身体のあちこちからガタガタ、ウィンウィン、シューシューと音を立てる。最後に、歪な球から一際大きな水蒸気を吹き出した。

 「関数Battle、実行。変数、protect1に、01を代入、変数Attack、に、1872を、代入、…エラーチェック、エラーなし。半径、100、m、以内、の、人間、を、保護、対象、以外、攻撃、します。」

 『フェンリル』が、恐らく基は女性の声だったであろう、文節を並べた音を発音する。その内容を聞いた四人は、咄嗟に飛び退いた。

 「「「「!!」」」」

 次の瞬間。

 二本の内一本の主砲がオレンジ色の光を引いて弾丸を射出した。その大質量は、人の目にはオレンジ色の光としか見えぬ速度で放たれ、2メートルは離れた場所にいた四人を軽々と風圧で吹き飛ばす。無論、1メートル以下の距離にいたフレンディと男もだ。

 「ッ!」

 ニコルソンは足から衝撃を殺して着地できたが、ジョージ、ニーナは受身を取ってかろうじて事なきを得る。しかし、まだ咄嗟に受身を取れるレベルに達していなかったサスリーと、手を縛られていた男と、そしてフレンディは背中から胸から地へ落ち、肺から空気を吐き出した。

 「保護対象、戦場、からの、強制、離脱、失敗。重量より、鎧を、きている、と、判断、し、保護対象、の、安全度、は、上昇、した、と、判断、します。引き続き、攻撃対象、への、攻撃、を、実行、します。」

 『フェンリル』が再び喋る。それを聞き、サスリーは背筋を凍らせる。

 「…、今のは、『主神投槍』か? 厄介だな…。」

 ニコルソンが呟き、どうするか対策を考える。ジョージもニーナも、これと闘えるのか、勝てる相手かわからず動くことが出来ない。

 「ぐぅー、ううう…ー! 」

 サスリーが身体を起こしかけた、そのとき、再び『フェンリル』が喋る。

 「脅威度判定、終了。脅威度、が、低い、攻撃対象、から、確実、に、撃破、します。第一目標、マッピング番号、E、攻撃、します。」

 フレンディと男は『フェンリル』の真正面約3メートル、ニコルソンは左手約五メートル。ジョージ、ニーナ、そしてサスリーは左斜め前約6メートルのところにいる。

 そして『フェンリル』はいる場所を変えず、向きのみを反時計回りに三十度動かした。まるで中心に軸があるように。

 「超信地回転!? ということは、あれはオムニホイールか! だが、動力は、動力は何だ、あの重さをあの速さ…。魔術では不可能だ! 」

 ニコルソンが叫ぶ。

 それを待たずして、『フェンリル』は攻撃する。

 「主砲、B、発射。」

 そして再び、オレンジ色の光が放たれた。

 その線はとてつもない速さで飛ぶ大質量金属体。

 速さゆえに回避を許さず。

 金属体は光の速さの二分の1で目標E、サスリーに迫り。

 威力ゆえに防御を許さず。

 抵抗無く人肉が貫……


 かれない。


 3.5トンの巨大な鉄球がその行く手を阻んだ。

 オレンジ色は僅か5メートルで消え、質量体は左へ弾かれた。当たり前だ。自重の七千倍以上の重さの物にぶつかれば、いくら速くても貫けぬが道理。

 「大丈夫? サスリー。」

 『離鎚』第二形態を解いたニーナが後を向きもせず訊く。サスリーはジョージにお姫様抱っこをされ、ニーナの後3メートルの所で答える。

 「うんー。ニーナのおかげでー。」

 サスリーは顔を真っ赤に赤面させてジョージに下ろしてもらう。ジョージの方はと言うと、厳しい顔をして『フェンリル』を見ている。

 『主神投槍』はペネトレイト流魔化体技の十八番な陣装だが、手に入れるのはさほど難しくない。学術研究用にそれほど多くは無いが売られているし、ベースの『殺神槍』はわりと簡単に手に入るため、自力で作ることも出来る。

 そのように性能にはばらつきのある陣装なので、飛ばせる金属体は20グラムから2500グラムまでと個体によって差がある。それでも『殺神槍』は80グラムの質量を高速の12%程で飛ばすので、威力はケタ違いだ。それでも『神投槍』は約34グラムの鉛を亜音速で飛ばす拳銃の28万倍の威力を持っているのだが。

