第47話 朝倉の将
主人公は出てこないです
「各々(おのおの)方、川を渡ったが火縄は無事か?」
初夏も過ぎた頃、蒸し暑さが広がる大地で三十路を越えたであろう男が馬上から声を発する。
「応!」
中年の言葉に威勢良く応えたのは30人程の集団。その誰もが異様な程に戦意があった。先程まで足が浸かる程度ではあるが川を渡っていたのだ。それでも顔は赤く、日の暑さではなく自らの体によって熱を帯びている。
幾ら戦に赴くとは言え彼等は興奮し過ぎていた。その要因は戦による滾りではなく、自分達が新たな潮流になるであろうと自負しているから。
隊長を中心に派手な具足を身に纏う火縄銃を持った5人と、それを囲む槍や楯を持った武士の集団。今回の加賀侵攻の総大将の宗滴、君主である孝景直々に任命された大役に誰もが張り切っているのだ。
◇◇◇
「うむ、ではいくぞ!」
戦意が高いことは良いことだ。そう思いながらこの隊の隊長である桜井元忠は隊を引き連れて前を進む。
自軍が目指している場所は越前から大聖堂川を越えた場所にある吉崎寺。
40年前の戦で朝倉宗滴が破壊した一揆勢の拠点であったが、朝倉の侵攻を知ってからはそこに集結しているという。
物見からの報告を聞くと守兵の数が些か少ないと感じたがそれまでだ。飢餓による兵の不足か別の場所に集結しているか、彼にとって今はどうでも良かった。
自分が任された部隊の実力を早く披露したいからだ。
大金を払って手に入れた火縄銃とそれを守る槍の混成部隊の長として任命された桜井元忠、その隣には鉄砲の指揮者兼隊の副将、宗滴から与力として送られた萩原宗俊が軍配を手に持つ。
その下には初めは功を立てる機会だと思い、後先考えずに名乗りを上げた者達。だが功を得ようとする分、逸る者が多い。
それらの抑えとして鉄砲衆の長として宗滴の後継である景紀から送られた三段崎紀存が担っている。
紀存本人としては打ち手として召集されたことに呆然とし、その命に不満を持っていたのだが、一度直訴し却下されてからは上役の命令を過不足無くこなしていた。
三者とも朝倉に属する点では同じだが、仕える主もその思惑も違う。
桜井元忠は大金を払った火縄銃の管理と、戦での火縄銃による戦果を孝景が近しい者から聞く為に。結果如何によって政の舵取りが大きく変わるので普段から政に関与する文人肌の桜井が隊長に選ばれた。
副将の萩原宗俊は主である宗滴の火縄銃の運用研究の為に。
三段崎紀存は...残念ながら他二名の様な思惑は働いていない。
景紀が兄と養父の二人が新部隊に重臣を送っていたことを聞いて、強制的に参加させられたのだ。
自分が打ち手に成りたかったと宣い、イジケながら職務を放棄する主を説得している内に、八当り的に「代わりに行け」と命じられたのである。
槍働きよりは机に向かうのが性分であると自他に認める文系なのだが、撤回を求めても主は聞く耳を持たない。逆に口煩い事を言った仕返しとばかりに景紀は真面目に職務に精を出すようになったのだ。
武辺者の主が働いてくれるのは嬉しい限りだが、自身の状況は流石に不味いと思い孝景に仲介を求めて一乗谷に直訴したのがもっと悪かった。
功か不幸か、幸いなのか?孝景が弟である景紀の性格と配下の紀存の主従関係を良く知り得ていたので、溜息を吐きながらもを認めたのである。
景紀の要望を。
紀存は、泣いた。
「有難涙止まること知らズ」
等と一乗谷で漢らしいと話題になったが、当の本人はそれを聞いてもう退くことが出来ないと解り、更に泣いた。
そんな紀存は主への文句も言うし暗い顔もするが長年景紀の無茶振りに付き合ってきた。それだけに器用な男でもある。唯の打ち手としての能力も、打ち手の纏め役としても問題は無かった。
そして三名の下に就いた、功を挙げるとはいえ自分で打ち手にと名乗りを上げた者達。
勝手ではあるが己の腕力を必要としないこの兵器に、胸中に「卑怯なのではないか?」という気持ちが確かにあった。
だが主君に
