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名族朝倉家に栄光あれ  作者: マーマリアン
加賀三国志
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第51話 嘘付きは誰だ?


「ここにひとつ問いたい、御坊は美濃の者ではないだろうか?」


「...何を言われるのやら」

顔だけコッチに向けて返答する天海。一見すると何ともない表情を咄嗟に繕ったのは見事だが、経験が足りんな。もっとテンパった方が嘘に真実身が増すというのに...まだ若い。そのお陰で確信は深まった。



「真に神保の事を(おも)うのなら、人質の提案や加賀の割譲を真っ先に言うのではないか?朝倉と神保が戦をして得をするのは誰であろうか?」


「...控えよ、六郎」

とは言うものの、父上も俺の言葉で幾分か落ち着いたらしい。言葉で窘めてはいても、その目は続きを促している。



「失礼しました。ただ、我等は坊主が嫌いではありませぬか?加賀然り、美濃然り、縁起が悪い場所には決まって坊主が関わっておりまする。此度も裏に美濃の坊主がいるのではないかと勘ぐってしまいました。はっはっはっは」


ワザとらしく笑って注意は引けたけど...ゴメンな鷹瑳。僧侶にもお前や一栢僧侶のような良い人もいる事は分かってるよ。だからそんな微妙そうな顔しないでくれ~。俺だってこんな風に笑うの恥ずかしいんだから!「はっはっは」何て笑い方、やったことねぇよ!


だけどこれだけ言えば回りも、俺の投じた可能性を一考してくれるだろう。現に父上もニンマリと悪い顔をして天海を見ている。どう料理するか思い立ったらしい。徐に、仰々しく口を開く。



「天海とやら。どうやら我等は思い違いをして」


「まいった。やはり朝倉は手強いですな」

のだが、その口上の途中で坊主が待ったを掛けた。苦笑いながらも楽しげな表情で降参したのだ。


「貴殿が六郎様で?」


「あ、ああ、うむ」

存在を認知されている事に驚きながらも何とか返事をする。



()()()()()()吉姫様の輿入れの使者からの報告通りですな。御歳の割に聡いようだ」


「.....」


あの時か...嫌な事を思い出させてくれる。

思い返せば初会の挨拶でも、宴席でも人を殺すことに潰れないように必死に対応していたのだが、それが変に目立ったのだろう。俺の事を美濃に生きて帰れたヤツが伝えたらしい。あの場では年相応の振る舞いの方が良かったようだ。

....俺もこの坊主を若いとは言えないな。



「さて、この状況は危ういですな。で、あるならばあの話をする他ありませぬな」

とは言うものの俺と天海が違うのは、開き直ってからのコイツには勿体ぶって喋る余裕があり、今も泰然としているところだ。



「舐めるでないわ。戯言あらば切ると初めに言った筈だ」

ついでにいうと、父上はこうは言っているものの、コイツの言葉に俺も含めてだが....皆と一緒で聞き入ってるんだよな。


殺気立ったアウェイにおいて自身の命が危険であっても、役者さながらの口上は、ふてぶてしい態度だろうが様になる。

むしろその歌舞伎様の続きが気になってしまうのだ。



「いやいや、大所高所を持つか、女賢いの牛売りとなるかは朝倉弾正忠様の御心次第。私を切るかは話を聞いてからでも遅くはありませぬ。遅れせながら我が名は明智十兵衛光秀。美濃の蝮の甥で御座います」

名乗りまで決まったセリフのような喋りに周囲がどよめく。


周囲とは違うが俺も驚いたよ。自分で想像していた通りだったんだけど.....コイツは本当に、本当に明智光秀だったのか。



「ぬぅう!誠に痴れ者であったか!?」

「よくもノコノコと!」


天海改め光秀の正体に目が血走っている者も多い中、火中の人物は崩れなかった。

実際、喧騒の合間を狙って放つ言葉に恐れは見えない。



「我が主は、道三は朝倉と正式に同盟を結びたいとお思いです」



タイミング良く出た喋りは、それ程大きな声でも無かった。けれど怒声に掻き消される事無く、不思議とこの部屋に浸透していく。


それにしても...どういう事だ?婚姻の同盟は結んでいるじゃないか?





「本来であれば朝倉が四方を敵に囲まれ、窮地に陥った時に、間の良いところで打診する予定でしたが我が命が危うくなれば仕方ありませぬ。無論、近江への工作も辞めましょう」


あぁ、口にはしてないがつまりは一歩進んでの同盟ということか。それにしても苦しんでいる時に手を伸ばすといい、浅井ではなく近江と言っているのが全くもって(いや)らしい。六角にも浅井と良好な関係を結ぶように工作してるって言いたいのか?



