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部屋に幽霊が住み着いてたんだが

突然だが、幽霊、というものを信じるだろうか。


「ふぁ〜……」


 俺は信じている。いや、信じているというか、見えているのだ。

 目の前でふわふわ浮きながら欠伸をするワンピース姿の少女の幽霊が。


 それは遡ること数時間前の出来事。


* * *


 俺、菜野平新太(なのひらしんた)は明日から高校生だ。

 ピッカピカの一年生だ。


 そんな俺は、高校の近くにあるアパートに住むことになった。

 実家から学校までの距離が遠く、移動が大変になるため、一人暮らしを要求したのだ。

 俺に一人暮らしができる程度の家事スキルがあることと、電車での移動を考えると遠すぎることを理由に一人暮らしの要求は通った。

 そしてなにより、ハチャメチャな家族から解放されるのだ。これ以上の喜びはない。俺は普通に過ごしたいのだ。


 部屋にあった荷物は運び終えてあるらしい。部屋は写真でしか見たことはないが、一人暮らしするには事欠かない広さらしい。

 鍵は親父から出発する直前に受け取った、早速中に入ろう。

 鍵を開け、ドアを開ける。


「お邪魔しまーす……」


 って、俺の家になるんだからお邪魔しますはおかしいだろ。

 ただいまな、そっちが正しい。


「おかえりなさい」


 見知らぬ女性がそこに立っていた。

 黒髪のショート、ヘアピンを三つつけた女性が笑顔で立っていたのだ。


「!?」


 咄嗟にドアを閉めてしまった。

 部屋を間違えた……? だとしたら鍵が開くのはおかしいだろ。

 部屋の番号は……あってるな、よし、あの人が間違ってたんだ。

 再びドアを開ける。

 女性の姿は見当たらなかった。


「部屋に戻ったのか?」


 ならばリビングにいるだろうと思い、靴をぬいで家に上がる。

 やはり綺麗な部屋である、よく母さんがこんな高そうな部屋借りるの許したな。


 リビングに行き、女性を探す。

 見つけた、部屋の隅で体育座りをしている。


「あの、部屋間違ってません?」

「……見えるの?」

「は? どういう……」


 ふと、彼女の足が目に入った。

 別に足フェチとかそういうわけではない。

 彼女の足が、透けているのだ。


「見えるんだ!」

「見えるけど……って、うわっ!」

「すごい! 力入れてなくても触れる!」


 彼女、いや、少女は宙に浮きながら俺の顔をぺたぺたと触ってきた。ん? 宙に浮きながら?


「ゆ、幽霊!?」

「うん、幽霊だよー」


 ニコッと笑いながら幽霊は顔から手を離した。

 ――かわいい

 じゃなくて!


「幽霊って、幽霊か?」

「さっきも言ったじゃん」


 落ち着け俺。


「ここに住むんだよね? 今日からよろしくね!」

「あ、ああ。よろしく……?」


 え、今日からよろしく? それってつまり家にいる間はこの幽霊と一緒にいるってこと?


「いやよろしくできねぇよ! 誰だよお前!」

「幽霊だよ?」


 そりゃ幽霊だろ。

 さっきの俺が言えた話ではないが。


「名前だ名前!」

家上幽香(いえがみゆうか)です、君は?」


 家上幽香か。これどうすりゃいいんだよ、出ていってもらうわけにもいかないし。


「菜野平新太だ」

「新太くんかー、いい名前だね!」


 さて、どうしたものか。

 親父に電話するか? いや、幽霊なんて信じないだろう。両親はオカルト系は一切信じない人間だ。それに、部屋を借りた今、そんなことを言っても無駄だ。

 きっとこの部屋以外は高くて了承してくれないだろう。


「えーっと、家上さん? は、なんでこの部屋に?」

「昔私が住んでた部屋なんだー。あ、幽香でいいよ」


 昔住んでた……そして今幽霊……もしや。


「……幽香さん、もしかしてここって訳あり物件だったりします?」

「うん、バリバリのね。ここに住もうとした人とかも、ポルターガイストで追い出してたよ」

「だからかよ!」


 駅から近くて部屋も広いのに母さんが許したからおかしいとは思ったよ!

 絶対安いだろこの部屋!


