学年二位の超越
「次、黒金白羽くろがねしろう」
高校二年生最初の中間テストの答案返却日、それぞれの点数でざわつく教室の前から俺の名を呼ぶ声がした。
俺は返事をすることなく席を立ち、教壇の上で先日行われた中間テストの答案の返却を行っている先生のもとへと歩いていった。
今回のテストは完璧なはずだ。授業は全て起きていたしノートもとっていた、しかもテスト期間中は学校から帰ってから寝るまでの時間を全て勉強に当てたんだからな。
俺の二人前に呼ばれた学年一位の霧原の反応は少し笑みを浮かべただけだし、あれだけ努力したんだ、今度こそ俺が学年一位をとれること間違いなしだ。
などと考えながら俺は、先生から裏返しの答案を受けとる。霧原のあとだからだろうか、以前として先生は柔らかい表情だ。
そして、俺は余裕の笑みを浮かべて差し出された答案を裏返した。
「おめでとう。霧原に続いて学年二位だ」
「……え」
俺の重く、浅はかな夢は桜の花びらと共にこぼれ落ちた。
◇
桜の花で地面一体が薄いピンク色に染まる。
それと共に日に日に日射しが強くなってきた高2の春。
俺は一人の少女に嫉妬していた。
名前は霧原未来きりはらみく。
才色兼備、容姿端麗、誰にたいしても平等に接する性格、たぐいまれな才能の数々。どれをとっても汚点などなくその真っ白な髪の色が心の全てを物語っているようなその少女に、俺は嫉妬していたのだ。
名前を知ったのは高校に入ってすぐの事だった。志望校全落ちからの滑り止めで仕方なく入った中堅高校。
その最初のテストで一位を取って最高の滑り出しをする予定だった俺の順位は二位に留まった。
ふざけるなと思い何回も見直したがその順位は変わらず二位。
そして俺がいるはずだった一位の欄にそいつの名前はあった。
多少調子に乗っていたからケアレスミスがあったのかもしれないと思い込んでそのテストで負けたことは渋々、本当に仕方なく多少強引に認めた。しかし俺の負けは、
その次も、その次も、その次も、その次も、その次も。
続いた。
どうしても勝てない。
永遠にあの少女がいる限り俺は一位になれないかと思うと気が狂いそうになったこともある。
テスト毎に先生に質問したり何回も復習したりとそれなりに頑張った、でも勝てなかった。
そしてそんなような事が続いて早一年、高2になるといつの間にか俺はあの少女と同じクラスになっていた。
◇
「いいじゃんすげーじゃん二位! 俺なんて下から三番目だぞ」
帰りのホームルームが終わり、帰ろうとした時、話しかけて来るクラスメイトが一人。
青髪高身長に眼鏡と言ういかにも勉強できそうなオーラを醸し出している彼は大体学年最下位の工藤陽太だ。
「良くない、全く良くないし陽太、お前またテスト期間中にイベントの周回しただろ、お前、少しは勉強をしろよ」
「まぁ、否定はしない。勉強? やだね! 俺は遊ぶっ!」
そういうと陽太はスマホを取りだし今流行りの『ユナイトウェポン』たるアプリを始めた。
「まぁ、いいけど俺は帰るぞ」
「待って俺も帰る!」
陽太とは高一からの友達で、放課後に遊んだりするような仲だが頭が悪すぎてしゃべることがボケにしか聞こえない(すまない)。だから俺が大体突っ込みになっている。
バック片手、陽太を後ろに教室の扉をスライドさせ、廊下に出て靴箱へと向かう。
今日は早めに帰ってさっさと寝てしまおう。連日のテストでの疲れがまだとれてない気がするし、何よりもあんなに頑張ったのにも関わらず二位だったんだ。現実逃避でもしてないとやってられんわ。
「はぁ……あ?」
靴を履き替えていた時、突然視界が全体的に赤に染まった。それ続いてサレインと共に校内放送が流れ始める。この近くに、人間を液体化させる生命体【マリス】が出現した合図だ。
またか……これで今月三回目だぞ。
『緊急緊急! この近くにマリスが出現しました。生徒は速やかに地下シェルターへ! 先生方は避難誘導を急いでください!』
「はぁぁまたこれかよー最近多くない?」
「仕方ないだろ、俺らにはどうしようにも出来ないんだからさ……あ?」
嫌がる陽太を諭しながらシェルターへ向かおうとすると、すれ違い様横目に美しい白く長い髪が見えた。
「……霧原?」
振り向いたときにはもう遅く霧原らしい少女の姿はなくなっていた。
この学校で白い髪の奴は霧原しかいないはずだ。
……でもなんですれ違う?
