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ぶっきらぼう男子をオトす100の方法



あらすじ

竜姫たつきユイは恋をしている。

しかし、その相手である那蔵刀士郎なぐら とうしろうは別の女の子に恋をしていた。


ある日、ユイは刀士郎が失恋するところを目撃し、その勢いのまま告白するが断られてしまう。

泣く泣く帰宅したユイは母に相談し、「ぶっきらぼう男子をオトす100の方法」を伝授され、一世一代の恋を叶えるために奔走する。


本編


 私は恋をしている。

 彼は一見ぶっきらぼうだけど、本当はとても優しい人だ。

 ううん、優しいだけじゃない。強くて、頼りになって、真面目で、一途で、──そんな彼のありとあらゆるところが好きだ。


 けれど、彼は私以外の女の子に恋をしている。

 彼女は美人で、運動も勉強もできて、先生からの評判もいい、みんなが認める人気者。

 クラスの端っこで静かにしている冴えない私とは真逆の存在だ。


 悔しいけど、本当に悔しいけど、彼女には勝てないと思った。

 それに彼は幼稚園の頃からずぅっと彼女のことを追いかけていた。

 だから、私は邪魔者でしかなくて、潔く身を引くべきだと、そう思い込むことにしていたんだ。


 遠くから眺めるだけでいい。

 同じ国、同じ時代に生まれただけでも幸福だと思わなくちゃ。

 欲張りになっちゃダメ。


 そんなふうに自分の気持ちに蓋をして、気づけば一年が過ぎ、私と、彼と、彼女は高校二年生になっていた。


 変化があったのは四月。桜が咲き、新入生がやってきて、私たちの教室は四階から三階に変わった。

 そして、こんな奇跡があっていいのだろうか、私は彼と同じクラスになれた。しかも隣の席だ。


 わかっている。私に勝ち目はない。彼を見続けてきたからこそ、その一途さは身に染みている。

 ほんの少しでいい。朝と帰りに挨拶を交わしたり、教科書や文具を貸し借りしたり、移動教室のとき一緒に廊下を歩いたり、お弁当をちょっとだけ分けてあげたり。

 たとえ彼の心を射止めることができずとも、これくらいの幸福は許されてもいいだろう。もちろん、彼の恋路を邪魔するようであればすぐにでもやめるつもりだった。


 そうして私は叶うはずのない恋に浸り、いつまでもこのささやかな幸せが続きますように願う日々を過ごし──、




 彼の失恋を目撃した。




EP1、告白


 恋愛とはなんて残酷なものだろう。


 私の視線の先には呆然と立ち尽くす彼がいて、そのさらに先には見慣れない男子生徒と腕を組んで歩く彼女がいる。


 それが何を意味するのか。

 年頃の女の子なら彼女の顔を一目見て察するだろう。

 そして、彼も今まさに、現実の非情さを、恋愛の苦渋を味わっているだろう。


 生徒たちが行き交う昼休みの廊下。ありふれた日常の中、私と彼だけが世界から切り取られたようだった。


 彼は私に背を向けているので、どんな表情をしているかはわからない。けれど、決していいものではないはずだ。いつもの広い背中が、今はやけに小さく見える。


「那蔵くん」


 私は教室から飛び出し、勇気を振り絞って彼に声をかけた。


 彼が後ろに首を回す。

 驚くことに、無表情だった。


「ああ、竜姫か」


 声のトーンも平坦だ。寝る前に何度も脳内再生する、男らしい低い声。


「あ、あの、なんていうか、その」


 私はなんて言葉をかけたらいいのかわからず、しどろもどろになってしまった。無意味に目を泳がせ、必死になってどうすればいいかを考える。


「お昼、一緒に食べない?」


 出した結論はこれだった。このまま廊下の真ん中で突っ立っているよりはいい。一旦教室に戻り、鞄から弁当箱を掴んで彼の元に走った。


 二人で屋上に移動する。この学校では今時珍しく開放されているので、先生に怒られるようなことはない。


 曇天が空を占めていた。風は冷たく、タイツを履いてくればよかったと後悔する。私たち以外に人影はなく、内緒話をするにはうってつけだ。


「少し寒いね」


 私がそう言うと、彼は当然のようにブレザーを脱いで渡してくれた。私はお礼を言ってそれを受け取り、膝にかけた。


 こういう人なのだ、彼は。こういうところが反則的に素敵すぎて、私はいつもドキドキしてしまう。


「お昼、またパンなんだ」


「まあな」


 彼はビニール袋からガサゴソと惣菜パンを取り出し、袋を開いてかじりついた。一口が大きく、私なら三回はかかるだろう。

 私も弁当を開け、膝の上に置いた。


「卵焼き、いる?」


「もらう」


 箸で彼の手に卵焼きを載せる。本当は?あーん?して食べさせてあげたいけど、恋人でもないのにそんなことをするのは変だ。妄想に留めておく。


「美味しい?」


「ああ、美味い」


「よかった。私が作ったんだ、それ」


「そういや料理好きなんだっけか。俺には無理だな」


 褒められたことに嬉しくなり、つい頬が緩んでしまう。彼は相変わらず無表情で食べ続けているけど、好きな人を独占していられるんだから構わない。幸せだ。


 でも、きっと彼はそうじゃない。


「…………。……大変だったね」


 迷いに迷って、私はそう言った。俯いたまま目だけで横を見ると、唇を固く結んだ精悍な横顔が映った。憂いを帯びた表情もたまらなく好きだけど、浮かれていい状況ではない。


「ハ、間抜けだよな」


 彼は自嘲気味に笑った。


「なんとかあの人の気を引こうとして、今まで色んなことをがんばってきた。でも、結果はこのザマだ。俺の積み重ねてきたものは全部無駄だったんだよ」


「そんなこと……!」


「下手な慰めはよしてくれ。──あの人の隣にはいるのは俺じゃない。それが……、初恋の結末だった」


 見ているこっちが苦しくような、切ない表情だった。

 同時に悔しくもあった。どうして彼に想われているのが私じゃないのか、と。

 悔しくて悔しくて、たまらなかった。


「まあ、初恋は実らないって言うしな。むしろこうなってよかったのかもしれない。もし付き合ってからだったら、多分俺はここから飛び降りてるよ」


 冗談めいた口調と愛想笑いが痛々しい。

 いつも仏頂面な彼がこんなカオをするくらい、彼はあの子が好きだったんだ。


 そうして私の中にある色々な感情がごちゃ混ぜになり、いよいよ考えることをやめた私は、風邪を引いたときのうわ言のように呟いた。


「初恋が実らない、なんて嘘だよ」


「え?」


「だって世の中には初恋の人と結婚する人もいるじゃない」


「そりゃそうだろうけど……」


「だったら私は信じる! 初恋は実るって!」


「竜姫、おまえ……」


 これは彼に対する励ましなんかじゃない。自分を鼓舞して勢いをつけているだけだ。


 失恋直後なんていう絶好のチャンスはもう二度と巡ってこない。だから彼が勘違いしてしまう前に勝負を仕掛ける。


 大丈夫。言える。伝えるんだ。竜姫ユイの恋心を、那蔵刀士郎に。


「那蔵くん! 私は──」


 彼は驚いて私を見返している。そう。ずっとそのまま私を見ていてほしい。君を好きにならなかったあの子じゃなく、君をこんなにも好きな私のことを!


「那蔵くんが好きです! 付き合ってください!」




 結果から言おう。


 私は振られた。


 私の初恋は、あっけなく終わった。

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