 そして、この『フェンリル』に載っている『主神投槍』の飛ばす重さは、二回の攻撃で推定できた。およそ450グラム。それ以上大きくすると、『フェンリル』に載りきらなくなるギリギリの重さだ。

 だがその程度、『離鎚』の3.5トンの前には無に等しい。60キロの人間から見ればたったの8g。足で踏み潰すことさえ出来る。

 もう一度攻撃が来たら即座に巨鎚を呼び出せるよう油断無く構えるニーナ。そこへ『フェンリル』が喋りだす。

 「周囲捜索、…人数、変化、無し、主砲、B,マッピング、番号、C、に、妨害、されました。脅威度、を、引き上げます。優先攻撃対象、マッピング、番号、C,に、変更、します。」

 ニーナはそれを聞いてギョッとする。今の言葉から推測するに、Cとは明らかにニーナだ。

 「蒸気…? 蒸気機関か…! 」

 ニコルソンが『フェンリル』から噴き出す蒸気をみて気付きの声を上げる。しかし、その前に短い一言を『フェンリル』が紡いだ。

 「副砲、C、28号、発射。」

 副砲の「ふ」が聞こえた瞬間に巨鎚を呼び防いだニーナの判断は良い物だと断言できる。…が、相手が悪かった。

 発射、の一言と共に放たれたのは、オレンジ色に輝く光線ではなく、黄金色の魔力『雷撃の投槍』。魔力はよりよい通体へ行こうと動く。

――つまり、良い通体である金属が集まった巨鎚へと。

 そして、それを持つニーナへと流れ、ニーナの体が激しく痙攣した。口にまで痙攣が届き、喋ることもできず、どうっと地に倒れる。魔力が逆流し、ガーパが断線した『離鎚』が巨鎚の欠片を纏って落ちた。

 『フェンリル』は更に言う。無慈悲に、無意味に、無感情に。

 「副砲、B,32号、発射。」

 『主神投槍』に比べれば細かく弱そうなオレンジ色の光が迸った。それは高速の12%の速さで5メートルの距離を刹那に駆け抜け、ニーナの横腹を貫いた。『殺神槍』だ。

 拳銃でさえ成人男性が尻餅をつくほどの衝撃を与える。それの28万倍の衝撃が、ニーナを放物線を描かせ10メートル以上も飛ばさせた。

 「マッピング番号、C、撃破、を、確…」

 「ニーナぁぁぁぁァァァァァァああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!! 」

 『フェンリル』の冷酷な言葉をかき消すように、ジョージは絶叫した。走った。ニーナの元へ。

 ぼでっででっ!

 と、2~3回バウンドして最終的に20メートル弱もとんだニーナは俯せに倒れる。絶叫しながら駆けつけたジョージは、その腕にニーナを仰向けに抱く。そして――。

 血に、まみれる。

 ニーナの左腹には、直径十センチはあるだろう大穴が開いていた。たかが80グラムの、直径3.7センチの物体が貫いたとは思えない傷口。金属が隔解し、オレンジ色になる温度で止血された傷を、遅れてやってきた衝撃波がぐちゃぐちゃに掘り返し、さらに遅れてやってくる風がさらに出血を増やす。さらには、地をバウンドして各地に打ち傷切り傷が大量にある。

