姉エルフ
ようこそ、異世界へ。
わたしどもはあなたを歓迎します。
突然、見知らぬ世界で目覚めたことで、あなたには混乱する思いも少しあるかもしれません。わたしの耳が尖っているようにこの世界には人間とはちがう種族も多いです。わたしはエルフですね。そちらの世界の物語でもよく登場する種族と大差ありません。
そう、この世界はあなたが親しんできた物語世界と多くが共通しています。その詳細については追々語るとして、まず大事なことを一つ。
あなたはこれからこの世界の王になります。その優れたお力でわたしどもをお導きください。
具体的にはどういうことか。その話をする前に、偉大なる王の物語をお聞かせしましょう。なぜなら、この王はあなたにとってこの世界での父親にあたるからです。この物語を最後まで聞くことで、自分に与えられた力が、そして果たさねばならない役割が見えてくるでしょう。
そのためにわたしは千夜、あなたのお相手をいたします。
では、お聞きください。わたしどもが愛した王の物語を。
◆
王の誕生は呪われていました。のちに王を王たらしめる灼熱の宝玉。
その赤い宝玉は赤子のときから、つまり母の胎内にいるときから王が持っていたものでした。しかし、宝玉の高熱が母を内側から焼き殺してしまったのです。
この宝玉は、あなたが受け継いだ力にも関連するアイテムです。覚えておいてください。
さて。黒い炭になった妊婦の死体から産声が聞こえてきました。産婆はひどく恐怖したと聞きおよんでいます。
王の父親は王族の一人であったとか。父は呪われた我が子に名前を与えます。
エンギ。
これより不敬ながら王のことをエンギと呼ぶことにしましょう。
生まれたばかりのエンギは関係の深かったエルフの氏族に預けられました。
それから十数年がすぎて……。
◆
「おい、エンギ。おまえ、その剣は飾りか?」
エルフの若衆が数人、エンギをはやし立てます。
氏族が住まう森のなかではそんな光景がたびたび見られたといいます。というのもエンギのクラスが問題でした。
【魔剣士】
戦士クラスでもなく、魔法クラスでもない、特殊なクラスです。エンギは成人のおり、巫女に【魔剣士】のクラスであることを告げられました。しかし、【魔剣士】がどんなクラスなのか。なにが得意で、どういう戦い方をするクラスなのか、巫女を含めてだれも知らなかったのです。
そして、このときのエンギといえば、呪文では魔法クラスに劣り、攻撃力でも防御力でも戦士クラスに劣る有様。クラス制限のせいで盾も持てません。ではなにが持てるかというと、片手用のロングソードが装備上限なのです。
それだけではありません。
エンギが剣を振るうと、どういうわけかその剣が燃え尽きてしまうのです。これでは戦うことさえできません。レベルはずっと1のままでした。
エンギははやし立てられるたびに殴りかかりたくなるのを抑えなければなりませんでした。
自分が余所者ということはよく分かっています。エルフの集落に一人だけ人間がいるのですから、そりゃあ目立ちます。悪目立ちです。おまけに役立たず。狩りのときも遅れを取ってばかりです。
これではエルフの若衆たちに馬鹿にされるのも自然な成り行きといえましょう。
エンギは線の細い少年です。背丈も高くありません。もしかすると女装が似合うかもしれませんね。
しかし、この森に住むエルフ男性の多くが美しくもたくましい体を持っていました。男性的な強さこそ誇りとする男たちです。それもあってエンギはますます弱々しく映るのでした。
加えてエンギは成人の儀を済ませたとは言え、まだまだ若輩でした。芽生え始めた自尊心を傷つけられて平気なはずがありません。それでも耐え続けていたのは、育ててくれた家族に迷惑をかけたくないからでした。
いま、エンギと若衆のもめごとを、ほかのエルフたちは遠巻きに眺めています。時刻はちょうど夕暮れ。働きに出ていた男たちが帰ってくるころです。焼き畑に狩猟、鍛冶と、男たちの仕事はさまざま。しかし皆、我関せずという態度でした。
だれも止めないのをいいことに若衆たちが次々と悪口を並べ立てます。ぐっとこらえるエンギ。
「聞いたぞ。おまえ、母親を焼き殺したんだってな」
「その石っころをまだ大切にしてるんだって?」
「売っちまってもっといい剣を買ったらどうだ?」
「そしたら燃え尽きないかもな!」
エンギは耐え続けます。それでも手が震えていました。いまにもロングソードに手が伸びそうです。理性の力で懸命に怒りを抑えます。
でも、この言葉はいけません。
「姉ちゃんのスカートに隠れてるんだな!」
「スカートのなかの魔剣士!」
かあっ、とエンギの血が逆流します。視界がかすんできてなにも考えられない、そんな危険な状態です。エンギの手がロングソードを勝手につかみます。剣は一回だけは保ってくれるかもしれません。
しかし、刃傷沙汰になれば当然、裁きを受けることになるでしょう。相手を殺せば、まず死罪です。家族にも累がおよぶかもしれません。でも、そんな理性的な考えは遠ざかっていって。
そのとき。
楽しげな音楽が聞こえてきました。馬の毛で作った弦が奏でる、深い音色です。
エンギが周囲に首を巡らせます。
周りには木々の厚い茂み。音楽はどこから聞こえてくるのでしょう?
