第49話 加賀三分の計
朝倉宗滴
弱い。弱すぎる。
いくら百姓の寄せ集めと言っても、武士と遜色ない坊官共が指揮を執っているはずだ。奴等の信仰心から来る粘り強さは家中でも儂が一番知っておる。にも関わらず目の前の敵はどうにも精彩を欠いている。戦場で散るを不借身命を教義とする彼奴等御得意の突貫突撃もないのだから。
一因は理解できる。越前の一向宗の動きが頗る悪いからだ。
当代が出陣前に言っておった一計が効いておるのだろう。
商いで自国の寺社を抑えるとは聞いて笑ったが、嵌まる坊主共にも嗤わせてもらった。
やはり坊主も武士と変わらんの。
お陰で我等も足元を気にせず苛烈に、心の憂いなく攻めいることができた。
だが、それ以上に奴等の戸惑いは大きい...
...言い知れぬ何かが肌にひりついておる。不可解の多い、読めぬ戦場ほど恐ろしい物はない。
なれど敵は削れる時に削るもの。違和感は隅に置いといて、今は浮足立つ敵を討つ事に集中するのみ。伽奴等はただの武勲よ。
お陰で羽虫が手を払うだけで弱る様に、敵に兵を宛がうだけで簡単に傷付いていく。今も火縄の音に竦んだ処に幾つかの隊を突撃させたら良いように穴が空いたわ。
ん?
敵が持ち直そうとしたところに工藤兄弟の隊が向かったの。良い働きをしよる。あ奴等は戦の機微に敏い。北条で燻っていた処を勧誘されたと言っていたがよう来てくれたわ。真田といい与力として来た滝川にも光る物があったが...あの子倅は.....
まぁよい。犬畜生でも役に立つなら使うまで。余所者であろうともだ。
要は勝てればそれでいい。
残念ながら今の家風は、我が父の求めた物から大分掛け離れているのだろう。
合理を尊ぶ精神を捨て豪奢を纏う事を優先しておる。威を見せつけるという意味では必要ではあるが、時代にそぐわねば食われるだけだ。火縄が良い例であろう。
武士は足軽に討たれ、小が大を食らう。朝倉とて例外ではない。
当代はそれを変えようと頑張っていたようだが調整に難儀しとると零していたな。
実の処、あの子倅の奇行に顔を顰めるフリをしつつも、渡りに船だと思っているのだろうか?
「止まれ!」
「御注進っ!急ぎ目通りを!」
陣幕の入口がなにやら騒がしい。使い番が急いでいるようだが、見張りが仰々しく止めているようだ。全く...戦場に儀礼なぞ不要よ。これも儂が軍神等と呼ばれておるからか?儂は戦なぞ勝てる時にしかやらぬから人より勝ち星が多いだけというのに。
儂の名が広まった九頭竜川の大戦もそうだ。多勢に少数で突撃したのは勝てる見込みがあったからこそ。戦の間を見極めれば何事も勝てる。儂が勇猛だったわけではない。勝ち筋を読み切るという合理であったからに過ぎない。
....儂の後釜が心配であるな。景紀は機が読めても言葉が足らん。孫の景垙と鷹瑳は凡将。鷹瑳は腕のせいで腐っておったが、最近は子倅に影響されて打ち込んではいる...が実るとしても大分先で望みは薄い。
不足無いのはかろうじで工藤の弟の方の祐長か気に食わん真田だけだな。尤も、周囲が認めんだろうがな。
...愚考が過ぎたな。
「良い、通せ」
番兵を制して使い番の元に向かう。見る限り、急いで来た疲労と儂と直答する恐怖を差し引いても使い番の男の顔色は優れない。これは悪い報であるな。
「能登と越中の境目に動きあり!」
なるほどのう...これが違和感の正体であったか。
◇◇◇
蒸し暑さが少しばかり引いて、赤とんぼが目立つようになって来た頃に朝倉の首脳陣は急遽集まった。
加賀攻めの祝勝をするわけでも無く、その戦の中で殊の外に成果を上げた鉄砲について論じるわけでもない。
朝倉に友好的だった浅井が最近になって六角に靡き始めた事についてと、今も混迷する加賀への対策を考えるためである。
出席者の顔色は良くないし、俺も良くない。というか俺も混乱している。浅井の六角への接近は歴史にあったから理解できるが、加賀に越中や能登やらの勢力が割り込んで来るってなんなんだよ...
