第48話 朝倉の将2
お久し振りです。暫くは更新頻度は上がると思います。ただ、もう一つの作品と交互になりますので御容赦下さい。
三段崎紀存
「見ましたか!?彼奴らの顔を」
「ああ、あの慄きぶりは気持ち良かったわ。桜井殿の『天誅』というの一声もまた痛快であった」
楯持ちと槍持ちが声を上げて笑う。それに釣られて他にも笑い声を上げる者が出て来た。誰もが高揚としている。
今から我が隊は小憩に入ろうとしている処だ。
先程まで相対する敵に一当たりして直ぐ様退くという戦いを繰り返えしていたが、玉薬が不足しだしたので、我等の小荷駄へ向かいながら話に花を咲かせていた。今は今回の戦果について大いに盛り上がっている。
二人ほど隊の槍持ちが死んだが、我が隊は敵の先駆け武者二人と雑兵を含め何人か火縄で討ち取ったのだ。差し引いても戦果としては上々だろう。
加えて火縄の放つ轟音により敵の一部を混乱せしめた。良い働きをしたと自負しても問題はあるまい。
「なれど我等の働きを示すモノが無くては法螺吹きと言われるのでは...」
不安そうに、打ち手で一番若い毛屋猪之助がおっかながった声を溢す。それが皆にも聞こえたらしい。全員が口を止めて耳を澄ましている。皆もちゃんと評価されるのかなんだかんだ気にしていたのだろう。
確かに首を獲った訳ではなく、音による混乱も確たる証があるという訳でもない。目に見えにくい働きだ。
けれども桜井殿、萩原殿両名も火縄による斉射の後に敵の武者が倒れる処を見ていたのだ。我等に功ありと宗滴殿や孝景様に御報告してくれるだろう。はずだ。
であろう?そうであろう!?
「心配するな毛屋、私の目も敵に穴が出来るのを捉えたわ」
桜井殿が笑いながら皆にも聞こえるように大声でそう言う。
あぁ、良かった。本当に良かった。上も認めてくれた。
この功をもって城勤めに戻して貰おう。早く敦賀に戻りたい......。戦場などやはり私には向いてない。
いつもならば私は、若輩なれど戦時は留守居を仰せつかる役の一人であったのに。今回も景紀様を見送っていたハズなのだ。そのことに不満は無い。槍よりも筆を持つのが性分に合っていたからな。
なのにだっ!...
本家が火縄を海を越えた遠国から入手したと聞いた景紀様に「一乗谷へ向かうから付いて参れ」と言われて御供をしたのが運の尽きだった。いつもの移り気だと、苦笑交じりに付いて行ったあの時の自分が恨めしい。
大金を払って購入した貴重な新兵器。それを景紀様は当主の弟、敦賀郡司職の立場を限界まで利用して譲り受けようとしたが、孝景様は使い所は全て決まっているとにべもなかった。
ごねる景紀様に根負けした孝景様は今回の大戦の後なら一丁譲ると折衷案を提示なされたのだか......
それでも今すぐ欲しいと駄々をこね続ける景紀様を諌めたら代わりに前線に向かえなどと言われるとは思わなんだ。思わずその場にいた孝景様に直訴を入れたのも無理はないのだろう。無いったら無いのだ。
その場にいた孝景様の近衆に「武士として情けない」と心無い言葉を掛ける者もいたが、分かっちゃいない。
普段から明るく豪快で、些か思慮が足りない上役が突然神妙な顔して「お前が一兵となり戦場へ行け」と仰せつかった時の私の心境を慮ってくれ。
諫言に気を悪くして、死を賜ったかと思い泣きそうになったぞ!
結局は景紀様の言葉が「俺の代わりにお前が戦地に赴き火縄を理解して報告せよ」との意味であると、混乱する私に解説なされた孝景様からも促されて、打ち手として参加する事になった。戦場に向かう事は嫌だったが当主にまで言われたのだから仕方がない。
「うむ、その通り。先駆けの死と気勢を削いだのは御見事」
荻原殿が桜井殿の言葉に同意するように発言する。うむうむ、いいぞ!功があるほど私が打ち手から抜けるのも容易となる。成り手は幾らでもいるのだ!私に情けないと言ったあ奴等もそうだ。好きなだけ変わってやろうぞ。
両名が暗に認めると言ったので皆は再び盛り上がる。私も同様だ。
それにしても、普段から口数が少ない者が話すと人の視線は強くなるものだな。皆が彼の言葉を真剣に聞いていた。
口数が少ないからこそ、その分に言葉の重みが増して相手にシッカリと伝わるのだろうか?