最初、不審がっていたのはエルフの若衆たちも同じ。しかし、その若衆たちが音楽に合わせて服を脱ぎだしたではありませんか。
「な、なにが起こってるんだ!」
「止まらない! 止まらないぞ!」
あれよあれよと若衆たちは全裸になってしまいました。
見物していたエルフたちから笑い声が漏れます。大勢の前で恥をかかされた若衆たちは踊りながら逃げていってしまいました。
ふう、とエンギはロングソードから手を離します。
そこへ、がさがさ音を立てて一人の少女が茂みのなかから姿を見せました。
「エンギ。よく我慢したわね」
現れた少女もエルフ。エンギにとっては義理の姉にあたります。サリカというのが姉の名前です。クラスは【吟遊詩人】。さきほどの音楽もサリカの手によるものでした。背中には琴を担いでいます。
【吟遊詩人】はこの世界ではもっとも重要なクラスの一つです。しかもサリカは美しい少女でした。
長く、透き通るような金髪は無造作に三つ編みに。ブラウスもロングスカートもエルフらしい仕立てで似合っています。腰回りをきゅっと絞っているので大きな胸が強調されていますね。
しかしながら、サリカはエンギよりずいぶんと年下に見えました。身長もエンギよりさらに小柄です。
それもそのはず。
エルフは長寿であり、年齢の上ではエンギより年上でも、外見的には幼く見えてしまうのです。一見して年下の姉が弟を気づかう様子は、ちょっとかわいらしいものがあります。
「えらい、えらい」そう言ってサリカはエンギの頭を撫でます。
「子供扱いしないでよ。僕はもう成人した」
恥ずかしそうにエンギは姉の手から逃げてしまいました。やっぱりお年頃なんですね。お姉ちゃんに対していまいち素直になれません。
それに男として情けない気持ちもありました。エンギが若衆と揉めるたびに姉サリカに助けてもらっているのです。いつまでも姉から自立できない弟。そんな自分に歯痒い思いもあるのでしょう。
つれない弟の態度にサリカは少し残念そうな顔をしました。でも、口には出さず用件を伝えます。
「夕食の準備ができたから帰ってくるようにって。さ、帰りましょ」
「今夜はなに?」
「ウサギ肉の鍋よ。大好物でしょ」
「うん、まあ」
「じゃあ家まで競争!」
そこでサリカが急に走り出します。鹿のように軽やかな足運びです。森のなかをすごいスピードで駆けてゆきます。
「先に家についた方がおかわり自由!」
「ずるい! 姉さん、待って!」
慌ててエンギは先行する姉を追いかけます。ずるいという声にもサリカは笑い声で応じるばかり。どんどん先に行ってしまいます。必死で追いかけるエンギ。いつしか自然にエンギも笑顔になっていって。姉サリカの明るさと優しさにエンギはいつも助けられていたのでした。
◆
今宵はこれまで。
続きをご希望なら、また、わたしの部屋をお訪ねください。




