歯車の遺灰
1.虚ろを揺らす
薄暗い夕闇の中、ごうごうと吹く風に砂塵が混じって巨大なシダの林を叩いて揺らす。シャッターの開いたガレージにも入り込んでしまう。忌まわしげにペンテ・ゾラは舌を打った。父母が生きていたのなら、咎めの声もあったろうが、今は少女一人きりだ。
街の修理工場でようやく一人前の機械屋として認められたというのに、帰ってきたら父母は流行病に倒れた。戦前のバイオ兵器だったそれは、惑星全土に猛威を振るい、二人とも亡くなった。
残ったのは行き場のない感情と朽ちかけた実家にして修理工場だ。窓の外をみれば使えるのか使えないのか、当てにならない廃材だか部品の山が積み上げてある。廃材達は嘆くように朽ちかけた腕や脚を伸ばしている。
自動車の資材もあるが、ほとんどは戦争時に大量に使用された人型兵器、歩行車両のなれの果てだ。民間機はもちろん、ほっそりとした地球軍の旧式機から、この惑星グリーンネストの軍で使われる正式採用機まで。地上戦で使われたはもちろん、どこから手に入れたのか明らかに宇宙戦で使われたものまで雑然と積み上げている。
時折、廃材の上に生えた巨大なシダや長く伸びた苔、キノコなどを食べるために、小型の虫達が顔出す。りぃぃりぃぃっと鳴く彼らを狙って、鶏のような小さな恐竜がのっそりと現れて丸呑みにしていく。大型の恐竜に狙われないように夕刻に動く彼らは夕鳴石竜子と呼ばれている。彼ら自身ではなく丸呑みにした虫が腹の中で鳴くからだ。
明日の昼はあの石竜子でも締めようか。そんなん算段をしていると、彼らはばらばらと散っていく。大きな者に敏感な彼らは震動だけで逃げ出してしまったのだろう。
彼らが去った廃材の山を跳び越えて、一台の歩行車両がやってきた。
父宛の手紙にあった時間通りだ。無線は戦争の影響で使えず、ウィルスに汚染されていない有線の通信機がこのあたりにはないため、大分中世的な方法になってしまった。この辺りではよくあることだ。だから親の死に目にもあえなかったのだが。
その思案も大地を踏み荒らす歩行車両のせいでとぎれた。軍用でもっともよく使われたアルクスト社の機体だ。社名のまま通称されるその機体は耐久性と信頼性に優れた歩行車両だ。ライセンスの関係で歩行車両と呼んでいるが、簡単なパーツ交換だけで宇宙での活動も出来る汎用機である。そのため、少々お高いが、グリーンネスト宇宙方面軍の正式採用機として現在も不動の地位を確立していた。
ところどころ純正でないだろうパーツを継ぎ合わせて、改造というか応急処置をしているのが見て取れるから、大切に使われてきたのだろう。もしかしたら機体は戦前からの生き残りかもしれない。
威圧するように着ぶくれした増加装甲、その下にはおそらく蓄電池が備えられている。おそらく長時間の活動のために増設された、旅のための仕様だ。手には粗雑に作られた鉈と、蝸牛のような形をした銃コイルガンを握っている。旅人から強盗まで、よく使われる武装だ。
「ああー、どうも。ええっと、僕がキール・メエマです」
「はい、そこのガレージにどうぞ」
思ったより腰の低そうな声に驚きながらも、ペンテはアルクストを誘導する。人の三倍はある体躯がなめらかに動く。歩行戦車用に高く作っているとはいえ、すっと整備用の土台に機体を座らせた。なかなか、慣れたパイロットの動きだ。
ぱかりと、無造作にコックピットを開いた。狭く苦しい場所から飛び出すように、一人の青年がふうふうと息を吐きながら出てきた。
ほつれの多い外套をひっつかみ、カーキ色の上下を着ている。大型のシダから繊維を編んで作られる麻袋のような安っぽい服だ。覇気のなさも相まってどうにも敗残兵めいている。歩行車両を操作するための精神同調ヘルメットをはずすと、髪がぼさぼさと広がり彼の顔を大きく見せた。微笑が浮かぶ丸っこい顔はとくに太ってもいないのに柔らかそうだ。
「君がペンテちゃんかあ、大きくなったねぇ」
ぐしゃぐしゃに潰れた軍帽を被りながら、のんびりとした声を出すキール。かつて父の部下だったらしい男は幼少の頃会ったことがあるらしい。まったく記憶にないのは、この男どことなく存在感が欠けているせいかもしれない。
なんのためにこの男と父はコンタクトを取ったのだろうか。手紙という手間と時間がかかるシステムを使ってまで。
「それよりも、話すべきことがあるでしょう」
「ああ、そうだったねぇ。僕はペンテちゃん、君を守りに来た」
ふにゃりとした顔が一瞬、すぅっと厳しくなる。
「君の両親はね、本当は“殺された”んだ」
冷たい声が耳を叩く。視界が白くなったように感じるのをペンテは押さえ込んだ。ざざっと風が地を這い、ガレージの砂をざわめかせた。
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あらすじ
植民惑星の独立運動に端を発した戦争は、銀河を分ける戦乱を喚んだ。惑星間戦争は数多の悲劇と被害を銀河にまき散らして終わった。勝者なき戦いは傷跡と火種だけを残していた。
かつての植民惑星グリーンネストは未だそのくすぶりが消えずにいた。小規模な勢力の小競り合いが続く中、その隙間を這うように修理工の少女ペンテは生きていた。
両親の死から故郷へと戻った時、その真実を告げるものがやってきた。
彼女を残酷な運命から守るべく、傭兵は人型兵器、歩行車両アルクストを駆る。
終わりゆく地の始まりを描く、鋼鉄と閃光の黙示録が今、暴かれる。