 出血多量、貧血、痛性ショック、内臓破損、呼吸困難。

 どれが決め手になってもおかしくない重傷。

 まるで水道のホースを前回にしたようにドバドバと血が流れ出る。

 「ニ゛ーナ゛ぁ…大丈夫…ぁ゛ぁ゛…。」

 ジョージが泣きながらニーナに話しかける。

 「ニ゛ーナ゛ぁ…、ニ゛ーナ゛ぁ…」

 「ジョージ…? 」

 恐らく朦朧としているだろう意識の中、かろうじてニーナが目を覚ます。

 「ジョー、ジ…ごめん…。やられ、ちゃった、よ…、」

 「大丈夫だから、ずぐにどうざんが治じでぐれ゛るがら、ニ゛ーナ゛ぁ…。」

 「…無理、だよ…。ジョージ…。…覚えて、ない? お父さんの、地下研究室に、初め、て、入ったときの、こと…。」

 「ぞん゛な事い゛ま゛言わ゛な゛い゛で゛、ニ゛ーナ゛ぁ…、生ぎでよ゛ぉ…。ニ゛ーナ゛ぁ…。」

 「…、お父さん、言ったよね。…魔術は…壊すことしか、出来、ない…。何かを、直し、たり、治したり、癒したり、することは、出来ない…。」

 「ジョージー!! 何やってんのー! 早く、早く傷口押さえてよ!」

 ようやく走ってきたサスリーが、顔の色を変え、上着を脱いで傷口を押させる。しかし、上着のベージュ色は、すぐに真紅に染まっていく。

 「…、だから…。しょうが、ない。」

 「ニ゛ーナ゛ぁ、ダメー! ぞんな゛こと、言わな゛いで、生ぎ゛よ゛う゛よ、一緒に生ぎ゛よ゛う゛よ…。ニ゛ーナ゛ぁ…!!」

 ゆっくりと、本当にゆっくりとニーナは自らの血でぬれた手を持ち上げ、ジョージの頬に添える。

 「…ジョージ、泣かな、い…。わたしは、イタズラして笑って、る、…ジョージの、方が、好き―――」

 血はまだ止まらない。凝固しようとする血小板を押し流すように、後から後から溢れ出る。

 「む゛、無理だよ゛、ニ゛ーナ゛ぁ…! ごん゛な゛状況で、笑っで、笑っで゛な゛ん゛が゛ぁ、い゛ら゛れ゛な゛ぃ゛よ゛ぅ…。」

 「ジョージー! 押さえるの手伝ってよー! ニーナが、ニーナが、…っ! 」

 ニーナは頬に添える手を左右に動かし、ジョージをなでる。ジョージの頬が、ニーナの血で赤くなる。

 「それでも、笑って、いて? …ジョージ。」

 「う゛ん゛…」

 ジョージは腕でごしごしと顔を拭き、ニーナに顔が見えるよう顔を近づけて笑顔を作る。それでも、涙は後から後から流れてきて、ニーナの頬に垂れた。

 ニーナは頬の手をジョージの頭に動かし、ゆっくりと撫でた。


 「…うん、そっちのほうが、良い…。」

 「う゛ん゛…。でも、でも゛生ぎでよ゛、゛まだ学校いごうよ゛、三人で暮ら゛ぞうよ゛…。生ぎでよ゛ぅ…。」

 「…ごめん、ジョージ。…大好、き……」

 「…!? ぞんな゛事…。ごごで言わ゛な゛いで…。あどで、も゛っど良゛い所で言っで゛よ゛ぅ、ニ゛ーナ゛ぁ…」

 「…、大、好き。…あり、がと…」

 力が、抜けた。

 頭に乗っていた手が、落ちた。

 腕から伝わる鼓動が、消えた。

 瞳が、静かに。


 ……閉じられた。


 「ニ゛ー゛ナぁ…! ニ゛ーナ゛ぁ…!!」

 「ニーナー、ニーナー、ニーナー!!」

 二人の呼びかけに、ニーナはもう、応えなかった。

 ニーナは、死んだ。

 死。


 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛」

 慟哭した。

 号泣した。

 号哭した。

 啼哭した。

 後悔した。

 悔恨した。

 絶望した。


 そして。

 呪った。

 誓った。

 断絶すると。壊滅すると。根絶すると。絶滅すると。殲滅すると。剪滅すると。全滅すると。漸滅すると。勦滅すると。誅鋤すると。殄滅すると。撲滅すると。減絶すると。滅亡すると。