◇◇
簡潔に結果だけ言うと今回の戦は大勝して、御家的には負けた。
確かに一向衆を撃退して加賀の四郡の内、江沼郡とそのお隣の能美郡の上半分を支配に置くことはできた。宗滴殿の指揮の下で多くの敵を討ち取ったし、中途報告にあった火縄銃の成果に父上も満足していた。誰もがこのまま加賀を平定するだろうって思ってたよ。
けれどもその朝倉の進軍中に能登の畠山と越中の神保も侵攻を始めたのはなぁ...マジで驚いたわ。
神保に至っては越中の覇権を椎名家と争っている最中に、越中にいる一向勢力を背後から襲い滅ぼして加賀にまで入ってきた。両家は朝倉より遅い出陣にも関わらず、電撃の如く素早い侵攻に、現在ではウチが支配した地域の残りの上を畠山が、下を神保が支配している状態だ。
お陰で畠山の新当主の畠山義続は名君と評価のある父親の畠山義総を若くして越えたと持て囃され、支配領域が倍以上となった神保長職の名声はウナギ登りで朝倉は絶賛混乱中である。
初めは100年近く闘ってきた加賀の一向衆が居なくなったことに誰もが沸いていた。指導していた坊官は討ち取られたか飛騨方面から大阪へ逃れ、指導者を失った門徒は今のところは順々である。
治めた地域の門徒が暴発する危険性はあるだろうが、これはまだいい。
目下の問題は両家が国境を接する事になった朝倉と争う事は無く、示し合わせたように領地を分割し「似非坊主を追い払う事ができたのは、我等守護が力を合わせた結果である」と大々的に宣言していることだ。守護代である神保がちゃっかり守護を名乗っている事実はともかく、力を合わせた事実なんて一切無い。
分かっているのは両家がこれまた揃ってウチを出し抜いたということだ。
この二家は戦争が始まってから今に至るまで、朝倉を含めた三者は加賀を分け合いながらも仲が良いと対外へアピールを繰り広げている。コチラの抗議や確認の使者はのらりくらりと躱すクセにだ。
アイツらマジ確信犯だよ。
そんな欺瞞に満ちたアピールもそうだが、進軍のタイミングといい支配速度といい、前もって計画されていたような動きに、残念ながら世間では三家が共闘したとの見方が圧倒的に強い。
実際、母上の実家の若狭武田家や、京の公家からは戦勝祝いの言葉を贈られたくらいだし。
今ここで朝倉が出鱈目だと言って強く出るのはマズい。
突然の事で初動が遅れた事もあるが、噂が先行し過ぎて誰も朝倉の言葉を信じないだろう。
仮に二家を糾弾しても彼等を騙したと悪評が立つし、実際に能登と越中半国を相手取るのは厳しいだろう。逆に何か策があって、仕掛けられるのを待っている可能性も捨てきれないし、なにより今は浅井の動きが怪しいのだ。本当に不味い。
それにしても今回の画を描いたのは誰だ?利を大きく得たのは畠山義続と神保長職であるが....
史実だとこの頃の能登畠山は家臣団の争いで荒れ初め、神保は越中で勢いを増す時期か?畠山義続は兎も角、神保長職は最終的には負けたが軍神相手に長年敵対していた人物だ。能力はあるのだろうが、それでも今回の加賀三分の計を描ける程の者なのだろうか?
両家からすると、噂によって世間の目を利用し朝倉の動きを封じる事で身を守るというのが今回の肝だった。だが少しでも進軍が遅れようものなら、横取り野郎と信用を無くしていた可能性もあったのだ。逆に早過ぎると一向衆の目が朝倉に大きく向けられる前なので、手酷い逆襲を受けてたかもしれない。
ある意味薄氷の上でタップダンスを踊り切って評価されたようなもんだ。かなりリスキーである。
それを避ける為に朝倉の行軍を細かく把握または予想し、見計らって守備の薄くなった北側から一挙に加賀を攻め入る。そして踊りの審査員である世間様に、事前に共闘したとの噂を流す事も忘れない。
全てを最高のタイミングでやり切ったのだ。自身を利用された宗滴殿も「自ら勝ち筋を作り、且つ儂の動きを読んだのは見事」なんて褒めていたくらいだし。
失礼だが、神保長職に能があったとしてもそんな神懸かったかのように軍機を読める人物だとは思えない。仮に優秀なブレーンがいたとしても、能登か越中にいただろうか?
...ダメだ、史実を元に考えても思いつかない。
あそこら辺にそこまで出来る奴は居なかった気がするが....
そうやって皆と一緒に多くの問題で頭を抱えている中、部屋の外から父上に報告が来た。
「誠か!?」
小姓からの報告に大声で驚く父上。加賀問題と浅井への対応で紛糾していた部屋の皆も何事かと話を止める。
「どうやら一乗谷に神保長職自身が交渉に乗り込んでくるらしい」
「なんと!」「一人か?」
その一報にざわめく周囲。
マジかよ?
よくもまぁ来れるよな。実際世間体で動こうとしない朝倉相手に、殺されないと分かってはいても恨みを買っている場所に単身で向かうというメンタルは凄いよ。
実はこれ程の度胸といい、歴史に目立たなかっただけで物凄く知勇に富んだ人物なのだろうか?
「その為の前触れの使者として天海なる僧がワシに目通りたいとの事だ」
えぇ!?マジ?
テンカイ?天海か!?あの家康の知恵袋の!....って、なワケ無いか。お坊さんにしてはありふれそうな名前で、実はありふれていないし。お坊さんは名前に関して割とオリジナリティを出したがりだしね。
そんな偶然あるわけ無いだろう.....
っ!待てよ。これが偶然じゃないとしたら!
アレは歴史の異説だが可能性は可能性だ。
今回の件に絡んでいるのはもしかして。
感想や評価が貰えると嬉しいです。
特に今の話がこれでいいのかと、不安の塊なので感想を貰えると助かります。
また明日に更新します