俺らは今マリスから逃げるためにシェルターのある方向へと向かっている。
だったら何故すれ違う。
おかしい。自分からマリスのいる所へ向かっていくなんて陽太程のバカでもやらないぞ?
霧原は鬼才と言われるほどの頭の持ち主。なにも考えずにそんなことをするとは思えない。
ってことはなにか理由があるはずだ。もしくは、なにか隠してるとか。
正直俺は、彼女の悪い噂が立たない事に少しイラついていた、完全無欠の彼女をどうにかして一位の座から下ろしてやりたい。そう思っていたのだ。
そして今彼女を追えば何かしらの秘密がわかるかもしれないときた。
よし。
「行くか」
「ん? 何が?」
陽太が片手でスマホを弄りながら、阿呆面で俺の方を向いてきている。
「いや、なんでもない。そんなことより、俺用事が出来たから陽太は先にシェルターに行ってろ。あとから俺も行く」
「オッケーなるべく早く戻ってこいよ! マリスに体溶かされないようにな!」
なんにも疑わないのかよ。
でも、今回はその方が有りがたい。美少女とすれ違うのが見えたからちょっと行ってくるなんて言えないからな。てかなんだよ俺がマリスと会うの前提で話進んでんのかよ。
「じゃ」
「ん」
俺は陽太にバッグを渡し、適当な別れを告げると、少女の走っていった方へと急いで足を運ばせた。
◇
「あいつどこだよ」
陽太と別れてから約三分。調度カップラーメンが食べられる頃合いだが、彼女は未だに見つからない。
おかしい。階段を下りたり上ったりして学校中探しても霧原の姿は全く見当たらない。
仕方ない、一度立ち止まって考えをまとめよう。
今この状況で考えられるのは、もう学校からは出ていっている。もしくは学校内に俺のまだ知らないところがある、この二つだ。
でもどっちも考えられるんだよな、時間的にはここから校門の外に出るなんて一分もあればできるし、隠し通路でもあるのだとしたらその時間はもっと早められるかもしれない。
問題は二つ目だ。しかし場所がわからない限り俺にはどうしようも出来ない。
……と言うかよく考えたら別にそこまでして霧原を探す必要なんてないな。幾ら霧原の悪い噂が欲しいとはいえ、命の方が大切に決まってる。全く俺は馬鹿か。こんな所にいたら危ないしさっさとシェルターに行こう。
俺はさっきとは逆方向、シェルターへと向かった。
「おい! そこの生徒何をしている、サイレンが聞こえんのか!」
ちょうど渡り廊下の前を横切った時、西棟と東棟をつなぐ渡り廊下のその向こう側から怒鳴り声が聞こえた。
トンネルのようになっているせいだろうか、その野太い声は響きすぎてうるさい。
ちっ! 最悪のタイミングだな。しかも影から察するに声の主は学年主任括体育教師の谷崎か。
仕方ない、俺だってばれる前にさっさと逃げよう。
そう、シェルター方向へと足を向けた時だった。
「おい! 聞いてんのガ? ッ!―――」
「え」
突然、谷崎の声が途切れる。が、俺が驚いたのはそこではない。影によって漆黒に塗られた渡り廊下のその向こうにはっきりと見えるものがあった。
天井に届くほど巨大な影が谷崎の首を綺麗に叩き落とし『溶かす』、その姿を。
「あぁ――」
枯れた声が漏れた。
なんだよそれ……なんだよ、それって卑怯じゃねぇか。
俺はもう影の方を振り返ることもなく一目散にシェルターのある方へと走っていった。
地を踏みしめる脚が震える、目からは涙が溢れ風に流されていく。
もう奴にばれても構わない、靴音が廊下に響き渡ることさえどうでもいい。シェルターにたどり着き生き残る事が何よりも最優先だ。
逃げろ。