「新たな戦の先駆けである。名乗り出たからにはコレで武勲を上げい!ワシの廻りは文に秀る者が多いが武も有りと家中に示してみせよ!それにな。ワシの筆廻りで居るより大きく名を馳せれるぞ?」
と笑いながら激励を言われると悪い気はしなかった。寧ろ武士として奮わないはずが無い。
野戦での先駆けは危険ではあるが、この特異な武具を使う自分達の名が大きく広まる可能性がある。
その夢想があって派遣されて来た一人を除き、皆が燃えた。
当初の彼等の修練には気合いが入る。新たな物に四苦八苦しながらも、初めて見る火縄銃に妙に詳しい六郎が提案した戦法を形にしていった。火縄銃自体が壊れやすい物だからとある程度の内部構造も覚え初めた。
春が過ぎた頃には火縄銃に触れる度に体を纏う硝煙の臭いも、火花による視界の変調も、轟音による耳の衰えも気にしなくなった。
変わっていく自分に気付いても誰も止まらなかった。
家族や同僚に文字通り硝煙の臭いによって煙たがられても、目と耳の不調によって文官や奉行に戻れない可能性も頭から消えていく程に一向だった。
其れほど火縄銃に魅力され、威力を知ったのである。
朝倉の武士は泥にまみれず卑怯な手を使う事を善しとしない、迄はいかなくても伝統や矜持を重視しているのは間違いない。
当主がそれを体現していて、可能なら優雅たれ。だ。
そんな保守的な自分達が当主に宛てられて新たな物事を率先して戦に挑む。
何とも皮肉な事であるが、彼等にとって今やその事も些細な事でしかなく、どうでも良くなっているのだ。
それほどまでに熱に浮かされていた。
◇◇◇
桜井元忠
射撃練習の間に火縄銃に愛着を持つ者も現れた。叶うならばこの戦で自身が使った火縄の下賜を願う予定の者もいる。
最も、殿が青い目をした南蛮人に篦棒な金銭を支払ったと知っているのでそれが無理だと解っている。余りにも値が高いのだ。個人の報奨として出すには過分であるため、火縄に対して邪な考えを持つ者が居ないか監視する為にも自分はいるのだ。
まぁ、勝手に希望を持ってヤル気を出しているが言わぬが花だろう。
仮に武勲を上げた彼等の要望をのらりくらりと躱して、代わりの報奨を考えて与えるのは自分ではなく、仕える殿の仕事である。
自分は多くは望まない。今後の火縄衆を率いる立場を手に入れることが出来れば......
っと!自分が一番欲深いではないか!
自ずと理解して思わず苦笑してしまう。浮かれていては部隊の者に示しが就かん。
はっ!?よくよく見れば部下も自分と同じ様な顔をしているのではないか!
最も萩原は日頃の能面な顔を維持したまま、三段崎に至っては選ばれた日から変わらず気落ちしておる。ある意味変わらない者達の存在は心強い。
「フフ...」
イカンイカン。
可笑しき事だが自分は隊長だ。せめて自分だけでもシッカリせねば...
戦意が高いとは言え、弛んでいる処もある。が、今部下を叱咤しても様にならないので思考に赴くとしよう。会敵するのは先だろうしな...
六郎様が強い要望で導入したこの火縄銃。
六郎様は「火縄銃」と「鉄砲」なる名称を混ぜて使うから孝景様があの後さらにお怒りなられていたが...
紆余曲折なく、孝景様の一言で火縄銃で通す事相成った。
ともかく、今後は誰が火縄衆を率いるか決まってはいない。だからと言って部隊創立の立役者たる六郎様が選ぶのならば工藤兄弟のどちらかだろう。
真田は無い。アレは殿のお気に入りだ。宗滴殿もああいう態度だが認めておいでだ。我から見ても癪だが怜俐な者である。今後は一部隊を率いるより大きな役目を担うだろう。
工藤兄弟も悪い奴らではない。武士としても新入りとしても先達の我等との距離を弁えている。媚びる訳ではなく、弁えているのだ。好ましく思う。
だが所詮は余所者だ。
越前に来てからは功を立ててはおるが足りん。先祖からの忠功を含めまだ足らん。
朝倉を支えて来たのは我等だ。朝倉という大樹を支えて越前を支配してきたのだ。一族が仕えて功を上げてきた。
余所者には負けていられんな。否、負けられん。
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