トンファーキック
『トンファー』という武器をご存知だろうか。
およそ45センチメートルの長さの棒の片方の端近くに、握りになるよう垂直に短い棒が付けられている。
基本的に2つ1組で、左右の手にそれぞれ持って扱う武器である。
画像検索すれば出てくる(説明放棄)
このトンファーという武器は『最強の武器』として知られている。
つまり、トンファーを極めた者こそが最強の存在として君臨出来るのだ。
そんな武器である『トンファー』を究極にまで極めてしまった者がいた。
その者が悪しき心を持った者だったならばきっと世界は彼によって支配されていただろう。
しかし、そのトンファー使いは正義の心を持っていた……!
この世界に君臨する、悪の軍団を壊滅させるべくトンファー使いはその根城に乗り込んだのだ!
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「……着いて来るなと言っただろう」
悪の軍団の根城を前にしてトンファー使いは一人でぼそりと呟いた。
「あはは……バレちゃってたか……」
そんなトンファー使いの呟きを聞き取ると、トンファー使いの幼馴染の少女が姿を現した。
「ここは危険だ、お前が来ても足でまといになるだけだ」
「――っ! それは……そうだけど……」
少女は若くして世界一の暗殺集団の頭領だった。
そんな少女が全力で隠密を駆使してもトンファー使いには無意味だ。
その常人離れした耳で物音を全て聞き取って、看破してしまう。
「確かに、私の戦闘術なんてトンファーに比べたら全く役に立たないかもしれないけど……」
少女は少し悔しそうにトンファー使いが両腕に持つトンファーを見つめた。
「……でも、心配だったから」
少女は泣きそうな表情でうつむくと、トンファー使いはトンファーを地面に置いて少女を抱きしめた。
つい自分の弱い所を見せてしまった少女は誤魔化すように震える声で呟く。
「……馬鹿、敵の根城の前で武器を置いてどうするのよ……」
「トンファーを握ったままだとお前を抱きしめられないからな。心配しなくても、俺がトンファーを置くのはお前を抱きしめる時だけだ……」
そんな感動的な場面でも、敵は空気など読んでくれない。
二人が根城の前で抱き合っているのを悪の軍団の一人が見つけてしまった。
「お、おい! トンファー使いだ! トンファー使いがここに攻めて来ているぞ!」
そんな下っ端の一声で多くの敵がぞろぞろと根城から湧き出てきた。
「くそっ、しまった! もう気づかれてしまったか!」
トンファー使いは少女を腕から開放した。
「馬鹿め、いくらトンファー使いといえど、たった一人でこの大軍勢と戦えるものか!」
悪の軍団は屈強な軍団である。
全員小さい頃に水泳や野球を習っていたので運動神経も抜群だ。
中には空手を習っていたという歴戦の戦士までいる。
そんな豪傑達を前にトンファー使いは窮地に陥っていた。
(トンファーを、地面に置いてしまった……これでは拾い上げるのに時間がかかる……!)
そう、少女を抱きしめる為にトンファーを地面に置いてしまったのである。
悪の軍勢が襲いかかってくるまでにこの足元にあるトンファーを拾い上げなければならない。
「私が時間を稼ぐわ! そのあいだにトンファーを拾って!」
少女は少しでも役に立つ為に悪の軍勢に攻撃を仕掛けて、トンファー使いがトンファーを拾い上げるだけの時間を稼ぐ事にした。
少女はまず、懐から出した対戦車バズーカを打ち込むと遠隔で戦闘ヘリを操作して四方八方からマシンガンを掃射した。
ヘリによる銃撃をオート操作に切り替えると少女はそのまま米国に電話をかける。
「fire!」
少女の指示の直後、核弾頭が悪の軍団のいる位置に打ち込まれ、周囲は爆炎に包まれた……
「……そ、そんな」
しかし爆炎から出てきたのは誰も傷一つない悪の軍団であった。
「ふふふ、馬鹿め。あんな攻撃、腹筋に力を入れれば痛くないわっ!」
そう言うと悪の軍団は服をまくり上げてみせた。
確かにそこにはうっすらと腹筋のような物が浮かび上がっている。
習い事で鍛え上げられた男達の体には兵器など通用しなかったのである
「……ごめんなさい、私じゃあ時間稼ぎもできなかったみたい」
少女は大粒の涙を流しながら自身の無力さにヘタレこんだ。
(くそっ! もう少しだけ時間が稼げれば、拾い上げられるのに……!)
