第46話 お願いだからその威力、とくと見よ!
遅くなりました
とうとう加賀攻めが始まる。俺は勿論お留守番。具足を身に付ける処か荷物もろくに運べない子供が戦に関わり様がない。
...イヤ、やっぱりあったな。だが、自念の責というかなんというか、...まだ覚悟が足りないな。
食料も十分に買い込んで動員数はおよそ二万。国内の仏教勢力とは既に話がついており、今の処は乱が起こる気配は無いらしい。
寺社で作られた埋数字と埋言葉を買い取る事を伝えると賛同はしてくれたみたいだが...実際は戦が終るまでは油断は出来ない。
とは言え、国内の憂いを断った父上も本気で加賀を降す気だ。
本来の歴史では義景の代で若狭を得た。
それ以前には他国の領地を得たことなど無く、加賀の一揆勢とは足利義昭の仲裁により和睦したはずだ。
それが今では美濃の一部を領し、今年の7月には加賀に攻め入るのだ。
これが成功したら歴史がさらに変わっていく...
また、今回の戦でついに手に入れた虎の子の火縄銃を四丁持って行くようだ。しかも現在朝倉家が所有する火縄銃の総数は五丁。研究用の一丁を除き、四丁を戦に持って行くのだ。
実に朝倉の火縄銃総数の八割!その本気が伺える!
...なんてボケたが火縄銃の運用について助言をした為に、それが採用されたので不安があるのだ。落ち着くためにもツマらない事でも考えていないとやってられん。
◇◇
火縄銃は三月にやってきた南蛮人から買い入れた物だ。俺は会う事は出来なかったが石転や金銀を笑えない位に持って行ったらしい。
只でさえ俺の進言で国内の寺社勢力に金銭をばら蒔く予定であり、加えて俺イチオシの新兵器に大金を投資したのだ。
だから父上からの懐疑的な視線が痛かった。「資金を投じた分の効果がこれにはあるのか」って感じで。
そんな視線に焦った俺は「とりあえず試してみましょう」と言って南蛮人から指導を受けた者たちに試し打ちをやらせてみた。
その威力を目にすれば納得してくれるはず!
そう言うことで近衆と護衛を引き連れて俺と父上は一乗谷から離れた開けた場所で試射の見学へ向かう。
準備が整った処で、一人目の撃ち手が約30メートル離れた木にくくりつけた胴鎧に向かって撃つが、音を響かせるだけで外しやがった!
背への視線が強くなるのを感じ「つっ次の者!」と言って急かせる。その俺の焦りが移ったのか二人目も外す。
三人目に距離を縮めさせて漸く銅鎧に穴を開ける事に成功するが父上の顔は余り良いモノではなかった。隣にいる鷹瑳も「え?あれだけ凄いって言ってたのにこんなもんなの?」みたいな顔をしている。
「...確かに鎧が拉げておる。威力はあるな...が、放つまでに時間が掛かりすぎだ。ましてや当たらなければ意味がないぞ」
赤い人と同じ事を言った父上の言は正しい。
火縄銃の命中率が高くないのは知っていた。邪魔の入らない的射ちの際に、命中率が6割を越えれば名人と呼ばれる位だと聞いた事がある。そんな名人でも緊張下にある戦場では命中率は下がるんだとか。
昨日今日で南蛮人から教わった火縄銃の初心者の彼等が外すのは理解できる。
だからこんな事もあるだろうと返答も考えていた。
「お待ちを。それは修練が不足しているからです。どんな弓矢の達人でも昔日従前は私のような子供と同じ腕前。絶え間ぬ鍛練で的に当てる事が出来るのでしょう」
「だが金が掛かるではないか。火薬に必要な硝石とやらも今だ作れず、南蛮から買わなければ兵器として成り立たん!こんな金食い虫の出来損ないがどう役に立つと言うのだ!!」
うげえっ!
ところが俺の得意気な顔が崩れる位に般若形相で怒声を浴びせる父上。
やばいやばい、やばいぞ。かなり切れてる!余っ程金が飛んだことに据えかねているらしい。が、...こ、このままでは不味い。何か利点を伝えないと鉄砲導入に遅れてしまう...っそう!アレだ!一斉射撃!