逃げろ。
逃げないと殺される。
肺から熱く煮えたぎる二酸化炭素を吐き出し新鮮な空気を取り込む。しかしその空気は一瞬に熱され体へと行き渡る。それの繰り返し。体が熱い。
視線に映る涙が視界のほとんどを奪ってくる。頭に記憶している校舎を最大限に絞りだしわずかに映る景色とリンクさせる。
俺は知っている、“あの影”の正体を。
近年突然現れるようになった人間だけを狙い、触れた人間を服ごと液体化させる生物。彼ら自信に意識があるかどうかはあととして、その残虐な行動から名付けられたその名前は悪意を意味する英語。
【マリス】
「あっ……」
大急ぎで階段を下りようとすると、ほつれていた靴紐を踏んでしまい。逃げるために全力で振れていた脚が交差し、絡まり、視界が反転した。
「あっぐっ!」
何段あるかもわからない階段を頭から転げ落ちていく。アドレナリンが出ているのだろうか、さほど痛みは感じないが、落ちた先で圧倒的な絶望は感じた。
俺の目の前にはさっき見た影そのものがたたずみ、そのひとつ眼は俺を視界の中心に捉えているようにも見えた。
「あ……あぁ」
手が震え次第に歯も勝手に震え出す。
もう無理だ。もうどうしようもない。
俺がここから全力で走ったとしても奴のスピードには勝てない。さっきでぎりぎりだったのだ、この距離ではもう……。
鼻息が荒くなる。視界に映る赤いライトの光が自分から溢れ出る血のようにも見える。
心臓の鼓動が、血の動きが、身に染みる。
逃げることを放棄し生きることさえも諦めようとした。
その瞬間。視界に一直線の白い閃光が轟いた。
「ギリュリュリユァァ!!」
それとほとんど同時にマリスのと思われる断末魔が辺りに響き渡る。
そして、その閃光は口を開いた。しかし俺は理解できなかった。
「ふぅぎり間に合ったっ! そこの君早く逃げなさ……え?」
どうやら閃光に助けられたらしい俺の口から出たのは感謝の言葉でも了承の言でもなく、ただ一言の疑問詞だった。
「霧原……?」
なぜなら、俺の前に颯爽と現れた閃光の正体が、銀に輝く中世風の鎧を纏い、片手に大剣を握る完全無欠の少女、霧原未来だったからだ。
「なんで……君が……?」
鎧を纏う彼女の声はいつもと変わらず透き通った氷のよう。しかしその声はわずかに震えていた。
それは恐怖から来る震えではなくおそらく俺がいたと言う衝撃の方が大きいようにも見えた。
先ほど一撃を受けたマリスは未だに倒れ込んだままで動くようすはなく、霧原はそれを一瞥するとこちらを向き早足で近づいてきた。鎧の擦れあう音を立てながら。
「ねぇ、なんで君がここにいるの?」
霧原の声は少し怒っているようにも聞こえたが、表情が泣くのを堪えているようにも見える。だからだろうかその怖さの説得力が全く無かった。
「……お前を追って」
「はぁ? え、ええ!?」
俺の一言で霧原の顔が薄い赤に染まる。
かわい……。いやまてまて何を言っているんだ俺はこれじゃあただの告白じゃないか。いくら慌てているからとはいえあれはない。早急に訂正しないと。
「いや、違う。お前が逆方向に走っていったからだ」
「ええ!?」
また訳のわからないことを口走ってしまった。
ダメだ、元々の理由がやましいからどう言い訳しても悪い方に行ってしまう。これはもう話を変えるしかない。はぐらかすしかない。
「っ……そんなことよりなんだよ、その姿は」
「え、ああこれは……って言えるわけないじゃない!」
ノリツッコミありがとう。
でも、俺はその正体を知りたいんだよな、さっきの攻撃といい明らかになにか隠している。こう言うときに使える、聞き出すための方法は大きく分けて二つある。