トンファー使いは自分のトンファーを拾い上げる為に今やっと膝を曲げてかがんだ所だった。
ほんの少しの心の油断――それがこんなにも大きく自分を不利に追いやってしまったのだ。
(別にトンファー握ったままでも抱きしめられたな……)そんなちょっとした後悔をしているうちに悪の軍団はすでにトンファー使いに向かって走ってきていた。
そんな悪の軍団の前に少女はトンファー使いの前で両手を広げて立ちふさがった。
「馬鹿っ! 何してるんだ!」
トンファー使いは必死に叫ぶ。
「まだ、私の体は動く! 貴方がトンファーを拾い上げるまで私があいつらの攻撃を受け止めて時間を稼ぐよ!」
「馬鹿な事はやめろ! 今すぐ逃げるんだ!」
トンファー使いは必死に説得する。
今まさに敵はトンファー使いを亡き者にするために襲いかかって来ているのだ。
「ねぇ、覚えてる? あの時の約束……」
「あの時の……約束?」
幼馴染の言葉を聞くとトンファー使いには今までの幼馴染との思い出がフラッシュバックした。
幼い頃に同じ幼稚園で出会い……
対して接点がないまま別々の大学で卒業……
出会い系サイトで偶然同じ幼稚園だということが分かり、意気投合。
しかし少女が暗殺集団の頭領という立派な肩書きに対してトンファー使いはニートだったので劣等感から疎遠になった。
しかし最近トンファーを使えるという特技から自分を奮い立たせてまた二人は会い始めた。
そして一昨日あたりにラインで確かに約束した。
スタンプでオーケーした。
「――あぁ、もちろん覚えているよ。『君を一生守る!』って!」
トンファー使いは自身の足元に置いたトンファーを左手で拾い上げると、少女の前に走り込んだ。
そして少女に向かって放たれていた敵の拳を右の手のひらで掴んで止めて見せた。
「な、何っ!?」
――その間わずか十秒
一般的な中年男性と同じ程の速度でトンファー使いは動き、攻撃を止めて見せたのだ。
――そしてついにここからはトンファー使いの真骨頂だ。
トンファーを手に入れたトンファー使いに敵などいない。
「くそっ、この俺の拳が止められた……だと!?」
敵はわかりやすく狼狽していた。
もちろん攻撃を止めて見せたのもトンファーによる力だ。
人間は『何か物を握っている』と力を出しやすい。
左手でトンファーを握っていたことによって力が出しやすかったのだ。
「ふん、驚くのはまだ早いぞ?」
トンファー使いはそのまま右足の蹴りを放つと、敵は死んだ。
その様子を目の当たりにした少女はトンファーの強さに震える。
(す、すごいっ! 左手持ったトンファーの重みが体幹を安定させて蹴りの威力を上げているんだわっ! こんなにトンファーを使いこなしている人見たことない……!)