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ――――――――――――――ッ!!! 」

 ジョージは立ちあがり、腰にある陣装を全て掴んで、駆ける。

 どこへ。

 勿論、ニーナを殺した『フェンリル』へと。

 「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あッ――――――――! 」

 地を震わせ、地を割らんと地を踏みしめ。

 「マッピング、番号、D,戦闘、警戒、区域、に、自己接近。優先攻撃対象…」

 「うっせーんだよぉおおおおおおっ! 」

 ジョージは無理矢理にも突っ込む。しかし。

 超信地回転。

 まるで中央に軸が入っているかのように『フェンリル』は綺麗に周り、主砲の砲身を以ってジョージを打ち付ける。

 「がぁぁぁ…ぁッ!」

 ノーバウンドで20メートル以上飛ばされるジョージ。そしてジョージが立ち上がろうとした時、信じられない光景を目にする。

 『フェンリル』が主砲をこちらへ向けながら、斜めに走ってきた。

 四輪で走る物体なら、そのネックは方向転換である。通常は車輪そのものの傾きを変えることが出来るようにしている。

 しかし、ソレは本質的に前か後にしか動けないということだ。横に動く時、というのは、頭の向きを変えているだけである。

 だが、『フェンリル』のように、正方形の車体の角に、対角線に対して垂直になるように、車輪を取り付けたら? そのままでは力が上手く伝わらないため、斜め45度の向きでまっすぐ進むような車輪を着けたら? 例えば、車輪にローラーを取り付けた斜めにも前にも後にも進める車輪とか?   それが、オムにホイールだ。

 そうすれば、横方向に頭を向ける必要は無い。ただ車輪を廻す向きを変えるだけ。さらに回転数に違いを出せば、斜めにも進むことが出来る。

 つまり、どの向きでも、どの方向にでもいける機体、通称オムニ。

 それが『フェンリル』だ。

『フェンリル』はジョージの前10メートルに移動すると。

 「副砲、B、21号、発射。」

 そして、『殺神槍』を放った。ジョージは避ける余裕も無く、貫かれる、ハズだった。

 しかしジョージが感じたのは、浮遊感だった。

 ジョージはニコルソンに抱きかかえられ、ジャンプしていた。着地と同時に地面に下ろされる。主砲で強打されたにも拘らず、ジョージは打ち身をしただけで済んだ。奇跡的な確率だった。

 「マッピング、番号、B、戦闘、警戒、区域、に、自己接近。」

 『フェンリル』が何かを言う中。

 「父さん…! ニーナを、ニーナを助けてよ! ニーナを……治してよぉ!!」

 「無理だ。」

 「ニーナを、ニーナを…! 魔法で還してよ! 父さんは、父さんは世界一の魔術師なんでしょう? ニーナを還してよー!」

 「…すまん、無理だ。」

 「ニーナを…、ニーナを…。…ニーナを、還せよ…。」

 「…すまない。」

 「こんなの…、こんなの、魔法じゃない…! 」

 ジョージは、そう叫んでくずおれた。

 憎しみは、呪いは、誓いは。

 二度と生き返らない、もう絶対に会えないという事実の前に消え去った。悲しみに上書きされた。

 心に穴が開く。

 心が冷えていく。

 心が…。

 ジョージの目はトロンと輝きを喪い、活気を霧散させていく。

 ニコルソンはそんな我が子にどう声をかけるか迷い。

 同じ目線にあわせ、頭に手を置いて、言った。

 「ジョージ、頼みたい、ことがある。」

 ニコルソンは、ジョージを奮い立たせるために言った。今言わないと、今奮い立たせる必要があった。大事な人を、喪った直後。それは、一番危ない時期だった。悲しみで、精神のバランスが崩れ、その人を追おうとする気持ちに取り付かれてしまう。ニコルソンも、ニーナの死にはやりきれないものがあったが、ここでジョージまで死なせるわけにはいかなかった。

 「ジョージ、このままじゃニーナの体がまた『フェンリル』にやられてしまうかもしれない。科学で治すにしても、これ以上傷ついたら流石に危ない。だから、まずは『フェンリル』を倒そう。そうすればニーナを助けられるかもしれない。」

 だから、ニコルソンはジョージに偽の希望を与えた。そしてやるべきことを与えた。ニーナが助けられるかもしれないと。だから『フェンリル』を倒そうと。

 しかしニコルソンはもう解っていた。心臓が止まって数分経てば脳への酸素供給が止まり、脳が死ぬ。そうしたら、もう打つ手は無い。そしてもう無理だと二コルソンは思っていた。

 それでも、ニコルソンは偽の希望を振り撒く。

 「いいかジョージ、有線遠隔操作盤を覚えているか? 『Almighty』があれば作れると言ったやつだ。」

 ジョージはトロンとした瞳で頷く。

 「あの魔術顕現スイッチをセンサ陣装に置き換えたんだ。例えば人感センサとかに。そうしたら、人感センサが反応したら武器を放て、と調整しておく。これの連続で『フェンリル』は動いているんだ。」

