第35話 進んでく
1545年 9月
父上らの最近の仕事は、加賀侵攻の計画を立ることだ。
出兵は来年の6月を予定している。随分と長期的に計画を立てている様に思えるが、今迄の小競り合いではなく本気で加賀を獲ろうとしているからだ。
とは言っても、今回の侵攻で加賀全土を平定する訳ではなく、段階的に領土を得るんだとか。
戦で主要な坊主を誘き寄せて討ち取る――単純に言えば加賀の国力を落とす為に出兵するのが主目標で、統治に能うならば越前と接する江沼郡と能美郡の一部を切り取ると話してくれた。
そこでの統治は一揆勢と朝倉の統治の違いを見せるために甘々にすると言っていた。
「農民として開拓し、朝倉の民として生きるならば暫くは蜜を与える如く対応を。徐々に朝倉色に染めてみせましょう」と前波景定が言っていた。今の朝倉では大多数の民への援助も可能だから言える言葉だ。
減税や食料支援によって統治後の方が金が飛ぶだろうな。戦争って恐ろしい。
...そうだなぁ。武具を提供した者には銭や食糧をさらに提供するというのを提案してみるか。刀狩り的なやつ。
なんたって一揆で権力者を打倒した加賀の民は、破裂寸前の風船の様なもんだ。少しでも押さえ付けようなら忽ち破裂する。だから俺達で空気を抜こう。
その後は何度針で刺してもどうしようもない位に。
これを提案したら割とすんなり通った。だけど交換する食糧は保存食や鶏肉、粟や稗がメインになるとのこと。米や銭はそれで再び力を手にすることがあるかもしれないからだ。
危なかった。俺も抜ける時があるな。この体制がベストだ。俺が提案して父上達と協議する。兄上の代になったら心配だな。もっと普代から優秀な奴は出てこないかな?実際はいるのだろうが俺はまだ会ってはいない。
かといって普代ばかりでも力を持たせるのは危険だ。俺達朝倉家も守護だった斯波家に対してそうやって成り上がって来たのだから。
数多くの名家が戦乱から逃れる為にこの一乗谷に流れ着いたのだが、そんな彼等が変に野心を持たないのは父上の存在が大きいのだろう。
人の機微を理解し朝廷や幕府に強い力を持ち、本人にも能力がある。そんな人物へ下克上をしようものなら相当な権力と実力が無ければ無理だろう。芽があるとすれば家督を譲っても朝倉に強い力を持つ元敦賀郡司の宗滴殿か、大野郡司の景鏡ぐらいだ。
だが前者は宗家当主の父上に協力的で、後者は新たに手に入れた美濃の山中に飛ばされて落ち目である。
今のとこは安泰だが油断はしない。今の世代の様に次代の俺達兄弟でも磐石な体制を築かないといけない。俺は兄上には絶対に逆らわない。二人で朝倉を大きくするんだ。
俺としては今後も外部の人材を多く入れる予定だ。家臣の中には名門を鼻にかけて、能力的に怪しい奴も多々いる。流入してきた京文化に触れて貴族に成ったかのように振る舞い、他の武士を愚弄する。
そんな信じられない馬鹿も少なからずいる。
信長じゃないがもう少し朝倉家にも競争原理を導入するべきだ。
それと嬉しいこともある。
父上に南蛮人との交易が出来ないか打診して貰っていたが、先月に明の商人を仲介してポルトガル船が来てくれると返事が来た。
今年の年末か来年の始めには来るらしい。ちゃんと鉄砲を持ってくるという。
もしこれが本当なら加賀への侵攻で鉄砲による狙撃で坊主殺しが捗るかもしれないな。
鍛治村は一応出来ている。一乗谷の南にちょっとした山間があり、そこに去年の春辺りから造っていた。兼定集団もそこに住んでる。まだ工事は終わってないが、出来た工房はもう稼働しており、少しずつだが武具やシャベルを製造している。ちなみにシャベルは砂取とした。
鉄砲の製作するのにどの様な工房設備が必要なのか分からないので工房は広目に作るよう指示してある。もしかしたら大砲も造るかもしれないし。
また、工兵の常備兵の部隊の名が決まった。孫工兵だ。常備兵の中でも特別な意味を持たせる為でもある。エリートを集めたのに活躍の場が主戦場じゃないのは不満だろうと父上が付けて下さった。
孫の文字は朝倉当主の諱を避ける仮名に使われる。割と越前では由緒ある文字だ。内外にも期待してることがアピール出来ればいい。




