第45話 閑話 幼児の心
現在執筆中のファンタジー物が、心を題材に書いているので六郎の心境について書いてみました。
時系列は40話以前です。
また良ければその執筆中のファンタジー物、『受魂の先に~ロメオと裸の紳士』もご一読お願い致します。
この体になってから5年近く経った。
転生してから赤ん坊になってから戸惑うことも多かったが、ここまで無病息災に成長できた。
特に赤ん坊の頃に未発達だった視力や聴覚の成長に伴う発達は、世界を広くさせた。見えるもの・聞こえるのが日に日にクリアになっていくことに感動したよ。
体を動かすのも掴み立ちから、さらに歩行が可能になって、自分が好きな行動をする事がとてつもなく嬉かった。
そこからの成長も、いつだって両親が一番嬉しいのだろうが俺だって同じくらい嬉しい。
最近では、5頭身以下の体で歩く際に頭の重さによってフラつかなくなり、食事の時にたどたどしく持っていた箸も今はシッカリ掴めるようになった。
胴や手足が太く・長くなり、指の筋肉やスジも年相応に強靭になってきたのだ。
人間の成長は、大きく成長する時期を第一次・第二次成長期等と言うが、一次成長期を抜けたであろう現在でも自身の伸びを感じる。子供はいつでも成長期だと、まさしく身に染みるものだ。
他にも体力面や気力面でも成長を感じた。
生き残る事を理由に掲げて父上に様々な提案をし始めた頃。
あの頃は1日中起きるということが辛く、というより昼を過ぎると体の動きが鈍くなった。
なので昼寝を習慣にしていたが、父上達に呼び出される日は、呼び出しの正確な時間が分からない為、基本的には起きていた。
まぁ、その日の眠気はキツかったが、いざ呼び出しを受けた時は緊張で眠気は飛んでいったけど。
それが最近では夜まで起きても問題はない。無論、大人と比べて眠気が来るのは早いが。
体力的に成長たのか、それとも前世でも携わる事がなかった国政や人の生死に係ることで気力が付いたのだろうか?どちらかはわからないが1日の活動時間が延びたのは確かだ。そしてやることも増えたのもこの頃だったなぁ...
この命が軽い時代。
能力が命と直結するからと、勉学には力を入れていた。あの時は未来への恐怖から自主的に学んでいた。意味は分かるが読めない崩し文字の解読に言葉使いを含めた礼儀作法、朝倉家の歴史に武士の成り立ちや意義、故事古典...
遊びはやるにしても将来役に立つだろうと乳母や母上の女性達と和歌を詠んだりすることだった。他の子供と「へへへ」と笑いながら外を走り回った事もなかった。
そんな子供らしくない俺を両親は心配したのだろう。武士の子としては良い心構えなのだろうが子宝にあまり恵まれなかった二人は親として気を回していた。
口では程々にと言いつつも、俺のスケジュールに手を伸ばして来たのである。
先ずは勉学時間の短縮。
休憩の合間に挟むブレイクタイムを強制的にティータイムに改造してきた。
「捗っていますか」と言いながら入ってきた、母上を筆頭にした女性達は労いの言葉を口にしながらも俺と鷹瑳の許可も得ずに居座ってくる。
そして「最近はどうですか」と口を開くやいなや、数日あった他愛ない出来事ことを根掘り葉掘り聞かれ、いつの間にか俺自身も含めて数絵札に興じていた。そこには和歌中にあった御淑やかさは無く、姦しく熱中する女性達。新たな文化の数絵札だからか、厳しい行儀もない。
インディアンポーカーでは茶菓子を掛けて盛り上がる。白熱する争いに俺も獲られた。
それが五日連続である。五日間とも「最近どうですか」から始まって二日目三日目もそれが続くと「昨日も変わりなくって答えたじゃん...」と思ったが、いつの間にか数絵札に引き込むコミュ力と他愛のない事で長時間盛り上げるトーク力によって、呆れは何処かへ飛んで行ったようだった。
寧ろ四日目からは俺もティータイムが来るのを楽しみにしていた。
この二つの力はいつの世でも女性が生まれながらに持つ凄い処だと思う。
以上のことから前世にいたナンパ師は人よりトーク力コミュ力が凄いのではなく、女性の土台に立てるからナンパ出来るのだと思ったね。