 有線遠隔操作盤とは、魔術顕現スイッチの魔力の流れを感知し、それによって調整した通りに他の陣装を動かすものだった。

 ならば、魔術顕現スイッチをセンサ陣装に置き換えてみる。センサ陣装は現象が起こると魔力を発生させるのだから、『Almighty』

 例えば、人感センサが反応したら『殺神槍』を放て、という調整をしておけばどうだろう。人を見れば『殺神槍』を放つものの出来上がりだ。

 これを多様化、複雑化させて『フェンリル』の自立性を作っているのだ。

 「だから『Almighty』を壊せば『フェンリル』は停止する。そうすればニーナは助けられるかもしれない。」

 ニコルソンは偽の希望を振り撒く。例え嘘だと分っていても。それでもジョージを死なせないがために。

 「だが実際問題ソレは無理だ。『Almighty』は『フェンリル』の内部の内部の内部にあるに決まっている。そんな中枢を狙っても時間の無駄だ。…だから、動かしている魔力源を狙う。発魔機だ。」

 ニコルソンがこれでもかという程に強調する「助けられる」に、ジョージの目に活気が戻っていく。

 そして再び色が現れる。決意の色。ニーナの仇をとると誓った絶対の思い。

 「発魔機は運動エネルギーを魔力に変換する陣装の一種だ。動体魔術用の魔具を巨大、効率化したもをなんらかの運動機関に組み込んで使う。」

 「つまり、その運動機関を壊せばいいってことだよね…?」

 「そうだ。『フェンリル』のの運動機関は恐らく…、蒸気機関だ。外の科学の最新技術の結晶。だから私もあれの脅威に気付けなかった。」

 重量分散式自己破壊型対衝撃建築と同じ、科学技術が使われていたため、ニコルソンでさえ『フェンリル』の実力を正しく測れなかった。だが、気付いてしまってはもう遅い。

 正体が分れば、対策はいくらでも取れる。

 「蒸気機関は、あのいびつな球の中で蒸気を沸かし、その圧力で発魔機、そして車輪を動かしている。だからあの球を壊せば、圧力が開放され動かなくなる、ハズだ。」

 ニコルソンのその言葉に、ジョージは頷き、言う。

 「分ったよ、父さん。あの球を壊せば…、ニーナは助かるんだね…?」

 その瞳に、決意と覚悟と、そしてイタズラをしているような笑みが浮かぶ。

 ジョージにとっては、ニーナの言葉を思い出しただけだが、ニコルソンにはある感覚とその場面が思い出される。

 あの村の外れの森の小屋で、ジョージが『遅延発動』を発明した時。ニコルソンは人生初めての敗北感を味わった。

 あの楽しそうな、イタズラをしているような笑み。ニコルソンが負け、そして親として守りたい絶対の―――。

 ニコルソンは、ジョージを、そしてニーナを守ると決めた。必ず。絶対に。

 そしてジョージは軽快に走り出す。

 『フェンリル』に向かって、打ち倒して、ニーナを助けるために。

 「マッピング番号、B、撃破を…。」

 『フェンリル』がそう発した瞬間。

 ジョージは全力で『フェンリル』へ駆ける。

 駆ける――――!

 「マッピング番号、D、戦闘警戒区域…」

 『フェンリル』が即座に反応し、ハリネズミのような数々の副砲をジョージへ向ける。

 「副砲、A、B、C、53号、49号、68号、一斉射撃、開始、します。」

 火炎が踊り狂い、オレンジ色が貫き、黄色が蹂躙する。一斉に三門の副砲を放ったのは『フェンリル』でさえ恐怖を感じたからか。

 しかし、その直前。ジョージは金属製の、緑の印が付いた一枚のプレートを前方へ投げる。

 そのプレートは、ボウンッ! と音を立てて、五倍の面積へと膨らむ。つまり、1メートル平方へと、あたかも『突膨球体』のように。

 火炎はプレートに遮られ、黄色は人体よりも良質な通体であるプレートへ進む。その結果、ティタニウム製のプレートは、熱く、熱く熱される。融ける温度ぎりぎり、1600℃へと。遅れること数瞬、少し遅く放たれたティタニウムより低い1536℃で融ける金属は、プレートに当たると同時その80グラムを全て液体に変えて落ちる。

 対攻撃防御陣装『バルドル』。最高に硬く、最大に熱に耐える。そんなティタニウムを、『突膨球体』のように膨らませ、携行性を良くする、だけではない。

 『遅延発動』――! 