無理矢理聞きだすか、挑発して聞きだす、だ。
今回の場合俺は女子とはいえ装備をしている彼女には全く勝てる気がしない。つまり無理矢理聞きだす事はできない。
なら挑発、だな。
「確かに、学年トップが校内でコスプレしてるなんて言えないよなぁ」
「コスプレじゃないですー! レーヴァルマですー!」
「へー、レーヴァルマか」
「あ……」
意外と簡単に聞き出せたな。
あれ? もしかしてこの子わりと天然? いやこんなに簡単に挑発に乗ってしまうんだ天然というよりかはバカだな。圧倒的にバカだ。俺は今までこんなやつに負けていたのか……。
かなりショックだ。
事実を受けとめられずうなだれて頭を抱えていると横から突き飛ばされた。マリスではなく霧原に。
「避けてっ!」
「う゛っ」
そのお陰で俺の体は、階段の端まで吹き飛ばされ背中から壁に激突してしまう事になった。
「いきなり飛ばすなって、あぁそゆことかオッケー」
一瞬で理解した。
向こうに目を向けるとそこには大剣でマリスの攻撃を防いでいる霧原の背中があった。恐らく目覚めたマリスが俺のことを狙って攻撃をしようとした所を吹っ飛ばしてくれたんだろう。
痛かったけど助かった。痛かったけど。
「君はシェルターへ逃げて! 私はここを押さえておくから!」
「わかった! ありがとな」
軽く礼をいい早急に駆け出す。
階段を一気に全て飛び越え下の階へと下りる。俺は霧原に背を向ける形でシェルター方向へと走っていった。
しかし走りながら俺の頭には引っ掛かることがあった。
あの武器だ。
俺が以前読んだ本には、マリスの攻撃及び接触行為は避ける以外に逃れる方法はないと書いてあったはず。
なのになんであの武器はマリスの攻撃を防ぐことが出来たんだ? そもそも力の強いはずのマリスの攻撃を受け止めている時点で霧原の筋力も相当なことに成っている訳だが。
やはりあの銀の装備だろうな。
着方は後として効果は装備するとマリスの攻撃を防ぐことが出来る&一撃で沈めることの出来る攻撃力。それに装備者の筋力増強とかだろう。
つまりすごく着たい。
中世的な鎧に大剣とかってゲームの装備みたいで、ものすごく憧れる。しかもそれを着るとマリスと戦えるほどのバフがつくなんて来たらもう。
「最高じゃなうがっ!」
調子に乗ってジャンプしたら壁が勢いよく壊れて、横からマリスの顔が現れた。
その衝撃で本日二度目の壁アタックをしてしまった。
それにしても。
「はぁ……もう無理」
壁を壊して現れたのは先ほどのマリスとは比べ物にならないほどの大きさ、二階の天井にスライム状の頭がべチャリと張り付いている半透明の顔に、大きな口だけという、巨大マリスだった。
◇
「大きな音したけど大丈夫だった?」
「一応は大丈夫だけど大丈夫じゃない」
霧原は俺が倒れてから十秒も経たない内に助けに来てくれた。悔しいが今回はかなり助かる。今の俺に触ったら体を溶かしてくるようなやつに勝てる術はないからな。
「そうね、やっとラスボス登場って感じだもの」
「ラスボス?」
「ええ、私が今回来た目的はこいつなの」
「よくわかんないけど、早くやってくれ」
彼女は、わかったわよハイハイと俺をあしらうとまた、高速でマリスに向かい走っていった。
あぁさっさと帰りたい。というか俺はさっさとシェルターに向かわないと後々かなり問題になってしまう、生徒が一人いないなんて学校側からすると問題がありすぎる。しかも俺となったら余計に問題だ、うちの親は俺の事が大好き過ぎる節があるから……。