この三日間で...いつの間にか歴史や礼法ではなく女性との会話のいろはを学んでいた。
また、ティータイムによる遅れを取り戻そうとして夜に勉強を差し込んだのだが指導担当の坊主は、
夜遅くの授業中に無意識に手の甲で目を擦る所を見てチャンスとばかりに「そろそろ時間のようですな」と言って俺が何か言う隙も与えずに勝手に引き上げていく。
同時期に兄上達も外での遊びに誘ってくるのも多くなった。初めは断っていたが、母上によるティータイムや鷹瑳の授業放棄もあって、暗に休めと言われているのと気付いた。
気付いてからは仕方無しに兄上や孫三郎達と館の庭で遊ぶ事にしたなぁ。
そんな嫌々参加した同年代との遊びは物凄く充実感を得る事ができた。
前世で近所の公園で元気に走る子供を見て「子供の移動は何で常に全速力なんだろう」と思っていたが幼児になったから分かる。
走り回るだけで楽しいのだ。
というより、駆け出したい衝動が溢れてくる。膝が軽いのも原因なのだろう。フトモモに余分な肉も着いていないし。
遊び場の庭でやったのは鬼ごっこに近いルールの遊び。初めは何でそんなことを、と思って渋っていたのだが、いつの間にか声を上げて走り回っていた。
追い、追いかけられて必死に庭を駈ける。
岩と呼べない巨石や縁側等の少しでも高い所に登り、鬼が来たらジャンプして逃げる。
それだけで楽しかった。
快楽とは違う、純粋な楽しさ。それが体を巡ってさらに動きたくなる。
そんな俺達を母上と側女達がにこやかに見守る。父上は政務の合間に顔を見せると、荒れた庭に苦笑しながらも俺達を見て笑っていた。
あの遊んだ日から勉強に根を詰める事を辞めたわけではない。
ただ同年代と遊ぶ時間が増えただけだ。この時代に生きる楽しみと、その楽しみを分け合える人達がいると俺が認識したから根を詰めた勉強をしても大丈夫だと父上母上も認めたのだろう。
だがそれも直ぐに終わってしまう。
最近は兄上も大きくなって、学ぶことも増えたせいか、遊ぶ事が少なくなった。
孫三郎は藤吉郎に触発されてか共に勉強に励んでいる。
俺は遅くまで坊主と密談。
たった数年でこんなにも環境が変わってしまった。
この時代の子供の成人と呼ばれる年齢が前世より低いという事を忘れていた。だからその分、大人への準備も早くなる。もっと遊べば良かったと思う。後悔してるよ...本当。
子供ながらにして、あの時に戻りたいと思ってしまう。過去を羨むのは大人の有り難くない特権だったのに。子供が使うのは早すぎると思うのに...思ってしまった。
そんな特権を強制的に、苦々しく行使していると、前世で夏になったら必ず流れるあの曲を思い出す。聞くと自分の少年時代を思い出していたあの名曲。
そうやって、前世を含めた自分の人生の過去・かつていた時代の未来に思いを馳せていると、ふと思った。
この時代に俺は井上サングラスさんの歌のように「あの頃は良かった」と思う時が来るのだろうか?と。
この命が軽い時代。
信長秀吉家康の黄金リレーが無くなってしまったこの時代に、家康による太平の世はもう無いだろう。中継ぎのランナーは別の道に進んじゃったし。
そんな中で今後の太平の世は築けるかどうか分からない。本来の歴史とは異なって乱世が続くかもしれない。
初めは自分の為に朝倉が生き残ればいいと思っていた。だが今は越前で皆と一緒に生きていきたいと思う。その為には今まで通り朝倉が強くならなければいけないという方針は変わらないだろう。
そうなれば今後の朝倉の行くべき道を決めなければならない。俺自身の執る道も。
この変わり始めた歴史の中でどう進むのか。
その中で道半ばで倒れた時に、口惜しく思う時も、一片の悔い無しと思う時も、過去を振り返りながらあの頃は良かったと思いながら死ぬだろう。
だが俺は畳の上で歌の通りに子供時代を懐かしみながらあの頃は良かったと言って死にたい。
それに追加で「お前達とも出会えて良かった」なんて言えれば上出来だ。
そのためには父上や兄上と朝倉の今後について腹を割って話さなければならないな...