 『バルドル』の四隅から猛烈な勢いで風が吹く。グルグルと回転したかと思うと、ブーメランのようにそのまま飛んでいってしまう。

 弧を描いて『フェンリル』側面に刺さる『バルドル』。硬さは守りだけではなく、何人にも守れぬ最強の刃となって凶悪な攻撃性を実現する。―――『二重遅発』

 その間にもジョージの足は進む。――後15メートル…!

 『副砲、A、53号、54号、55号、三連発射』

 火炎が狂う灼熱地獄の宣言を、ジョージは青印のプレートと共に無力と化す。

 五倍に膨らむプレートは、全ての炎を喰らい消し、自身が地獄と化して火を発す。

 『遅延発動』――――! 

 『バルドル』の後面から空気を噴出し、放った元へと進むプレート。熱がためにハリネズミに貫かれて無残と化すが、その熱量をも伝わらせる。

 『遅延発動』―――! 

 無残に破れるプレートの、残る中央から白煙が立ち上る。これは熱の煙に非ず、冷の煙。超低温の液体が、冷やし気化して昇る煙。

 急に熱され、急に冷やされ、変化に晒された外壁は、風化するように傷んでボロボロに変わり果てる――、『三重遅発』

 これがジョージの最後の切り札。多重遅延発動術式。多重に多重を重ねて発するその術式は、あらゆる連撃を一つの陣装と組み込み、一つの攻性陣装が多数の攻撃をも果たす。

 ジョージの応用力も加われば、ソレはあらゆる行動が敵を討たんと動くが如し。

 『フェンリル』まで後10メートル。

グルン、と。超信地回転により『フェンリル』は主砲をジョージへ向ける。約1.5メートル。壁から伸びた2本の砲は、それぞれが確実にジョージを叩き潰す威力を持ち、その威力をジョージへ向ける。

 「主砲、A、最大、威力、で、発射。」

 『フェンリル』が放つは、主砲A。今まで放たれなかった『フェンリル』最大最強の攻撃。『殺神槍』を越え、『主神投槍』をも上回るだろうその正体不明の攻撃が、ジョージを倒さんとばかりに牙を剥く――! 

 主砲A内の、ある特殊な物質に魔力を使い刺激を与える。刺激された物質は、ある一定のエネルギーを放出する。

 強力で強大なエネルギーは、一定の性質であるがために互いを邪魔せず、阻害せず、ただ砲身に沿って空を渡る。一秒で300万キロメートルをわたるそのエネルギーは…。

 しかし、ジョージに当たる前にプレートに遮られる。

 そのエネルギーの色を見、更にジョージが投げたプレートを見て、ニコルソンは驚愕と共にジョージの身に危機感を募らせる。

 (…! あれは『終末の一撃』…! どうやって作った!? それよりジョージ―――――! 『終末の一撃』相手には『バルドル』は効かな―――――――!)

 「ジョージーーーーーーーーーーーーーーーーーー!」

 ニコルソンが叫ぶと同時、ソレは起きた。

 「「!?」」

 フレンディが、ニコルソンがサスリーが。その不可解な現象に目を疑った。

 その時、フレンディの目が、プレートに今までとは違うものが付いていることに気付いた。ソレはガラスで出来た、多面体のようだった。

(…!? …、そうか、あれはプリズムか…。それで反射したか)

 そして、フレンディはその仕組みを看過する。

 『終末の一撃』が弾として扱っているエネルギーは、光速・大威力・指向性等全ての性質を兼ね備えている。再現しようとしても、普通は光速、という時点で躓く。なぜなら、光速で進めるものなど、この世には殆ど無いからだ。『殺神槍』『主神投槍』などの仕組みは、その唯一のものだが、空気摩擦でどんどん融けてしまうため、今の所最高でも光速の70%までしか成功していない。それでも1トンの金属を大きな家ほどの陣装を使って飛ばしたもので、『終末の一撃』の大きさにも遠く及ばない。

 しかし、例外が一つだけある。

 何もしないでも、光速に届くエネルギーが一つだけ。

 光だ。

 光なら、ただ放つだけで簡単に光速へ加速する。

 しかし、光は物を傷付けることができるのか? 毎日浴びている、この光が。


 できる。


 例えば、虫眼鏡を使って一点に集めればいい。それだけで有機物は燃える。元々光もそのような『物に影響する力』を持っているのだ。しかし地球上では空気摩擦等で発揮されにくくなっており、更に元々持っている力自体も微弱なため、分らない。しかし、宇宙空間では、発光陣装が光を放つと、その反作用で逆方向へ陣装は動くのだ。