「と、トンファー使いがなんぼのもんじゃーい!」
次のかませがトンファー使いに襲いかかる。
「ふんっ!」
トンファー使いは体を振り子のようにしてヘッドバットをかました。
手に持ったトンファーの重みで頭のスイングに勢いが乗る、敵は死んだ。
そんな様子を見て次にトンファー使いに襲いかかろうとするものはいなかった。
襲いかかっても確実にトンファーの餌食にされてしまう。
しかし、トンファー使いは容赦しなかった。
トンファー使いはそばにあった巨大な岩を持ち上げると、その上にトンファーを乗せて敵に投げつけた。
――大岩の重量に2000グラムのトンファーの重みが加わる。
完璧なトンファー術に敵の大群はなすすべもなくトンファー(+大岩)に押しつぶされた、死んだ。
「ふぅ、これで全員かな……」
トンファー使いが一息つく。
「や、やっぱり……トンファーって強いのね……」
少女もトンファーによって行われた虐殺を目撃すると、呆れるようにため息を吐いて笑顔を見せた。
しかし、そんな二人の前に拍手をしながら大柄の男が現れた。
「ふっふっふっ、私の部下たちをこんなにたやすく……素晴らしい!」
大柄の男の登場で二人は再び警戒する。
「残念ながら、私で最後だ。そして私は強いぞ?」
あれだけのトンファー殺法を目の当たりにしたにもかかわらず、大柄の男は余裕の笑みでトンファー使いに近づいた。
「ふん、あんたなんてトンファー使いの敵じゃないわ! こんなにトンファーを使いこなしているんだもの! あんたなんかトンファー使いの蹴りで一発よ!」
少女が挑発する。
「それはどうかなっ! ふんっ!」
大柄の男は隠し持っていたトンファーを二人によく見えるように放り投げるとトンファー使いに駆け寄り、右手の拳でその頭を掴んで地面に叩きつけた。
「はははっ! 残念、私も習い事でトンファーをしていたのだ!」
不意打ちをモロに受けてしまったトンファー使いは体をふらつかせながらも大柄の男との距離を取った。
「そんな……まさかトンファー使い以外にもトンファー使いがいたなんて……言葉にするとややこしいわ……」
いつの間にか安全な位置まで逃げていた少女はあまりの出来事に絶望する。
トンファー使いも内心でかなり焦っていた。
(しかもこの大柄の男……かなりのトンファーの使い手だ! トンファーを放り投げることによって注意を逸らして攻撃してきた! 俺でも習得に一週間はかかった技を……!)
トンファーなんて人生の無駄でしかない物に一週間をつぎ込む。
もはや狂人の域だ……
(ここから先は、どちらの方が一秒でも多くトンファーで時間を浪費してきたか……! その戦いだ!)
「ふふふ、今の状態はこちらが圧倒的に有利。言ってる意味がわかるな?」
大柄の男はなおも笑いながら語りかける。
「私は今、トンファーを片方放り投げた事によって右手が空いている。動きやすいのだ」
確かに大柄の男の言う通りだった、トンファーがないことによって邪魔がなくなり、動きやすい。
全く論理的で一点の曇りもない正論だ。
「ふん、トンファーを捨てたお前に勝機などない!」
トンファー使いは苦し紛れにそう言った。
「トンファー使い! 頑張って!」
もはやどちらを指しているのか分からなくなってしまった少女の声援を合図に、最終決戦がはじまる。
二人はトンファーを持ってお互いに走り寄った。
「うおぉぉおお! 必殺! 『トンファー置きっぱなし式ジャーマンスープレックス!』」
先に仕掛けたのはトンファー使いだ。
トンファーを地面に置いて、その上に叩きつけるという大技である。
トンファーは鉄製なので地面よりも硬い。
よって大ダメージが期待出来るだろう。
大柄の男はその大技を食らってしまった。
地面に叩きつけられた際に肩のあたりにトンファーがあったので痛い。
(なんというトンファーさばき……こいつ、相当な暇人だなっ!? トンファーを持っていなければ即死だったかもしれん!)
畏敬を感じつつも大柄の男も負けじとトンファー技を繰り出す。
「なんのぉ! 『トンファーボディプレス!』」
大柄な男はトンファーを持ったままその大きな体で上からのしかかった。
一本分のトンファーの重み1000グラムがその重量に加わり、破壊力を増大させた。
――――……
二人はそんな激しい戦いを続け、やがて『その時』は訪れた。
お互いに満身創痍。
トンファーが邪魔でしかないと早い段階で気がついた二人はとっくにトンファーを手放し、普通に殴り合いをしていた。
そんなフラフラになった二人のもとに少女は歩み寄っていった。
そして両腕を大きく振りかぶり、叫ぶ。
「いやっ、トンファー使えよっ!?」
少女のツッコミの腕が二人のみぞおちを捉え、戦闘不能にした。
二人は倒れると、そのまま絶命してしまった。
少女は本当はトンファー使いが蹴りを放った瞬間にツッコミたかった。
それっぽい言葉でフォローしたが、どう考えてもトンファーで蹴りは強くならない。
少女はこのトンファー使いと共に組織を壊滅させるのが任務だった。
二人を同時に倒す事が出来るこのチャンスが来るまでツッコムのを我慢していたのだ。
「……今までで一番疲れる暗殺だったわ」
任務を終えると少女はラインで両親に報告した。
「次の任務は……ヌンチャク使いの殺害ね。ヌンチャクって何かしら?」
少女は次の任務に向かう……