「とにかく、俺はここに住みます。幽香さんも俺には関わらなくていいので、気にせずに好きなことしててください」


 とはいえ、同じ空間で暮らすのだから関わらないほうが難しい。シェアハウスだと思えばなんとかなるだろう。


「好きにしてるね!」

「はぁ……」


 自然にため息をついてしまった。

 グッバイ、俺の平和な一人暮らし。


「あ、そうだ。新太くん、私以外の幽霊は見える?」

「見えるわけないだろ、見えてたらあんなに驚いてない」


 もう敬語なんて使わなくていいや。

 幽霊だし。毎日敬語使うの面倒くさいし。


「だよねぇ……ちょっと失礼するよ」


 幽香さんが俺の背中に抱きついてくる。

 おおう、幽霊なのに柔らかい感触、白のワンピースを着ていたのでチラチラと見えていたが、まあまあ胸が大きい。

 いやまて、そんなことはどうでもいい、なんか身体に入ってきてないか!?


「幽香さん!? 幽香!」

「おお、呼び捨て! お姉さん的にはそっちの方が嬉しいな」

「そうじゃなくて! 身体! なんか入ってるんだけど!」

「ほらほら肩の力抜いてー」


 抵抗するだけ無駄だ、感覚的にそう思った。

 幽霊が、美人の幽霊が俺の体に入ってくる、なんとなくエロい響きだが俺からしたら恐怖体験だ。


 幽香が俺の身体に完全に入り切る。

 あれ? 特に何も変わらな……なんで腕が動いてるんだ、俺は動かしてないぞ。


「まさか」

「そう、私は人間の体に入り込んでその人を操作できるんだよ」


 幽香は俺を乗っ取った状態で、俺の声で勝手に喋っている。なんか気持ち悪いなこれ。


「ふざけんな! あ、動かせる」


 自分で身体を動かすことはできるようだ。

 訳あり物件ということは、こういうことをして人を追い出していたのだろう。

 身体が勝手に動き、窓を開けた。


「見えるかな」

「これは……」


 街には半透明な霊や、空を飛んでいる霊などがたくさん見えた。俺たちが知らないだけで、街は幽霊で溢れかえっているのか。


「乗っ取られたから見れるのか?」

「正確には魂に霊力を注いだら見えるようになる、だね」


 霊力、なんだそれは。

 なんかのマンガで見たことがある、霊力とか、霊圧とか、霊圧が消えたとか。

 多分そんな感じだろう。


「今の新太くんは半分幽霊だよ」

「ふーん、半分幽霊……は? 俺半分死んでるの? 掃除機で吸われちゃうの?」


 あ、身体から出てきた。

 先ほどと同じ少女の姿をした幽霊が宙に浮く。

 ……心なしかさっきより薄くなっている気がする。


「私の半分の霊力を新太くんに入れたんだよ? 死んではないけど、魂が半分幽霊になってるの」


 魂が半分幽霊……つまり、幽霊と人間の中間ってことか、最悪だな。

 しかも幽香が入り込んでないのに幽霊が見えている、もっと最悪だな。これからずっと幽霊が見えるのか。泣いていいかな。


「この半分幽霊って他の人にもできるのか?」


 学校で嫌いな奴ができたらそいつにこれをしてもらおう、幽霊が見えて困り果てる様を見るのだ。


「ううん、これができるのは一人だけ、新太くんと私は文字通りの一心同体だよ。だって、新太くんの半分は私なんだから」

「なんかこええよ……」


 なんだよそれ、グラ○ブルーファン○ジーかなにかかよ。私が死んだらあなたも死ぬのかよ、幽香もう死んでるから俺も死んでるじゃねぇかよそれ。


「私は新太くんと一緒に暮らすって決めたから、改めてこれからよろしくね!」

「はぁ、こちらこそよろしく、俺にこんなことしたんだから何かしらお礼しろよな」


 多分、この半分幽霊って状態は元には戻らないだろう。

 なんとなくだが、俺にはわかる。心臓の動きも、血の流れもいつも通りだが、何かが半分なくなり、何かが入り込んでいる感覚を感じているのだ。

 もう二度と戻ってこない何かが消えている。


「任せて、考えとくよ」


 考えとく、この言葉は便利だな。自分も相手も数日経ったら忘れてしまう言葉だ。

 だが俺は忘れない、テストでわからない問題とかあったらカンニングとかしてもらおう。

 この欠伸をしながらふわふわ浮いている幽霊に。


「ふぁ〜……」


 明日から高校生、か。

 元々、高校生活に期待なんてしていなかった。

 中学の頃の友達も、知り合いも、誰一人いない学校だ。友達作りなんて満足にできるはずがない。

 幽香がいるだけ、退屈せずに済むかもしれない。


「半分幽霊……」


 その場のノリで平常心を保っているが、俺はなにかとんでもないことに巻き込まれているのではないだろうか。


* * *