だとしたら、こんな遠回しな言い方は...嫌いだな。



「浅井久政殿には何度か御合いになられましたが中々に信頼おける人物。今回はそそのかした私が言うのも御怒りになられると思いますが、御容赦を。ただ、お家の為に大恩ある朝倉を裏切る事に大いに悩んでおられましたなぁ。義理堅い御人にこの身も骨が折れもうした」



「...久政については仕方無しとも言えるが、貴様等の言葉には信が無い。自分達がどう思われてるか知らない訳ではあるまい?」


「では、盟がなるまで我が身を質としては如何でしょう?この身は道三公の甥であり、目を掛けられていると自負しております。側室の子よりは価値がありますぞ」


笑いながらコッチを見んなよ。あんまり褒めたくは無いが....たまに顔を見せるだけで喜んでくれる子なんだぞ。


「不足である。そうだのう。頼純を引き渡すというのなら考えんでもないが」



「イヤイヤ流石にそれは御無体な。言っておきますが朝倉を信用していない訳ではありませぬぞ。刀を一方に向けられる仲というのは双方に良くありませぬ故......であれば冨樫泰縄とがしやすつなの身を、うーむ、それでは長職殿との約束を違える事に」


っ!トガシ?!冨樫だって!?


「冨樫の系譜が生きておると申すか!?」

光秀の白々しく零した言葉に父上も大声を出す。


「おおっと、口が滑ってしまいましたな!いやぁ、聞かれてしまっては仕方ありませんな」



まるで『いっけねー☆』の如く頭を叩きながら自省するが、そこに悪びれた態度は無い。

冨樫家は代々の加賀守護の一族だったが、台頭した一向勢力に敗れてからは戦国の世の憂き目に合っている。冨樫本家の者も例に漏れず捕まって本願寺の傀儡(くぐつ)となったか、加賀から落ち延びた者の二通り。泰縄は前守護の冨樫稙泰(とがしたねやす)の次男であり、前者であった。戦の最中に行方不明となったと報告が上がっていたが...

それをどういう訳かコイツ等が確保しているらしい。



「これも大変でしてなぁ。我が手の者が泰縄の身柄を確保してから密かに飛騨の山中を抜けるのも一苦労、発覚後に長職殿から詰め寄せられ、かわすのもまた苦労。その甲斐あれど、四と八を超えた多くの苦難がありまして。その分、労して手に入れた泰縄を渡すとなれば幾つか条件を加えさせて戴きたく....」


「もうよい。貴様の言葉は長いのだ。望みを言え」


「では一つ、神保との和解及び不戦を。仮初めとはいえ拙僧は神保の使者でありますゆえ。こちらの主命も遂行せねばなりませぬ」


「ふん。一応神保への良い顔はしておくのだな。それともワシ等への釘か」



「滅相もありませぬな。拙僧はただ、斎藤に縁のできた両家が結ばれたら最良と思っただけで。それともう一つは...」


冨樫泰縄がいれば加賀三国志にとてつもなく有利となる。献帝を擁立した曹操みたいなもんだ。唯でさえ加賀は長年対立していた土地で、煽る坊官が居なくなったとは言っても火種は多く燻っている。加賀守護であった冨樫氏を立てることで統治は多少なりしやすくなるハズだ。

逆も然りで、神保や畠山に擁立される事は出遅れる事になる。というか朝倉ウチは遅れている。



「とっとと言え」



だからこそ大抵の事なら譲歩というか、叶えんでもないとばかりだ。

現に富樫の身柄を欲する父上も前のりでテヘペロ男を急かしている。

けれど...




「浅井を共に攻めて貰いたい」


光秀はその一言を発する時だけ陽気な態度を潜めてハッキリと言った。狂気な提案だが、顔はいたって正気だった。態度は毅然としていて、これだけは譲れないというハリのある意志表示。


コイツの案に慄いたのか、それとも打って変った雰囲気に圧されたのか、喉が動く事を忘れたかのように言葉が出なかった。



「....お主、先程まで久政を褒めていたでは無いか?」

父上は俺と違って平然としている。が、声のトーンを察するに、その言葉に警戒心を上げたようだった。もっとも、光秀もまた元の飄々(ひょうひょう)とした僧侶に戻ったが。



「好漢ある御方ではございますが我が身は第一、さらには主命もまぁ、第一でしてな。実のところ尾張の織田信秀が浅井と何やら動いているようでして。織田への牽制の意味と、朝倉が斎藤と手を結んだという事を見せるために攻め入って頂きたいのです」



信長の実家である織田弾正忠家とは、対美濃の共闘後における義龍騒動で微妙な関係になっていた。

それでも美濃斎藤家よりは遥かに信用できるのだが....


