第50話 誰だ貴様!?
能登畠山家、越中神保家とは日本海を経由した貿易仲間である。さらに言えば過去に三者で加賀に攻め入ったこともあり、どちらかと言えば友好な関係であった。明確な同盟は無くても信用はあったのだ。
だがそれを捨ててまでも畠山・神保は共謀し、朝倉が手に入れる予定であった領地を掠めて、更には大層な虚言を吐くに至った。
お陰で朝倉家中では能登畠山と神保へのヘイトが凄いことになっている。
なのでその神保の代理人が坊主とは言え、射殺さんばかりに周囲から睨まれるのは仕方が無いとは言えるんだけど....
メッチャ堂々としてるよコイツ...俺なんか皆の怒気でブルっているというのに。
この美坊主ときたらそのイケメンフェイスには常に不敵な笑みを張り付け、細長いながらも鍛えられている手足は恐怖を感じていないとばかりに震えが一切ない。その姿は堂々たる武人、もしくは洗練された美術品にも見える。
と、それだけなら良かったのだが、アウェーにも関わらずあまりにも涼しげなのだから反感しか買われていないのだ。
実際に3分の計を立てて、朝倉の行軍を悉く読み切り、流言による世論誘導を成功させたのがヤツなのかは分からないが、秘密裏に能登へ越中へ赴いて両家に行動を起こさせたのはこの若い坊主なのだろう。
信用は無くても、この理知的な佇まいと見た目ならトップへの接近は容易だったのかもしれない。
ただ推測を立てたのは自分なのだが、本当にこの天海を名乗る若い坊さん=明智光秀なのだろうか?
信長の暴君気質に嫌気がさした光秀が起こした本能寺の変。
その敵討ちを挑んだ秀吉に山崎の合戦で負けた光秀だったが生き延びて比叡山に匿ってもらい、その後は出家して徳川家康に仕えて自分を倒した豊臣政権を打倒するのに協力する。という明智光秀の異説。
今となっては厄介な話となったが、この説は歴史の浪漫を感じさせるモノだった。本能寺の変の黒幕説も山のようにあるので、それらと組み合わせて妄想するのはとてもワクワクさせられたものだ。
だが南光坊天海が死んだのは徳川家光の代だったハズだ。となると寿命から逆算するとこの坊主があの天海というのはありえない話なワケで。
天海の正体が実は光秀の子供や甥、はたまた途中まで光秀だったが死んで誰かが引き継いだとか、単にたまたま天海を名乗っただけ、等と更なる妄想は尽きないが今は置いておこう。
歴史の真偽はさておき、大事なのはコイツと斎藤道三が繋がっているかどうかだ。
ただ、現段階ではまだなんとも言えないが俺はこの天海=明智光秀という説が本当で、その繋がりから裏に道三がいるだろうと思っている。
推測にさらに推測を重ねた拙いものだが、こんなタマげたことをやりかねないのが道三という男だと知っているからだ。
今回起きた浅井の六角への接近も絡んでいるのだろうか?だとすると朝倉は益々、雁字搦めになっていくな。文字通り蝮の所業である。
計略でこうも掻き回されたんだ....
俺の影響で本来の歴史から美濃の情勢は変わったが、それを物ともせずに朝倉を窮地に陥れたのは真恐ろしい。
ともかく今はコイツの正体を含めて見定めなければ....