「いっ、一斉にう、一か所に斉射するのです!練度が高い方が越したことはないのですが、火縄は素人が使っても同じ音と威力が出せるでしょう!その轟音と鎧が拉げる程の威力で敵は崩れます。敵は音に慄き、多くの死者が出るので、崩れます!現に今この場にいる者達も音に驚いた者もいるハズです!多少の出費は些細なモノでしょう」
連射性能の問題点も言及されるだろうと思ってその辺りの回答も考えていたのだが、父上のあまりの怒りに思考が止まっていたらしい。それでも吃りながらも舌を回した。
焦る気持ちがありありと見られる俺の早口言葉に父上は一度周囲を見ると、先程迄の怒気を潜めて黙った。
反論により論破された訳ではなく、俺の言葉に顎を撫でながら思案中のようだ。父上の怒声が聞こえなくなったから俺も多少落ち着いたわ。
周りからは音に驚いた事を指摘されて「な、何を言われるか」とか声出して否定する奴もいるが、火縄銃について知っていた俺も音に少しビビったんだ。意外と音が大きくてさ。
初めて聞いた奴が驚いても不思議じゃない。
実際、一発目の試射の際に初めて聞く音に何人か驚いているのが見えたよ。武士だから驚いた事を否定する気持ちは分かるけど俺は今の父上が怖いんだ。悪いけど俺の保身の犠牲になってくれ。
「...成程な。だがこの数では戦果を為さぬではないか?」
それは俺も思った。この数では取り乱す時間も人数も少ないかもしれない。
だから少数の火縄銃で最大限の戦果を上げる方法...
「ですがこの数でも一斉に打てば狙った者を一人位は討ち果たすことが出来るでしょう。例えば兵同士がぶつかる前に指揮する者を遠くから狙い打てばよろしいかと」
「...轟音と共に大将が死ぬか。これはいいかもしれんな。相手の出端を挫ける」
良かった。納得してくれたようだ。狙撃を卑怯と言う奴もいないみたい。イヤ、いるかもしれないけど当主が認めたのだから言えないのかもしれない。
「だが危難でもある。持ち逃げされたり打ち手が斃されてコレが敵の手に落ちては適わぬ。武があって信の置ける者にしか任せられんな...」
......呟くように、だけど周りに聞こえる程度の声量で言ってますけど、これワザとですよね?
実際に周りにいた者の中で呟きを聞いてからギラついた者もいるみたいだ。打ち手に選ばれたら信任厚いとの評価が貰えるし、手筈通りに敵将を討ち取れば報奨だって大きいだろう。
だけど武将が足軽と同じ前線に立たなきゃいけないんだぜ?
とても危険じゃないか?
とか思ってたけど、中には数人、浮かない顔をしている奴がいる事に気がついた。
何を考えているのやら....と思ったけど歴史上の武士だって人間。色んな奴がいるんだ。
体の大きい者、頭の回転が早いもの、愚直な奴に何を考えているか分からない奴。戦場を刹那的に生き様とする奴もいれば名誉を重んじる奴もいる。野望があれば安定を願う者。
武士だからって皆が血気盛んなワケじゃないんだ。火縄銃で前線に立ちたくないと思う者もいるはず。
能力も性質も重視するモノも人によって違う。その多様性は現代となんら変わらない。命の重さは格段に違うけど。
そんな朝倉で生き、顔を知る者達を俺の御叱りを回避したいが為に発した一言で死地に向かわせるという、とんでもない事態に陥ったが、打ち手に選ばれようと父上にノリノリでアピールしている奴を見てると膨らんだ罪悪感が萎んでいくのを感じた。
それでも多少は凝りが残る。
いくら彼等が乗り気とはいえ、戦場へ向かわせる幇助するのはな...
吉姫の御付き周りを排除するよう命じれたのは敵だったから。
農業指導に従わない農民を消せと命じれたのは顔も知らない人間だから。
事ある毎に理由を作って割り切ってきたが、今回失われるであろう命は顔を知る味方の命。石転や数絵札で遊んだり真面目な話で向き合った者達。
今回ばかりは本当にこの提案を採用させて良いのだろうかと、センチな気分になってしまう。
エゴ丸出しだよな...白い悪魔がいたら批判されるかもしれないけど、出ちゃうモノはしょうがないよ。
だけど、だが、これが、これこそが、為政者として武士として、人の上に立つ者が乗り越えないといけない葛藤なのだろう。
なら国を動かす立場にいたあのハゲを馬鹿にした議員も、汚職で逮捕された総理もこんな錯綜とした心情を乗り越えていたのだろうか?
それともただの私欲や名声欲しさであの地位に登り詰めたのだろうか?
まぁ彼等の真偽はともかく自分のエゴさえも切り捨てる行為が上に立つ者の行いだったとしよう。
切りに切っても壊れずに残ったモノがその人にとって大切なモノなのだろう。
だとしたら...俺の場合は、彼等を切り捨てた時には、一体何が残るのだろうか...