とか言うのはただのいいわけなのかもな。
怖いなんて認めたくない。それだけなのかもしれない。
じゃなくて、今はこの状況をどうにか打破しなければならないんだった。学校側のことを考えるのは俺が助かってからだ。
さて希望の星の霧原の様子はどうでしょうか。
あれ? おかしいぞ。
さっきから霧原の様子がおかしい。
「あーもぅ! 何でこんなにつよいのよこいつ! ぜんっぜんきれないじゃない!」
そして、とうとう霧原の剣が吹き飛ばされ、守りが薄くなった瞬間。マリスが霧原の体を殴り付けた。
それと同時に霧原のレーヴァルマが霧のように消え、その場にナットを拳大こぶしだいぐらいにしたものと、黒い鋼製のカードが地面に落ちた。
「なんだこりゃ」
「触らないで! ……はぁ」
「お、おうわりぃ」
「はぁはぁ……夢纏!」
息を切らし、呟きながら霧原はベルトのバックル辺りにそれを押し当てる。が、しかし何も起きない。
「あれ? あれなんで?」
「あ、このカード?」
「なんで持ってるのよ! ほら貸して!」
俺がカードを差し出すと、それを毟るように奪い取りバックルに差し込む。
しかしそのカードをバックルの中に挿入したところでさっきの光景と寸分足りとも変わることはない。
「あぁ、もう! なんでよっ!」
不味いぞ、霧原がさっきの装備を纏えないとしたら俺らはもう、死ぬしかないじゃないか。
でも待てよ、あの装備が俺にも使えるとしたら……。
「おい、ちょっとなにしてんだっ!」
「逃げるに決まってるでしょ!」
「いや、ちょっと待て、逃げるんならそれは置いていけ、俺はやりたいことがある」
「はぁ? 早く逃げないと殺されるわよ!」
もちろんその反応は正しい、でも……。
「君になんて出来るわけない!」
「出来ない。だって?」
「そうよ! それこそ私を超えるようなのじゃないと!」
「お前を……超えるか」
強く握ったバックルを見つめる。
考えてみなくともこの一年俺は、ずっと負け続けてきた。
受験で自分に負けて、初めのテストで霧原に負けて、この前のテストでもまた負けた。三回も負けた。中間テストも合わせればもっと負けている。
どれだけ努力しても、どれだけ寝る時間を割いて勉強をしても負け続けた。でももうそんなのは嫌だ。
俺は、勝ちたい。
だから――どんな手を使ってでも、俺が勝てるというのならそれを使おう。それが例え卑怯だとしても、俺の力じゃ無かったとしても俺はその力を使おう。
俺は、勝ちたい。だから――。
「やってやるよ」
俺は、そのバックルをさっき霧原がやっていたように腹に押し付けた。
『unite』
という、電子音声がしたと思うといつのまにか、バックルからベルト部分が出現していて、腰に巻き付いていた。
「君には出来ないって言ってるでしょ! あーもう! じゃあやればいいじゃない。私あなたの体がどうなっても知らないからね!」
霧原が、半ば絶叫がち、なげやりにそういい放つ。
そんな覚悟はとっくにできている。俺は霧原を超えられればそれでいいんだ。俺の体がどうなろうと、この学校の人間が全て死滅しようと俺には関係ない。
ましてや俺が死んだって構わない。
霧原を「超えられる」ならば、だ。
でもこの際どうせだからこの目の前のマリスだけは殺しておこう。
「あぁぁぁあ!!」
叫び。持っていたカードを、バックルにある隙間へと差し込んだ。
すると、カードを差し込んだ逆の所から銀の帯が際限なく俺の体を包むように、螺旋方に溢れ出てくる。
しかし刹那、体中に痛みの稲妻が走った。
「ぎぁぁぁぁああぁあァ!」
痛い痛い! めちゃくちゃ痛いって!