 そして、ニコルソンはその光を凝縮することで、大威力を発揮するようつくり、同じ性質を持つように調整した光を使うことによって指向性という壁を乗り越えた。

 死角なしに見える『終末の一撃』だが。

 一つだけ、弱点がある。

 それは、攻撃の本質が『光』だということだ。

 光、反射率が100%で無い限り、その残りが加熱し突き破るが、逆に言えば光反射率100%の物質があったら防がれる。

 光反射率が高いものといったら鏡、だが。

 (くそっ、なぜプリズム? …ひっかからなかったのか…! くそっ!)

 実は鏡に光反射率はどれだけ上げても100%にはならない。市販品なら80%程度、研究用超高反射率を誇る物でも99.99%ほどで、残りの0.01%あれば『終末の一撃』は易々と鏡を貫いてしまう。

 これが、ニコルソン、ひいてはフレンディが使った罠だった。もし相手に『終末の一撃』の本質が『光』だとバレても、相手が鏡を持ち出してくれば、それで終わる。

 ハズだった。

 そう、ジョージが放ったプレートに大量についているのは、プリズム。プリズムとは、ガラス等の透明物質で出来た多面体で、光屈折率100%を誇る。そして、光を多段屈折させることで、光反射率100%を実現することが出来るのだ。

 しかし、その入射角は非常にシビアで、5度程度の誤差しか許されない。

 つまり。『遅延発動』で光の向きを感知し、方向を制御しているのだ。

 反射された光は来た光を相殺し、消える。これがニコルソンの見た光景だったのだ。『バルドル』。これは『終末の一撃』を防ぐもの。終末の先に手を伸ばすもの。

 あらゆる攻撃を弾く光の神にして、終末の先の世界を統べる神の一柱の名。

 更に、『終末の光』は、プリズムの付くプレートの、先に奥を光らせる。それは、目を焼かんばかりの灼光だ。

 そして、プリズムは光を曲げる。入射角が180度違えば当然、プリズムは全く別の屈折を作り出す。

 すなわち、今度は一点、集約へと。

 集約された光は『終末の一撃』と同じように威力を持って真っ直ぐに進み、その先のものを破壊する。つまり、『終末の一撃』を―――、融解させる。

 膨張、感知、姿勢制御、発光―――『四重遅発』

 『フェンリル』まで、後5メートル。

 再び投げたプレートは、『フェンリル』が反応する間さえなく四段に膨らみ、梯子を作る。それが『フェンリル』に離力で吸い付き、歪な球へと道を作る。―――『五重遅発』

 カンカンカンカンッ! 

 と、梯子を駆け上がったジョージは、一足に跳んで歪な球の上へと乗り、腰から棒を取り出す。それは見る間に太く、長くなる。

 『割の杖』。

 それに酷似はしている。が、これは『割の杖』をベースにした別物。圧を溜めているために硬いであろう、歪な球の頂上へ、ジョージはその棒を乗せる。

 メインの陣とは別の陣が起動し、離力で棒を固定した。

 「ニーナーーー! 今、助けるよ!!!」

 そして、ジョージが魔術顕現スイッチを押し込んだ。

 ジョージが歪な球から飛び降りると同時、その棒の陣が効力を発揮し始める。

 打撃、急加熱、急冷却、振動、空気爆発、そして、刺突。

 ガン、ジュッ、キッ、ガガッ、ドンッ、そしてドガッと。

 六重に重ねられた攻撃が、内側からの圧に耐えるよう作られた歪な球を貫いた。

 『ウィーザル』―――『六重遅発』

 神王を飲み込む狂狼は、神王の息子に口を上下に裂かれ死んだという。

 その神の名はウィーザル。狂狼の名を持つ兵器は、その名の運命に従い敗れたのだ。

 最強の盾に攻撃を守られ、最強の矛に貫かれた『フェンリル』は、溜め込んだ内圧により、内部から破裂する。


 ガバァン!! 