「御目通り感謝致します。神保様の遣いの天海と申します」
「うむ」
周囲と同様に殺気の籠った目を向ける父上に恐れる様子も無い天海。声もハッキリとしていて、耳触りがいいな。イケメン設定盛り込み過ぎだろ。
「此度は偽の仏徒への応報に助力出来たことを喜ばしく思い、また、感謝の念に堪えませぬ」
「白々しい。謀ったのはそちらであろう。それを含めての要求を申せ。我等が如何に思うとるか知らぬわけではあるまい。戯言があらば首は無いと思え。坊主でも許さぬ」
父上のこの場の総意を代表した答えに「そうだそうだ!」と回りが囃したてる。
俺も混じって声を上げる。ノリは大事。
「分かり申した。では率直に。長職様は正式に同盟を結びたいとのお話です」
そんな野次を相も変わらない涼しげな顔で流し、話を続ける。
使者の訪問から同盟の打診であることは予想されていた。それ故に父上の顔も厳しくなる。
「結ぶと思うか?...と言いたい処ではあるが、此度の騒動は目まぐるしい。我等も慎重に進まねばならぬ。話によっては考える」
「朝倉殿の顧慮に感謝致す。神保も是が非になのです。神保は知っての通り一向衆とは時に手を組み、時に敵対することを繰り返していました。当代の長職様も御歴々に倣い一向衆の力を借りて、長尾の力を借りた椎名と争っていたのです。なれど此度の戦で頼れる者が無くなり困り果てておりまして。本来ならば...勇名を馳せた畠山義続に頼る手筈でしたが...其の実、彼の者は生来の愚鈍らしく、盟を続けるに値しないと」
よくもまぁペラペラと。言ってる内容は情けないが...弁は立つようだ。プレゼンは理路整然という事はなく、感情を乗せるタイプらしい。
美声に加えて話の間と抑揚の取り方が上手く、スラスラと言葉が頭に入ってくる。
だからこそ父上もいつも以上に感情的になっているのかもしれん。
「それこそ応報ではないか!神保は手を組んでいた一向衆の背後を襲い、あまつさえ我等を騙したのだ。早い話、我等が長尾と手を組めば終わることよ」
「御待ちを。長尾は現在、内証の争いもあって手を組むのはあまり良い判断とはいえませぬ。我等は強きに従わざる得ない状況にありました。越中復権の為には一向衆を頼るしか術は無かったのです」
「まずは上杉だが、それがどうしたのだ。長尾兄弟の相克は弟に有利と聞くが結果はどうでもよい。勝った方と組むのみ。それと越中の復権もそれがどうしたのだ。縁も無い我等には関係無かろう」
父上は天海の言い訳めいた返答にどんどん好戦的になっていく。なんだかんだで理知的である人なんだけれど....少し不味いな。
「では我等に死ねと。生き残る道がありませぬ」
「もう一度言う。それがどうしたのだ」
情けない事を言う天海にカッコ良く決めた父上に「そうだそうだ!」と、またもや回りが囃したてる。けれども俺は今回はノリに乗らなかった。コイツの余裕ある姿に違和感を覚えて、考え込んでいたからだ。
神保の使者として来ているのならもっと巧みに舌を回すべきなのに...いつの間にかお互いに戦うことも辞さない流れじゃないか。神保は領地が大きくなったとは言え周囲はもっと強大だ。何処かと手を組まなきゃ生きてけないからこそ、必死に同盟相手を探さなければならないのに。逆に敵を作ってどうする。
目的にそぐわない言動をばかりを....ん?
コイツの目的が違うのか!?
天海は神保の使者として来ているが、明智光秀としては同盟を組む気が無いのだろう。その方が美濃としては朝倉の注意が北陸へ向けられるので都合がいい。
だとしたら神保長職はコイツの正体を知らずに重用しているのでは?
どのような経緯でこの男が神保の使者として越前に出向いたかは知らないが、そもそも一世一代の交渉事を他国の与力に任せるだろうか?ましてや梟雄と呼ばれる者の甥だ。
現に今、大事な場面で裏切られているのだし。
神保との同盟を結ばせないのがコイツの目的かもしれん。そんな俺の覚えた危惧に皆が辿り着いてくれてたら良いんだけど...
父上もいつもとは違うベクトルで熱くなっていて、思い付いていないみたいなんだよなぁコレが。
であるならば、俺がやるしかないな!
今からやることは少し恥ずかしいけど...今更だろうな。
六郎が明智光秀=天海説から道三とのつながりを六郎が考えることができた、と伝われば幸いです
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