頭痛が駆け回り脳ミソをぐちゃぐちゃに、腰痛が下半身を抉り、胃に亀裂が出来るような痛みが体中へと広がっていく。
「あがっぎぅっ」
声にもならない声が度々口からこぼれる。痛い痛い痛い痛い!
なんだこれは、なんの痛みなんだ。天罰か、天罰なのかこれは。俺がずるをして霧原に勝とうとした罰なのか! 神は弱者の進撃を許さないというのか!
「畜生、畜生畜生畜生ッッ」
奥歯をひび割れんばかりに噛み締め耐える。耐えるがしかし痛みは一向に治まる気配がない。むしろその痛みは段々エスカレートしていっているようにも感じる。
俺は、こんなにも勝つことを。強くなることを。超えることを。望んでいるというのに。
諦めというよりかは決意の方がきっと近いのだろう。俺は、痛みに悶えながらも天を仰いだ。
あぁ、いいよ、もういいよ。だったら……神の雷にすら抗ってやるよ! 俺はもう、これ以上。
「負けたくねぇんだよぉぉぉ!!」
叫ぶと共に俺は、強く、この上なく強く、バックルの中心を殴った。して砕けるような炸裂音と電子音が響いた。
『limit charge』
しかし不思議なことに痛みは無かった。気が抜けたような感じであった、更に言ってしまえば寧ろ気持ちいいぐらいである。でも、その原因は直ぐにわかった。
殴った瞬間。それこそ神の雷のようなエフェクトが辺りを駆け巡り、同時に痛みが一気に体外へと放出されていったからだ。
そして螺旋状に身を包んでいた銀の帯は、バックルを中心に急速に体へと収束し、俺はそれを『纏った』。
◇◇
「ふふ」
「ふふふふ」
「ふふふふふふ」
「ふっふふふふふふっふ。あっはあはははは!」
不意に笑いが溢れた。
もしかしたら、俺の笑い声はきっとシェルターの中にいる工藤にも届いているのかもしれない。そのぐらい大きく笑った。
笑いが止まらない。自分の腕が、脚が、指が銀色に染められているのを見ると、もう笑いが止まらなかった。
「なんで……私のカードで……その姿に」
「俺がお前を超えたからだろ? よくわかんないけど。よくわかんないけど」
「なんで二回言ったのよ」
霧原は一見ふざけているように見えたが実際はかなり動揺しているようだった。
マリスの方はと言うと、さっきの雷でも当たったのか、気絶していた。
「よし、じゃあ今のうちに始末しとくか」
マリスに近づき足を踏み出すと、さっきの衝撃でひび割れた窓ガラスにふと、自分の姿が映った。それは想像していた、中世の鎧的なものとはあまりにもかけ離れすぎていたが、俺の心を高揚させた。
そのガラスに映りこむ姿はまるで、『銀色のミイラ男』のような風貌だった。
よく考えたら、その姿になるのも分からなくはなかった、バックルから出てきたのは中世の鎧ではなく、銀色の帯、差し詰め銀色の包帯だった。
それが俺の体へと巻き付いたのだ、そりゃあこんな姿になるのも無理はない。
「さあ、覚悟しろマリス!」
興奮で震える手を強く握り締め、俺は全力でマリスの体を粉砕した。
こうしてやっと俺は、個人的なライバルである、霧原を超えることができたのだった。