宗滴殿も同様の話し方をなさる。こういう処も含めてこの主従は本当にそっくりだと思う。
萩原殿が元々そういう口調なのか、それとも「朱に染まる」ならぬ「主に染まる」で口調も宗滴殿に馴染んでしまったのだろうか?
まぁ兎も角、私が隊を抜けるのに問題は無かろう。
ちょうど皆の話題は隊の立役者について熱くなっている。
「今だから言えるが、サンダンが涙を流しながら打ち手にと懇願したと聞き、俺は震えたわ。葉武者と呼ばれても戦場を求めている男がいるのだと。そして今、サンダンは皆を纏めあげて功を上げたのだ。誰にでもできることではない」
「奇隅ですなヤマ殿、某も似たような者です。最も当初はサンダン殿が主命から逃れるために咽び泣いたと聞き及び、恥ずかしながらそれを信じておりました。けれども実際のサンダン殿は誰よりも意気込んでおられて、某はその姿を鑑みて鍛錬に励みました」
「人より熱心に火薬についても学んでましたな」
孝景様が仰られた「新たな戦の先取り」。その言葉を隊内でゲンを担ごうと崎(先)を取られた山崎吉延殿と私は、それぞれヤマ、サンダンと呼ばれるようになったのだが、何故か私が唐突に賞賛され始めた。どう考えても一番貢献したのは創立を提案した六郎様であろう。
.....涙の件についても好意的に解釈している処申し訳ないが、毛屋が当初聞いた噂が正しい。
それに金の掛かる火薬は文官の敵であるから調べただけの事で、訓練に精を出したのは神妙な顔を見せた景紀様を思い出すと恐ろしくなったからに過ぎない!火縄を熟知せずに敦賀に帰った事を想像するだけで身が入っただけだ!
大きな勘違いをしている者に本当の事を言いたい処だが、大いに感激している年若い毛屋を前にするとウッと口が噤んでしまう。
そんな私の苦悩も虚しく...だんだんと賞賛が大きくなっていく。不味いな。どうにかこの会話を止めねば。自身の虚像が一人歩きするのは恥ずかしくて聞くに堪えん!
「各々方、先ずは落ち着かれよ。打ち手の者も火縄に不備は無いか?いつでも使えるよう心掛けよ」
そうだ。口より手を動かせ。さすれば多少は...
「ふふ!あの顔を見よ。緩まず士気も十分らしい」
「まだまだ撃ち足りないようですな」
「流石は景紀様の懐刀」
半年近く火縄漬けになっていたからだろうか?彼等は手元の火縄銃を見ずとも作業を行えるらしい。そして、その如何にも知った様な顔を辞めてくれ。その様な評価も本当に不要だ。特に最後は過分である。
慌てて「その様な事は」と否定しても私が謙遜してると思っているのか、只笑みを返されるのみ。
仕方なく仲裁を頼もうと私の性根を知る荻原殿を見るが、ニンマリと彼の者は不気味な笑みを返し、私と私が持つ火縄銃を見ながら抑揚の無い声でこう言った。
「三段崎の火縄狂いは皆が知る処だろう。皆もこの者と同じ高みに立てれば褒美も望みの物が下賜されるやもしれんぞ」
あぁ辞めてくれぃ...。
宗滴殿は時たま「戦に利用できるモノは何でも利用する」と口にする事がある。荻原殿もその言に則って私をダシにしたのだ。
確かに先程の状況であの発言は皆の気を引き締めるのに効果的で
、目付きが変わった者もいる。
加えてこの男は本当の事は言ってない。
当主とその弟の話を聞いていたので私は知っているが、火縄は篦棒に高い。高々先駆け二人を撃ち取っただけで貰えるモノではないのだ。
それを知ってか知らずか、彼は今のこの状況から、戦の後に景紀様へ譲られる予定の火縄銃を一度私に報奨として渡し、私が景紀様に献上する絵を描いたのだろう。桜井殿もその事に気付いたらしく、苦笑いを浮かべている。
独断で上役の領分に踏み入る荻原殿に驚くが、宗滴殿も戦に利用したとなら許すだろう。そういうお方だ。
無論武士の信賞必罰として代わりの報奨は密かに戴けるだろうが、こうも持ち上げられると隊を抜けられぬではないか....
本当酷い者である。
あの不気味な笑みといい、合理を貴ぶ処も宗滴殿にそっくりである。そんな処まで宗滴殿に似なくてもよいわ!
もう一つの作品が一区切りつきそうなので朝倉も少しは更新出来そうです。
三段崎はなろうの勘違いされる系主人公をモデルとして書きました。描くのが難しくて整合性が上手く取れているのか不安です。
勘違い作品を書かれてる作者は凄いと思いました。