光秀の言うと通りに浅井へ斎藤と共に攻め入れば織田弾正忠家と手切れになるだろう。加賀守護の身柄が欲しければついでにリスクを背負えということらしい。



「浅井を六角へとなびかせたのは、我等に攻めやすくさせる意もあったという訳か....」

父上のその感嘆とも取れる一言は皆の口を黙らせた。



小出しが上手いというのだろうか?

光秀の話はめくればめくる程に新たな真実がドンドン出てくる。


それを上手に利用して皆に何度も揺さぶりをかける。

そして極めつけは、この場全員の怒りや憎しみの感情さえも自身に向かわせてでも、自分の話を聞かせようとする話術。

会話の主導はどうあっても手放さないらしい。




「殿...口惜しいですがこの話、一考する価値はあるのでは?」

コレに反応したのがずっと黙していた真田孝綱だ。


「仮に軍を進めるならば、今は北進は諦めるべきかと。加賀は何処どこ彼処かしこも荒れており、人心もまた同じ。当家ですら手に入れた土地を治めるのに手一杯。畠山も神保も同様で、軍を動かすのもままならぬ状態でありましょう。ならば一層いっそのこと斎藤と神保と手を結び、守護をこちらで立てて神保の手綱たづなを握るを優先させるべきと存じます。そうなれば畠山も迂闊な事はせぬでしょう」


蝮の毒をも食らわばの精神で斎藤と手を組む、守護を迎えるべきだと未来の謀将は語る。



膠着(こうちゃく)を作るというのなら良き案ではあるが...」

「浅井を見捨てよというのか!?」

「だが六角に着くというのならばいっそのこと」

「浅井に攻め入れば六角と本格的に争う事になるな」

「そもそもにこの坊主の言葉は信用なるのか?」


孝綱の意見に光秀をそっちのけにして大きく場が沸いた。


あ、ちょっとばかし笑みが薄れたな。それを見れただけでも、溜飲が少しだけ下がった気がしたよ。



「言いたい事は分かった。天海よ、貴様の勝ちだ。その首は預る。が、流石に我等は知らぬ事が多すぎる。盟を結びたくば、お主には洗い浚い吐いてもらうぞ」


一頻ひとしきりに紛糾する皆に聞こえる様に父上が決定を下す。その内容に戸惑う者や光秀を睨みつける者も少なくなかった。


「忙しくなりますなぁ。どうぞどうぞ。何でもお聞きあれ」


「真柄、コヤツを牢に繋いでおけ」

ツマラナそうに鼻を鳴らした父上が、配下の大男に光秀を連行させる。対称に光秀はどこまでも笑顔だった。


ここまで来ても笑えるなんてやべー奴だな...

ともあれコイツはあの状況から命を繋いで、かつ役割を十二分に果たしたのだから...たいした奴であるのは間違いないが。



◇◇


「浅井を攻めるかはともかく、先ずは泰縄なる者を確保して神保をくさびとして加賀を安定させる!」

引きずられる様に光秀が退出した後に父上が口調を強めて宣言する。

それは先程の決定を再度伝えるモノだった。再度通告に不服そうな顔をしていた者も含めて皆が真剣に耳を傾けている。国主の見せる並ならぬ決意に、反対する者はいない。その中で一人だけ不敵に笑った。



「その後に浅井を攻めるかはワシの心次第であるがな」

ニヤリ、と暗に約束を反故にすると、端から守る気が無い悪い大人の顔だ。


「蝮の目的は分かった。後は崩してやるのみよ!」

あの忌々しそうに光秀を見ていた男はいない。どうやら父上も中々の役者だったようだ。


「桜井!浅井には此度の事を知らぬフリして近付き、それとなく飴をくれてやれい!当家から離すでないぞ。それから....誰ぞ冨樫泰縄の顔を知る者を探してまいれ!偽物を掴まされては適わんからな!」


精気溢れる姿でテキパキと指示を飛ばす。そんな頼もしく強かな戦国大名に、不満な顔の者など居なかった。


 



明智光秀は教養人+現代人の持つ傾奇者のイメージを足した人物にしました。

そういう人を想像してくれたら幸いです。



ここら辺の会話だの策略だの、当初のプロットから変更点無く持って来れたのですが、本当にこれでいいのか未だに不安です。「僕の考えたifストーリー」が受け入れられる事を切に願います。


明日はロメオの方を更新します

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受魂の先に~ロメオと裸の紳士
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