 と、轟音と共に、『フェンリル』の各部品が飛び散る。

 『バルドル』で守ったジョージは、ゆっくりと立ち上がる。

 「……バカな…! 『フェンリル』が…。」

 絶句するフレンディに、ニコルソンが告げる。

 「あの子達は可能性だ。それを止めることなど出来ないさ。」

 立ち上がったジョージは、ニーナに駆け寄ろうとする。が、偶然落ちていた『フェンリル』の部品を踏んでしまい、身体に魔力が流れた。

 「があぁぁ! 」

 体が痙攣した。自分の意思と関係なく、体が動いた。

 「!?」

 そのときジョージは気付いた。その可能性に賭けるべく、未だ痺れる体を酷使してニーナに駆け寄った。

 「ニーナ…、帰ってきてよ…! 」

 そして、近距離魔力放出陣装を右手に持った。

 「ジョ、ジョージー!! 何するのー! 」

 ニーナの横にいたサスリーが声を上げたと同時、それを―――。

 ニーナの胸へと、優しく当てた。

 ニーナの体がビクビクと痙攣する。心臓と同じように、自分の意思とは関係なく。

 「ジョージー、ニーナにそんな事――!? 」

 サスリーが再びジョージを説得すべく、ニーナに触れると。

 かすかに、鼓動が伝わった。

 ジョージは既に、近距離魔力放出陣装を捨て、ニーナを抱いている。

 ニーナの鼓動を受け止めるように。ニーナの生を迎えるように。

 ゆっくりと、再びニーナの瞳が開き。声が、奏でられる。

 「…ジョー、ジ? 」

 その声に、とてつもない嬉しさを感じ。こみ上げる涙を溢しながら。

 ジョージは、ニーナの願ったように、笑顔で言う。

 「…お帰りニーナ。僕も…。大好きだよ…! 」

 

 一週間後。

 ニコルソンとジョージは、街を歩いていた。

 「今回の『Almighty』に関する騒動は、基本フレンディの欲から始まったらしい。」

 ニコルソンは、歩きながらこの一週間でわかったことをジョージに話していた。

 「製作者―ダグラス・バスクがパリで発表した時点で奪取計画を立ち上げ、ダグラスの元に返還されるときに奪取しようとしたが失敗。私達の手に渡ることとなった。その後は、――あの村の出来事があり、失敗。どうしたことかと考えていた所で、ダグラス自身からフレンディに接触があった。内容は、秘密裏に『Almighty』を私から取り返してくれ、と。ダグラスは私の提案が不満だったらしい。 まぁ後は、それを行うためと、フレンディがダグラスを騙し『フェンリル』を製作させた。対私用の切り札にするつもりだったらしいな。あとは、知っての通りだ。奪った『Almighty』を『フェンリル』に組み込み、保管していた。そのスイッチを『肉体強速』用の魔術顕現スイッチと一緒にしていたため、ニーナの『離鎚』が壊し、起動した、というわけだ。」

 「ふーん。それで、結局『Almighty』はどうするの? 」

 「オリジナルは『フェンリル』と共に大破。ダグラスが持っていた設計図を元に、フレンディを除くパリ中央魔術学院の研究者が再現中だ。…っと、着いたな。」

 そして、2人は目的地へと到着する。病院へ。

 足を踏み入れ、ニーナの病室へと向かう。

 扉の前で足を止め、大きく息を吸って。中へ、入る。

 

 「ジョージ! 」

 「ニーナ! 」

 白く、清潔な服を着て、ベッドに横たわるニーナが声を上げる。

 生きている。それだけで嬉しくなったジョージは、ニーナの元へ駆ける。

 「大丈夫だった? 」

 「うん、科学の治療技術のおかげで、もう命の危険は無いって」

 「そうかーー。本当によかったぁ! 」

 そんな様子を、ニコルソンは温かい目で見ている。

ひとしきり話し終えると、ジョージとニーナはニコルソンに向かって言う。


 「父さん、やっぱり考えたんだけど。」

 「うん、ジョージと話して確信したんだけど・・・」

 「この技術は魔法じゃない。」

 「魔法のような、壊すだけの力じゃない」

 「だってニーナを救えたんだもの」

 「だって私は救われたんだから。」

 「壊すだけの力じゃないから、」

 「この力は魔法じゃない。」

 「雷のように僕たちの体を駆け抜け、」

 「稲妻のように速く想いを届ける。」

 「「電気、だよ」」


 まったく、この子達に驚かされるのは何回目だろうか、と思いながら、ニコルソンは頷いた。


FIN


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