 結局昨日は自炊するための買い物や学校の準備などで忙しく、それ以外のことは出来なかった。


 今日から高校生、新しい生活が始まる。

 友達作りは諦めかけているが、まあ最低限の人付き合いはしなくちゃな。

 そんなことを考えていると、アパートの前に一台の車が止まった。水色の軽自動車、父さんの車である。

 入学式なので、両親も参加するのだ。


 ウィーンとウィーンドウが開き(後悔)父さんの顔が出てくる。助手席には母さんが乗ってるな。


「よう新太、父さんたち先に学校行ってるからな。気をつけていけよ」

「なら乗せてってくれてもいいだろ」

「登校中に友達をつくりなさーい?」


 母さんが変な間の伸ばし方でそう告げると同時に、父さんがアクセルを踏み、車が動き出す。

 水色の軽自動車は俺を残して学校までの一本道を駆け抜けて行った。

 登校中に友達だと? 作れるわけがないだろう。親と歩いてる人とかいるんだぞ。


「お母さんなんか発音変だったよ? 外国人?」

「純日本人だ」


 飛び回りながら車を見ていた幽香が俺の真横で止まった。確かに母さんは間の伸ばし方が独特だ。

 そういえば父さんも母さんも幽香には気づいてなかったな、やっぱり俺にしか見えないのか。


 まあ車に乗せてもらえなくても、俺にはこの立派な足がついてるじゃないか。

 どうせほぼ一本道、数分歩けば到着だ。


「新太くん、友達作らないの?」

「なんでついてきてんの……?」


 当然のように俺の斜め上を飛ぶ幽香。

 パンツ見えちゃうからもうちょっと下がって。


「だって私の半分だよ? ついていくのが義務かなって」


 そんな義務はない、大事な高校生活初日に事件を起こすわけにはいかないんだ。ついてくるならなるべく騒がないでくれ。

 それで、友達だっけか。


「友達作りはしないけどな、人付き合いはするつもりだ。悪印象を与えず、好印象が少しある程度の存在になるのが目標なんだ」

「どんな感じ?」

「菜野平? よく知らないけど良い奴だよ! みたいに思われるのが理想」

「悲しい理想だねぇ」


 うっせ。


「独り言が激しいやつだと思われたら困るからさ、学校では俺に話しかけてくるなよ?」

「ならテレパシーで会話すればいいじゃん」

「テレパシー?」


 テレパシーってあれだよな、相手の考えてることがわかるみたいなやつ。うろ覚えだけど。


「そう、テレパシー。脳の中心に霊力を入れながら考えれば相手に送られるの」


 やってみるか。

 脳の中心に霊力……この血みたいに流れてるのが霊力か?


『こ、う……か……?』

「そうそう、上手上手」


 なんだか変な感覚だ、考えているだけなのに頭の中で自分の声が響いているような感じがする。

 この声が幽香に伝わっているのならたどたどしい声が伝わっていることになる。恥ずかしい。


『なれ……ないな……』

「まあ霊力使ってるからね、慣れないうちは疲れるよ」


 幽香の言う通り短い会話でも疲れる。

 伝えたいことだけ伝わるので、とても便利なのだが、八文字でスクワットを五回やったくらいの疲れがくる。使うのは必要最低限にしよう。


「とにかく、帰ってから相手してやるから。邪魔はするなよ」

「はーい」


 登校中、幸いにも変な目で見られることは無かった。小声で喋っていたおかげだな。

 幽霊ともすれ違ったが、たまに振り向くだけで、基本何もしてこない。幽霊はほとんどが無感情らしい。

 幽香のように率先して人と関わる幽霊は少ないそうだ。


 ようやく学校に到着したな。

 高校名は【幽々坂(ゆゆさか)高等学校】通称幽々校だ。

 地元の学校に行くという選択肢もあったが、偏差値が高すぎる。

 底辺校もあるにはあったが、悪い噂を耳にして行くのをやめた。


 友達、休み時間に話し相手になってやったくらいの相手なので友達と言えるのかはわからないが、そいつらはその底辺校に行った。

 大麻に似た植物をライターで燃やして煙を嗅いだとか言って自慢してきたので、こっそりあとをつけたらモミジの枯葉を燃やしながら喜ぶ馬鹿どもがそこにいた、というのは記憶に新しい。


 合法じゃね!? 合法じゃね!? 燃やすついでにサツマイモ入れようぜ!? 合法焼き芋じゃね!? と言っていたが、それは違法でも合法でも脱法でもない。ただの焼き芋を作っている中学生だ。


「どうしたの? 変な顔して」

「馬鹿がいないといいなって思ってな」

「どんな中学時代を過ごしたのさ……」


 心を入れ替えよう。入学式、高校生活の始まりだ。

 俺は期待と不安を抱えながら校門をくぐった。

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